10話 姉貴分
あれから十数日が経った。
今ハール達五人はフィーリア王国とスクムトの間に位置するサルリア王国の小さな宿屋に泊まっている。
途中、何時もの如く魔物と頻繁に出会っているのだが、五人の前には敵ではなく……実質ハザンはソールとルーナの二人に戦い方を教えながらだったので……ハールとカーラの二人で殲滅していった。
襲ってきたのはランクC以下のクラスの魔物だったので二人の前にはほぼ瞬殺であった。
そんなこんなで金はいろいろと手に入ったのだが、やはり長距離を移動する為金も早くに減っていき、五人はギルドで依頼を受ける事になった。
さすがに五人で依頼する程の難易度が無かった為、二手に分かれる事になる。
そして決まったのがこの組み合わせである。
「納得いきません!」
「何でカーラさんとハール様が“二人きり”なの!?」
二人きりという単語を強調しているのは気のせいであろうか。
とにかくソールとルーナはハールがカーラと二人でチームを組む事に不満をぶちまけていた。
しかしそんな二人に気を悪くするどころか、「いいではないか」と笑って流すカーラはさすがと言える。
(これでキレてやばくなる事を除いたら完璧なのにね……)
ハールは心の中で呟き、顔を引きつらせる。
ハールはカーラのキレた光景を二度も目の当たりにしている。
ここ十数日にはそんな事は無かったので、おそらく稀にしか発動しないのだろうが、ハールには十分な恐怖の対象であった。
(あれはもう二度と見たくない……)
軽くトラウマとなった光景を思い描かないように咄嗟に首を大きく振る。
……しかし、これが災いした……。
辺りに小さな驚きの……悲痛な悲鳴のような声が聞こえた。
「そ、そんな……」
「ハール様……」
我に返ってみると二人は涙を流しながらハールを絶望した表情で見ているではないか……。
訳が分からないハールは二人に何があったのか聞こうとするが、二人の行動の方が早かった。
「もうハール様なんて知りません!」
「ハール様の馬鹿ぁ~~~!」
――僕何かした!?
何が何だか分からないハールはただただ泣き叫びながら走っていく二人の背中を見つめる事しか出来ないでいた。
「ハール……さすがにどうかと思うぞ?」
父ハザンは息子の肩に手を置いて首を横に振る。
「とりあえずあの二人を連れて依頼にいってくる」
呆れた様子でその場を去っていくハザン。
状況を理解できないハールは最後の頼み綱であるカーラを振り返る。
「ハール。君にはがっかりだな……」
――なんか失望されてる~~~~~!
結局、終始状況把握が出来ないまま、ハールはカーラを連れて依頼に行く羽目になったのである…。
★★★
「……という訳で森に到着~!」
「……ハール。君は時折性格がおかしくなる事が無いか?」
ぶっちゃけ内心ではいつもこんなだよ! と心の中で毒を吐きつつハールは状況を再確認。
カーラと二人で依頼を受ける事になり、受けた依頼の内容はフルイーグルという大鷲の様な魔物三匹の討伐である。
依頼の危険度はBランクだがこの二人にとってはさほど難しい訳でも無い。
「それでは行こうか」
カーラが先頭を歩き周囲を警戒しながら進む。
警戒といっても軽く程度なので其処までの精神力を使う訳ではない。
それでも辺りを立派に模索している所はさすがである。
(僕も習って見るかな……)
そんなカーラを真似ながらも後ろについて行くハール。
そのまましばらく木々の生い茂る、在り来たりな森の風景を横切っていると不意にカーラが口を開いた。
「ハール。君はハザンさんの息子なのだろう?」
「えっ……そうだけど」
今更どうしたの? と思わなくないのだが何か理由でもあるのかと話の内容の続きを聞き入る。
「……ということは君はスクムト王国の王子なのだろう?」
そして紡がれた言葉。
これには多少驚くハール。
しかし、おそらくハザンが言ったのであろう事なので其処まで仰天するほどではない。
「ハザンさんは以前自分の名をハザン=トムクスと名乗った。トムクスを反対から読むとスクムトだ。君もそうなんだろう」
なるほど……ハールはハザンに単純過ぎないかと思っていたところが見事に当てられたようであった。
(だから偽名ならもう少し変えようと言ったのに……)
内心、父の愚痴を言ったりしているハールだがカーラは「黙っておくよ」とハールの気持ちを察した様であった。
「……ありがとう」
ハールは相手がカーラなので大丈夫であろうと思い、信じる事にした。
どっちにしろ口止めをお願いしようとしてもカーラの方がハールより強さも立場も上なのでどうしようも無いのだが……。
そんな事を考えていると不意に思うことがあった。
「そういえば……カーラはこれからどうするの?」
これから、というのはハール達と別れた後の事である。
カーラとはここから少し進んだスクムト王国の国境で別れる事になっているのである。
いきなり話を振られたことで少しだけ考え込んだが、カーラは悠然と語った。
「そうだな……。まずはいろいろな国を見て周ったりしながら剣と魔法の腕を上達する事からかな。その後はフィーリアやガラン、スクムトなどの三大国を見てみるのも良い」
カーラ曰く「自分の冒険者としての腕はまだまだだから、まずは経験を積む」という事らしい。
十分強いんだけどと正直思ったのだが、本人がそう言っているのなら別に言う必要も無いと二人はそのまま沈黙。
「ハールは――」
その沈黙を破りカーラがハールの方を振り返る。
「君は国に帰った後はどうするんだ?」
「……………………」
カーラの言葉にハールは戸惑う。
今まで普通に旅をして、そして目的は完了した。
つまり、もう旅に出る必要も無い。
故にその後どうなるかはハールには分からなかった。
「僕にも分からない。まあそのうち決めていくよ」
もしかしたら国に留まるかもしれないし、または冒険者として旅をするかもしれない。
ハールは今の状態では分からないとカーラに伝えた。
「そうか……」
カーラは何故か考えるようにして腕を組む。
するとおもむろに口を開いた。
「まあ……。正直君がどちらでも私がハールと共に旅をしたのは事実だ。もし分かれても何かあったらすぐに言うんだぞ」
「えっあ……うん?」
「ふふ。語尾が疑問になっているぞ?」
だから的確過ぎるんだって! と戸惑いながらも毒を吐く。(心の中で)
カーラとしてはハールはここ十数日旅を共にしていて、弟のような存在になっていた。
だからカーラは何かあれば力になるとハールに言ったのである。
(姉……か……)
二人の妹に一人の姉。
確かに悪くないかもね、とハールは微笑む。
ハールとしてもカーラがそんな感じに思える時もあるし、何より父と二人で旅をしている時より五人で旅をしていた方が楽しかった。
前までは、やはり多少なり死んだサンの事が頭に残り、暗い感じがあり無表情だったのだがソールとルーナに会ってから自分が少しだけ前を向けたような気がしたのである。
「うん。その時は頼りにするよ」
「ふっ。約束だな」
その後も尚もいろいろな話をする。
アルとの修業時代の事や途中の村の事、ハールはハザンとの旅の話をした。
そんな会話を続けていくと不意に甲高い雄叫びが聞こえた。
「――フルイーグル!」
声のした方……ハールの頭上では紫色で羽が四枚の全長二メートル程の大鷲がいた。
そのくちばしはかなり鋭利なもので突付かれればひとたまりも無いだろう。
だが、二人の様子は落ち着いていた。
「さて任務を遂行しようか」
急降下して襲ってくる大鷲をカーラはレイピアを抜いて待ち構える。
ハールも背中にかけたバスタードソードを構えて迫る大鷲を見据えた。
「光の斬撃よ剣より放て。光斬」
大鷲に向かい光の斬撃を放つがフルイーグルはそれを素早い動きでかわす。
しかしその隙をついてカーラはレイピアより電流を放った。
それがフルイーグルに直撃し、空から落ちる。
「はあ!」
其処をハールは跳躍し、空中で一閃。
フルイーグルはそのまま青い血を流しながら地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「後二体!」
一匹目を倒したと同時にもう二匹同時に目の前に現れる。
「カーラ。ちょっと時間稼いで」
ハールはカーラに魔力を溜める時間を要求。
それに頷くカーラを横目にすぐに準備に取り掛かる。
「はああ!」
カーラは素早い剣閃で二匹同時に相手取る。
しかし、さすがに同時は厳しく徐々にカーラが押され始める。
だが、カーラはフルイーグルが勢い良くくちばしで攻撃してきたところを寸前で避け、二匹を斬り付けた。
雷縛、斬り付けた所から電流を流し体を一時的痺れさす魔法。
それにより動きが遅くなったフルイーグルの猛攻を受け流し、カーラは下がった。
「お疲れ」
ハールはそれと同時に魔力を開放する。
「大いなる光の斬撃よ剣より放て。大光斬撃」
ハールの放った巨大な斬撃が二匹のフルイーグルに襲い掛かる。
フルイーグルはこれをかわそうとするが、あまりにも巨大でさらにカーラの魔法により動きが遅くなった事から直撃。
二匹はそれぞれ力尽きた。
「すごい威力だな……」
「僕の魔力全部持ってくけどね」
ははは、と力なく笑うハールはその場に座り込む。
そんなハールにカーラは微笑んで手を伸ばした。
「ありがとう」
その手を握り、立ち上がるハール。
「とりあえず、さっさと依頼済ませようかな」
「そうだな」
二人はその場に倒れている三匹の大鷲から換金部位、証拠部位を取り出す。
そんな時、ハールはチラリと横を見る。
すると……カーラは微笑んでいた。
「どうしたの?」
確かに依頼を終えたことに安心するのはいいのだが、その微笑みはあまりにも表情に出すぎている。
今までの何処にそれほど機嫌を良くさせるものがあったのか分からないハールはカーラに訊ねてみる。
「いや、何……面白いくらいに息が合っていたのでな」
それにはハールも同感であった。
ハールとカーラは即席のパーティーながらにかなり息が合っていた。
カーラはどうやらその事に気分がいいらしい。
「ハールは本当に私の弟のようだな」
少し大きいがと付け加えるカーラの表情はその美貌も相まって眩しいものであった。
ハールはそんな笑顔を向けてくる彼女に頷いた。
こうして二人の依頼は幕を閉じたのであった。
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