1話 一組の親子
旅をするのは一組の親子です。
そして向かう先は……。
ユスターヌ暦1335年。
ここはとある小国のとある宿屋の一室。
雲一つ無い綺麗な青空を窓から見ながら、長くも無く短くも無い青髪をした少年がベットから起きだした。
「夢……か……」
少年はボーとしつつも着替える為にかばんの中を探る。
そうして衣服を手に取りそれに着替え始めた。
服装はいつもと同じ黒に黄色のラインの入ったロングコート。
ズボンは黒に近い灰色なものにギザギザの肌色のラインが入っている。
「……母さん」
ハールは今しがた自分の見た夢についていろいろな事を思いながら、隣の部屋に移動する。
少年の隣の部屋に居るのは、少年の父親であるのだ。
「父さん。そろそろ出発する時間だけど……」
ハールはドアをノックして自らの父に朝を告げる。
するとしばらくしてから、凛とした顔付きのいかにも戦士といった風貌の男がドアから顔を覗かした。
「相変わらずハールは早いな」
感心感心と云ったような表情をするハザンは部屋に戻り、出発の支度をする。
その様子にハールは無言で見つめてからそのまま部屋に戻っていった。
★★★
「さて。そろそろ出るぞ」
支度を済ましたハザンとハールはそのまま宿屋を出る。
ハザンはいつものように青みがかった鋼鉄の鎧の上に赤のマントを羽織っていた。
ハザンはハールと同じ青髪をしているが、瞳の色は碧色。
おそらくハールは髪の色はハザンに似て、薄赤の瞳は母のサンに似たのだろうとハザンは言っている。
しかし、ハザンがそういうといつもハールは下を向き顔を悲しそうにするのであった。
ハールは十年前に失った母の悲しみがまだ完全には癒えていないのである。
その為にどうしても消極的になり、その表情はいつも無表情である。
「父さん…? どうしたのさ」
「ああ。少し考え事をな……」
「――変なの……」
ハールはそれ以上は返答しなく、そのまま街道に出る為の街の門まで向かう。
ハザンはその様子に肩を竦めて歩き出した。
この二人は今からこの小国をでて、バラン地方の入り口、ネクスゲートに向かっていた。
「……ねえ、父さん」
「ん? どうした?」
「いやさ……なんで無法地帯のバランなんか行くのかなって…」
元々ハールとハザンはギルドで定期的に稼ぎながら各国を転々として暮らしてきた。
しかし、ある時突然バランに行くようにハザンが言い出したのだ。
ハールはその理由が分からない為に自分の父に訊ねた。
「ああ。実はバランに居るある人物に会う為にな……」
ハザンは自らの息子に簡単に説明していく。
話によると、ずっと探している人物をハザンは探す為にいろいろと国を周っていたと言う。
初めて聞かされる事に若干驚きながらもハールは小さく頷いた。
「あれ……そうなるとその人物と会った後はどうするの?」
今までその人物を探していたのならば、その人物と会って用が済めば今までのように各国を渡り歩くような事をする意味が無くなる。
今まで単純に旅をしていたと思っていたが、急に目的を教えられたのでその後の動向が気になった。
「そうだな……。終わったら一旦国に帰ろうと思う」
「――――そう」
ハールとしては未だに母の殺された現場である王宮に戻るのはいささか嫌な思いであったが、父が戻るというのなら仕方ないかと一応了承。
そんなやり取りをしているといつの間にか街の門を潜っていて街道に入ろうとしていた。
「ハール。忘れ物は無いな?」
「…いつまで子ども扱いしてるのさ」
ハールは半ば呆れつつ「無いよ」と一言。
その様子にハザンが息子の成長に感心したのが半分、それで人付き合いが大丈夫なのかと心配が半分と云った表情をする。
しかし、ハールが子ども扱いをしないで欲しいと言いたくなるのも無理は無いかも知れない。
ハールはもう15歳になる。
背中にかけているバスタードソードを使った剣術はランクSの依頼をもこなした事のある父に直々に教えられたもので、いっぱしの冒険者になりつつあった。
「それより父さん。聞けばネクスゲートまでの道は魔物が多いって聞くけど?」
「ああ。ランクで言うとE~Bランクが多く出るらしい」
「なるほどね。ランクCまでなら僕でも普通にいけるけど、キラーウルフとか出てこられたら面倒くさいね」
ハールは無表情のままに街道を進んでいく。
その表情からは心の中を読み取れないが、ハールは不安に思ってはいない。
実際問題ハザンが居るのでさほど気にすることは無いだろうとハールは思ったのである。
ハールにはハザンが負けるような姿を見たことが無いし、想像も出来なかった。
そんなことを思っていると不意にハザンが足を止めた。
「ハール」
その一言でハールはすぐにバスタードソードを抜く。
長さは120センチ以上で太さは大体四十センチほど。
それを両手で構えてハザンの向くほうをハールも見据える。
すると五匹ほどのフィロシウスモンキー(ランクC)が現れる。
体長150センチほどで毛皮は赤色。
牙がかなり長く動きもそれなりに素早かった。
「ハール。向こうの二匹はお前がやってみるんだ」
ハザンはバスタードソード抜いては一気に魔物に駆け寄り、一体の首を切り裂く。
その動きは一流の剣士ですら追えるかどうかと言うものであった。
「……さすが」
鎧を着けているにも関わらずあれほど速く動けるハザンに心の中で感心する。
そんなハールに横から一匹の獰猛なサルが近づいてきた。
「邪魔だよ」
その無表情からは殺気すらも読み取ることは出来ない。
ハールは勢い良く飛び込んでバスタードソードを振り下ろす。
ハールの放った一撃はそのまま魔物の頭を切り裂き絶命させた。
「次」
感情のこもって無いような無表情でもう一匹を見つめ、魔力を溜めた。
ハールはハザンに剣だけでなく魔法も多少なり教えてもらっていた。
そしてハールの持つ魔法はハザンと同じ属性魔法の光魔法であった。
「光の斬撃よ剣より放て。光斬」
無表情のままに詠唱と共にバスタードソードを振り、光の斬撃を放つ。
それは魔物に見事命中して、切り裂き魔物がよろけた。
「隙あり」
ハールはよろめいたフィロシウスモンキーに走り寄り剣を振るった。
ハールの一撃を貰った魔物はその場に倒れこみ、身体を震わせて、やがて動かなくなった。
「ハール。こいつらの毛皮は換金できる。取り出しておくんだ」
どうやらハザンは一瞬でけりをつけたようで、既に毛皮を剥ぎ取りハザンを待っている。
「はいはい。ちょっと待ってね」
ハールはそんなハザンを横目に魔物の毛皮を剥ぎ取り、それを自分の革の袋にしまっていく。
「…ちなみにここからネクスゲートまでどのくらいなのさ?」
街道を出てすぐに魔物と出会ったのだ。
別に恐いわけでは無いが、遠いのであれば面倒だとハザンの方を向いて返事を待った。
「そうだな。あまり遠くないから2~3日程で着くだろう。」
その言葉に二日も魔物の相手をするのかと呆れながら、一週間等ではなくて良かったと安堵する部分もあった。
つまりハールからしてみれば微妙な距離であったのだ。
「まあそんな嫌そうな顔をするな。実践の経験を積むと思えばいいんだ。それ、また来たぞ」
ハールが振り返ると街道脇の森からワイルドウルフの群れが出てくる。
ハールはそれに溜め息をつきながら、バスタードソードを構えて、群れの中に駆け出すのであった。
次回「“紋章持ち”の双子」です。
ちなみに無表情の裏のハールも明らかに……。
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