14話 二年後の彼ら
一章旅立ち後半部に突入。
舞台は二年後のバラン地方。
そのバランでも有数の街、ハドーラにヤマト達は滞在する事になる。
――というわけです。
どうかお暇な方は読んでやってください。
ユスターヌ暦1343年
ここはバラン地方のとある街道。
その道の先にはバラン地方の中でもかなり大きな街であるハドーラがある。
しかし、この街道には多くの魔物が生息しており、街道と言えど油断はできない。
そんな街道で魔物と対峙している七人の少年少女と一人の老人の姿があった。
青みがかった灰色の毛皮に鋭い牙を口から生やし、尻尾を激しく振ってその集団に今にも襲いかかろうとするのは、危険度Dランクのワイルドウルフの群れである。
じりじりとワイルドウルフが近づいてく。
対するその集団は互いの背中を囲むように固まってワイルドウルフを睨みつけていた。
そうして睨み合いがしばらく続き、狼が雄叫びあげ、集団に一気に襲い掛かった。
「おじいちゃん!」
肩くらいまで伸ばした赤い髪の少女が叫び、赤い長衣の下から短剣を取り出す。
その茶色の瞳には強い光が宿っている。
短剣を取り出した時にきらっと、胸にぶら下げている星型のペンダントが赤く光った。
「ふむ」
呼ばれた白髪の老人は片手を挙げ、指を鳴らす。
すると何匹かのワイルドウルフが吹っ飛んだ。
「はあぁぁぁ!」
吹っ飛んだ狼の次に襲いかかってくる一匹に茶髪に赤いバンダナを巻いた少年が身に着けている白いジャケットを揺らし突っ込む。
そして、狼が噛み付くその前に、頭に一発拳をぶち込む。
怯んだ狼に短剣を持った少女が首を切り裂いた。
その狼は首から赤い鮮血を噴出し、力無く倒れる。
「まずは一匹」
「いや、二匹だ」
二人は声のした方に向く。
すると少しばかり短い銀色の髪に銀色の瞳を持っている二人よりも少し背丈が高い少年が後ろに立っていた。
黒いロングコートを着ていて、その下から黒いシャツが見え、黒い長ズボンを履いている。
その全身黒の衣服の少年が手に持った長剣の切っ先には首を斬られ絶命しているワイルドウルフがいた。
「――さすがね」
「少し手間取ったがな」
少年はやれやれといったように肩を竦めた。
実際にこの少年は茶色の瞳の二人が戦う前から戦闘を始めていた。
最もたった一人でさらには無傷で戦闘を終わらしているのだが。
「それよりまだ来るぞ」
銀の髪の少年が指を指す方向には老人の魔法で吹き飛ばされたワイルドウルフが起き上がっていた。
さらに何匹か援軍が来たらしく、狼の数は減っていない。
「しつけぇな!」
赤バンダナの少年が悪態をつく。
そんな彼に何匹かが向かってきた。
「爆発して吹き飛ばせ。爆破!」
しかし、詠唱と共にその狼達は小爆発に巻き込まれ、怯む。
そこに矢が飛んできて、狼の頭を的確に貫く。
「大丈夫ですか?」
詠唱を唱えた明るい緑色のロングヘアーの髪を片方の肩に結った少女が三人に寄ってくる。
その姿に合うように緑色のローブを纏い、その下には白に黄土色のラインが入っている服がちらっと見える。
その少女のエメラルドグリーンの瞳を見て、「助かったわ」と少女が一言。
それに合わせて矢を放ったもう一人の少女が近づく。
「――一応私も頑張ったんだけどな~」
水色のショートヘアーと髪と同じ色の瞳を持った少女が拗ねたように呟く。
少女は水色のラインの入った白い服に水色のスカートを着ていて、腰には何本もの矢を収納している。
「悪いが拗ねている時間は無さそうだ」
銀髪の少年の目線には二匹の狼が同時に飛び掛ってくるのが目に入った。
五人はそれに迎撃体制に入り突撃。
一匹は緑の髪の放った炎の玉を喰らい、仰け反ったところをバンダナの少年がとび蹴り、怯んだところを銀髪の少年が長剣を振り下ろす。
一匹はこれで撃退した。
二匹目は水色の髪の少女が矢を放ち、狼が横に跳ぶ。
しかし、避けきれずに足に刺さる。
そこで赤髪の少女が突っ込むと同時に……金髪碧眼の美少年が横から双剣を振るった。
二人の斬撃によりあちらこちらを斬りつけられ、ワイルドウルフは倒れた。
「大丈夫?」
「まあね」
茶色のコートを着た金髪碧眼の少年が五人に近づいてきた。
そして、六人は再度固まって狼の群れを見つめる。
「……まだいるね」
「ああ。――じーさん、面倒だ。一掃してくれ」
「ふむ、まあそろそろかのう」
老人は何匹かを吹き飛ばし、手を合わせる。
すると空から巨大な水の玉がワイルドウルフに落ちてきた。
これによりワイルドウルフの群れが倒れ、戦闘が終わったに見えたが…。
「まだ一匹残っとるのう」
「俺が行くよ」
どうやらまだ残っていたようで、横から最後の一匹の狼が現れる。
その時その一匹に最も場所が近かった、所々がはねた黒髪を携える少年が駆け出した。
その身には老人の着ているローブと同じ紺色をしたフード付きのロングコートの下に白のシャツと黒い長ズボンを身に着けていて、そのロングコートを風に靡かす。
右手には黒い刀、左手にはナイフが握られていた。
「我が身の身体を向上せよ。身体強化!」
少年は魔法の詠唱と同時に、動く速度が明らかに変わった。
そして、左手に持っていたナイフをワイルドウルフに向かい投げる。
そして詠唱した。
「ナイフの動きを加速せよ。加速!」
その詠唱……加速魔法によって速度が上がったナイフはワイルドウルフの肩に刺さる。
怯む魔物に追撃として刀を振りかぶる。
しかし、狼は咄嗟に後ろに飛び回避を図ろうとするが……。
「風の刃よ刀より放て。風刃」
振り下ろした刀から風の刃が飛んだ。
そしてその刃に成す術なくその灰色の巨体は切り裂かれた。
★★★
「終わった~」
止めを刺したヤマトは刀を納めて伸びをした。
その姿は子供というには大きくたくましいものである。
ヤマトが魔法修業を始めて二年が経った。
ヤマトの身長も伸び、今では160センチを超えている。
前まで着ていた白い装束は小さくなったので新しく着るものを選ぶことになったが、そこら辺に疎いヤマトはアルに任せていた。
そしてアルが選んだのが自らも着ているローブの色と同じ紺色のフード付きロングコートであった。(ちなみにこの世界の布の服装には冒険者用のかなり丈夫な素材を使っているものが多くあり、ヤマトらの服もそれである。鎧の方が頑丈ではあるが動きやすさから冒険者の間ではこちらの方が流行している)
皆も二年前とそんなに容姿自体は変わってないが身長はやはり伸びている。
16にも成るサイは170センチある程であった。
「ふ~。しかし結構いたね」
ロイもこの数には疲れたのかほっと息を吐く。
ザックは汗を結構な量掻いている。
「でも……少しひどいことしちゃったかな?」
「しかたない。襲われれば防衛するしかないからな」
ソラはかわいそうとばかりに狼の変わり果てた姿を見つめるが、サイは肩を竦めて首を振る。
「ヤマトさん。お疲れ様です」
「お~、フィーネ。お疲れ」
一方でフィーネは若干疲れた顔をしているヤマトに労いの言葉をかける。
それに応答してヤマトも声をかけるが、それにセラは頬を膨らまして見ていた。
「ヤマト! なんでフィーネには声をかけて私にはかけないの?」
「――え? いや、声かけられたから……そしたら普通返すくね?」
「ふ~~ん……。あっそ、まあ別にいいわよ」
――こえぇぇ……。
ヤマトの視線の中にいるセラは笑っている。
そう、確かに笑っているのだが、彼女の目は確実に笑っていないと言える。
それが周りに分かるほどの彼女の黒い笑みに恐怖するヤマトはその場で立ちすくんだ。
まさに蛇に睨まれた蛙である。
(――誰か……! 助けてくれ……!)
動けない蛙ことヤマトはちらっと横に視線を向ける。
……瞬間、全員が我関せずと凄まじい速さでそっぽを向いた。
自らを見捨てられた事に対して、こいつら! と内心で皆を呪うヤマト。
「すまんがワイルドウルフの牙を抜いてくれんか? こやつらの牙は鑑金できるのでのう」
しかし、ここで尊敬すべき老人(このときのヤマトは尊敬の念でそう思った)アルが助け舟をだしてくれた。
アル本人にその気が無かったのはこのさい置いておこう。
「そういえば……」
「そうだったね」
アルの方を見て頷く七人は狼の群れの死体から牙を抜き取る作業は開始する。
その作業が終わったのはそれから五分と少し。
その後大量の牙を袋に詰め込み、再び八人は街道を歩き出した。
この先にあるハドーラの街を目指して……。
★★★
しばらく歩き、八人はようやくバラン地方の中でも有数の街ハドーラに着いた。
「広いな」
「すげ~……」
「建物も石造りが多い……」
「なんていうか、賑やかね」
順にサイ、ザック、ソラ、セラが感想を漏らした。
四人も言った通り、この街は広く、今まで訪れた町や村とは違い、建物のベースが木ではなく石が多かった。
バランでは無法地帯ゆえに高価で頑丈な石造りの家がここまで多い街はそうそうにない。
しかも、この街は他の王国にあるような街で、商人があちらこちらで商売をして、宿もいくつもあり、武器や防具なども扱われる冒険者用の店や飲食店などが充実している。
ゆえに多くの人が訪れ、かなり賑やかなのである。
「さて、早速宿をとるかのう」
八人は足を進め、そのまま街に入った。
ヤマトは周りを見ながら目をキラッキラさせる。
辺りをを見渡せば人、人、人の大群。
今までこんな街は見たことが無かった。
どうやら他も同じらしい。
セラ、ザック、ロイ、ソラも目を輝かせている。
サイはそんな五人に肩を竦め、フィーネはあまりの人の多さに呆然としている。
そうやって歩いていくと、街の中心に池のような水溜りがあり、真ん中から水が空に向かい飛び出している。
「あれは……?」
「あれは噴水じゃな。あの水が飛び出している下には水の魔法を発する魔道具がついており、魔石から魔力をつぎ込むことにより水を出しているのじゃ」
ちなみに魔法が付与されている武器や道具などは魔力を直接流すか、魔石をその武器や道具に付いている魔方陣に溶け込ませることで魔法を使えない者でも魔法を使うことができるのである。(これを魔道具という)
あの噴水もそれを使ったものであるが、それを見栄えの為だけに使うのはどうかと横で聞いていたサイはしみじみ思う。
しかし他の六人はそれにすっかり目を奪われていた。
「――あれも魔法かぁ~」
「――――きれ~い」
噴水に見とれながら街の中心から遠ざかるヤマトら一行。
他の店にもそんなこんなで見渡す一行は遂に宿の前まで着いた。
「でっけぇ~!」
ザックが宿の大きさに感嘆していた。
しかし、今まで見てきた宿とは一線を画しているその大きさには無理もないと言える。
「今日からはここに泊まるぞい。明日からはまたギルドで忙しくなるからゆっくり休むのじゃぞ」
七人のその姿を見て頬を緩ませたアルは宿に入り、受付を済ませようとカウンターに向かう。
するとそれに気付いた係り員がアルに応対する。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
まるで機械のように正確に礼をしてその決まり文句を述べる係り員にヤマトは心の中で感心してしまった。
他の皆も少なからずヤマトと同じ様子であったが、さすがのアルはそれを当たり前のような顔で受付を済まそうとする。
「部屋を三部屋ほど取りたいのじゃが、空いとるかのう?」
「はい。三部屋ですね。お連れの方はその七人でしょうか?」
「そうじゃ」
「それでは、お一人様一日銀貨一枚になりますがよろしいですか?」
「ふむ……ちと高いが良いじゃろう」
この世界の金の価値では、銅貨一枚で果物を一つ買える。
銅貨百枚で銀貨になり、銀貨百枚で金貨となる。
またそれよりさらに高い、金貨百枚分の魔石貨というものもある。
この世界では一般の民間人の平均年収は金貨一枚ほどであるのでこの旅館に八人が泊まれば一日銀貨八枚でアルの漏らした通り高いのである。
「こんな高級な宿になんで盗賊とか入んないんだろうな?」
「良く見ろヤマト。あちらこちらに傭兵やら護衛で雇った兵士やらがいる。そうやって盗賊から金を守っているんだろう」
「ああ~なるほど」
サイの目線の先には確かに腕の立ちそうなゴツイ男や鎧を着た兵士っぽい者が複数いる。
あれなら確かに一盗賊団くらいなら追い返せそうだと頷くヤマト。
実はこの街では人々が協力しあってギルドからの依頼や若者から街の警護、護衛などを金で雇い、治安を維持している。
他の国では珍しくないというよりむしろ当たり前なのだが何しろここは無法地帯のバランである。
このような街はこのバラン地方ではかなり珍しい方である。
「ふむ、部屋がとれたぞい。ヤマト、サイ、ザック、ロイで一部屋。セラ、ソラ、フィーネで一部屋。わしで一部屋。これでよいな?」
アルは全員に向け確認した後、七人を連れ部屋に向かう。
皆がこれから泊まる宿はどんなところだろうと気持ちをワクワクさせていた。
そんな時、アルがふと何かを思い出したように振り返る。
……その表情は今から悪戯をする子供のような笑みを浮かべて。
「ここは確か温泉、しかも露天風呂があったはずじゃ。楽しみじゃの~」
「な、な……なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
アルがムフフと笑い、ザックが叫ぶ。
少女三人は温泉と聞いて顔を輝かせていて、そのことに気が入ってないようだったがサイは心底呆れた顔をして盛大に溜め息をついた。
「サイ、あの二人はどうしたんだ?」
「ヤマト君……。ザック君の事を考えればすぐにわかるよ……」
サイに訝しげな顔をするヤマトに代わりにロイが指摘する。
しかし、ヤマトにはどういう意味かわからなかったようで首を傾げるばかりだった。
「とりあ~~えず! 部屋で準備して! 即効で温泉に突撃だぁぁぁぁ!!!」
そんな三人のことなどお構いなしでザックは部屋に向かい飛ぶように走る。
ザックのそれはもう走るったら走るという言葉に尽きるだろう。
ヤマトはもう何が何だかわからなくなっていた。
「とにかく温泉に入って疲れを癒そう!」
少女三人も話が進んだようでこの後の動向はもはやこの次点で決まっていたのだった…。
★★★
「というわけで! やって参りました! 露天風呂ォォォォォォォォ!!!」
「ザック君うるさいよ……」
温泉に入るやいきなり叫びだすザックにロイが耳を抑えながら溜め息をつく。
「まあ温泉に入るのじゃ。少しは気が緩んでも仕方無いじゃろうて」
にやけ顔を隠し切れてないアルが戸を開け風呂に入る。
温泉は外にあり、辺りには湯気が舞っている。
男湯と女湯を隔てる仕切りは竹で出来ており、周りは石のゴツゴツした壁で囲まれている。
その上には草が生えていた。
まだ夕方よりも少し前なだけに男湯の方は五人以外誰もいなかった。
しかし、どうやら隣の女湯の方ではそうでないらしく、仕切りの向こう側からセラ達以外にも何人か声が聞こえてくる。
「まあとりあえず、ゆっくりしようか~」
そう言うなり湯に浸かり至福の表情を浮かべるはヤマト。
この温泉(大抵がそうだが)は水の付与魔法で出した水を炎の付与魔法で沸かしたものである。
「魔法って便利だな~」と呟くヤマト。
「こんな風呂なんて物、誰が考えたんだろうな~」
「何でも昔に大陸を救った英雄が伝えたらしいな」
ヤマトの言葉を聞いていたのかサイがそれに答えた。
ヤマトも良く聞く英雄という人物。
何でも何処からか突然に現れて当時に起こっていた大陸戦争を終結させたらしい。
古文書などにその活躍が残っていて、今でもその話は広まっている。
その中には風呂を初めとする今の生活に使われている様々なものを伝えていったとも書かれている。
そんな話を旅の途中で聞いた事を思い出しながらヤマトはのんびりとお湯に浸かる。
こんな時間が何時までも続けばいいのにと思ってしまう。
だが、このとき“奴”が動き出した。
「――おいヤマト。こういう所に来たら、男として成さねばならん事がある。それがわかるか?」
「ん……? 何だ急に?」
目を丸くしながら、わからないというように首を振るヤマト。
そんなヤマトにザックが盛大に溜め息をつく。
「ダメだなヤマト……本当にダメだ。俺はお前を見損なったぞ……。いいか? この場で絶対に逃してはならんものがある。それは――」
ザックにダメだと言われてこめかみに多少青筋が浮かぶ気がするが、ヤマトは真剣な表情のザックを見る。
するとザックは一呼吸おいてゆっくりと息を吸い込み始めた。
そして吸い込む空気が無くなったと同時にザックが言い放ったのだ。
「覗きだぁぁぁぁぁぁぁぁぃぃぃぃ!!」
それはまさに天に浮かぶ雲を一つ残らず一掃出来る程に強力な狂った獣が出すような咆哮。
サイは耳を押さえ、ヤマトは声に押し倒され風呂の中に沈み、ロイは頭がクラクラして気絶しそうになる。
その中心のザックはもう正気とは言えないような危ない顔になっていた。
「向こうには何人かいるようだし、あいつら三人も身体が大分成長したからな~」
まあ確かに、とヤマトはこれには肯定。
あの三人はこの二年でかなり成長してるし(主に何処がとかは言わない)文句無しの美少女だ。
ザックに言われたらなんとなくアレだがそこは否定できないだろうとヤマトは思う。
「そういう訳だ! 行くぞヤマ「俺はパスで」何ぃぃぃぃ!?」
そんなこんなで覗きを誘われるヤマトだが、これは即効で拒否。
考えてみろ……、セラに見つかれば殺されるじゃあ済まないぞ? 俺はそんなのごめんだね。
それがヤマトの意見で客観的に見ても的を射ているものである。
しかし、ザックはこれに屈しない。
「俺はやらずに後悔するより、やって後悔することを選ぶぜ!」
「――ご苦労様なこった」
ヤマトは溜め息をつき、「俺しらね」と関係ない振りをする。
それを見てザックは情けないとばかりに溜め息をついた。
「仕方ない、サイは無理だしロイと二人で行くか~……」
「僕の参加は決定なの!?」
ザックが溜め息をつき、それに猛反発するロイ。
しかしここで二人(?)に嬉しい誤算が起きる。
「いいや! 三人じゃぞい!」
まさに逆境を覆す者であった。
ここで最強の援軍が来たのだ。
それはザックにとってはまさに天からの救いの如く感じられただろう。
「ほっほっほ。こんな事もあろうかと感知魔法で覗きポイントは抑えてある。ずばりあの石の壁を登り、向こうに回り込むのじゃ!」
「ナイスだアルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
まるで神様を拝んでいるような目でアルを見つめるザック。
まるで悪魔を拝んでいるような目でアルを見つめるロイ。
まるでそこらの虫けらでも拝んでいるような目でアルを見つめるサイ。
そしてもはや我関せずのヤマト。
この時のアルに向けられた視線はそんなものだった。
「確かにあのゴツゴツした石の壁なら登れる! そうして回り込めば、其処から見放題! さすがだぜ!」
「ほっほっほ。もっと褒めるのじゃ!」
ほっほっほと高笑いするアルと順調に事が運び感動するザック。
彼らもこの二年でいろいろな意味で磨きがかかったようだ。
「それでは出陣! 目標は難攻不落の要塞――女湯! 者ども、突撃ぃぃぃぃ!!!」
そしてザックは楽園に向かい走り出す。
その右手にはロイをしっかり掴んで……。
「ヤマトくぅぅぅぅん!! サイくぅぅぅぅぅぅぅぅん!! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「久しぶりの目の保養じゃ! 楽しむぞぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!」
そして恐るべき速さで石の壁を登る三人。
――いや、ザック……。ロイを抱え込んだまま壁を垂直に走るってどうやるんだよ……。
こんなくだらない事にそんな達人級の技術を用いる事に驚きを隠せない。
そんなこんなであっという間に視界から三人は消えた。
瞬間にその場に静寂が訪れる。
「やっとうるさいのが消えたな」
「――まあこれで静かになるかな……?」
とにもかくにも、嵐がようやく通り過ぎ、静かな時間が二人に訪れたのだ。
ゆえにゆっくりと湯船に浸かり、純粋に癒されようとしていた時にそれは起こった。
それが聞こえてきたのは隣の柵の向こうからだ。
「な、なんでお前らが……。しかもそんなタオルを巻いてるし……。――つうか! なんで他のお姉さんがいないんだよ!?」
「あんたらねぇ~……。あんだけ大きい声で叫んでたら気づくわよ!!!」
「覚悟してくださいね!」
「自業自得ね……」
「――ザック。覗きはいかんぞい。とりあえずわしはこれで失礼するぞい……」
「おじいちゃんも其処にいなさい!!!」
「うっう……。僕は無罪だよーーッ!!」
「黙りなさい! ここまで来たら共犯よ!!」
「そ、そんな~!!」
「セラちゃん。準備が整いました」
「そう」
「じゃあフィーネ。お願い!」
「集いし水の隕石よ! 水弾落下!!!」
「いや、ちょっと……ね? 話せばわか……、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「わしもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
「それを言いたいのは僕だよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「――――ぐっは……!」
「これで済むとは思わないでね……?」
「まだまだ行くわよ!!!」
「もちろんです!」
「「「ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
前言撤回、嵐の前の静けさであった……。
柵の向こう側で何が起きているかは嫌でも分かる。
最早ヤマト達の脳内にはその光景が自動的に映し出されてしまうのだ。
「サイ」
「――なんだ」
「お前も苦労してんのな」
「――――まあな」
こんな集団をまとめているしっかり者にヤマトは労いの言葉をかける。
それにサイは一言だけしか言葉に出さない。
おそらく彼もいろいろ大変なのだろうとヤマトは思う。
そんなこんなでゆっくり湯に浸かり、黙祷する二人。
その後、神にも祈りをささげる。
ただ一人巻き込まれたロイに神の祝福があることを願って……。
次の日、黒焦げ痣だらけの少年二人と老人の死体が少女達三人の部屋の前で転がっていた……。
読了ありがとうございました。
お暇な方や心優しい方は感想や評価などをしてくれるととても嬉しいです。