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漆黒の風  作者: ST
四章 闇の中で――
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6話 真夜中に

 街の入り口付近での魔物を討伐し終えたセラ達六人は他の冒険者と同じように奥へと進んでいる。

 見渡す限り草原の中で、魔物や冒険者の死体があちこちに倒れている。

 ここら辺の状態は入り口よりも悪化している。

 ここまでくれば立派な戦場だ。



「全く、数が多すぎるのよ!」



 文句を言いながらもセラは途中に佇んでいたアンデットナイトに向かって駆け出し……その隣を通り過ぎた。

 そしてセラはそのままアンデットナイトに一瞥もくれずに他の魔物に向かい疾走。

 すると、次の瞬間にアンデットナイトの首が落ちた。



「相変わらずの早業だねぇ」



 走りながらも正確に魔物の弱点を射抜いていくソラがセラに寄ってその達人技を褒める。

 実際ソラにも見えない程の速さで懐から取り出したタガーを振るうのだ。

 その技術はサイでも感心するほどである。



「うらあ!」



 セラが向こうを見てみると、其処にはザックが魔物の集団に単身で突っ込んでいた。

 その様子にホントに馬鹿! とセラが呟くが、別に心配しているわけではない。

 次の瞬間にも数匹の魔物が吹き飛んだ。



「らああああ!」



 ザックが拳をめちゃくちゃに振るう。

 だが、それは何もやけくそという訳で無く、すべての拳が魔物に当たり、魔物が何メートルも吹き飛び息絶える。

 ザックが得意としているのは自らの肉体による攻撃と強化魔法。

 ザックの体力、頑丈さは共に一流の冒険者でさえ目を見張るもので、強化魔法を何度もかけても身体が悲鳴を上げる事は滅多に無い。

 それゆえにザックは拳を当てるその瞬間すべてに強化魔法をかけるのだ。


 よってその攻撃力はかなりのものになるので、それだけは全員が認めている。

 さらには相手の攻撃や自らが大きく跳躍、移動するときにも強化魔法を使う。

 ザックは単純な接近戦ならばサイにも見劣りすることのないほどに強くなっているのであった。



「私も行くわ!」



 セラもザックに負けじと魔物の集団に駆けて行く。

 セラの見立てでは危険度Bランク以上は居ない。

 これなら、とその集団に接近して…ジグザグに動きながらその集団を抜けた。

 セラの右腕にはいつの間にか逆手に持ったタガーが握られている。

 そしてセラがそれを身を包んでいる赤い色のマントの中にしまうと……魔物の首が一斉に取れた。



「悪いけど、私を倒したいなら危険度Aランク以上を持ってきなさい」



 セラはそう言い捨てる。

 自分はヤマトに信頼される位に、手を貸してくれと言われる位に強くならなければいけないのだ。

 こんな奴らに手間取る訳にはいかない。

 セラはそのまま仲間を探すように辺りを見渡す。


 周りの犠牲者が増えていく中で、ソラやフィーネ、ロイは余裕そうな表情で魔物を相手取っている。(若干ロイは涙目だが……)

 ザックはまた魔物の集団に突っ込んでいた。

 そしてサイは――。



「弱いな」



 ……危険度Aランクに位置しているトロールと他数匹を横たわらせていた。



「――さすがね」


「多少は骨があったが、まだまだだな」



 いかにも不満そうな表情でロングソードを腰にかける。

 その様子を見ていた三人が魔物の討伐を粗方終えたのか駆け寄ってきた。



「いや、トロールって……。僕なら泣いて逃げるけど」


「とかいって涙目で戦うんでしょ。ていうかいつから戦いのときに涙目見せるようになったっけ?」



 ロイが感嘆しながらサイに言った言葉に対してセラが言葉を疑問で返す。

 その疑問にう~んとうなっている間にザックも戻ってきた。



「終わってきたぜ~……ってトロールかこれ!?」


「やっと気付いたか」



 別にどうでも良いがと付け足すサイ。

 おそらく危険度Aランクの魔物をこれほど容易く狩れる者はセラの知る中でもサイを入れて四人である。

 それほどに危険度Aランクに傷一つ付かずに勝つことは難しい。

 一流の域に足を踏み入れた今のセラでさえも厳しいものである。



「ともかくだ。各自ウォーミングアップは済ませたな? これから東の方…フィーリア王国の方に向かうぞ」


「今のってウォーミングアップなの!?」



 サイの言葉にロイは驚き飛び上がった。

 それを無視してサイは続ける。



「いいか? 今から魔物の討伐依頼を終えてシルクの街に戻るのは面倒だ。ならこのままフィーリア王国まで行くぞ」


「ちょっと待って! それって依頼の報酬がもらえないんじゃ……」


「安心しろ。この依頼は向こうのギルドと合同だ。向こうでも報酬はもらえるらしい」



 サイの言葉に全員が納得。(一人殴り足りね~と聞いていないが)

 よって六人はこのまま依頼を進めながらフィーリア王国に進む事を決めたのだった。





     ★★★





「ここらが休息地帯だな」



 日も沈みかけて、これからは魔物が活発に動く夜に差しかかろうとしている。

 さすがに六人もこのまま周りが見にくい夜中に魔物と相手するのは避けたいものであった。


 この緊急依頼はシラン国とフィーリア王国とを繋ぐこの街道のすべての領域が範囲である。

 故にこの依頼がたった一日で終わる訳も無い。

 普通にフィーリア王国に行くにしても三日はかかる。

 腕の良い冒険者ならば街道もさくさく進めて時間を短縮出来るだろうが、それでも一日でたどり着く事は出来ない。


 それに加えて今は大量の魔物を相手にしながらである。

 よって、どうしても身体を休める場所を確保する必要があった。

 そこでギルド側がその休息に使えるであろう場所を冒険者に知らせていた。

 確かにギルド側の指定した場所ならば魔物の数も少なく、しっかり見張りを立てていればおそらく大丈夫である筈だ。



「じゃあ休も――」


「いや、少し離れるぞ」


「ええ~……」



 やっと休めると思ったソラが荷物を置こうとした途端、サイが首を振りながら離れると言葉に出した。

 その言葉に皆が苦虫を噛み潰したような表情になっていく。



「なんでよ!?」


「そうだぜ! ここから離れれば魔物の数も多くなるだろ!?」



 ザックの言うとおり、この場所を離れれば魔物の数も多くなり、安心して夜を越す事は出来ない。

 それなのにサイがここを離れると言い出すのだ。

 元々の疲れも相まって皆が反発した。



「悪いがここの冒険者は信用出来ないしな。敵を多く作りたくは無い」



 サイの言い分に皆が首を傾げる。

 何故に他の冒険者と敵対するようなことがあるのか……。

 そんな疑問を抱える五人にサイは呆れながら言った。



「お前ら、特に女三人は少しくらい身の危険を感じろ」



 サイの言葉にザックはなるほど、と感嘆してロイはああ~と納得して、セラ達三人が顔を真っ赤に染める。



「お前らは自覚が無いが、異性を惹きつける容姿を持っている。悪いがここでは迷惑事になるんだ」



 こんな生と死の境目である戦場ならば、冒険者の中にも慰めを求める者も出てくるだろう。

 三人はあまり自覚が無いが容姿は良く、かなりの美少女である。

 そんな彼女達に欲情する者も少なくない筈だ。



「特にセラの場合、万が一があれば未来の旦那に顔向け出来ないもんね」


「だ、誰が未来の旦那よ!」



 あはは! と笑うソラにセラが顔を真っ赤にさせる。

 フィーネもその光景に頬を緩めている。

 三人にとってはそんな事はさほどに恐くは無い。

 何故なら三人とも自衛の術を持っているのだから。



「まあ、私の所に来たらボコって追い出すだけだけどね~」


「甘いわ。私だったら首を落とす」


「私は……まあ火炙りですね」



 三人が物騒な話題で盛り上がる中で、サイは着々と準備を進めている。

 ロイは三人の会話に身を震わせ、一番恐怖に晒されているはずのザックは三人の話を盗み聞きして対策を立てている。



(ホントに馬鹿だよね~)



 その盗み聞きがバレて三人に振るボッコにされるザックを見ながらロイは溜め息。

 サイも用意が終わり、その光景に気付いて呆れ果てた。



「――そろそろ場所を変えるぞ」



 サイの言葉に従って、彼らは森の中の休息所を離れる。

 途中に魔物が現れることが無かった事からギルドの情報も正しい事が分かり、多少安全地帯を離れていても大丈夫だろうと判断できた。

 そうして不安も解消された六人は自らの安息の地を求めて足を運んでいくのだった。





     ★★★





「セラ、起きてる?」


「――何よ?」



 六人はあの後に見通しの良い、小川の近くの小さな広場に辿り着き、そこで夜を明かすことに決めた。

 勿論ザックの愚考を止める為に男女寝るところを別にして、皆が毛布に包まって就寝する。

 そんな時、ソラが突然声をかけてきた。



「起こしちゃった?」


「別に。まだ眠ってなかった」



 セラが何? といった表情でソラに振り向く。

 それを見て、ソラは口を開く。



「ねえ、サイがフィーリア王国にはヤマトが居るって言ってたよね?」


「うん。だから今私たちはそこに向かっているんでしょ」


「でもさ……、いつまでもフィーリアに居るのかな?」



 ソラが疑問に思うのはそこである。

 サイは必ずフィーリア王国にいると言っていたが、もう既に移動しているかもしれない。



「それじゃあ急がないと……!」


「まあ待って。話を最後まで聞こ?」



 ソラはサイがヤマトがフィーリア王国にいると言った瞬間から、それは情報屋を通しての過去の事ではと疑った。

 そう、今はもしかしたら別の地に移動しているかもしれないのである。



「でもそう伝えたらね、サイは大丈夫だって」


「……何で?」


「ヤマトがフィーリアを出るわけが無いからって」



 ソラの言葉にセラが困惑する。

 ヤマトは自らの記憶を取り戻す為に旅をしている。

 だからこそ、その記憶に関係していそうな白髪の男を探しているのだ。


 だが、その言葉ではその男の捜索を諦めたように聞こえる。

 いや、もしくは……。



「目的を果たした……?」



 だが、そこでセラはいやと首を振る。

 もし目的を成したならばヤマトは約束した通り、自分達の所に顔を出すはずだ。

 ならば考えられることは限られてくる。



「多分フィーリア王国に記憶の鍵となるものがあるんじゃないかな……」


「!!?」



 ソラはヤマトが危険な“組織”の人物を追っている事を知らない為に、単に記憶の鍵がフィーリア王国にあると思っているようだが、“組織”の事を知っているセラは一つの仮説を立てた。



(もしかして、フィーリア王国に“奴ら”が居るんじゃ……)



 考え過ぎかもしれないが、それ以外は思いつかない。

 実際の答えとしてはその“奴ら”が狙う何かの理由があるのだが、セラの考えは大きく的を外しているわけではなかった。



(もしそれが本当なら、ヤマトは一人で戦っているのかも)



 そう考えるとぞっとする。

 四年前、自らを庇って倒れ伏したヤマト。

 自分の盾になって、迫り来る死を自分の変わりにヤマトが受け止めたあの惨劇。

 それが一瞬だけフラッシュバックしてセラは身体を震えさせる。



「大丈夫!? セラ!?」


「――――大丈夫よ。夜中が少し寒かっただけだから」



 セラがそう誤魔化すとソラは安心したような表情になる。

 それに少しばかり罪悪感があるが、今はそれどころではない。



(今度こそは……)



 もし自らの予想が当たっていたとしたら……今度こそはヤマトの力になろう。

 今度は庇われる側から庇う側に。

 ヤマトに死が迫るならば変わりに死を受け止められるように。



(ヤマトが幸せならそれでいい)



 自らの存在を、“紋章持ち”ではなく一人の人間として初めて見てくれた彼。

 “紋章持ち”と皆に知られる以前から知っていた筈なのに、それでも態度を変えていなかった彼。

 仲間に知られる恐怖を強気で隠していた自分が本当の意味での笑顔を浮かべられた原因である彼。

 ……そして自らの闇を振り払ってくれた彼。

 彼、彼、彼……。

 そんな彼の為になるのならば、助けになるのならば…セラにとっては命など捨てられる覚悟を持っている。

 それほどにセラの中でのヤマトへの気持ちは強固なものとなっていた。



(ヤマトが幸せならそれで――)



 “紋章持ち”とは生まれてその左腕の証が発覚したその日から孤独が始まる。

 大抵の者が飢えや衰弱ですぐに死ぬ中で、生き残った者が数人ほど出てくる。

 しかし、それらの者はほとんど全てと言っても良いくらい、誰にも頼れず、誰にも気を許せずにひっそりと暮らしていく。

 そこにあるのは孤独という闇。

 そんな闇の中から救い出された“紋章持ち”は救い出した者に多大な感謝を思うのは何も不思議でも何でもない。


 ……ただ、その特徴として気持ちが大きすぎる。


 それが悪い事だとは言わない。

 “紋章持ち”にとってその救いの手を差し伸べた者は己のすべてであると言っても良い。

 何せ、自らの存在の意義がその瞬間に初めて生まれるのだから。

 ……一部の人はその“紋章持ち”の気持ちを『紋章持ちの歪み』と呼ぶ。

 故にセラがヤマトを心酔レベルで慕うことも納得は出来る。



「ともかくもう寝るわよ」


「うん……。そうだね、おやすみ」



 そう言って深く毛布に包まるソラを見ながらもセラもゆっくりと目を閉じて、眠気に身を任せる。

 そして、二人はそのまま隣で寝ているフィーネと同じように睡眠に耽た。






 この時はソラを初め、六人は予想していなかった。

 セラがヤマトがらみで想像以上に周りに目が行かなくなる事に。

 ヤマトを思うからこそセラは止まる事が出来ず、それが悲劇の結果を生み出す事になる事を。


 ――その瞬間はもう少し先の事である。





読了ありがとうございました。

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