21話 お祭り2
今回は伏線多し。
そして…祭りもフィナーレです。
美人コンテストの会場を後にして五人はそのまま人に流されるように照らされる道を進んでいた。
既に日は落ちていて、夜空が広がっている。
ちなみに一人は全身包帯を巻いたミイラになっている為、人数に数えてはいない。
そんなこんなで五人と一匹が辿りついたのは投げナイフを使ったダーツ屋であった。
「ダーツか~」
「面白そうね」
ヤマトは店に近づき、様子を見てみる。
どうやら、投げ矢の代わりに投擲用のナイフを的に投げ、一定のポイント以上になれば賞金が出るというものである。
真ん中のポイントが十点、その次が九点というようになっていて持ちナイフは五本。
その条件で四十点以上あれば銀貨一枚、四十五点以上で銀貨五枚、五十点で銀貨十枚という賞金であった。
しかし、的との距離が異常に長い。
余程ナイフを投げ慣れていないと賞金が貰えるようなものではなかった。
そう、普段ナイフを投げ慣れているような人物でもなければ……。
「俺の出番……かな?」
そのダーツに向かい一歩踏み出し果敢に挑戦するのはヤマト。
戦闘でも良く投げナイフを使うヤマトにとってこの距離は余裕なものであった。
「オジさん。俺にダーツやらして」
「はっはっは。粋がいいね~。この距離で出来るかな?」
ヤマトが普段ナイフを投げ慣れている冒険者だとは夢にも思わないダーツ屋の店主は、笑いながらヤマトから参加料の銅貨三枚を受け取る。
「ほい。じゃあ君。頑張ってな」
店主からナイフを五本渡され、ヤマトはナイフを投げる位置につく。
ヤマトは目を閉じ、集中する。
そしてゆっくり目を開き、第一投。
それが滑らかに宙を滑り、的のど真ん中に刺さった。
「まずは十点」
その様子を唖然と見入る店主にセラ達は苦笑い。
「ちょっとヤマトを舐め過ぎたわね」
二投、三投と十点を次々に叩き出すヤマト。
もうすでに四投目を投げ、四十点を獲得して、残り一投を振りかぶっているところだった。
(ナイフ投げは死ぬほど練習したからなぁ)
実は二年前の謎の黒ローブの男との戦いで加速魔法を使ったヤマトは、いざという時の為に投擲用のナイフで的に正確に当てるように練習していたのである。
勿論そんな事を知らない店主はヤマトの投擲の腕に絶句していた。
(そういえば……。あのローブの奴、何が目的だったんだろう?)
ふと疑問に思ったヤマトだが、まあいいかとそのままナイフを投げる。
これまた綺麗に的のど真ん中に吸い込まれ、貫いた。
「やりぃ!」
見事五十点獲得したヤマトに他の見入っていた客から拍手が送られた。
まさかこんな子どもに……、と泣く泣く賞金を手渡す店主が少し可愛そうになった六人であった。
★★★
「いや~。また銀貨増えたな~」
ヤマトは頭を掻きながらやってしまったとばかりに苦笑いする。
「まあ投擲用のナイフでも買うかな」
最近多く使って、今は少なくなった自分の飛び道具を思いつつ、五人を連れて先に進む。
その先にはこれまた人が群がっている店があった。
「武器屋?」
其処は武器屋であった。
ちなみに武器屋といってもしっかり防具も揃えてある…が、祭りの最中である今はそれは関係ない。
近くに行くと其処で行われている内容が書かれた看板があった。
「ジャンケン二十連勝でお好きな武器一つプレゼントォォォォ!!?」
ジャンケン…それは掌を握ったのを石、掌を開いたのを紙、人差し指と中指の二本を出したのを鋏とし、鋏は紙に、紙は石に、石は鋏に勝つものとして勝負を争う古来より伝わりし決闘法である。
「でも二十連勝か…。難しいなんてもんじゃないよね?」
ソラの言うとおりこれは並の運ではまず出来ない。
この店のルールによればあいこでも負けになるらしい。
よって一回勝つ確率は三分の一。
これが二十回やって一回も負けれないのであれば…もうわかるだろう。
確率の低さは十億分の一を軽く超える。
しかし…。
「でも銅貨一枚だぜ!?」
ミイラ化ザックが興奮気味に包帯で覆われた口をフガフガしながら曇った声で答える。
ここがこの店の商売上手なところであった。
確率からして銅貨約三十億枚(魔石貨千枚分)で一つの武器である。
普通の武器の値段は銀貨数十枚から金貨数十枚。
高いものでも魔石貨数枚である。
これだけを見れば誰も参加はしないだろう。
しかし、今は祭り。
興奮気味の客にそんな計算できる筈も無く…。
「確かに銅貨一枚だからね…。やるだけやってみる?」
そう、全員がまあ銅貨一枚くらいならいいかとこの商売に乗ってしまうのである。
そうして魔の手にかかるものがまた一人増えていった…。
★★★
「…全然勝てねぇぇぇぇ!!!」
「何て難しさなの…」
「九連勝まで行ったのに…」
ヤマト達はあれから何度も何度も挑んでいった。
しかし二十連勝など出来るわけが無く、今現在で三十七回目の挑戦である。
「はっはっは! 俺はジャンケンは強いからな!」
店主が愉快そうに笑う。
十九回まで負けてよい男のどの口がいうのか、しかしそんなことは失敗に失敗を重ねた六人には口にする気力さえない。
そんな哀れな六人に近づいてくる影が一つあった。
その者は銀の髪を少しばかり短くさせた、黒いロングコートを身に纏った少年であった。
「何をしてるんだ? お前らは」
「サイ!」
ヤマトらの目の前に現れたのは彼らのリーダー的存在であるサイであった。
「でもサイ君…。寝るって…」
「朝から晩までか? 数刻前にはすでに起きている」
確かにごもっともだと六人は思うばかりである。
しかし、サイがこのような騒がしい行事に参加するとは夢にも思わなかった。
そんな視線で見てくるロイにサイは多少苛立ちを含めて、周りを見渡した。
「サイィィィィ! 俺じゃ無理だぁぁぁ! 仇を執ってくれぇぇぇ!」
「ザック、お前は何故ミイラのコスプレをしてるんだ? その姿で寄るな。気持ち悪い」
「ひでえ!」
泣き顔でサイに迫るミイラ化したザックだが、サイは接近を許さず身をサッと引いてかわす。
周りの様子から大体の状況を察したサイは六人を眺めては、呆れて溜め息をついた。
「普通無理な事がわかるだろうが…。まあいい。おっさん俺にやらせろ」
銅貨一枚を投げ渡し、そのまま店主の目の前に立つ。
その佇まいに何故か神々しさを感じる。
その生意気な姿にムッとした店主はそのまま拳を振りかぶった。
「さて…後悔するなよ?」
サイもそれに合わせて拳を滑らせ古より伝わる決闘が始まった…。
★★★
「――何回買った?」
「十七回目…あ、今ので十八回目です」
「すごすぎるでしょ…」
「ありえない…」
ヤマト、ロイ、セラ、ソラの四人は顔を引きつらせる。
しかし、それも当然。
なぜならサイはあれから一回も負けていないのである。
「あ…十九連勝です…」
フィーネが恐れいったというように呟く。
周りの客も唖然とそのジャンケン勝負を見入っていた。
「くっそぉぉぉぉぉ!!!」
「ふん…」
そして運命の二十回目のジャンケン。
結果は店主がグーでサイがパー。
石は紙には勝てない。
つまり、サイの勝利であった。
「悪いな。俺は生まれてから一度もジャンケンに負けた覚えが無い」
この一言でショックで崩れ落ちる店主にヤマトは同情の心を覚えてしまった。
ともかくも、サイはたった銅貨一枚で店の中の武器を一つ貰えるという美味しい結果になったのであった。
「ほらよ…。こん中から持ってけ…」
今までの儲けが水の泡だと涙目の店主は面白く無いようにケッと吐き捨てて店の中を案内する。
そんな様子を見ても躊躇無く店の中に入っては歩き回り、武器を選び始めるサイに六人は一種の図々しさを感じた。
その中で気に入った物があったのかズカズカと店の奥に歩いていき、一つの剣に手を伸ばした。
「ほう…。それを選ぶか」
最早吹っ切れた店主が感心したようにサイを見る。
「そいつはガノン№24、闇波動の魔法陣が刻み込まれたロングソードだ。その武器の最大の特徴は魔石をセットしておけば魔法を使いたいときに魔方陣に溶け込む仕組みであることだな」
本来魔道具には付与魔方陣に魔力を直接流すか魔石を溶け込ませなければならない。
しかし、このロングソードは柄の部分にあるスロットに魔石をセットしていればそこから魔石から出る魔力が勝手に魔方陣まで流れ、魔法を剣から放つことが出来るという。
魔道具は魔力を保有していない者は魔石を魔方陣に溶け込ませる為に一旦敵と離れる必要がある。
そうして魔石を取り出し、魔方陣に溶け込ませるまでにかかる時間はだいたい二秒ほど。
時間にしてみれば大した事は無いが、斬り合っている最中ではその二秒の時間は余程の腕でもない限り命取りになる。
しかし魔石を予めセットしておけば後は自分が出したい時に魔法を放てるというのだ。
「勿論魔石を使い終えればまたセットしないといけないがな。それでも魔石を入れ替えるタイミングさえ出来れば大丈夫だ。これは魔道具の天才職人であるガノンの最新作だ!」
「ほう。興味深いな…」
店主の説明に目の前の傑作に興味を見せたサイはそのロングソードを観察する。
このロングソードは自らも持っている武器に似ていた。
長さは今持っている長剣を五センチ程短くした感じで、太さは十センチ程。
刃の色は遠くで見れば白に見えるほど薄い紫で剣先が光を反射しキラッと光っていた。
「――これを貰おう」
そして深く思考に浸っていたサイは新たな相棒を決めた。
「――たく。銅貨一枚でそれを持ってかれるとはな」
店主は苦い顔をしながらもサイにガノン№24を手渡す。
「ぶっ壊れたら修理可能な限りは俺が見てやる。まあ大事に使え」
「言われるまでも無い」
そうしてふっと笑ったサイはそのまま貰った武器を持って店を出ていった。
彼の足取りからはかなり満足しているのが取れる。
その様子を唖然と見ていたヤマト達はその場に立ったままであった。
「置いてけぼりだったね…」
「ああ…」
「って、待ってよ! サイ君!」
先に行ったサイを慌てて追いかける六人も急いで店を出て行った。
「今度はちゃんとした客として来てくれよ」
そんな銀の髪の少年を追いかける六人(一人ミイラっぽい者が混じっているが…)の背中を店主が先ほどとは違い、清々しい顔で見送った。
久々にいい目を持った少年にあったのだから武器を持っていかれても悪い気はしていなかった。
しかし、見送った店主はふと大事な事を思い出す。
「――そういえば、魔石が別売りだって事、伝え忘れたな…」
…後にこの事が命取りとなることを知る術は、この店主もサイも持ってはいなかった。
★★★
五人と一匹は何とか先を行くサイと合流しては勢ぞろいで道を進んでいく。
そんな時、フィーネが不意に足を止めた。
「あ、あれは…!」
フィーネが見つめるその先にあるのは祭りの定番(?)クジであった。
「ん? あれが欲しいのか?」
どうやらフィーネが欲しいのはそのクジの一等である金色のブレスレットである。
かなり綺麗なブレスレットで確かに少女なら憧れそうな物である。
「いえ、一等ですし…。無理ですよね…」
フィーネが残念そうに俯く。
その様子に周りが励まそうとするがあのブレスレットは普通のものではないらしい。
「あのブレスレットは魔道具なんです…」
フィーネによればあれは魔石か自らの魔力を魔法陣に溶け込ませることで、低級だが光魔法が放てるとのこと。
「サイ君の剣と同じ、職人ガノンの作品なんです」
フィーネとしてはサイも新たな武器を手に入れたし、自分もあれが欲しいと思うのだがそれは皆も同じである。
そうして諦めて道を進もうとするときにソラが口を開いた。
「ヤマト」
「ああ。フィーネ、俺がアレ取ってやろうか?」
「え…?」
あっけらかんとそう言い放つヤマトにフィーネがぽかんとする。
サイ以外も断言できる訳がわからないようで首を傾けていた。
「まあ任せて。な?」
フィーネの背中を軽く叩き、そのままクジに直行していく。
当のフィーネは顔を赤くしながら兄を見るような目でヤマトの背中を眺めている。
そんな視線を受けながら、ヤマトは店の女性を呼んだ。
「おばちゃん。クジ引かせて~」
「あいよ!」
元気良く答えてくれる四十後半位の女性に銅貨三枚を渡す。
今からすることにちょっとした悪戯心を感じたのか密かに口元を吊り上げる。
そして…ヤマトは目を閉じた。
「ねえ…。あれって…」
「――まさか!」
ヤマトの背中を見守る六人は驚愕した。
アレを使う事自体に…ではない。
使うタイミングにである。
まさか、たかがクジ如きに使うとは…言いだしっぺのソラは笑っているが皆は呆れていた。
何せあれは大量の魔力を使うのだから、こんな遊びに使う事自体おこがましい。
だが、ヤマトに迷いは無いようである。
そうして二分ほどが経っただろうか。
店の女性が苦笑いしながら「早くしなよと」と急かす中、遂にヤマトの目が見開いた。
「これだ!!!」
マストにより発動した神の如き直感で引き当てられたクジをそのまま店の女性に渡す。
はいはい、と子どもを見るような目で(実際子どもだが)ゆっくりそのクジの封を解くがその中身を見て目を見開く。
そして店のベルが鳴った。
「一等! 一等だよ!!」
女性がおめでとうと商品のブレスレットをヤマトに手渡す。
しかし、それを見ていた後ろの反応は…
「セコイな」
「セコイぜ」
「セコイでしょ」
…微妙なものであった。
「そんなこと無いですよ!」
ヤマトが皆にダメだしされる中、一筋の光が舞い降りた…フィーネだ。
ヤマトの気持ちだけでも嬉しいのに、賞品まで取ってきてくれたのだ。
そんなフィーネにヤマトも笑顔になってブレスレットを手渡した。
「ありがとうございます! 大切にしますね!」
それに対してフィーネもとても嬉しそうに、頬を朱に染めながらブレスレットを受け取った。
そんな光景を微笑ましい表情で見守る“三人と一匹”。
しかし、一人だけは違っていた…。
「ヤマト」
セラが笑顔でヤマトに殺気を放つ。
――なんで?
そんな彼女にヤマトは冷や汗を掻きながら、思考を働かせる。
自分は何もしていない筈…しかし、セラは笑顔を見せているのだが、内心は随分と不機嫌極まりないらしい事が分かる。
――殺られる…。
このままでは自らの人生にバイバイしなければならない。
自らの記憶も取り戻していない今にそれは嫌である。
だが、この状態を逃れる為の策は…無い。
「ザックどうすればいい…?」
…考えた結果、その身を持って体験したミイラ化のザックに応援を求めた。
「う~ん~…。あれだ、セラにも何か買ってやればいいと思うぜ? ほれ。其処の店で」
口元をフガフガさせて指差すその先には雑貨屋があった。
なるほど、プレゼントでご機嫌取りだな!
ザックの意見に乗り、ヤマトはダッシュで店に駆け込んだ。
そうして満足顔で戻ってきたヤマトはセラに近寄って…。
「ほい」
手に持った黒色の髪留めの紐をセラに渡した。
「まあフィーネだけにプレゼントってのもあれだしな」
笑顔で渡すヤマトにセラはぽかんとして、その後現状を理解して顔を朱に染めていく。
「べ、別にそういうわけじゃあ…」
朱に染まった頬をさらに色濃くするセラ。
だが、言葉とは裏腹にその表情はかなり嬉しそうであった。
そんなこんなで夢見心地のセラに微笑ましい視線を向けるソラ。
すると不意にヤマトが近寄ってくる。
「はい」
へ、と口をぽかんとするソラにヤマトが手渡したのは銀色の鳥が描かれたブローチ。
「――なんで?」
「いや、だからフィーネだけにプレゼントってのはどうかと、な?」
ソラの疑問に首を傾け当然のように皆平等だと口にする。
その様子に溜め息をついてはソラは苦笑した。
「まあそうなるかな。ヤマトだもんね…」
「…?」
訳がわからないといったような顔をするヤマトにさらに苦笑い。
それでもブローチを貰ったことに素直に礼を言った。
その表情はとても嬉しそうなものであった。
「さて。そろそろ時間も遅くなってきたな」
辺りをチラッと見渡しながらサイが口を開いた。
確かにもう夜中に近い時間である。
それに頷く五人と一匹は宿に戻ろうとそのまま元来た道を歩き出した。
すると不意に後ろからヒュルルルと得たいの知れない音がしてきた。
それに一同が振り向いた。
そして目の前の光景に言葉を失う。
……夜空に輝く炎の花に…。
「花火だな…」
サイが感慨深く頷く。
この花火も魔道具の魔法で作られており、炎、光、圧縮魔法の三つの魔法で出来ている。
炎と光の魔法を別の魔道具で瞬時に圧縮魔法を発動させ、その後一定時間経てば圧縮魔法が解け、それが爆発する。
しかし、圧縮魔法は今や古代魔法の一種であり、これにはかなりの魔力が必要とされる。
さらには大陸中でも数個しかこの魔法が封じられている魔道具が残っておらず、実際に行使できる者は現在一人しか確認されていない為に、このような花火などは滅多に見れるものではない。
「綺麗…」
誰かがそう呟く。
その言葉に全員が頷く。
ヤマトも空に咲く花に目を奪われている。
そんなヤマトにゆっくりとセラが寄り添った。
「――また見れるといいわね」
朱に頬を染めてそう呟いた。
少しらしくないセラに少し戸惑うが別段気にする事無く、微笑んで頷く。
「そうだな~」
その様子を見ていたソラが微笑んで、ザックが包帯の下の顔にニヤニヤと笑みを浮かべる。
――この時間がずっと続けばいいのに…。
その場に居た全員が心を一つにした瞬間であった…。
★★★
=====同時刻=====
「準備は整ったか?」
そこは真っ暗な小屋の中、ろうそく一本だけで辺りを薄っすらと照らしている。
その中に椅子に腰掛けている長い白髪を翻して黒いローブを纏う男が、近くにいる全身黒ずくめのフードを被った男に視線を向けた。
「はい。明日には各地から集まった盗賊が一斉に雪崩れ込む手筈です」
「そうか。せいぜい暴れてくれることに期待するとしよう」
その言葉と共に男は立ち上がっては近くに置いていたカットラスを手に取る。
「明日は俺も出向くとしよう」
「な………!」
その一言と同時に武器を一太刀、恐るべき速さで振るう男に部下の男が戸惑いを見せた。
「お言葉ですが、あなた様が出向くほどではないかと…」
「ふん。相手はあの“魔道王”。直接戦う訳ではないがそれでも保険はかけておくべきだ」
そうしてカットラスをしまう白髪の男。
そして部下に一瞥して自らの目的を再度確認した。
「明日、例の“モノ”を手に入れる。そのための準備はしっかりしておけ」
「はっ!」
部下を下がらせ、白髪の男は踵を返す
その薄暗い中でその男の赤い眼光がギラついた…。
★★★
「ふむ…。知らせたはいいが…、遅いのぅ」
ここは宿の一室。
その中で紺色のローブで身を包むアルが溜め息をついていた。
「もうそろそろこの街に来てもいい筈じゃが…」
アルはヤマトらが祭りに行っている間、情報を集めていた。
集めていた情報は、ある女性の居場所。
情報に寄れば、真っ直ぐ此方に向かってきているようではあったが、今日中にはハドーラに着くと思われていた女性は一向に来ない。
「まあ、あやつの事じゃ。どこかで道草を食っているだけじゃろうが…」
しかし、アルは溜め息をつくだけで心配など欠片もしていなかった。
理由は単純、自分と匹敵するほどに…その者はあまりにも強いのである。
「早く例の“モノ”を届けてもらわねばのう」
アルはこのとき眉間にしわを寄せ、深刻な表情を浮かべた。
前々から付近の様子が気になっていたアルにとって、今アルが所有している“モノ”は一刻も早く渡しておきたい代物であったのだ。
「ふむ…。胸騒ぎがするのう…」
どこか不に落ちない表情を浮かべて、アルは窓から見える豪快な音と共に咲く花火を見ながら、誰にも聞かれることの無い呟きを漏らした…。
★★★
そしてここはハドーラまでの街道。
月の光に照らされ、腰辺りまでの長い金髪の髪を翻しながら、颯爽と街道を歩いていく一人の女性の姿があった。
年は二十代程でその姿は凛としており、顔の造形は目が覚める程の美女。
そんな彼女が身につけているのは赤いコートに青い長ズボン。
左手には赤い指輪が光っていて、コートの中には上半身を覆う銀色の薄い鎧が目に付く。
その姿は美しく凛々しい…絵に書いたようなものであった。
「――少し遅くなってしまったな」
そんな時、近くの茂みからゆっくりと魔物が姿を現す。
その姿は二メートル程の巨大な蝙蝠。
ジャイアントバット、危険度Bランクの魔物である。
それが音も立てずにその女性に飛び掛った。
そんな魔物の獲物である彼女は歩くその足を止める事無く、自然な動きのように腰に手を当て細身の剣、レイピアを取り出す。
そして、それを振り向かずに後ろに払った。
恐るべき速さで剣を振りぬかれたジャイアントバットは一瞬で真っ二つになった。
「さて…。ここらで野宿でも取るとしよう」
そんな魔物の襲撃を何でもないと言ったように無視し、野宿の準備を取る金髪の女性。
「明日までには着きたいものだな」
そうして女性は街道の隅の草むらで野宿の準備を始めた…。
★★★
「今日は楽しかったね」
花火を見終えたソラが満足のいった顔で呟く。
「そ、そうね!」
セラも先ほど自分がヤマトに寄り添ったことに顔を赤くしながらも嬉しそうに頷く。
…傍からみれば、挙動不審のようではあったが。
「また明日からギルドで依頼しないとな~」
「全くだぜ!」
包帯を取ったザックが新鮮な空気を吸いながら、ヤマトの言葉に肯定。
そうして祭りを楽しんだヤマト達は真っ直ぐ自らの泊まる宿に向かい帰路に着いた。
…しかし、そんな彼らに着々と魔の手が忍び寄っていた事にヤマト達は気づかなかった。
明日はヤマトにとっては運命の日となるだろう。
今日を終えれば、ハドーラ全域を巻き込んだ大規模な襲撃事件が幕を開けることになる…。
遂に来ました。
謎の男に謎の女。
彼らは一体何者…?
というところで引きました。
次回からはいよいよ一章のクライマックスに入っていきます。