3話 心配事
商業都市カチーノを出発して五日後、セラ達はフィーリア王国に入る為の街道が続くシルクの街を訪れた。
「本当……すごいね~」
「今までバランにいましたから、全部がすごく見えちゃいますよね」
一ヶ月前まではバラン地方で過ごしていたのだ。
それだけに六人にとっては、街から街に行ってもそこが必ずある程度の治安が保障されている発達した街の姿には驚くべきものがあった。
人々はほとんど全員が笑顔でその表情には生気が宿っている。
やはり自分達は旅立ったんだな……全員が改めてそう感じた。
「とにかく、さすがに今日明日でフィーリア王国に向けて出発するのは早すぎるからな。2~3日は準備するぞ」
「なんでよ! 私はすぐにフィーリアに行きたいんだけど!?」
サイの言葉にセラはすぐさま反論した。
しかし、それに呆れた表情でサイはセラに視線を向ける。
「そうは言ってもな。旅の準備や資金の調達をする必要がある」
「……そうだけど」
サイの最もな意見にセラは口を噤む。
そんな彼女にソラは背中をポンと叩く。
「大丈夫だって。居場所が分かったんだし、すぐに会えるよ!」
「――そうよね!」
ソラはセラを励まそうと声をかけて、その効果はあったようだ。
セラにとってもヤマトの居場所が分かった事は限りなく嬉しい事である。
このまま順調に旅をしていけば……一ヶ月以内には確実に会えるだろう。
セラは急ぐ気持ちを押さえ込んでこれからの動きを訊ねる。
「これからどうするのよ?」
「とりあえずはさ、依頼でもこなした方が良くね?」
五日前は置いていかれそうになったザックはとりあえずこの場には居るようだ。
ザックにしてはまともな意見で、他の五人も口を出す事はない。
「じゃあセラ、ソラ、フィーネとロイ、ザックの二つのパーティーに別れて依頼を受けていろ」
「サイ君はどうするんですか?」
一人だけ依頼を受ける為のパーティーに加わっていないサイに疑問を抱いたフィーネはサイに首を傾げる。
だが、サイは言った。
「誰かが旅の準備や情報収集をしないといけないからな。正直お前らの誰にも任せたくない――不安すぎる」
サイにとってはこの五人は旅を舐めているのではないかと言うほどにそれらの下準備を怠っているのだ。
もっとも冒険者の大半がそうであり、この五人はまだマシな方である。
それに、ここまで念入りに準備をする冒険者の方が珍しいのだ。
勿論そんな事を言われようとサイがこのスタイルを変える事はしない。
彼がアルから教えられた事の一つに最善を尽くせと言う物があった。
彼はそれに従っているだけである。
「とりあえず、ギルドに一番近いあそこの宿に部屋を取っておく。終わったらそこに来い」
サイが一つの宿に指を指す。
別段変わっていない普通な宿屋を示しては、サイは其処に足を向かわせていった。
「ホント……サイって変わらないわね……」
「――そうだね~」
セラが苦笑しながら、最早このチームのリーダー的存在であるサイの後ろ姿を見つめる。
他の者もそれと同様の様子であった。
「それじゃあ行こうか」
ロイが銀の髪の青年の後ろ姿を見送った後にギルドに向かいだす。
それに吊られるように他の者も歩き出す
そうして五人はシルクの街のギルドに向かっていった。
★★★
「終わりましたね」
「二人共お疲れ~」
「ええ」
今回受けた依頼である危険度Bランクのアンデットナイトを二匹討伐して、セラ達は帰路に着いていた。
彼女達には傷が無い事から、別段苦戦したようには見えない。
彼女達も修業をこなして強くなったようである。
「そういえば、ヤマトがフィーリア王国に居るって言ってたけど何してるんだろうね?」
「さあ? まあヤマトの事だから、あの白髪の男についてでも探ってるんじゃ無い?」
セラは表面上は興味なさ気であるが、内心ではヤマトがどうしているかはやはり知りたかった。
でも多分自分の言った事をしていると思う…六年間に渡りヤマトと接してきたセラには何と無くそう確信できた。
「――でも……あいつらはかなり強いから…。――正直心配ね」
セラとしてはヤマトが負けるとは思っていない。
だが、それでもあの男の実力は嫌というほど思い知らされた。
そんな奴が居るような集団に安易に突っ込めば、ヤマトでも危険かもしれない。
「だから、早く合流しないと……」
「――だから、ヤマトさんに早く会えるように急いでたんですね」
ただ、早く会いたいと思っていたのでは無く、そのようにセラが考えている事にソラとフィーネが感嘆する。
そして、あのセラがヤマトの話でこの用に言っているのだ。
それを軽視するほどに彼女達は楽観的では無い。
「――私からもサイに言ってみようか?」
「いい。私たちが急ぎ過ぎて怪我をしたらそれこそ本末転倒よ」
確かにセラの言う事は最もである。
急いで旅をすれば、それだけ周りに目が行かなくなって、対処できる筈の事態にも対処が遅れてしまう危険が高まる。
しかし、そんな悠長な事を言っていていいのだろうか…ソラとフィーネはセラの話を聞いてそう思わずにはいられなかった。
セラが“紋章持ち”である事が皆に知られた時に真っ先にそれを認めて、それでも態度を変えなかった事でセラはあの日からヤマトに好意以上のものを持ってしまった。
言うなれば、自らを本当の意味で認めてくれた最初の人物であり、それに対して深く心酔している。
四年前からヤマトが旅立つまでの三年間に一番ヤマトの事を考え共に行動してきたのは間違いなくセラである。
そのセラが、いつもヤマトを信頼しているセラが、危険と言ったのだ。
ソラとフィーネにしてみれば大丈夫と断言できない。
だが、もどかしい気持ちなのはこの中では誰よりもセラが一番である。
故に二人が何か反論を言う事は無い。
何せセラは表情に出さないように気をつけているが、握り拳を作ったその手には血が滲んでいるのだから。
「まあでも何とかなるって」
「そうですよ。ヤマトさんは強いですから」
大丈夫とは断言できない。
だが、それを信じることは出来た。
そんな二人の励ましを聞いて…セラも微かに微笑んだ。
「そうよね……。あいつがそんな簡単に負ける筈ないよね」
だって約束したんだし……。
セラは身勝手なわがままでヤマトと約束した事を思い出しながら、サイの居る筈の宿屋に足を運んでいくのであった。
★★★
「おお、帰ってきたか~」
「当たり前でしょ」
依頼を無事に完了させたセラ達はサイが部屋を取ったであろう宿屋に到着した。
すると、どうやら同じくらいにザックとロイが到着したらしく、セラ達に歩み寄ってきた。
「んで、これがサイが居る宿屋か……」
ザックが目の前に建っている宿屋に目を向ける。
木造であるらしいが、外見ではかなり頑丈そうな作りになっていて、屋根は青く塗られている。
大きさ的には、数年前に止まったハドーラ程では無いにしろ、バラン地方で過ごしてきた彼らには十分に広いと言えるものであった。
「すいませ~ん」
宿屋に元気よく足を踏み入れたのはソラであった。
そのまま店員を呼び、サイの取った部屋を確認する。
その手際は中々のものであり、フィーネなどは「さすがです」と口ずさんでいた。
そうして、ソラが五人の下に戻ってきた。
「サイが取った部屋は二階の部屋だって」
付いて来て、とソラが踵を返して階段を上がっていく。
それに対して皆もソラに付いていった。
案外階段から部屋は近く、上ってすぐに部屋にたどり着いた。
「あっちが男子の部屋でこっちが女子の部屋だって」
「分かった。後ザック……。あんた、入って来たら容赦しないからね!」
「ナンノコトヤラ」
「ザック君、片言だよ」
「入るつもりだったんですね……」
女性三人は呆れ果てて、ロイは溜め息をつく。
当の本人であるザックは視線を合わせようとせずに口笛を吹いている。
セラが無性にザックを殴りたくなったのは言うまでも無い。
「あ! そうそう、サイは今出かけてるらしいよ」
さすがに宿屋の壁や床などが被害に逢えば弁償ものなので、ソラはセラがザックに殴りかかろうとする前に話を変えた。
その言葉にセラがザックに寄るのを止めてソラの方を向く。
これにはロイとフィーネがほっとしたような表情で安堵した。
「どうしたのよ?」
「決して何でもないです。はい」
ロイ達の様子にセラが疑うように視線を向ける。
それに対してロイとフィーネは慌てたように手を振った。
「ふ~ん……まあいっか。それじゃあ私は先に入ってるから」
そういい残してセラは部屋に入っていった。
その様子を最後まで見届けて……ロイは脱力した。
「ザック君……。少しは自粛してよ……」
「ん? 何が?」
確かにセラが殴りたくなるのも頷ける。
ソラとフィーネは呆れてものが言えず、ロイは深い深い溜め息を付いた。
「うん、もういいや。僕も部屋に入って休んでいるから」
「私もそうします」
「右に同じで」
三人はそのまま疲れたようにふらふらと部屋に入ろうとする。
その様子を見ながらザックは言った。
「やっぱみんな疲れてんだな~。ちゃんと休まないとダメだぜ?」
お前のせいだよ! と怒鳴る気力も無い彼らはそんなザックの言葉に反応を示さず、そのまま部屋に入っていった……。
★★★
その頃、サイはいつものように武器屋を一通り訪れて、道具を買い揃え、今は酒場にて聞き耳を立てて情報を集めている。
サイは聴力強化を使用したヤマト程ではないにしろ、耳が良いので聞き耳を立てるのは上手い方であった。
どうでも良いような情報が大半の中から知っておくと便利な事や、今の大陸の情勢、他の国ではどういった状況下を抜き出し頭でまとめていく。
これはあの七人の中でもヤマトを抜いてサイが一番長けている能力であった。
そうして情報を集めてまとめていくと、どうやら今ここら辺では魔物の数が急増しているらしい。
このまま増えていけば……もしかしたら緊急依頼が張り出されるかも知れないとの事であった。
(緊急依頼か。まあ俺達にはあまり関係ないか……いや)
最初は関係ないと思っていたサイだが、話をさらに聞いていくとどうやらそうでもないらしい。
(ちっ……。出発を急ぐか)
予想外だ……そう悪態をついてサイは酒場を後にする。
サイの予想が正しければ、急いで出発するに限っていた。
いや、ベストは魔物の急増が収まるまで待っているべきだが、それをセラが納得するだろうか…サイにはノーという結論が出た。
サイはセラがただヤマトに会いたいという気持ちだけで急いでいるのではないと分かっている。
おそらく何か理由があるのだろうが、一刻も早くヤマトに会わなければならない…そういったものが雰囲気で伝わって来る。
事ヤマトが絡んだ出来事に対して鋭いセラの意見を無視する事は出来ないとサイは思っている。
(本当に面倒くさいな……)
サイはそんな感情を表情に多少出して、渋い顔のまま自らの取った宿屋に戻って行くのだった。
読了ありがとうございます。
感想・評価を頂けると嬉しいです。