13話 紋章
今回は一章旅立ちの前半部の最後です。
どうぞ宜しくお願いします
出発の日、ヤマトは暴睡していた。
それはもう、恐ろしいくらいに暴睡していた。
ロイが揺さぶっても、ザックの大声でも、サイが叩いても、そんなことはお構い無しにヤマトは暴睡を続けていた。
「――まあ昨日はそれなりに大変だったらしいからな……」
ヤマトの暴睡っぷりを拝んで、サイがため息をつく。
ロイもサイのように脱力してはいなかったが苦笑いを浮かべるしかなかった。
ザックは純粋に「すげぇ~」と感嘆の声をあげている。
そうしていると、少年四人がいる部屋に一人の老人が入って来た。
「――じーさん。ヤマトをどうにかしてくれ」
あのサイが頭痛を抑えるように懇願してアルを頼った。
その姿から彼がいかに手を施しても黒髪の少年の前には通じなかったことが悟られる。
そんな自分に少しばかり頭を下げる銀の髪の少年を見てアルは「ほう……」と少し驚いてみせた。
何せこの銀髪の少年が頭を下げてきたのだ。
どれほどの爆睡っぷりというのだろうか…。
まあ、アルには魔法があるから関係ないのだが。
「ふむ。あまり使いたくない手段じゃが……魔法を使うかのう。皆は下で食事を済ますといいぞい」
アルはヤマトの額に手を添えながら三人にそう促す。
アルの言葉に素直に従い降りていく三人を見送った後、アルはヤマトに目を落として眠りを妨げる為に妨害魔法を流す。
アルが魔法をヤマトに流して五秒ほど経った時、ヤマトは呻いてようやく目を覚ました。
「う~ん……。よく寝たぁ~」
「――本当によく寝たのぅ」
起きて早々に大きなあくびを放つヤマトにアルが苦笑いの表情を浮かべる。
そうしてアルはおもむろにヤマトに対して口を開いた。
「昨日は災難じゃったのう」
「――まあね」
昨日のことをセラに聞いたアルはまずヤマトに労いの言葉をかける。
「セラが無事なのも、お前さんがあの悪魔の子供を倒したからじゃろう? しかし、良く勝てたものじゃ」
「ああ……ちょっとね……」
実際まともに戦っていたならばヤマトの勝機は限りなく薄かっただろう。
しかし、あの時もまた頭に衝撃が走った。
あの謎の現象についてアルに話そうかと今までずっと迷ってきたが、ここ最近の死線で何度も起きた事により、ヤマトは決心してアルにこの現象について語った。
アルはヤマトの言葉を聴くうちに顔つきが真剣になっていく。
「――おそらくそれは超感覚能力という能力ではないかのう」
「超感覚能力?」
そうして語り終わったヤマトはアルが何かを知っていそうにその能力の名“超感覚能力”を口にした。
「何百年も昔に一人の英雄がおってのう。古文書にそのような能力を英雄が持っておったと聞いたことがあるのじゃが……」
「へぇ~」
昔の英雄、という言葉に興味をもつヤマトだが、いかんいかんと首を振り、アルに自分の最も知りたいことを訊ねる。
「じっちゃん。この能力に発動条件とかあるのかな?」
これこそがヤマトの最も知りたいことだった。
今まではこの能力は自分の意思で発動しなかった。
もし黒いローブとの戦いの時に発動しなかったら、もしセラの危機に気づかなかったら、もしリトルデーモンとの攻防時に直感が働かなかったら、自分やセラはとっくに死んでいただろう。
この能力がもし自分でコントロールできるようになればどんなに役に立つか……ヤマトはそう思わずにはいられなかった。
「ふむ。話を聞く限りでは、気持ちが高ぶったり、かなりの嫌な予感で胸がざわついたりしてる時じゃったな。もしかすると魔力に関係してるのかもしれんのう」
「――魔力……?」
ヤマトはアルの言葉に首を傾げた。
なにせ何故に魔力の話になるのかヤマトには分からないからだ。
そんなヤマトにアルは説明していく。
それらの話によると、魔力とは感情に大きく関わるらしいのであった。
「感情の変化に魔力が関係してるのか……?」
「そうじゃ。感情の高ぶりによって、時として普段より強い魔力を込められる時があるのじゃ」
アルの話を一通り聞いて、なるほどとヤマトは自らの手を打った。
リトルデーモンと戦っていたとき、ヤマトは身体強化魔法を成功させた。
普段なら決してできなかった筈だがあの時は感情の高ぶりが確かにあった。
そのこともあり、すぐにヤマトは頷けた。
「お前さんが超感覚能力を発動させる時はそういった感情の変化が激しいときであるとわしは思うのじゃよ」
確かに初めてこの衝撃が来たときはアルとの初めての実践の時で気持ちを高揚させていた。
村での襲撃に気付くときも不安な気持ちが大きくなった時であったし、黒ローブとの戦いの時も魔力が“覚醒”して高揚していた。
セラの危険に気付いたときはあの胸騒ぎが感情の変化に関係したのだろう。
「つまり、魔力を強く込められるようになれば自分の思い通りに超感覚能力が使えるかもしれんぞい」
超感覚能力か、とどこか遠い目をしてすぐにアルに頷くヤマト。
もしこの力を上手く使えるようになったら自分は強く成れるかもしれない。
そうして明日からまた魔法修行だとヤマトは意気込む。
……そんな時、昨日のことでふとあることを思い出した。
「なあじっちゃん。セラの左腕に黒い紋章のような痣? があったんだけど……」
「――――!!」
アルの周りの空気が一瞬で変わった。
「あれ、まずかった?」とあたふたするヤマトにアルは溜め息をついた。
「そういえば、お前さんの記憶喪失は極度にひどいんじゃったな……。――セラには悪いが見られたのなら教えない訳にもいかんじゃろう」
アルは近くに人がいないかを念入りに確認して、ヤマトを正面から見据える。
それほどに大事な事なのか……アルの真面目な表情にヤマトの表情が強張った。
「黒い紋章、あれは邪神を復活することが出来る力を持った者が宿しているものじゃ」
ヤマトの身体が……固まった。
「邪神……確か何百年も前に存在した“大いなる脅威”なんて呼ばれてるあれだったよな?」
「そうじゃ。紋章を持っている者を“紋章持ち”と言うんじゃが、その昔、紋章持ち五人が結託してその“大いなる脅威”を生み出した。それから世界に何人かの“紋章持ち”が普通の者から生まれてくるようになってのう。“紋章持ち”は邪神を復活させる力があることから、『邪神の子』と迫害されてきた」
「迫害……」
アルの説明に悲しげな表情を見せるヤマト。
生まれたときから迫害されるという事に憤りを覚えるヤマトを見てアルは表情を少し和らげる。
「そうじゃ。邪神の脅威は薄れこそしているが、その危険性は語り継がれているからのう。わしら人間に害を及ぼすものは抹殺する。それが邪神の復活を阻止する最も簡単な方法じゃからな」
「ひどいもんだな……」
「そうじゃな……。しかし、邪神が復活すれば、今度は世界が滅びるかもしれん。その恐怖に勝つことの出来る人間は非常に少ない。その恐怖に討ち勝てん者が“紋章持ち”を迫害する。さらに言うと“紋章持ち”は人間じゃないとまで自らの子どもに教える者すらおるのじゃ。“紋章持ち”とならされた者が一番の被害者というのにのう」
それを持っているだけで迫害対象になる…これがどんなに理不尽かはヤマトにも理解できる。
生まれたその瞬間から周りにとっての恐怖の対象。
しかし、その者が世界を破滅させようとした邪神を復活させることが出来るのならば、周りの恐怖も仕方ないと言える。
どうやっても解決できない事実にヤマトは唇を血が滲むほどかみ締めた。
「そして、セラもその被害者。――“紋章持ち”じゃ」
辺りはしんと静まる。
どちらも口を開こうとしない。
いや、実際にはヤマトが口を開こうとするのだが、何を言えばいいのかをずっと考えていた。
「――――じゃあ、なんでじっちゃんはセラを連れてるんだ?」
そう、セラが“紋章持ち”でアルがそれを知っているのなら何故にアルがセラを連れているのか、それが気になった。
そんな質問をしたヤマトにアルは目を向けて、語る。
「――セラを狙う輩が居るかもしれないんでのう。セラが大人になるまでにセラ自身が自分を守れるようにせねばならん。今、“この世界で邪神が復活するような事はない”と思うのじゃが、万一の事があるかもしれんしのう」
それに“紋章持ち”というレッテルだけを利用される恐れもあるという。
確かに“紋章持ち”を連れている人物が思い通りにならないなら邪神を復活させるぞ、と誰かを脅すかもしれない。
前にアルがセラには人を避ける理由があると言った。
あれはこういうことなんだ、とヤマトは悲しみの表情をしながらそう思う。
そんな時、アルは立ち上がり部屋の扉に向かい歩きだす。
ヤマトにはアルの一歩一歩がとても長く感じられる。
扉にたどり着くまで何十分もかかったと錯覚するほどに。
そして、扉の前でふと足をとめた。
「――ヤマト。この話は他言しないで欲しい。皆にも、セラにもな……。特にセラには、お前さんがあやつを“紋章持ち”だと認識していることはバレないように頼むのぅ。お前さんがどう思ったかは別に、のう」
そしてアルは部屋を出た。
一人残されたヤマトはそのままベットの上でぼうっとする。
しかし、その時間も長くは無かった。
「どう思う……ね。決まってる。そんなことは――」
この時のヤマトの黒い瞳には強い光が宿っていた。
★★★
「それじゃあ気をつけろよー!」
「達者でな~!」
「またこの近くを通ったら寄って頂戴な」
「いつでも歓迎するからな!」
ヤマトら八人は村の入り口で村の人に次々と別れの言葉をかけられていた。
「この村ともお別れか~……」
「別にもう会えない訳じゃないんだから。そんなに悲しむ必要はあまり無いんじゃない?」
こういった経験をしたことの無いヤマトは感慨深そうな表情をするがセラに指摘された。
言われた言葉に確かにな、とヤマトは思う。
(別に会えない訳じゃない。悲しくないと言えば嘘になるけど、こう考えればなんとなく楽だな。――まあそれはいいとして……何? 俺の顔に何かついてたりする……?)
こう考えるのも無理も無い。
なにせさっきから(アルの話を聞いた後に食卓についてから)セラがヤマトの顔をちらちらと覗いているのだ。
ヤマトが「どしたの?」とセラの方を向けば「別に……」と顔を背ける…顔を真っ赤にして。
「なあソラ。俺の顔に何かついてる……?」
その光景を見て噴出すのを必死に堪えていたソラは耐え切れなくなり、あっはっはと笑い出す。
目を丸くさせるヤマトに「別に何もついてないよ」と悪戯っぽく微笑むソラ。
そんな表情で言われてもな、とフィーネの方を向くが此方は此方で顔を赤くしてセラとヤマトを見比べている。
(絶対何かある……)
少女三人を訝しげな表情で見つめるヤマト。
だが、ソラは笑みを浮かべながら別に、と何でもないように(噴出すのを抑えている為に、全然そう見えないが)受け流す。
セラは見つめられたことにあわあわしながら顔を即座に背ける。
ヤマトの頭に疑問符がいっぱいになったところで後ろから茶髪の女性……装飾品店の店長がこちらに向かって走ってきた。
「あ、店長!」
「はぁ……はぁ……。遅くなっちゃってごめんなさいね~。これは約束してた餞別よ」
息を切らしながら店長はセラには赤の、ソラには水色の、フィーネには緑の首飾りをそれぞれに手渡した。
「「「うわぁ~~~……!」」」
その首飾りは三人に合わせて店長が作ったようで形は星型をしている。
「三人がいつまでも友達でいられるように……ね」
「ありがとう!」
どうやら三人はその首飾りがとても気に入ったようだった。
首飾りを受け取り三人は飛びっきりに喜んでいる。
そんな三人を、特にセラを見て「そういえば……」と店長がヤマトを向きニヤリと笑った。
「ふふっ。あなたがセラちゃんの彼氏だったかな? セラちゃんをよろしくね!」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「あら……違うの?」
意味がわからないとばかりに首を傾げるヤマトだが、セラは顔を真っ赤にさせてこれに猛反発。
(――そんなに反発する方が誤解されないか……?)
その光景をちらっと見ていたサイが呆れながら心の中で溜め息をついた。
そんなサイのことなど考える暇のないセラは赤い髪を必死に揺らしながら「ちがう~」と抗議している。
「え~……。とてもお似合いだと思うんだけどな~」
しかし、店長の言った言葉を聴いてセラは「――そうかな?」と上目使いで店長に小さく訊ねる。
ヤマトには聞こえなかったがソラとフィーネには聞こえたらしく、フィーネは口に手をあて、ソラはにこりと微笑む
一方その光景を少しだけ見ていたサイは横に視線を移す。
「お姉さんが俺に手を振ってるぜ! 俺は何て幸せ者なんだ……!」
其処にはたくさんの村娘から手を振られているザックの姿があった。
いや、この言い方では語弊があるだろう。
実際に手を振られているのはザックの後ろにいるロイなのだから。
「あいつは確かに幸せものだな。いろいろな意味でだが」
女性陣の方からは確かにロイの名前を呼んでいる。
それを聞けば誰がどう見てもザックがお呼びではない事は火を見るより明らかだ。
しかし、当のザックは夢見心地でそんな些細なことには気づいていない。
これを幸せ者と呼ばずなんと言おうか。
「ほれ。もうそろそろ出発するぞい」
子ども達が別れの言葉を一通りしたのを確認してアルが促す。
それに頷く子ども達は名残惜しそうに振り返り手を振りかえした。
村の方からずっと、それこそ見えなくなっても声が聞こえてくる。
「また来れるといいな……」
誰かがぼそりと呟いた。
そんな中で風に木々が揺らされ音を立てる。
草が空に舞う。
その森を八人は通っていく。
彼らが行き着く先での新天地を求めて……。
これで前半は終わりです。
次回から後半に入ります。
あれから二年の時が過ぎ、ヤマト達も立派な冒険者になりつつあります。
そしてバランでもかなりの大きさを誇る街、ハドーラに辿り着き、そこでヤマト達は事件に巻き込まれて行きます。
予告はこのくらいで……。