3話 二人の妹
「という訳で二人をここに連れてきました……」
ハールが先ほど父からの愛の鉄拳により頭に出来た大きなたんこぶを擦りながら、無表情の顔が若干涙目になっている。
……あの広場で二人と共に光魔法を使って脱出した後、ハールは急いで宿屋までダッシュして、ハザンの部屋に逃げ込んだ。
しかし、その時ハザンは部屋には居なく、とりあえず二人の身に纏っていた汚い布ではかわいそうだと二人の服を脱がそうとした。
勿論ハールには他意は全く無く、純粋に優しさからの行動だったのだが、そこで丁度ハザンが部屋に入ってきたのだ。
そして、ハザンはフリーズ。
しばらく無言で静寂を共有する四人だが、少女二人の頬が多少赤くなっていたりと、いろいろな事がハザンのいつもの冷静な思考を狂わせ、何を勘違いしたのか「この変態馬鹿息子がぁぁぁぁぁぁ!!!」という宿屋を破壊しかねない大破壊力を秘めた怒号と共にハールの寿命が縮む羽目になった。
ちなみにこの時のハールは周りから人が見ていればいろいろな意味で痛い視線を送られた事であろう。
「……なるほど。状況は分かった」
やっと分かって貰えたよ……母さん。
ハールは身振り手振り、さらにはいつもはあまり感情を出さない顔の表情を今回ばかりは総動員して状況説明に成功。
ちなみにハザンが納得するまで説明した時間は二時間ほど。
それまではかなり痛々しい目で見られていて正直ハールとしては辛いものがあったのである。
「とにかくそういう事で……」
「――まあ俺の勘違いに関しては謝ろう。しかしこの二人をこれからどうする気だ?」
その言葉と共に少女二人は顔を下に向け、ハールはう~んと唸る。
ハールとしては二人を放っておく事はしたくないが二人にも二人の事情があるし、何より今は旅の途中。
正直危険が付き纏うのでそれに巻き込むのもハールには気が引けた。
「――二人は親はいるの?」
一応、二人の状況を確認しないことには何も出来ない。
もし居るのなら其処まで送っていけば良い。
しかし、ハールは少女達の答えがなんとなく分かっていた。
「私達に親は居ません……」
ですよね~と内心溜め息をつく。
もし二人に親がいたのならあんなところで、しかもこんな危険な状態に陥る事はまずありえない。
しかも二人は両方とも“紋章持ち”。
この少女は双子なのだそうだが、その双子共が“紋章持ち”などハザンでも聞いたことが無いという。
そんな状況ではたして親が二人を懸命に育ててくれるのか……。
(おそらく捨てられたんだろうね…)
故に二人を親元に帰すという案は逢えなく散った。
後の選択肢は二つ。
このまま二人を旅に連れて行くか、見捨てるか……。
「取り合えず食事を取ったらどうだ?」
ハザンが決死の思考に伏す息子に街中を歩くように促す。
確かに二人には自分が幼い頃に着ていた小さいローブをそれぞれ貸しているが、そのローブも所々に傷が入ったり破けたりしている。
確かに先に街で服装と食事からしたほうがいいとハールも頷いた。
「じゃあ二人とも外に行こうか」
ハールは二人を外に連れ出す。
そんなハールに二人は恐縮しながらもついていった。
そうして残されたのはハザンだけとなる。
ハザンは今しがた出て行った息子の後姿を思い出しながら感慨深そうに呟いた。
「しかし、ハールが自分から動くとはな……」
今までのハールはどこか自分の言ったことをするだけの受動的な動きが多かった。
しかし、今回の二人の少女の事においては自ら考えて行動したのである。
「サン……。ハールも少しずつだが成長していっているよ……」
息子の成長に空の上で微笑んでいるであろう愛しき人に向かって呟いた。
そしてハザンも訓練用の服装をして、件を振るう為に部屋を出るのであった。
★★★
宿から出た三人はさっき騒動があったところから出来るだけ離れた店を訪れてた。
「いらっしゃいませ」
店に入ると同時に店員さんが無料のスマイルを送ってくれた。
この店は服を売っているところで、先に二人に服を買う事にしたのである。
「二人とも、選んでいいよ」
ハールは二人に少しばかり微笑みながら服を選ぶように促す。
しかし、少女二人は石像のように固まっている。
どうしたの、と不安に思いながら二人の顔を覗くと二人はどうやら遠慮をしているようであった。
「私達に綺麗な服なんて買わなくても大丈夫です……」
銀髪の方の少女が戸惑いながらも、遠まわしにそんなにしてもらわなくて良いと言う。
金髪の少女の方もどうやら同じようである。
「それに……どうして私達なんかに優しくするんですか?」
確かに最もだと思う。
“紋章持ち”であることを知っていつつ、何の恩も義理も無い少女を助けようというのだ。
少女からしてみれば何か企んでいるんじゃないかと不安に思うのも無理は無いと言える。
しかし、ハールはその言葉に表情を崩さず、ただ「なんでだろうね…」と告げた。
「僕自身も分からないんだよね……」
「ではどうして助けたのですか……?」
ハールはこの二人の少女が幼いながらもきちんとした言葉使いをしているのに内心苦笑しながら、その質問に答える。
「ただこんな幼い少女が死に掛けている事に戸惑いを感じた。ただこんな少女に恐怖して手を差し伸べない大人に腹が立った。それだけさ」
ハールはそこで言葉を区切る。
少女はぽかんと口を開けてハールの薄赤い瞳を見つめるだけである。
そんなふたりに、ハールは不意に自分の過去について語る。自分がある王宮に住んでいたこと、そこで母を亡くした事、それから父と共に旅に出た事、それらを語って、自分も君たちと同じように昔は苦労したものだよと言いながらも下を向いた二人に近寄り、跪いてそれにと付け加える。
「こんな幼い少女が“紋章持ち”だからってあんな態度取るのはおかしいと思っただけだよ」
ハールは二人に自分が思った事全てを語った。
僕らしくないな、と内心不思議な感覚になりながらもその事に後悔はしていない。
そんな事を思っていると不意に少女二人がハールに抱きついてきた。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」」
ハールの胸で容赦なく目から滝を流す二人。
この二人にとって周りは恐怖の対象としか見られなく、自分達を“ただの”少女として見てくれる者が今まで居なかった。
それだけにハールの言葉をこの二人の心に良く響いたようだ。
「ほらほら。君らも早く服を選んで」
何時までも自分の胸で泣いている少女を慰め、それぞれの服を一緒に選ぶ。
その様子はまるで兄妹のようであった……。
★★★
あの後一通り服装を見て選んだのが、二人ともおそろいのピンクのワンピースであった。
ワンピースといっても戦う時や激しい動きをする時でも使えるような身軽なものである。
ちなみに二人の左腕の紋章は包帯で巻いて隠してある。
そんな三人が今居る場所は街の外れの飲食店。
二人はそこで食事を取っている最中だった。
「「ホントにありがとうございます……」」
尻込みしながら頭を下げる少女二人。
そういえば名前を聞いてなかったな…と今更ながら自己紹介を試みた。
「僕の名前はハール。ハール=トムクス。君らの名前は?」
ハールは自分の名前を告げて、二人に順番を回す。
しかし、二人は答えずにそのまま下を向いた。
「――私達に名前はありません……」
「あ~~~……」
迂闊だった…ハールは気が回らなかった自分を殴りたくなった。
この二人はおそらく名前など気にする余裕も無いくらい苦しい生活を送って来たに違いない。
そうなってくると今までお互いをどう呼んでいたのか気になったのだが、二人曰く名前も呼ぶ事が無かったらしい。
目立たないようにひっそりと生活してきたらしい二人に声をかける事など必要ないことであった。
「なるほどね~……」
さてどうしようか……。
頭を捻り状況確認をしてみる。
この二人は住むところが無い、金も無いようで、さらには親に捨てられている。
オマケに名前もないときたものだ。
(まさに八方手詰まりだね……)
この二人が自力で生きていく事は艱難を通り越しての自殺行為。
ハールは顔を綻ばせながら恐縮そうに出された食事を食べている二人に白旗を振った。
(父さんに頼んで、僕がしばらく面倒を見るしかないよね……)
ハールはお手上げとばかりに溜め息をつき、二人を真っ直ぐ見つめた。
二人はそんな青髪の青年を訝しそうに覗きながら首を傾ける。
(あ~畜生! 可愛いな~)
ハールはついついそんな邪心に自らの心に進入される。
そして大きく首を振り、頭を殴った。
(どうやら僕はかなりこの二人を気に入ったようだね……)
ハールとしては二人は既に妹のような存在である。
そのことを認識して、改めて覚悟が決まった。
「二人は行く当てあるの?」
「いえ……まだ何も……」
「じゃあさ。僕達について来たら?」
「え………………」
少女二人は呆気に取られる。
連れて行っても何のメリットも無い……さらには“紋章持ち”である二人にそんな事を言うのだ。
「い……いいのですか……?」
ホントに言葉遣いがなってるな~。
ハールは驚いて、なおかつ期待を露にしているその顔を眺めながら、頭を縦に振る。
「こんな少女を放っておく事は僕には出来ないしね……。父さんも許してくれるさ」
ハザンは確かに厳しい父親ではあるが、こんな小さな少女を何の施しも無く送り返す事も、自分の覚悟を無下にする事も無いと強く確信するハールは大丈夫と二人の頭を撫でる。
それに目を気持ち良さそうに細めながら少女ら二人は嬉しそうに頷いた。
「それで二人の名前なんだけど……。ソールとルーナでどうかな?」
我ながら安直だと思いながらも中々しっくりきている事に多少胸を張る。
二人の第一印象がまさに太陽と月である。
故に魔法言語で太陽と月の意味を持つ言葉に習ってそんな名前を二人に送った。
「あの……ありがとうございます」
「ホントにありがとうございます」
二人は顔を輝かせてハールからのプレゼントに喜んだ。
その様子に微笑みながらハールは気に入ってくれた事に安心する。
「それじゃあ父さんに言わないとね」
少女達の皿が空になっている事を確認して、銅貨三十枚を払って店を出る。
申し訳なさそうに、しかし嬉しそうにハールについて行く二人。
そんな兄妹のような様子に微笑ましい表情を浮かべる街の人々。
(明日からいろいろ教えないといけないな~)
主に生き残る為の手段を……と軽く呟くハール。
ぶっちゃけハールは未だに無法地帯であるバランを恐れていた。
……勿論表情は変えずに…。
「ハール様……? 大丈夫ですか?」
「何かあったらすぐに言ってください」
しかし、どうしてそれがソールとルーナには気付かれたのか、何と心配されてしまった。
(――この二人。僕の表情を読み取るのか……! 大物になるかも……)
そんな二人に感心を抱いて宿屋を目指す。
彼らの背を照らす夕焼け空は明るい色で街を照らしていた。