16話 魔物大討伐1
今回は大規模な依頼の話です。
無事に盗賊退治を終えたヤマトらは街に入って宿に戻る為、街の大通りを通る。
その最中では淡々と歩くアルの後ろで、涙目で殴られた頭を擦るヤマトに心配そうに声をかけるフィーネ。
そんな二人を面白くないような顔でチラチラと横目で見て、拗ねたようにそっぽを向くセラ。
その光景に苦笑しているソラとひたすらに怯えるロイ。
さらに隣ではザックが街の女性に声をかけようとするのを溜め息をつきながら引っ張っていくサイ。
そんな八人の様子は今日も平和なものだった。
…しかし、街のあちらこちらではある出来事で騒がれていた。
街の東側…アル達がここに来るときに通った街道のある方では、現在魔物の大繁殖が起こっていたのであった。
★★★
盗賊討伐を行った次の日。
ヤマトらは盗賊討伐の完了を伝える為、証拠品である盗賊の持っていたいくつかの盗難品をギルドに持っていく。
そうしてたどり着いたギルドはなにやらかなり大騒ぎの様子にあった。
「なにかあったのか?」
「さあ? 騒がしさがいつも以上ってだけじゃない?」
セラの言うとおり、ギルドは基本的に騒がしい。
その理由は、冒険者の中に血の気の多い輩が多いこと、酒に酔って大声で話をする者がいること、チーム勧誘やパーティーに他の者を誘うためどうしても呼びかけやコミュニケーションが必要なことなど様々である。
しかし、今回の騒動はあまりに大きすぎる。
それも皆が掲示板に注目して集まっていた。
何かあったのかと、ヤマトとそれに付いて行くセラはその人ごみに入っていった。
「ヤマト! あれを見て!」
「何々…」
見上げた掲示板には大きな一つの依頼書が貼られていた。
他の者の視線もそれに向いている事からこの騒ぎの原因はおそらくこの依頼書だろう。
その内容はこんなものであった。
=====緊急依頼=====
内容
昨日、このハラードに通じる二つの街道の一つである東側街道に魔物の大繁殖が確認された。
至急、大繁殖された魔物の数を減らすべく、討伐を行って欲しい。
参加する人数及びパーティー数は無制限。
次の条件を満たしていれば依頼の受注は誰でも可能とする。
依頼受注条件
危険度Dランク以上の任務を最低三回は成功していること。
報酬
倒した魔物の証拠品を持って来れば、その魔物のランクに応じて報酬が払われる。
注意
魔物の中にはAまたはSランクのモノもいるらしい。
腕に自身のある者だけ受注せよ。
==============
「――なんかすごい事になってんな~」
「魔物の大繁殖…。そういえばここに来る途中でそんな事が耳に入ったかも」
事態の真相を知った二人はとりあえず人ごみを抜け、受付で依頼の完了を済ませるアルを待ちつつ事の事態を他の五人に告げる。
「魔物の大繁殖…。何年かに一度起きると聞いたことがあるが…。ここまで騒ぐ必要があるのか?」
「ふむ…。サイ、どうやら今回の大繁殖は規模が違うらしい」
騒ぎの大きさに疑問を感じたサイに報酬を受け取り依頼を完了したアルが顎髭を擦りながらこちらに歩いてくる。
どうやらあまり状況は良くないらしく、功績を挙げているアルにもギルドの方から依頼の誘いがあったそうだ。
アルの表情は深刻そうなものをしておりその場の七人は黙ってアルの言葉を待った。
「これに関してじゃが…、わしらの参加については皆の意見を聞きたい。」
アルは真剣な顔付きで全員に参加の意志の有無を求めた。
しかし、全員の答えはすでに決まっていた。
「俺らに掛かれば魔物が何体来ようと余裕だぜ!」
「じゃあ、お前に粗方任せるとしようか。」
「サイ君…。ザック君が死んじゃうよ…」
「いいんじゃない? 痛い目見ないとわからないんだから。この馬鹿は」
「それでもザックの事だから、わからないかも…」
「セラちゃん、ソラちゃん…。少し言いすぎかと…」
「ザック…。ほら、泣くなよ…」
「ヤマトぉ~。お前だけが友達だ!」
「―――――…ああ、そうだな~」
「今の間は何だったんだ?」
どうやら七人に異論は無いようであった。
全員が参加の意志を告げるとアルはそれに頷き、依頼を受ける為に七人を連れて受付に向かった。
「わしらも緊急依頼に参加したいのだが…」
「かしこまりました。条件確認の為ギルドカードを見せてもらいたいのですが、まあ必要ありませんね。何せかの有名な“魔道王”なのですから…!」
「その名はあまり大きい声で言わんで欲しいのぅ…。昔のことじゃしのう」
「あ、すいません。では改めて依頼の受注ですね。…はい、受注確認しました。気をつけて行ってらっしゃいませ~」
依頼を受けた八人はそのまま東側街道に向かうべく、踵を返してギルドの出入り口を出る。
全員が魔物討伐を成功させる為、気合を入れた。
「あの受付の人…。可愛かったなぁ~」
…いや、一人だけそんな事を微塵にも感じていない“奴”がいた。
ヤマトはこの日ほどザックに対して呆れたことはなかった。
「ザック…。一回死んでみるか…?」
「サイ…。私も手伝うわ」
この日一人の少年が半死半生に陥ることになることが確定した。
(ザック。俺はお前の勇姿を決して忘れない…!)
そのバンダナ少年の勇姿をその目に焼き付けるヤマトは、今まさに断末魔の叫び声をあげる茶髪の少年に合唱して永遠の別れを告げた…。
★★★
街の門をくぐり街道に出たヤマトらはまずは魔物との遭遇率に驚いた。
街道に出て、道に沿って歩くこと十分で魔物の群れと出くわしたのである。
幸い出たのは危険度Eのワイルドビーという全長一メートルより少し低い程の巨大な蜂が数匹程度だったので、特に苦戦する事無く切り抜けることが出来た。
しかし普通、街道に沿って歩けば魔物とはそんなに遭遇しないはずなのだ。
この前のワイルドウルフの時もそうだが、ここ最近の魔物の出現率がかなり高めであるのは間違いないだろう。
「これは想像以上かもしれんのう…」
そもそも、この魔物の大繁殖は7,8年前から大きくなっていたのだが、今回のそれはさらに大きいらしい。
事態の大きさに不安を募らせるアルは子ども達を連れて街道を進み、その先にある平原に足を踏み入れた。
「なんだか…、あっちこっちに冒険者がいるね」
視線の先にかなりの冒険者が屯っている姿を見て、ソラが少しだけ驚愕した顔を見せる。
今八人の目の前では中々の数の冒険者が草原で森に入る準備をしていた。
確かにここなら森に入る為に準備をする場所としてはいい場所だろう。
「あれらは今から魔物討伐に向かう者じゃろうのう。これよりも多くの者がすでに向かっていると見えるのじゃが――」
一旦言葉を区切り、はあと溜め息をついて続きの台詞を吐き出した。
「こんな纏りのない状態であれば被害が増えると思うんじゃがのぅ…」
確かに目の前の光景では、一人一人が自分が先に魔物を討伐して報酬を受け取ることしか考えてないように見える。
集団で集団を相手するならともかく、集団に個人で相手取るのは余程の腕前か、愚者の選択である。
「ともかくじゃ、このままわしらも討伐に赴くかのう」
そうして八人は平原の外れにある森の中に足を踏み入れていった。
冒険者達がに入る理由は簡単で、森の中の方が魔物が多くいるからである。
故に依頼を受注している冒険者のほとんどが森の中に入っている。
魔物を探すため、先に進んだ八人は魔物の叫び声のようなものが聞こえ慌てて音の発生源に向かう。
其処には冒険者が十人ほど集まり、その足元には何匹かの魔物が倒れていた。
「よう。じーさん達も魔物討伐か? だが一足遅かったな」
「ここらは俺らが片付けた。まあ魔物はかなり多くいる。先に進めばまだいるんじゃないか?」
その十人は三チームから集まっており、どうやら協力して討伐している様子。
「ふむ…。まともな冒険者も居るようじゃのう」
感心感心といったように頷くアル。
それから冒険者に状況を確認するため情報を求めるが、その冒険者の一団もここに入ったばかりらしく情報というほどのものを持っていなかった。
そんなこんなでアルは感知魔法をかけ魔物の居場所を探し出す。
しかし、その瞬間アルの顔が一瞬だけ眉を寄せた。
「皆、ここにかなりの数の魔物が向かって来よる! 戦闘準備に入るのじゃ」
は? と呆ける冒険者達に気を止める事無く八人は一斉に武器を取り出す。
その瞬間に何十、何百という魔物の群れが押し寄せてきた。
「な…なんだ!? この数は!!?」
「これはさすがに多すぎるだろ!?」
口々に騒ぎだす冒険者達だがすぐに武器を取り出す。
そんな中でもヤマト達はさほど慌てる様子を見せなかった。
それはこの場に佇んでいる老人への絶対の信頼があるからである。
「皆、とりあえず一旦森を抜けるぞい」
アルを先頭に八人は元来た道を駆け出し、それに後ろの冒険者達も続いていった。
しかし、その目の前にも魔物が複数現れる。
これによって前と後ろに魔物が立っていて、このままでは挟み討ちになってしまうだろう。
故にアルのとった行動は…
「全員先に行くのじゃ。後ろはわしがやっておこう」
アルは踵を返して後ろから迫り来る魔物の群れに向かい走り出していった。
「じーさん! 無茶だ! 殺されるぞ!?」
「なに。安心せい。この程度で殺られる程にわしも落ちぶれておらん。それより目の前の魔物に集中するんじゃな」
アルの言葉に前を見ると後ろほどではないが魔物が多く立ちふさがっている。
確かに集中した方がいいだろう。
やるしかないと冒険者一同は武器を握る手に力を込める。
「じっちゃんよりむしろ俺らの心配した方がいいって。我が身の身体を向上せよ。身体強化」
一言加えたヤマトは詠唱と共に走り出す。
「身体強化魔法ですって!!?」
冒険者の魔道士と思われる女性が息を呑み、叫んだ言葉に他の冒険者の何人かも目を見開く。
その言葉に数人の者は首を傾げるがその魔法に精通している魔道士達はヤマトに釘付けとなった。
それほどにヤマトが唱えた身体強化魔法は珍しいのだ。
そんな光景を目にして、心底気分を害する者がここに二人ほどいた。
「ヤマト! 何誘惑してるのよ!」
「てめえ! 俺が目につけてたお姉さんに手ぇ出す気か!?」
全くの勘違いをするセラと全く懲りないザックがヤマトに怒鳴りつつ、近づいてくる魔物を次々に討伐していく。
「あの銀髪の奴…。まだガキだよな…?」
「ああ…。見た目は成人には見えないが…強い」
冒険者の中でも剣を扱い、持っている数人はサイに見とれていた。
サイは初心者とは思えない動きで襲い来る魔物を何匹も切り捨てていた。
その隣ではソラとフィーネとロイが固まって敵を倒していく。
「はあ!」
ヤマトも負けじと危険度Fランクのゴブリンとオオイタチ(イタチが大きくなったもの)を切り捨てる。
さらに横からビックマウスが突撃してくるのを見て、それに目掛けてヤマトはナイフを投げる。
「ナイフの動きを加速せよ。加速」
そのナイフが速度を増し、巨大なネズミの頭に深々と刺さり白い毛皮が赤色に染まる。
そしてその魔物が倒れた。
ヤマトがちらっと横を見ると他の冒険者も負けず劣らず魔物を倒していく光景がその瞳に映った。
(これなら――)
誰もがこのまま森を抜けられると安堵した。
……しかし現実はそんなに甘くなかった…。
ズシンと地響きが鳴った。
それが回数を増していき、その根源である魔物が目の前に立ちはだかった。
それは青と緑色の体に右手には大きな棍棒を持ち、顔には大きな目が一つと口だけ。
頭の上には小さな角があり、その全長十メートルを軽く超えるであろう魔物はこちらを食い入るように見つめてきた。
「サ…サイクロプス…!」
誰かが息を呑んだ。
だが、無理も無いだろう、サイクロプスは危険度Aランクで上級の冒険者でも苦戦は必死の魔物である。
ここにいる者では正直、他に襲い掛かってくる魔物を倒しつつにこの魔物の相手はとても厳しいものがあった。
「全員横に逃げろ! このまま相手をすれば全滅するかもしれん!」
集まった冒険者の内の誰かが叫んだ。
その声にハッと我に返った皆がその声に従うように茂みに飛び込みその場を離れようと駆け出した。
「あれは無いよぉ~」
ソラが泣き言を呟く。
彼女も分かっているのだ、危険度Aランクのこの魔物に勝てる可能性があまりに絶望的である事を。
(確かにAランクが居ると聞いたが、こんなところで会うなんて…)
そう思わずにはいられないヤマトはとにかく魔物から出来るだけ離れるように身体強化を駆使して全力で走った。
勿論後ろの方から魔物の軍勢が襲いかかってくるが、ヤマトは近づいて来る危険度Eランクのウァンパイアバットを切り捨てた。
魔物の攻撃を凌ぎながらもヤマトは他の者を見失わないよう周囲を見渡す。
そしてヤマトの目には赤い長衣を纏っている赤髪の少女が目に入った。
その背を追いかけながら、ヤマトは後ろから迫り来る化け物から逃げの一択を選び続けるのだった。
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