9話 二つの進展
時間は出発前に戻ります。
カーラが準備をしている間ですね。
幕間と思っていただければ。
時はウニーの街から出発する少し前にさかのぼる。
現在、ハール達はカーラの準備が済むまでウニーの街を徘徊している所である。
道行くたびに頭を下げられるのは何だか居心地が悪いと思っていたが、あの戦場に留まるよりはマシであった。
(もの凄いバチバチやってたからね……)
あの二人には困ったもんだよ……と心の中で苦笑しながら街をぶらぶらするハール。
ハールはこれから向かう三大国の一つスクムトに向かう為、食料や道具を見て周るのであった。
★★★
「だから! 別にあんた達には関係ないでしょうが!」
「だから! ハール様の敵は私達の敵です!」
「ハール様に謝って!」
あの後も永遠と同じ事を繰り返す三人にその場のハザンは苦笑い。
一方のアルは何かを怯えるように振り返るが、その先にいるカーラは黙々と準備をしていて気にする素振りも無い。
ほっと一息つくアルはそのまま三人を止めようと試みた。
「セラ……。確かにお前さんの態度はいかんと思うぞい。後で謝るんじゃ」
「何よ! おじーちゃんもあの弱そうな奴の味方!?」
「ハール様は弱くないよ!」
「むしろ最強です!」
またもや喧嘩になる三人。
アルは最早お手上げと首を振るが、ふと思った事を告げた。
「セラ……。聞けばその二人も“紋章持ち”らしいぞい」
そしてその言葉と共に場に沈黙が起こった。
セラですらさっきとは真反対に黙り込んでいる。
「ハザンが教えてくれてのう。ここには“紋章持ち”を非議する者はおらんから安心せい」
“紋章持ち”である事を指摘された二人は怯えた目つきでアルを見るが、優しそうな表情で見守っている様子に大丈夫らしいと安堵している。
しかし、ここで二人には気になった事があった。
「私達もというのはどういうことですか?」
そう、アルは二人もと言ったのである。
そのことに首を傾げる二人にアルは苦笑しつつ答える。
「ふむ……。実は二人同様に其処のセラも“紋章持ち”なのじゃよ」
「「え……………………」」
これには二人は絶句した。
ハザンは先ほどにハールの言葉を聞いていたので驚きはしないが、知らなかったならば分からないだろう。
二人は当のセラを横目で覗くがセラは下を向いて表情が見えなかった。
「ねえ……」
そんな時セラがおもむろに口を開く。
「なんであんた達はあいつをそんなに慕っているの?」
あいつとはハールの事だろう事は二人にもわかった。
自らの大切な人をあいつ呼ばわりされて、頬を膨らます二人はそのままセラに言った。
「「ハール様は私達を救ってくれた。それに私達はハール様が大好き。だから私達はハール様と一緒に居たい!」」
二人は声をそろえて答えた。
そんな二人にセラは戸惑いながらも口を開く。
「そう……」
言ったのはそれだけであるが、セラは心の中で三人を認める事にしていた。
(いつか私にも一緒に居たいって人が出来るのかな……)
セラは後ろにある窓から青い空を眺めるのであった……。
★★★
「えっと……確かサイ君だったかな?」
「……サイでいい」
ハールが街をぶらぶらしていると偶然にもサイとばったり会ってしまった。
この無愛想は苦手なんだよねと自分の事は棚に上げてそんな事を胸に抱く。
ふと見るとサイもハールを品定めするかのように見ている。
そして出た評価は……。
「……あんた。出来るな」
思った以上に意外なものであった。
「……立ち振舞いに隙が無い。それに何を考えているのかも全くだ」
最後の方は褒め言葉になっていないような気がするが、どうやら高評価を得たらしいハール。
――全然嬉しくない……。
彼は母親を失った事から常に出るようになった無表情故に良く誤解される。
彼は別に思慮深い訳でも、冷静さを保っているわけでもない。
ただそれを顔に出さないだけで心の中は常時嵐が吹き荒れているのだ。
そして今回も誤解される事となった。
「……バスタードソードか」
どうやらサイはハールの武器について興味があるようだ。
それにそうだよとバスタードソードを抜いてみせる。
「……使いやすいのか?」
「どうだろうね……。僕は使いやすいけど、君の場合はバスタードソードより軽くて使いやすいロングソードとかの方がいいんじゃないかな?」
「……なるほどな」
サイはまだソールとルーナぐらいの年頃である。
故にバスタードソードは使えないだろうと思っての事だったのだが……。
後にこのロングソードがサイのメイン武器となったのである。
★★★
「ただいま」
サイと共に部屋に戻ったハールは中が静かになっていた事に安心する。
(終わったのかな?)
周りを見てみると赤髪のセラは窓の外をぼんやりと眺めている。
ソールとルーナもハールが帰ってきた事でハールに抱きつくが、それ以上は何もしてこない。
カーラの方を見てみると粗方準備が終わっていたのでもうすぐ出発することが分かる。
「……そうじゃ。忘れておった」
そんな時、何かを思い出したようでアルが静かに席を立ち、一つの皮袋を持ってきた。
「ハザン。頼まれていたものじゃ」
そうして中から取り出したのは……。
――マジですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
……十枚の魔石貨であった。
「アルフォードさん……。いいんですか?」
「ふむ……。理由は分からんがこれが必要なんじゃろう?」
魔石貨は金貨100枚分の価値がある。
理由は魔石貨に使われている魔石が中に秘める魔力の純度が極めて高い黒魔石であるからだ。
黒魔石は魔力の純度が極めて高いことから、普通の魔石は赤紫色なのだが色は黒になる。
その魔力は普通の魔石の10000~20000倍に相当する。
「しかし……」
「大丈夫じゃ。“例のモノ”をこれで買い取ったと思えばいいじゃろう?」
ハザンは尚も食い下がるがアルが気にするなと強く主張してしぶしぶといった様子で受け取る。
そんな様子を無表情ながらあんぐり口を開けているハール。
「あれで……普通に遊んで暮らせるんじゃ……」
要は金貨1000枚を手に入れたものである。
あれを何に使うんだろうかと疑問に思うが、そんな時、どうやらカーラの準備が整ったようであった。
「師匠」
「ふむ……。それじゃあ見送りに行こうかのう」
そうして部屋を出て行くアルを先頭に皆が街の門まで移動する。
そしてしばしの別れを告げて、ハール達五人は街を出るのであった……。
★★★
一方ここはウニーを南下したところにある街道の途中。
其処には白髪にギラついた赤い瞳の持ち主、シードが傷ついた体を引きずり、進んでいた。
(……この俺が遅れを取るとは)
あの青髪の少年も自らと張り合える程の腕を持っていたが、金髪の女は青髪の少年よりも、また自分よりも腕は上であったのだ。
盗賊団を率いていた自分は並のそれより強いと自負していたのだが、その盗賊団もたった一人に壊滅させられ、そのプライドは今やズタボロであった。
(……次会う時には必ず殺す)
赤い眼光を光らせシードは胸に刻む。
そんな時、辺りに強い風が巻き起こった。
シードはその風に長い髪を靡かせながら、背後の気配に咄嗟に振り返っては身構える。
其処には一人の男が立っていた。
全身を黒のローブで纏いそのローブには赤いラインが入っている。
髪の色は灰色で金色の不気味な瞳がシードを貫いていた。
シードはそのあまりの存在感に足が竦み動けないでいた。
「我は世界を掌握する。共に来るか?」
普通の者が言えば何処で言っても腹を抱えて笑われる様な言葉。
しかし、この男の目はそれが本気である事を示していた。
「どうする?」
シードは男に恐怖した。
この男からは圧倒的なプレッシャーを感じる。
シードは身を若干震わせていた。
……しかし、男の言葉を断る気にもならないでいた。
「いいだろう……」
これが果たして利口な選択かどうかはシード自身も分からない。
しかし、この男に付いて行けば今とは違った景色が見えるかもしれない。
(……面白い!)
シードは僅かに口を吊り上げ、男と共に行く事を決めた……。
読了ありがとうございます。
感想・評価を頂けると嬉しいです。