7話 若き“戦乙女”
「カーラ=フィーリ……?」
「そうだ」
ハールにどうやら援軍らしき人物が来たらしく、このカーラというえらく大人っぽい少女…いや女性といってもいいだろう、そんな少女がハールの前に躍り出る。
このカーラはどうやらハールの味方のようであった。
「高々一人増えた程度で安心するのは早い」
白髪の男が赤い瞳でカーラを睨みつける。
それを済ました顔で眺めカーラは腰にかけたレイピアを抜いた。
「まずは名を名乗れ。相手するのはそれからだ」
カーラがレイピアの先端を相手に向け、決闘を申し込む様な行動を取る。
それに一瞬固まった白髪の男だが口元を吊り上げて、不気味に微笑んだ。
「いいだろう。俺の名はシード。お前を殺す者だ」
「なるほど。ならばやってみろ」
最早語ることは無いと勢い良く地面を蹴って敵に駆け出すカーラ。
(速い……)
動きが洗練されているようで、走りを見ただけでこの少女が強いことが分かる。
シードも一瞬驚いたように見せた。
だがすぐにカットラスを握り、カーラに走る。
そうしてカーラのレイピアとシードのカットラスがぶつかり合う。
レイピアで多彩な角度から素早く打ち込むカーラにハールとの戦いで体力が限界に近いシードが勝てるはずも無く、隙を突いたカーラの蹴りにシードが後ろに飛んだ。
「くっ…………!」
少し呻いて持ち直そうと立ち直るが既にカーラは追撃の一撃を放っていた。
「はあ!」
「……無詠唱!」
カーラがレイピアを振ったと同時にレイピアから大き目の電流がシードに向かう。
シードはそれを回避しようとするが、間に合わなかった。
「ぐぅ…………!」
痛みに耐えながら、シードが後すざりする。
ハールは今の様子に驚きを隠せない。
今カーラがやって見せたのは無詠唱の中雷流。
無詠唱は何度もその魔法を唱え、魔力の流れを感覚的に把握していないと出来ない。
例えるなら幅十センチ、長さ五十メートルの長さの丸太の上を目を瞑って全速力で渡りきるものである。
それが出来たカーラはおそらく自分よりも実力が上であろう。
「さて……。止めだ」
カーラはよろめくシードに最後の一撃を仕掛けようと駆け出す。
しかし、ここで黙ってやられる程シードも安くなかった。
「朽ちる速度を加速せよ! 加速!」
駆け出すカーラに一瞥して横に聳え立つ高めの石造りの民家に左手を添えて加速魔法を詠唱する。
すると民家の老朽化が進みそれが倒壊した。
「くっ…………!!!」
あわてて後ろにの被害に巻き込まれないように下がるカーラ。
それに口惜しそうな表情を浮かべながらシードは踵を返す。
「次に会ったときは必ず殺す」
去り際に捨て台詞を残してシードは消えた……。
★★★
「助かったよ……。ありがとう」
「気にしなくていい。私は頼まれただけだしな」
カーラに礼を言うハールはすぐに振り返り、傷ついた四人に駆け寄る。
「大丈夫だった?」
ハールは四人の子どもに笑いかけながら安否を確かめる。
ざっと見た感じかすり傷などは多々あるが、どうやら大きな怪我は無いようであった。
「ホントにありがとうございます……」
「おかげでみんな助かったわ……」
二人の少女がハールに涙ながらに頭を下げる。
それを手を振っていいよいいよと苦笑する。
「実際僕だけなら死んでたし……あそこのお姉さんにもお礼を言おうね」
ハールがカーラに指を指すと同時に二人も首を頷かせカーラに同じように頭を下げた。
(それにしても……)
ハールはカールを見ながら思考に耽る。
彼女は無詠唱で魔法を唱え、剣技も自分やシードより上で、動きも素早い。
只者じゃないな、などとそんな事を脳内で考えていると不意に後ろから声がした。
「ハール様~~~!」
振り返って見るとその先にいるのは自分よりも一回りも二回りも小さい二人の少女。
金髪と銀髪を激しく揺らしながらソールとルーナはハールに駆け寄り、抱きついた。
「ハール様! 怪我はありませんか!?」
「うん。大丈夫だよ」
「良かったぁ~~~……」
二人はハールが無事な事を確かめると涙を溜めた顔を埋める。
そんな様子にさっきまで身動きが取れず死にかけましたなんて言ったらどうなるか、想像に容易かった。
「あ……そうそう。ルーナ。あそこの子どもの傷を治療してもらっていいかな?」
「……あそこの少女は誰でしょう?」
ハールはかすり傷を負った四人に治癒魔法を頼むがルーナはそれよりもどうやら別のところに云ったようだ。
ルーナは可愛い笑顔を引きつらせている。
「ハール様……。あっちの人は誰?」
ソールもそれに気付いて明らかに不機嫌な顔をしている。
――なにかまずい事した……?
自分の行動を省みるが自分に欠如は無い筈である。
絶対に無い……とは言い切れないが確信に近いものであった。
「ああ……。あの子達はさっき襲われていてね……。僕が助けたんだよ」
最終的にはカーラがだけどと心の中で付け足す。
まあ実際ハールが駆けつけなければ手遅れになっていたのであながち間違いでも無い。
しかし、そんなハールに二人は「ふ~ん」とジト目で見る。
「とりあえず見てみますね……」
不機嫌丸出しの表情で四人に寄っては治癒魔法をかけるルーナ。
ソールもそちらの方に足を運ぶ。
そんな様子を見ているハールにカーラが後ろから話かける。
「君はハール君で間違いないな?」
突然自分の名前を教えても無いのに言われ、多少驚きを隠せないハール。
そんな様子に少し笑いながらカーラが付け足す。
「いやなに、君の父から加勢を頼むよ言われてね……。とりあえず話しに聞いた容姿の人物を探していると君にたどり着いたというだけだ」
カーラの話を聞く限りではどうやらハザンが助っ人を要請してくれたようである。
後でお礼でも言っとこうかと自らの父に感謝を示しつつ、カーラに再度礼を言う。
「そういえば……。今父さんは何処にいるのか分かる?」
ハールは父と合流する為に居場所を知っている可能性の高い彼女に問う。
それに「ああ。知っているぞ」と頷くカーラ。
ビンゴ……どうやら知っているらしかった。
「今ごろは師匠と話をしていると思う」
彼女曰く自分の師匠と会話を楽しんでいるらしい。
こっちは命がけで戦っていたのにである。
多少こめかみに青筋が浮かんだ気がするがそれを抑えてカーラに案内を頼む。
ガツンと言ってやる! 何時も厳しく言われたりしているのでその仕返しに見たいな事を考えつつ後ろを振り返った。
「ソール、ルーナそろそろ……」
そこでハールは口を閉じる。
目の前には二人の少女とソールとルーナが導火線をバチバチしているところであった。
「ハール様に近づいて……何が目的なんですか?」
「別に目的なんてないですけど」
「じゃあハール様に近寄らないで!」
「何でそうなるのかしら……」
いや……前言撤回。
――どうやら僕の妹達が一方的に言葉をぶつけているようだね……。
無表情の顔を引きつらせるハール。
その隙に少女の戦いは激しさを増すばかり。
「大体あなた達は何者なのですか!?」
「だから偶々盗賊に襲われてただけです! それに私にはローラって名前があるんです」
「私もリリーって名前があるわ……それにあなた達こそなんなのよ?」
「「私達はハール様の下僕です」」
まずいろいろ突っ込みたいところがあるけど、とりあえず栗色の髪の少女がローラで金髪の方がリリーと……。
頭の中で今聞こえた会話のうち聞こえた名前を頭に刻み込む。
そしてソールとルーナ……僕は君たちを下僕にした覚えがない……。
頭の中で状況把握。
それが終わって、よし止めようと足を動かしハールはフリーズ。
「何て殺気だ……」
全くその通りだよ!
驚き目を見開くカーラの意見に心で肯定しつつハールは一歩下がる。
目の前に広がる空気に耐えられないハールはさらにもう一歩下がった。
――黒い……。
ハールの第一人称がまさにこの言葉に尽きた。
そう、目の前に広がるのは混沌とした黒い空気。
(我が妹達よ……。僕は君たちにそんな技を教えた覚えは無いんだけど……)
ハールの目の前のソールとルーナは笑っている。
笑っているのだがその腹の中にあるドス黒いものをハールは見た。
対するローラとリリーも負けじとウフフと笑いながら対抗している。
(可愛そうに……)
ハールはその四人の傍で、恐怖からか抱き合う少年二人が目に入る。
僕なら軽く死ねる……二人に賞賛を送ろうと心の中で彼らの勇気を称えた。
ちなみに賞品は僕からの熱烈な拍手にしよう。
音を立てずに小さく拍手するハールに二人の少年が救助を視線で懇願してきた。
(若人よ……そんな経験も君らを強くするんだ。僕は君らに先輩としてそれを教えないといけないんだ……!)
くっ辛いぜ…とどの口が言えるのか分からない台詞を胸に秘めてハールは背を向いた。
後ろからでも彼らが絶望しているのが分かってくる。
多少の罪悪感が無いわけではないが、それよりも自分があそこにいない事の安堵の方が強かった。
「ハール様は渡しませんよ?」
「だから言ってる意味がわかりません!」
「何でそんなに必死になってるの……? 怪しい……!」
「あなた達がしつこいからだと思うけど?」
さらに激化の一途を辿る四人。
既にスレイは恐怖で泡を吹き、気を失っていた。
それを涙ながらに揺さぶるウルト。
俺を一人にしないでくれ~と悲痛な叫びがハールに届いた。
「見てて涙が出てくるな……」
全くその通りだよ!
っていうかカーラの発言は的確すぎるわ!
内心突っ込みの応酬をするがハールは冷静を保っている。(表情だけ)
……そんなこんなでこのやり取りはかなり長く続いた……。
★★★
「とにかくホントにありがとうございました」
ローラがハールに感謝の意を表しながら頭を下げる。
先ほどのたんこぶが痛々しく、ハールは引きつった笑みを浮かべながら四人に手を振る。
……あの後、一向に病まないドス黒いオーラにカーラが遂にキレた。
猛スピードで四人に駆け寄り有無を言わさず鉄拳制裁。
最後に「仲良くしろ!!」との一喝でその場は収まったが四人の頭痛は収まってはいないようだ。
何せ時折涙目で頭に出来たたんこぶを擦る少女二人が両隣にいるのだ。
「こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい……」
一部始終を戦場の真っ只中で見ていた前方の白髪の少年は顔を髪と同系色にしながら呪文の様にブツブツと何か言っているのが聞こえる。
――気持ちは分かるよ……でも今は君の方が恐いから……。
正直彼には近寄りたくないと思ってしまう。
それだけ今のウルトはハールにとって恐かった。
「それではこれで私達は……」
リリーが小さく会釈。
おそらく彼女がこの四人の中では一番歳上であろう。
勿論ソールとルーナを含めた六人とそんなに変わらないのだが……。
「今度からは気をつけるんだよ~」
手を振りながら四人と別れる。
だが途中スレイがハールに近づく。
そしてハールの顔を見上げた。
「……僕はあなたのように強くなる」
「な…………!!!」
驚き声を漏らすのはハールではなくスレイの後ろにいる三人。
「スレイがしゃべった……」
「あのスレイが……」
「ばかな……」
何をそんなに驚いているのかな君達。
別にそんな驚くことでもないんじゃないかな……?
三人の驚く訳が分からなかったが、まあ大方スレイが無口なのであろうと推測。
「そうだね…。それならまずは守りたいものを見つけるんだ。強くなるのはそれからだよ」
――とりあえず僕の親父さんが言っていたような事を適当に言ってみた……。
ハールとしては昔に自分の父親が行った事を真似ただけである。
しかし、スレイはその言葉にどうやら納得したらしい。
ローラ達も顔を輝かせ、後ろのカーラは「さすがだ」と感心しており、両隣からは「かっこいい……」などと声がする。
……もしかして調子乗っちゃった?
そんなハールを尊敬の眼差しで見つめ、ズコズコと引きこもり三人に寄る。
「それでは~」
「また会お~」
「ありがと~」
「…………」
四人はそのままハール達から離れていく。
その背中が見えなくなるまでハールは彼らを見送るのであった。
読了ありがとうございました。
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