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漆黒の風  作者: ST
四章 闇の中で――
116/123

2話 出発

 時は少々遡る。

 セラ達が一人の青年を探している頃に、とある酒場に奇妙な青年が入って来ていた。

 周りでがやがやしている酒場にいる連中が一斉にその青年に視線を向ける。


 それは、青年が妙な雰囲気をしていたからである。

 妙と言っても変というわけではない。

 ただ、かなり出来る冒険者……そう思わせるような雰囲気だったからだ。


 その青年は全身を黒で染めていた。

 彼が身に着けているロングコートも、その下に着ているシャツも、さらにはズボンまでも黒色。

 その腰にはロングソードが一本掛けられている。


 短く生やした銀髪に、鋭い視線を周りに一瞬送る銀の瞳。

 その瞳からこの青年が只者ではない事は明らかに分かる。

 ある程度の実力者などはごくりと唾を飲み込んでいる。


 そんな周りの視線の対象である彼は、それを気にしたような素振りを見せずに店の奥のカウンターにドカッと座った。



「水をくれ」



 酒場なのに水……? ここに居る誰もがそう思ったが、誰も口には出さない。

 酒場の店主は困ったような表情で青年に問うた。



「何か注文は無いのかね?」


「――情報をくれ」



 青年はそうやって懐から銀貨を十枚程取り出す。

 それに周りが多少目を見開くが、それ以上に店の店主が驚嘆していた。



「――君、その事をどこで……?」


「言うつもりは無いな」



 涼しい顔で銀貨の束をその場に置く青年に、店主は面白いものを見るような視線を送る。

 そんな店主に早くしろと青年は目線だけで伝えた。



「私の正体を知っているとなると、私の仕事も変わってくるな。何が欲しい?」


「スクムト王国の動向、最近の魔物の急増に対するギルドの動き、後、ついでにヤマトという男についてだ」


「そりゃ、最近良く聞かれる奴だね。いいだろう、耳を」



 その店の店主……情報屋は青年に耳を寄せるように指示を出す。

 それに嫌そうな渋い顔をするが、そのまま耳を持っていき、伝えられる情報を一つも逃すまいと聞く。

 そして、ある程度聞きたい情報を聞いた青年は多少目を見開きながら耳を離した。



「なるほど……あいつが最近話題のSSランクホルダーだったのか」


「そうだ。ギルドやフィーリア王国の手回しもあってか、あまり人々は知らないらしいけど」


「――少しでもその正体を隠したい……か。他人を巻き込む事を嫌うあいつらしいな」


「それでも、彼は今フィーリア王国の将軍の地位に就いている。大陸内でもその珍しい容姿の事もあり中々に伝わっていっているよ。かなり活躍してるし、後三ヶ月もすれば他の三人と同じ位の知名度だろうね」


「そうか。確かにSSランクホルダーになったといっても最初の一年では名は広がるが本人を知る者は少ないだろうしな」


「そういうことだ。他には?」


「いや、この三つが手に入ればそれでいい」


「そうかい」



 そのようなやり取りがされた後で青年は水を一気に飲み干した。

 その光景に酒場の者が皆唖然としている。

 数名の間の良い者は今のやり取りでこの酒場の店主が裏では情報屋をしている事が分かったが、大半の者は今の会話の意味が分かっていないようであった。



「邪魔したな」



 青年はそうやってこの場を去ろうと席を立った。

 軽やかな足取りで酒場の出口に向かう銀色の髪の青年。


 するとその青年を何人かの冒険者が取り囲んだ。



「おい、そこのガキ。俺らと遊ぼうぜ?」


「後から来たくせに偉そうにしやがって」



 青年を取り囲む十人の冒険者らしき人物の内、二人がそう言った。

 その表情は薄気味笑いを浮かべている。

 これに対して周りの冒険者もヒューと口笛を吹く。

 冒険者は大体の者が血気盛んであり、乱闘と言うものを見る事もする事も好きなのだ。

 その事もあり武道大会などが開かれるのだが。

 とにかく、周りの冒険者や客はやれやれ、と口々に囃し立てている。

 それを聞いて、青年を囲む冒険者もニヤリと笑った。


 だが、巻き込まれた青年の方は表情を変えずに、周りの冒険者に対してまるで品定めをするかのような目を向けている。

 そして一人、また一人と目線を向けた後、肩を竦めてスタスタと歩き出し、冒険者の脇を通り抜けた。



「な……」



 全員が一瞬呆気に取られる。

 まさか何もせずにそのまま通り抜けるとは思わなかったのだ。



「てめえ! ちょっと待ちやがれ!」



 囲んでいた冒険者のうちの一人が青年に背後から殴りかかった。

 そして、青年にその拳を振るう……瞬間、青年は一瞥もせずにそのまま足を後ろに突き出して男の腹を蹴った。


 その蹴りは中々の威力であり、男をそのまま吹き飛ばしてテーブルにぶつけた。

 男がテーブルとぶつかると共にテーブルが倒れて、上にあった料理や酒が床に落ちる。

 それに対して唖然としていたそのテーブルで食事を取っていた冒険者が見る見る内に顔を真っ赤にさせて青年に怒鳴り声を上げた。



「てめえ! 俺の料理に何しやがる!」


「俺の知った事じゃない」


「何を!」



 これにより怒鳴った冒険者も青年に対して敵意を持った。

 それに吊られて面白そうだと他の冒険者も混ざってきた。

 それに対して青年の反応は……。



「あんたらのような実力もなくただ吠えるだけの冒険者など何人来ようが無駄だ」



 青年の言ったとおり、今乱闘に加わろうとしているのは冒険者の中でも良くて中級者レベルである。

 実力のある冒険者は黙って席についているのだ。


 だが、そんな事をこの血気盛んな冒険者に言っても仕方が無い。

 さらに顔を赤くさせるだけなのだから。



「もう勘弁ならん!」


「ぶった切ってやる!」



 そう怒鳴ったのは青年に対して一番近い二人である。

 その二人の冒険者が青年に駆け寄った。

 それに対しての青年の反応は小さな溜め息だった。



「うらあああ!」



 叫び声と共に二人の男が抜剣しようと腰に掛かった剣の柄に手を伸ばし、それを抜いた。

 刹那、鋭い金属音が辺りに響いた。

 そして何かが床に刺さる。

 ……それは二人の男が持っていたそれぞれの剣であった。



「な……!?」


「うそだろ!?」



 剣を抜いたと思ったら、それが手の中には無いのだ。

 二人の男は目を見開き唖然とした。

 他の者も同様の反応である。


 何が起こったのか、それを説明するのは難しくない。

 この二人が抜剣しようとすると同時に青年の腕は動いた。

 流れるような洗練された動きで自らのロングソードの柄に手をかける。

 そして、抜剣と同時に青年はその抜かれる剣を二つとも思いっきり弾いて吹き飛ばした、それだけである。


 だが、この青年が見せた技術はかなり一流の者のすることである。

 弾いただけでなく、その剣自体を男達の手中の外に飛ばして二人の男を無力化したのだから。

 これは青年の力が特別強いという訳ではない。

 まず二人の男と違って抜剣に慣れているし、ロングソードの振り方も体重の乗せ方も完璧なものであった。

 とても一朝一夕で身につく技ではない。


 青年はそのロングソードを振り切ったままの姿勢で静止していて、ロングソードを持った腕がゆっくりと下ろされる。

 よく見ると、そのロングソードの剣身から紫色の魔力が漏れている。

 いや、漏れていると言うよりはその魔力を纏っているようであった。



「闇の付与魔法……」



 一人が呟く。

 青年の持っているロングソードに起こっている現象は間違いなく属性魔法の付与魔法である。

 いつの間に……この場に居る全員が魔法を唱えるところも発動したところも気付かなかった。



「ビビってんじゃねえ! 全員でかかるぞ!」



 誰か一人の叫び声が酒場に響いた。

 それに答えるような声があちこちから聞こえ、全員が青年に向かって全力で走り出した。

 次々と一人に向かって武器を取り出す集団。

 その様子は最早盗賊と同じような感じだ。


 この光景を見て、青年は一つの息を吐く。

 その表情にはいかにも面倒くさいと書かれており、渋い顔をしている。

 そんな青年が目の前の集団を見据えながらロングソードを強く握った。

 すると、ロングソードに掛けられている付与魔法の闇の魔力が一気に強く大きくなる。

 そして青年は……駆けた





     ★★★





 そして時間は現在に戻る。



「あんた……。何をしてたのよ……」


「――何だお前らか。ちょっとした事だ。気にするな」



 何人もの屍のようにぐったりしている冒険者の中心に佇んでいる銀髪の青年……サイはそんな事を言った。

 だが、気にするなと言われて、はいそうですかと頷ける状況では無い。

 絶対無い、断じて無い。


 酒場の原型をとどめていないような中の散らかり様。

 壁や床はヒビが所々に入っている。

 テーブルがほとんどひっくり返っていたり倒れていたりするので、勿論床は料理や酒がこぼれている。

 一体この状況のどこがちょっとした事なのだろうか。



「そんな事より情報収集は済ませた。行くぞ」


 ――こいつ……話し逸らしやがった……。



 全員がそう思ったのだが、当の本人は清ました表情であった。

 それに四人は表情をさらに引きつらせる。

 それを全く気にしないサイはそのまま酒場を後にしようと歩を進めて……足を止めた。



「店主。これは情報の追加料金と酒場の弁償代だ」



 サイは腰に掛かった皮袋から金貨一枚を取り出す。

 そしてそれを店主に向かって放り投げた。



「……まいどあり」



 店主……もとい情報屋はそれを受け取っては苦笑いを浮かべた。

 確かに弁償代を貰ったとしてもここまで散らかされたら微妙な気持ちにもなる。

 だが、そんな心境を知らないサイは……例え知っていたとしてもだろうが、その場を去っていった。

 表情を引きつらせていたセラ達もそれに気が付いたようですぐにサイを追いかける。

 まあ、こんな酒場にやらかした者の仲間である自分達が居座っていれば、何かしら面倒そうでもあった為だが。


 そうして、彼女らに置いていかれた、床に伏すバンダナの青年を新たに追加した酒場には、寂しげな風が静かに吹くのであった。





     ★★★




 セラ達が今居るのはこの商業都市カチーノの出入り口である大きな門の前に居た。

 そこで赤髪の若い女性がポニーテールを風に揺らしながらサイの話を聞いていた。



「ええ!? じゃあサイはヤマトの居場所が分かったって言うの!?」


「まあな」



 セラが驚き確かめるが、サイは頷く。

 サイは情報屋ならばヤマトの事も分かるかもしれないという可能性を考えて、酒場の店主が情報屋を探していたのだ。

 そして、あの酒場の店主が情報屋である事を知り、あそこに行ったという。

 その途中でハプニングがあった、サイはそう告げる。


 サイとしてはヤマトの情報はついでであったし、別に聞かなくても良かったのだが、このまま行き会ったりばったりでセラについていくのも嫌であった為にヤマトの事を聞いた、という事は勿論伝えていない。

 さらにはヤマトがSSランクホルダーになって、フィーリア王国の将軍になっている事も言っていない。

 言えば面倒臭い事になる為である。

 それにまだ彼女らが知る必要も無いとサイが判断した。



「じゃあ、ヤマトはフィーリア王国に居るのね!」


「そうらしいな」



 セラが歓喜の声を上げる。

 隣ではソラがふふふと微笑んでいるが、そんな事を気にしない位に今のセラは上機嫌であった。



「じゃあ、今からフィーリア王国に向かうから!」


「勝手に決めるな……。――まあ、別段寄りたいところも無いしいいだろう」


「そうですね。私も早くヤマトさんに会いたいですし」



 セラの言葉にサイは頷き、フィーネが肯定した。

 どうやらヤマトの居場所が分かった事が嬉しいのか、皆が表情を明るくさせている。

 その中でもとびっきりの笑顔を表情に出しているのがセラなわけだが。



「フィーリアに入るのなら、まずはこのシラン国のシルクの街に行くべきだろうな。あそこからフィーリア王国に入る為の街道が続いているからな」


「そうね。そうするわ!」



 セラは明るい表情のまま元気良く告げる。

 それに対して分かりやすいな~と他の者は思った。



「それじゃあ! 今から出発するわよ!」


「オッケー!」



 ソラがセラの言葉に同意を示す。

 フィーネとロイも異論は無いようだ。

 サイも別段反論せずに無言で肯定を示している。



(待ってなさいよ、ヤマト。すぐに追いつくから!)



 ……セラは胸にそんな事を抱きながら五人で街を出発するのだった。















「そういえばザックはどうしたんだ?」


 ――……完全に忘れてた。



 ……全員が酒場に置いていかれたバンダナの青年の存在を忘れていたのだった……。





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