26話 惨劇
遂に謎の男来る!!
みたいなノリで。
ここはバラン地方の中でも有数の大きな街ハドーラ。
其処に住む人々の数もバランの中では一、二を争い、街も無法地帯にしては驚くほど発展している。
さらにここには冒険者も多く訪れ、さらには傭兵なども警備をするよう金で雇われている為、普通盗賊でもこのハドーラを略奪対象にすることは今までに一度たりとも無かった。
…いままでは。
「なんでハドーラに盗賊が!!?」
「知るか!! ともかく避難しないと…」
「何処にだよ!! 出入り口二つは盗賊が居るんだぞ!!」
「ああ…。どうすれば…」
今現在ハドーラの街は盗賊による大規模な略奪にあっていた。
もしこれが、たかが一つや二つの盗賊団だけで街に攻め込んできたのならば、すぐに警備に取り押さえられていただろう。
しかし、規模が違った。
何十もの盗賊団が結託してハドーラの街に足を踏み入れたのである。
街は破壊され、家や建物は燃やされていて、人々は必死になって盗賊から逃げていた。
今や街は混乱の極みであったのだった…。
★★★
「セラちゃん、ここら辺は片付いたみたいですよ」
「ふぅ…。全く! 何て数なのよ!」
街の表通りでセラ、ラーシア、ミドル、ダニルの四人は数人の盗賊を倒していた。
しかし、そんな四人に休む暇など与えないと次々に盗賊が襲いかかってくる。
「まだ来るのか!?」
ダニルが驚き半分呆れ半分で向かってくる盗賊に目を向けた。
そして剣を構えては先頭の男を切り捨てる。
「ラーシア! 広範囲魔法で一掃できるか!?」
「時間が掛かりますが…やってみましょう!」
ミドルが迫ってくる盗賊の猛攻を抑えつつ、ラーシアに魔法の使用を促した。
それに頷くラーシアはすぐに準備を始める。
「私はラーシアに付くから!」
魔力を溜めているラーシアは完全に無防備のため、セラがラーシアの守りに付くことにした。
そうして三人が盗賊の猛攻を食い止める。
それがしばらく続いた後、ラーシアの準備が終わった。
「行きます! 槍の雨を降らせ! 雨槍!」
ラーシアはその灰色の瞳で盗賊を捕らえ、詠唱した。
すると盗賊の頭上に小型の水の槍が次々と降り注いでいった。
「な、なんだこりゃあ!!」
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
ラーシアの魔法によって次々と盗賊が倒れていく。
しかし、まだ盗賊は何人も残っている状態である。
「油断している暇は無いんじゃないか?」
魔法の被害に逢わなかった者でその光景に戸惑っている盗賊達をミドルとダニルが撃退していった。
その動きは先ほどの魔法に怯えて満足に動けない盗賊達に捕らえる事はできないでいた。
そうして、時間は掛かったが四人は盗賊をあらかた片付ける事に成功した。
「一応ここからは離れた方がいいかもな」
ダニルの言葉に頷く三人。
確かに何人もの盗賊を相手取った四人は疲れが溜まって来ていた。
よってこの場に居座るのは得策では無いと判断して四人は移動を開始する…筈だった。
「――――誰よ…!?」
セラを含め四人が立ち止まった。
それもその筈である。
今まさに四人の目の前には一人の男が立っていた。
その男は長い白髪を携えていて、黒いローブを身に着けている。
年は二十後半から三十前半位で、顔は鼻筋が通っていて中々の造形だが、決して甘い顔をしている訳ではない。
それは大きな目の中にある禍々しい赤い瞳がそうさせているのだろう。
「何て殺気なのよ…!」
セラは一歩後退する。
それに釣られて他の三人も顔を蒼白させた。
この男の放っている殺気は他の盗賊など比べ物にならない実力者である事を諭していたのである。
「そこの赤髪はアルフォードのガキだったな」
そんな四人に…セラに声をかける白髪の男。
「…そうよ。それが何?」
セラは男を睨み、警戒する。
この男が何者であるか分からない以上下手に動けないというのが四人の現状。
四人はこの殺気の中で必死に逃げ出したい気持ちを抑えていた。
「なるほど。ではお前には人質になって貰わねばな」
男が殺気を放ちつつローブの中からカットラスのような剣心が少し曲がった緑色をした剣を取り出す。
その瞬間四人は悟った。
――この男は敵だ…!
「ダニル!!!」
「ああ!!!」
四人が一斉に武器を構える。
目の前の男が強いと分かっている以上、四人は神経を研ぎ澄ませ男を睨んだ。
「愚かな者だな」
それを一瞥して男もカットラスを構えた。
「俺は他の三人には興味がない。悪いが死ね」
男はその言葉と同時に駆け出す。
そして次の瞬間…その姿が消えた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!」
セラが気付いた時には背後から叫び声が上がっていた。
それにセラは慌てて後ろを振り返る。
そんなセラの目の前に広がる光景にその茶色の目を見開いた。
何と、さっきまでは前方十メートル程のところに立っていた男はいつの間にか背後に居たのだ。
その男は口元を吊り上げて立った今切りつけて座り込むダニルを見下ろしている。
「ダニル!」
ミドルが相棒の名前を叫びながら白髪の男に飛び掛る。
しかし、飛び掛った瞬間にミドルは男の素早い剣閃の餌食となった。
「ぐあああああ!!」
腹から大量に血を噴出すミドル。
そんなミドルに止めをさそうと男が構えた。
「させるかぁぁぁぁぁ!!」
その時座り込んでいたダニルが立ち上がり黄色いマントを靡かせながら男に切りかかった。
そしてダニルが振るった剣は…空を切った。
「遅い」
その言葉と共に男はダニルの背後から剣を突き刺す。
そして緑の剣先はダニルを捕らえ、その胸を貫いた。
「――え………?」
ラーシアはその光景を唖然として見ていて、すぐには反応が出来ないでいた。
だが、次第に状況を理解するラーシアはそのままダニルに駆け寄った。
「ダニル!!!」
彼女は慌ててダニルのそばまで走り寄り、その身体を揺らす。
しかし、ラーシアの行為も虚しくダニルはすでに息絶えていた。
「ダニルーーーーーーーーーー!!!」
ラーシアは目の前で息絶えた仲間の名をあらん限りの声で叫んだ。
彼女の目から大粒の涙が零れおちる。
しかし、そんなラーシアを白髪の男が待つはずも無く。
「お前も死ね」
その一言と共に背後に現れ剣を振りかぶった。
「よくもぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
しかし、その瞬間怒り狂ったようにミドルが男に剣を突き出した。
だが男はまたしても消え、ミドルの背後に現れる。
「次はお前だ」
そして次の瞬間に男はミドルの背中を大きく切り裂いた。
「ミドル!!!」
ラーシアはあらん限りの声でミドルの名を叫ぶ。
そんな彼女に向かって倒れたミドルを男が蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたミドルにラーシアが近寄るがすでに致命傷を負っていて助かるものではなかった。
「…ラーシア………逃げろ……!」
ミドルが最後の力を振り絞り語り掛けた。
「いや! 二人をおいてなんて…」
ラーシアは目の前で倒れている仲間の言葉に首を振る。
ミドルはそんな彼女に最後の言葉を紡いだ。
「い…ろいろ…あったけ…ど楽し…かった…ぜ………」
そしてミドルは絶命していった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
目の前で仲間を二人も失ったラーシアは大粒の涙を流しながら絶叫する。
その光景を見ている事しかできないでいたセラは目の前の光景が信じられなかった。
何人もの盗賊を相手取っていた二人がいとも簡単に殺された。
その事にショックを受けていたセラは男がラーシアに迫っているのを見た。
「ラーシア! 逃げて!!」
しかし、今のラーシアの耳には入っていないらしく、その場を動こうとしないラーシア。
セラはダッシュで駆け寄り短剣を抜いた。
「よくも二人を…!」
そして目の前の白髪の男を睨みつける。
しかし、男はそれに不敵に笑った。
「お前のようなガキが俺をやれると?」
男は凄まじい殺気をセラに放った。
セラはこの殺気と似たものを感じた事があるのを今更ながら気が付く。
そう、これはアルも放つプレッシャーに似ているのだ。
それを真っ向から受けたセラは足がガクガクと振るえ、立ちすくむ。
そんなセラに男がゆっくりと近寄ってきた。
「セラ!!」
その時、白髪の男に向かい一つのナイフが飛んできた。
それをカットラスで弾くが、さらに二本ほどナイフが飛んできたのでそれを後方に下がってかわす。
その隙にナイフの投げ主はセラに急いで駆け寄った。
「ヤマト!」
駆け寄ってくる黒髪黒目の少年の名を呼ぶセラ。
そしてヤマトに続き、ザックも現れた。
「何だよ…。これ…」
ザックが目の前の光景に絶句する。
ラーシアが泣き叫んでいて、その隣に息絶えた二人の男が横たわっているその光景に…。
「ヤマト…あいつが……!」
セラは目の前の白髪の男に目をやった。
しかし、セラが見たとき男はその場から動かずにただ立っている。
いや、ただ立っていただけでは無く今しがた自分にナイフを投げてきたヤマトを見て驚いたような顔をしていた。
「――――まさか“黒の民”の生き残りが居たとはな…」
男はヤマトに視線を向けそう呟いた。
それを聞いたヤマトとセラは訝しげな表情で男を見る。
しかし、男はすぐに構えを戻した。
「お前が二人を殺ったんだな?」
ヤマトは最終確認を男にする。
その言葉に男は口を吊り上げた。
「…お前がやったんだな?」
その言葉は疑問系ではあるが、確信を持ったものである。
その言葉と共にヤマトは怒りを露にした。
「…覚悟はいいか?」
そして感情が高ぶり超感覚能力が発動した。
雰囲気を変えたヤマトに感心したように白髪の男がヤマトに目を向ける。
しかし、怒るヤマトにはそんな事はどうでも良かった。
「ザック! セラ! ラーシアさんを頼む!」
ヤマトは声を張り上げそう叫ぶ。
そして刀を抜いては切っ先を男に向けた。
「我が身の身体を向上せよ! 身体強化!!」
ヤマトは男に向かって怒号を吐きながら駆け出した。
★★★
ヤマトは駆け出しては刀を白髪の男に突き出した。
「遅い」
その場に居た筈の男が一瞬で消えた。
ヤマトが突き出した刀の切っ先は虚空を突く羽目になった。
「っつ…」
ヤマトは直感に従い咄嗟にしゃがんだ。
その瞬間にヤマトの数ミリ頭上を緑の剣閃が走った。
「ほう…」
男は感心したように声を漏らした。
まさかこんな子どもに自分の斬撃が避けられるとは思わなかったというのが本音だろう。
確かにいつものヤマトなら避けられなかっただろう。
しかし、今のヤマトは超感覚能力が発動している状態。
ヤマトは男の速すぎる動きを事前に直感で悟ったのだ。
だが、その力を使ってもなお男の剣には避けるのが精一杯であった。
(…加速魔法か)
ヤマトは表情こそ怒りに満ちていたがその思考は何故か冷静であった。
それがマストによる効果かはわからないが、ヤマトは男が加速魔法を身体にかけていることを見抜く。
しかし、同時にかなり驚いていた。
(まさかじっちゃん以外で加速を身体にかけれる奴が居るなんて…)
加速を自らの身体にかけるのは相当な負担を強いられる。
それこそ普通の人なら二、三秒で息が切れる程に…。
しかし、この男は平然と加速魔法を身体にかけていた。
そのことは嫌でもこの男の実力をヤマトに伝わらせていたのである。
ヤマトはそれを感じても尚、戦意を失わずに男に向かって駆けた。
「なんて戦いなのよ…」
セラはこの戦闘を見守る事しか出来ないで居た。
とても自分が入れるような戦いではなかったのだ。
男の目にも留まらぬ速さの剣閃を次々にヤマトは防いでいく。
一方のセラにはその白髪の男の動きを目で追うことも出来ないで居たのだ。
それ程の猛攻をヤマトはギリギリではあるが避けていっている。
「すげえ…」
一方のザックもその攻防を見て息を呑んでいた。
ザックから見てもこの二人の攻防は並ではない。
男の動きは目で追えない程に速く、しかしそれをヤマトは予知の如くに敵が剣を振るう前に動く。
(私は…何も出来ない…)
セラはその光景を見て、何も出来ない自分に苛立ちを感じていた。
そしてそれは傍から見ているザックも同様であった。
(力になりたいのに…)
今朝に誓った決意。
誓った筈なのに何も出来ない自分がいる。
そのことにセラには耐えられないものがあった。
そんな思いにとらわれている時、激しい金属音が鳴った。
「まさか身体強化魔法が使え、さらには俺の動きについてこれるとはな」
「はあ…はあ…」
ふと顔を上げると、セラが自分の無力感に苛まれている間に二人は距離をとっていた。
しかし、ヤマトの方は体力をかなり消耗しているらしく、息が上がっている。
対する男は余裕の笑みを浮かべヤマトに剣を向けていた。
「お前は後に我らの計画を脅かす可能性がある。ここで確実に死んでもらう」
男の笑みは余裕のものから不気味なものに変わった。
瞬間、ヤマトは男が何をするかを悟った。
「セラ! 逃げろ!!」
ヤマトは叫びながらもセラに向かい駆け出す。
それと同時に男は目にも止まらぬ速さで動きだした。
「え? え?」
ヤマトの言葉の意味が分からないセラはその場で困惑する。
そんなセラの背後にはいつの間にか白髪を翻して剣をセラに振り下ろそうとしていた。
そして辺りに大量の血を撒き散らせながら何かが倒れた…。
「あ…ああ………」
セラは背後を振り返り目を見開く。
……其処には血溜まりの中で倒れているヤマトの姿があった…。
読了ありがとうございました。
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