8話 仮面の助っ人
展開を急ぎ過ぎたかもしれません……。
ローラ、リリー、ウルト、スレイと合流したセラ達五人は辺りの魔物を一通り倒した為に一人森の奥へと向かったサイを追っていた。
「一人で大丈夫なのですか!?」
サイを知らないローラは一人で魔物の群れと戦っているかもしれないとサイを心配した言葉を口に出すが、サイを知っている五人はそれに苦笑いを浮かべる。
「多分大丈夫よ。あいつ強いし」
セラ達にはローラのようなサイを心配する気持ちはまるで無い。
それはサイの強さを良く知っているからだ。
五人にはサイが地に伏せるような場面を思い浮かべる事すらできない。
「本当に……ヤマトといい“魔道王”の弟子は皆化け物なのですか…」
「何でおじいちゃんの事を知っているの?」
セラのすぐ横を走っているソラがローラに疑問を持つ。
それにふっと笑ってローラは言う。
「ヤマトに教えてもらいました」
あの当時は本当に驚きましたとローラがしみじみ語る。
それにあわせるようにウルトとリリーはうんうんと頷いている。
どうやらこの四人はそれなりに驚くべき経験をしているようだ。
「そういえば、ヤマトは今何してるの?」
「今頃は王都でギルドの依頼でも受けていると思いますけど」
まあそれはそうだろうなとセラも思う。
セラとしては少し別のことを聞きたかったのだが、この四人がヤマトの目的を知っているとは断言できない。
ならばあまり詳しく問いただすのにヤマトが良く思わないだろうとセラは質問をやめる。
「この依頼が終わったらヤマトさんの武勇伝を聞かせてください」
「ええ、いいわよ。多分びっくりするから」
フィーネがヤマトが一年前の旅立ちから今にかけての武勇伝を聞こうとそんな事を訊ねて、リリーはそれにニッと笑いながら頷く。
その様子にローラが苦笑していることから中々に無茶苦茶したのではないかと五人は思う。
そんな感じでセラ達は森の奥へと進んでいく。
……その時、森の先の方から鋭い金属音が鳴った。
「今のは……?」
また次に金属音が鳴り響く。
それがさらにと連続で鳴り出すようになって、そして次の瞬間にその音がぷっつりと消えた。
セラ達は急いで森の奥へと進んでいった。
★★★
音がした方に急いで駆けて行く現在九人となった一行。
ふと気付くと周りの木々が傷だらけな事に気付いた。
「斬られたような傷ね……」
それらの木に付いているのはまるで斬りつけられたような傷。
中には切断されて倒れている木もある。
そんな木々を抜けていき、遂にその原因となる者が分かった。
「遅かったな」
そこには格好をすべて黒で整えた短くした銀色の髪の青年が立っている。
その手に握られているロングソードからは紫色の闇の魔力が纏われている。
そして、そんな青年の足元には…危険度Sランクに指定されるエライドが地に伏していた。
「サイ……、そいつは?」
「さっきそこで出会ったんでな。襲ってきたんで片付けた」
「ちょっと待てよ。そいつ危険度Sランクだろ!?」
ザックの驚きはここに居る九人全員の思いを代弁するものであった。
現にローラ達四人は目を見開いている。
だが、逆に目を見開くだけに留めた四人はこういった経験があるようにも見えた。
「まあ、ヤマトの時に慣れていますし」
「ん? あんたらは誰だ?」
ここでサイがようやくローラ達の存在に気付いたようだ。
ローラ達に視線を向けた後に首を傾ける。
「ちょっとばかしそこであったの。何でもヤマトの事を知っているらしいんだよね」
四人の事を簡単に紹介するソラの話を聞いて、興味なさ気にローラ達を一瞥。
そして、いかにも「面倒な事をしてくれるなよ?」といったような表情をした後に四人から視線を外した。
「大分奥に進んだけど、これからどうするのよ?」
セラの言ったとおり、森の奥には大分進んでいる。
これ以上進むのは冷静に考えれば得策ではない。
もう魔物の数もかなり減らしているわけで依頼も完了している筈である。
「ではそろそろ戻……!?」
サイが途中で何かに気付いたように神速の速度で抜剣。
そして前方を見据えてロングソードを構える。
「どうしたの――!?」
誰かが彼の奇怪とも言える対応に声を漏らしかける。
……その時、強烈なプレッシャーが辺りを覆いつくした。
ズシズシと地面を何かが歩く音が聞こえる。
辺りを覆う強烈な殺気に誰かの喉がなった。
そして、その殺気を発する人物が前方に現れる。
「――ここはガキの来るべきところではない」
短く生やした茶色の髪を僅かばかりに揺らし、濁ったような灰色の瞳が十人を捕らえる。
茶色のベストに黒い長ズボン、革のグローブを身に着けているだけと格好はまったく普通の男。
体格も低くも無く高くも無い細身の身体だ。
ただ、その身に纏うプレッシャーが常人でない事を明らかにしていた。
このような魔物の多くいる森の中で武器を携帯していないようであるが、確かにこれほどのプレシャーを放てるのであればその必要も無いかもしれない。
どちらにせよ只者では無い事しか分からないが。
「あんたは何者だ?」
「答える義理は無い」
その男は早く出て行けとばかりに殺気まで放ってくる。
それはセラ達でさえ一瞬身震いするほどであった。
「悪いがあんたの言葉に易々従うわけにもいかないんでな」
だが、目の前でロングソードを構えているサイはそのプレッシャーに押されてはいないようだ。
セラはここで唇を噛む。
自分は一体何の為に強くなったのか、このままでヤマトの助けが出来るわけが無い。
覚悟を決めたセラは懐からタガーを取り出す。
「お前らは下がっていろ。こいつは――強い」
確かにサイの言うとおりである。
この男は強い、間違いなく。
サイをも凌ぐ強力なプレッシャーはあの白い髪の男を連想させるとセラは思った。
いや、もしかしたら。
この男はあのシードという男よりも強いかもしれないのではないか。
そのような奴に果たしてサイが勝てるのか……。
「まあ、何とかなるかもね」
ソラが呟く。
確かに目の前の男は強いがサイが負けるとも思わない。
ロングソードを持ったサイは闇の魔力を剣身に纏、一歩前に出た。
「あのときを思い出すな」
「ホントねぇ」
ウルトとリリーが何かを思い出すように呟く。
スレイもそれに無言で頷く。
「後悔しても知らんぞ」
「どうだろうな」
男の言葉にサイは無表情で返して一歩前に出る。
男もそれに合わせて同じように一歩前に。
「覚悟はいいな?」
「とっくに出来てる」
……そうして二人は駆け出した。
★★★
まず先手を打ったのはサイだった。
そのまま一直線に駆け出し、男の目の前で大きく飛ぶ。
そのまま身体を逆さにした状態で男の頭上を通過し、空中でロングソードを払うように振るう。
中々に予想外の動きに男は一瞬だけ目を見開いた。
だが、それは本当に短い時間ですぐに表情を下に戻してしゃがんでロングソードを避ける。
そのまま後ろを振り返り、サイが地面に着地すると同時に足を前に突き出した。
「ちっ……」
男の蹴りに舌打ちしながらサイはロングソードの腹の方でそれを防ぐ。
そのままロングソードの刃の方を男に向けるようにして、水平に振るう。
闇の魔力も相まってサイの振るったロングソードの軌跡は紫色である。
その紫の軌跡をサイは幾度と無く作り出す。
だが、振るわれるロングソードが男を切り裂く事は無い。
男はサイの剣閃をすべてかわしている。
だからサイは腕の動きを止めて、後ろに下がる。
このまま責め続けていてもジリ貧だと思ったからだ。
しかし、サイが後ろに下がると同時に……男はサイに向かい駆け出した。
「速い……!」
サイはそれだけ呟いて、男の拳や蹴りを避けていく。
この時点で分かったことだが、この男はザックと同じ己の身一つで戦うようだ。
それが分かるとサイはロングソードを振るった。
男は今までサイの攻撃を防ぐのではなく避けていた。
この男の自分がする攻撃の対処法が避けるだけならば、そこに活路が見出せる筈だ。
そう思ってサイはロングソードをあらゆる角度から振っていく予定だった。
だが、それは叶わない。
なぜなら男は手の甲でそれを防いだのだから。
「魔法……か?」
「そうだ」
おそらく革のグローブに硬化魔法でもかけたのだろう。
ロングソードを防がれたサイは舌打ち交じりでバックステップ。
そして構えて、闇の斬撃を放った。
「ふん」
だが、男が手を振り払ったと同時に魔法が打ち消された。
その事に多少驚きながら、サイは次々に斬撃を放つ。
その全てが男に打ち消された。
サイはその様子を見ながらスロットから魔力が空となった魔石を取り出し地面に投げ捨てる。
そして腰にかけた革袋から魔石を一つ取り出し、スロットに入れた。
「行くぞ」
今度は剣身に纏う闇の魔力をさらに大きくさせて男に突撃。
そのまま多種多様な斬り方で男を追い詰める。
男はサイの剣閃を一つ一つかわしていくが、ゆっくりと後退していく。
サイの剣技は多種多様であらゆる方向からの連続剣閃がウリである。
その技術はヤマトよりもずっと上である。
さすがの男もこの剣技には顔を顰めた。
しかし、男は顔を顰めながらも足に強化魔法を無詠唱していたようだ。
そのまま後ろに速すぎる速度でバックステップ、そのまま見えないほどの速さで拳で空を叩いた。
瞬間、サイに衝撃波が襲ってきた。
「何……?」
サイはそれに対してロングソードから闇の波動を放って迎撃する。
衝撃波と闇の波動、二つがぶつかり辺りの空気が揺れた。
そしてそのまま爆発。二人は後ろに跳んで距離を取った。
「あのサイとまともにここまで殺り合うなんて……」
セラ達は驚いたように目を見開く。
今までにサイと戦って互角の勝負をした人物など数えるほどしか居なかった。
なのに目の前の茶髪の男はサイと互角以上に戦っている。
いや、若干男のほうがサイを押しているようにも見えてしまう。
「強いな」
「………」
サイは素直に褒めた。
まさかこれほどまでに強いとは、とサイは驚嘆していた。
今さっきの衝撃波はおそらく魔法ではない。
強化魔法を一瞬だけ拳に極限までかけてそれを振るう。
その目にも止まらぬ速さで振るわれる光速の正拳があの衝撃波を生み出したのだろう。
「――――悪いが仕留めるぞ」
目の前の男がそんな事を呟くと同時に魔力を溜め始める。
その魔力は男の右腕一本に集中している。
「これでおわりだ」
そうして男がゆっくりと拳を上げて正拳を放つ構え。
それを見たサイの背中には冷や汗が流れた。
……その瞬間、その男に光の斬撃が襲った。
「何?」
男は構えを解いて後ろに大きく跳んだ。
だが、光の斬撃がさらに男を襲う。
いくつもの斬撃が男に向かっていく。
それを一つ一つ避けるが、今度は水と炎の上級魔法である巨大な弾が男を襲った。
それを足に魔力を溜めて大きく跳躍してかわす。
そして魔法が放たれた方に目をやった。
「面白そうな事になってるね」
先ほどの魔法を放ったのは三人。
その三人ともが黒いローブで身を包んでいる。
その中でも真ん中の人物は簡素な白い面を被っている。
「あれって……」
「武道大会の時の仮面の奴か?」
ローラ達四人は知っているのかそんな事を言っている。
ともかくも敵ではないらしい。
(何者だ……?)
サイはどこかであったような感じのするその男を警戒するが、どうやら此方に敵意はないようだ。
その人物は手に持ったバスタードソードの切っ先を男に向けた。
「僕と戦うかい?」
「遠慮しておこう」
男は即座に首を振るう。
だが、それは正しいとサイも肯定した。
あの面の人物から放たれるプレッシャーは自分の比では無い。
おそらく目の前の男でもあの人物には勝てないとサイは確信していた。
「ここは引かせてもらう」
男はそれだけ言うと足に強化魔法をかけて全力でその場を去っていった。
そのスピードはかなり素早く、とてもではないが追いつけないだろう。
面の男はそれに対して特に気にする事も無いといったような感じであった。
「――あんたは何者だ?」
全員が目の前に突如現れた面の人物とその隣にいる二人の黒ローブのフードを深く被った人物に呆気にとられる中、サイが口を開いた。
「ギルドの方から派遣された助っ人ってところかな。君は確か、サイ君だったかな?」
「ちょっと! なんでサイの名前を――」
セラが言葉を言おうとした瞬間固まった。
何故なら男が面を取ったからだ。
仮面の中から現れたその容姿は青い髪に薄赤い瞳。
その顔にはセラとサイ、またローラ達四人は見覚えのあるものだった。
あの頃から十二年経っているし、たった一回しか会わなかったがその出会いはそれぞれにとっては今の自らを形成しているものであった。
「僕の名はハール。まあ、知っている人は少ないけどね」
その男が優しげな表情で微笑んだ。
読了ありがとうございました。
感想・評価を頂けると嬉しいです。