6話 ストレス爆発
青髪を風に靡かせ、薄く赤い瞳を訊ねた少年ハールは苦悩する。
――なぜにこうなる……?
ある時目覚めたら無法地帯に赴く事になっていた。
そうして千里の果てまで旅をしたような思いに囚われながらもここまでようやく来たのだ。
――それなのに……!
少年ハールは苦悩する。
考えてみれば昔からそうであった。
何かにつけて厄介ごとが舞い込んでくる。
雨宿りに使った洞窟には盗賊が先に居たこと然り、依頼主が実は暗殺目当てだった事然り、魔物の出現頻度の多さも然り……。
――僕って実は呪われてる……?
そして今度は街に入った瞬間、盗賊に襲われる始末。
ハールは表情こそ冷静を装っていたが、体の内では嵐が舞い降りていた。
――早く旅の疲れを癒したい……。
ハールはそうして結論に至るのであった……。
「父さん。邪魔な盗賊は早く駆除しよう。皆が安心できない」
「ハール……お前……」
「ハール様……」
「かっこいい……」
ハールは怒りを露にしている。
周りからは高々15~16歳程の少年がこれほどの殺気を纏い、立派な言葉を吐いたのだ。
周囲からは感嘆の声が、感心の声が、尊敬の声が舞った。
それと同時にハールは走り出す。
「父さんは二人を頼むよ!」
ハールは前方で暴れている盗賊の先行部隊を睨みつける。
今のハールは勿論他人の為ではなく、自分の為に行動している。
――もうキレた……。早く終わらして僕は寝る!
今、バスタードソードを構えたハールが動き出す。
これよりハールによる盗賊殺戮が始まった……。
★★★
「フハハハ!」
辺りに少しばかり炎が灯っている中で、ハールはバスタードソードを振るう。
その度に盗賊が一人、また一人と倒れていく。
「フハハハハハハハ」
ハールは今まさに狂っていた。
今まで散々に溜まっていたフラストレーションが今爆発したのである。
「次は君かな……?」
「ヒッ……!」
「化け物!」
「助けておかーさぁぁぁぁぁん!!」
ハールの悪魔のような笑みを浮かべた姿に盗賊が次々と引き返していく。
今のハールはハザンでも手こずるであろう程に強かった。
「逃がすか! 光の斬撃よ剣より放て! 光斬!!」
ハールに恐怖して引き返す盗賊を逃がす程に、彼のストレスは軽くない。
詠唱と共に光の斬撃が飛んだ。
さらにハールは詠唱しては斬撃を飛ばす。
盗賊は今やカオスな状態で悲鳴をあげていた。
「フッハハハハハハハハハ! ハーーーハッハッハッハ!」
盛大な高笑いをしながら何度も何度も同じ詠唱を繰り返し斬撃を放つハール。
その様子はまさに邪神のようであった……。
「フッハッハッハ! まるで人がゴミのようだ!!」
……“紋章持ち”の二人をいとも簡単に慕わせた彼は案外邪神の正体なのかも知れない……。
「――って……あれ?」
一通り暴れ終わって、ハールの暴走はここで幕を下ろした。
ハールが我に返って見ると彼の周りには恐怖で顔を歪ませながら気絶させられた盗賊達があっちこっちに散らばっていた。
――……これは僕がやったのか……?
ざっと見渡しただけでも数は三十は居るだろう。
それを意図も簡単に殲滅した自分に身震いした。
(今度から自粛しよう……)
そんな事を胸に秘めて踵を返して三人の下に向かおうとする。
可愛い妹分でも見て癒されようとなんとも親父くさい事を考えていると、不意に叫び声が上がった。
「誰か助けて!!」
声からして少女だろうか……。
またストレスが溜まる……。
ハールは声のする方にしぶしぶと言った様子で急いで走って向かった。
★★★
「あれは……!」
駆けつけたその先には一人の白髪の男が数人の子どもに向かって歩み寄っていく。
それを子ども達は木の棒やら落ちていたナイフなどを握り、男を睨みつけていた。
「…………!」
一人の少年が木の棒を振りかぶって男に飛び込む。
しかし、男はそれを手に持ったカットラスをも振らずに蹴りで地面に叩きつける。
飛び込んだ灰色の髪の少年は地面に倒れ、呻いていた。
「スレイ!」
四人の内の一人、栗毛の髪の少女が少年に向かい叫ぶ。
それと同時に白髪青目の少年が男に駆けていった。
「うわあ!」
「ウルト!」
しかしウルトと呼ばれた少年も男に蹴り飛ばされ二人の少女の前に転がる。
「ウルト! しっかりして!」
呻くウルトに金髪碧眼の少女が駆け寄る。
その時、白髪の男がウルトとは別の方向に飛ばされたスレイに目を向ける。
すると男はスレイの左腕を見て固まる。
そしてしばらくすると目を見開いた……。
「ほう…。“紋章持ち”か…。これは珍しいものを見たな」
白髪の男が自らの持つ赤い瞳をギラギラさせてスレイに向かいニタリと笑む。
「大丈夫?」
ハールは男がそちらに気が向いている内に三人に静かに寄る。
突然現れた自分よりもずっと年上の少年に驚いた様子を見せるが、すぐに栗色の髪の少女と金髪碧眼の少女がハールに必死に懇願した。
「お願いします! スレイを助けて!!」
「このままじゃスレイが死んじゃうよぉ……」
涙ながらにそう訴える少女達。
確かに静かに歩み寄る男に目を向け、このままでは危ないとその光景を見据えた。
「スレイは確かに“紋章持ち”だけどいい奴なんだ……」
「お願い! 助けてぇ~~!」
「……分かった。ここで待っていて」
ハールは背にかけたバスタードソードを抜いて男に走り出す。
自分の傍には同じ“紋章持ち”であるソールとルーナが居るのだ。
もとよりハールには見捨てるつもりはさらさら無かった。
「覚悟!」
「……!」
ハールが男に駆け寄りバスタードソードを振り下ろす。
それに気付いた男は自らの持つカットラスを振るった。
剣と剣がぶつかり、辺りに金属音が鳴る。
ハールは尚もバスタードソードを振った。
それにあわせ、男もそれを流すようにカットラスを操る。
それから数合程打ち合い、二人は距離を取った。
「少しはやるようだな……」
男がハールに赤い眼光を送る。
その様子をハールは薄赤い目で捉えた。
男の容姿は中々で髪は白、瞳は自分よりも色の濃い赤色。
その瞳がギラギラ光、禍々しい物を感じさせる。
年は二十台そこらだろうか……。
服装は緑のベストを着て、ズボンはふっくらした茶色の長ズボン。
「どうした? 来ないのか?」
男の姿を頭の中でインプットしていると、男が痺れを切らしたようだ。
「来ないならこちらから行くぞ?」
男はカットラスを握りハールに駆け寄る。
だが、それと同時進行で男は途中で近くに落ちていた大き目の石を拾う。
そして同時にそれを投げた。
「石の速度を加速せよ。加速」
男は詠唱と共に加速魔法を唱える。
それによって速度をました石がハールに迫る。
「石程度……」
ハールは身を捻ってかわす。
すると男がカットラスを突き出してくるのが見えた。
「このっ!」
それを無理にしゃがんで避ける。
しかし、肩にかすり傷ができ、無理な体勢でしゃがんだために足を捻った。
(まずいね……)
バスタードソードを水平に振るって、受け止める男を力ずくで後ろに飛ばす。
飛ばされた男は地面に着地すると共に後ろに下がっていった。
「中々やるな……」
それはこっちの台詞だとハールは心の中で悪態をつく。
ハール自身、自分は決して弱くないと自負しているし、それは正しい。
ハールはその気になればBランク程までなら相手どれる。
Bランクを一人で相手どれるものは決して多くない。
故にハールの実力は中級以上上級者未満と云った辺りだろう。
しかし、この男は正直強かった。
自分と同等の剣捌き、身のこなし、さらに魔法まで使える。
もしかしたら自分よりも強いかもしれない……ハールは万全を喫して魔力を溜め始めた。
「これで終わりだ……!」
男がハールに向かい走ってきた。
それを傍めにハールはゆっくり深呼吸をする。
そしてカッと目を見開いた。
「大いなる光の斬撃よ剣より放て! 大光斬撃!!」
ハールは自分の全ての魔力をつぎ込み、剣より辺りを覆いつくす程の大きな光の斬撃を放った。
「……でかい!」
そうして辺りを飲み込む巨大な斬撃。
大きな衝撃音と共にあたりに砂煙が立ち込めていく。
「すごい……!」
栗毛の少女が茶色の瞳を見開かせ、思わず漏らす。
他の三人も同様に驚いていた。
ハールは前方を警戒して男の安否を確かめる。
そして、煙が晴れ男の姿が露になった。
「まさかここまでやるとは……」
……何と男は立っていた。
男は咳き込みながらボロボロの体に力を込める。
あの一撃を受けてなお立っている男に五人は驚愕する羽目になった。
「……まさかあれを喰らって立つなんてね」
ハールはお得意の無表情だが内心ではかなり焦っていた。
この一撃は今のハールの全ての魔力を持っていった。
故に今のハールは魔力ゼロ。
さらにこの一撃の反動でハールは足が震えてその場から動けない。
(やばいね……。このままじゃ殺られる……)
「……どうやらお前は今の一撃で体力が無くなったようだな」
男は剣を構えハールにゆっくり近づく。
(……あと少しなのに)
ハールから見ても今の男は満身創痍。
もし反動がなく動けていればおそらく勝てるだろう。
しかし、自分は今、動けない。
ゆっくり近づく男にハールは息を呑んだ……。
「…………何?」
そんな時男が突然後方に飛ぶ。
するとさっきまで男が立っている場所に小さな落雷が起こった。
「誰……!?」
ハールは突然放たれた魔法の主を探すため首を必死に動かす。
するとハールの後ろにその人物が立っていた。
青いロングコートの下に上半身を覆う鉄の鎧を着て、ズボンはみっちりとした黒の長ズボン。
髪は金髪で瞳の色はエメラルドグリーン。
その容姿は飛びっきりの美少女で年は自分と同じか少し年上くらい。
「私はカーラ=フィーリ。君に加勢するよう頼まれた」
……其処には後のSSランクホルダー“戦乙女”が立っていた……。
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