15話 仮面の呟き
「はあ……くう……」
「――中々楽しめた」
地下水路での戦いも終局を迎えていた。
そこにはボロボロで立つのもやっとという足元の覚束無い状態のヘッジと所々傷を負っているが凛とした佇まいのカーラがいた。
地下水路には所々焦げ跡や砕けた跡、水が漏れている箇所がある。
まさに戦場跡地と化していた。
「全く勝てそうにないね……」
「いや、そうでもなかったさ」
「良く言うよ……」
ヘッジはこの戦闘に勝利する事を諦めている。
故に重い足をゆっくりと引きずって、隠し通路に向かって逃走を図っていた。
しかし、それを見逃すほどカーラも甘くはない。
「何処に行くんだ?」
「……………………」
ヘッジはカーラに返事は返さず、しかし、その足を止めることは無い。
カーラはそこでレイピアを構えた。
その時、何者かがカーラに向かい魔法を唱えた。
カーラに迫るのは大きな闇の球。
それをカーラは驚きながらもレイピアでかき消した。
「何者だ?」
カーラは魔法が飛んできた方向、通路に目を向ける。
すると其処からはこれまたおなじみの黒のローブにフードを深く被った者が出てきたのだった。
「ヘッジ! 何してるのさ! 顔まで拝ませて!」
「ドロイ……ごめん。しくじったよ」
「分かった分かった。とにかくさっさと脱出するよ!」
そしてそのドロイと呼ばれた女性はカーラと自分を挟んだところに炎を発生させて通路を塞いだ。
「全く! あの真面目男は変な面の男にやられるし、シードも手こずってるしね! 其処の女、次に見つけたら容赦しないからね!」
その女性はそれだけ吐き捨てると通路の中に入っていく。
「待て!」
カーラは声を荒げて叫ぶが敵が待ってくれる筈も無い。
そのまま二人を見失う結果になった。
(くっ……追うか? いや、それよりヤマトだ)
カーラは自らの後輩の安否が気になった。
故にその身を返して元きた道を走る。
ただ、ヤマトの無事を信じて。
★★★
今、ヤマトは大広間の中央に立った状態である。
いや、すでに大広間は原型をとどめておらずただの地面と言った方がいいかも知れない。
ともかくも、そんなヤマトを驚いたように見物するものが周りにはたくさん居た。
一体今の爆発音は何なのか、何故将軍が傷ついているのか、そればかりを問うている。
「皆の者! 静まれぇぇぇ!!」
しかし、ここで威厳のこもった咆哮のような声が辺りに響き渡った。
それと同時に皆の者がしんと静まりかえる。
そんな時、ヤマトが刀を杖代わりにしてゆっくりと地面にへたれこむ。
ヤマトが目の前に視線を向けると、其処に広がるのは大型の穴が開いた城の壁である。
周りにあった家具や置物などはほとんど無くなっている。
ヤマトは、これ弁償しなきゃいかんのかな……と力なく笑うしかなかった。
そんな時、目の前で一人の男が立ち上がった。
「まだ……だ……」
長い白髪をはためかせ、ボロボロの状態である男はそれでも立っていた。
一体どこにそんな力が残っているのだろうか、ヤマトには不思議でならなかった。
「俺は……今とは違う……景色を……!」
そこでシードはがくっと倒れる。
しかし、持っている赤く禍々しい瞳は未だ輝いていて、気を失わずにもがいていた。
「……………………」
ヤマトは純粋にこの男を凄いと思った。
こんな状態で、立つ事すら間々ならない身体で、それでも足掻くこの男を。
一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。
「あれは……誰だ!?」
……そんな時一人の衛兵が叫ぶ。
皆がその方向、シードの後ろの方に目をやった。
其処には黒いマントに身を包み、赤い仮面を被った一人の人物が立っていた。
赤い仮面は頭にすっぽりと被るもので、顔や髪を隠しているが、口元だけは露になっている。
武器は何も持っていないように見えるが、おそらマントの中に隠しているのだろう。
その人物がゆっくりと口を開いた。
「まさかシードを破るとは」
その声はヤマトには聞き覚えがあるものだった。
しかし、誰かは全く思い出せない。
ヤマトがそれについて考えているところにさらにその男は続けた。
「シード、他の者は帰還を果たした。貴公も私と共に帰還を」
「待て……。俺はまだやれる」
シードは尚も足掻き続ける。
自分はまだやれる、そう言って立ち上がろうと足に力を振り絞るのがヤマトにも伝わってくる。
その気迫は間違いなく彼の実力以上の何かをヤマトに感じさせた。
だが、仮面の男はそれを一蹴した。
「その身体ではあの青年には勝てない。今回は引く事をオススメする」
「――――ちっ」
仮面の男に肩を借り、シードはそのまま立ち去ろうとする。
静かに踵を返して、まるでこちらの存在を認識していないかのように。
いや、認識していないのではなく、どうでもよいといった感じだ。
だが、ヤマトにとってはやっと巡り会えた、自らの記憶の謎を握る唯一の手がかり。
それをこんなところで見逃したくはなかった。
「お前は……?」
「――ソロとだけ名乗っておこう」
「じゃあ悪いがソロ。逃がす訳にはいけないんでな」
ヤマトにとってはこの二人は国王からの依頼以前に、自分の捜し求めていた人物達なのだ。
そう……自分の正体を知っているであろうこの人物達を。
「今の貴公ではそれは敵わない」
「――!?」
ソロはその場所からヤマトにプレッシャーを放つ。
ヤマトはそれに押されてしまった。
どうしようもない異常なほどの威圧感、しかしそれにヤマトはたじろいで尚、ソロに鋭い目線をぶつけた。
「――ついでに、貴公に良い情報を与えよう」
そんな彼に一瞬だけ驚いた様子を雰囲気で察することは出来た。
無論、仮面で隠されている表情は見えない為、あくまで雰囲気でだが。
ソロが振り返る直前に、ヤマトに人目だけ目をやった。
仮面を被っているが口元だけは外部に晒している為に微笑しているのが分かる。
その男は聴力強化を施すヤマトにしか聞こえない声で。
……何かを呟いた。
「さて、私はここから早く去りたいのでここらで別れだ」
「そうはさせんぞ!」
そう叫んだのは騎士団や魔道士隊を連れたザクロであった。
他の皆が彼らが帰ってきた事に歓声を上げる。
彼らは盗賊の討伐を終えて戻ってきたのだ。
「もう一度言うが、止めておく事をオススメする。疲弊している貴公達では傷一つつける事すら敵わない」
そういった瞬間にソロが強力なプレッシャーを解き放った。
それに泡を吹いて気絶する者、ヘタッと腰を落として座り込む者、逃げ惑う者、ここにいるほとんどの者はまともに戦える者で無くなった。
今現在、まともにソロと向かい合っている者はヤマトとザクロの二人だけであった。
ザクロも力の差を見せ付けられて黙りこんでしまう。
もし、ここで戦おうものならまず殺される。
それを二人は敏感に感じ取った。
「そうだ、それでいい」
そうしてソロはシードを担いだまま歩みを始める。
そしてソロは振り向かずに、一言だけ告げた。
「また会おう。“黒の民”の選ばれし者よ」
それだけ言い残し、ソロの居る周りの空間が歪み始める。
そして、その姿がどんどんと小さくなり、やがて空間の穴に飲み込まれるように消えた。
「今のは――」
ザクロは今までに見たことの無い魔法に呆気に取られている。
それはヤマトも同じだった。
「ヤマト!」
そんなヤマトの名を叫び、駆け寄る者が居た。
金髪を翻し、赤いコートを靡かせ、所々にかすり傷を負っているのはカーラであった。
「カーラさん……」
ヤマトは立ち上がろうと足に力を入れるが、まるで力が入らない。
さらにいうと意識も薄れてきた。
「うっ……」
ヤマトはそこで前のめりに倒れる。
薄れ行く意識の中、何人もの人が自分に近寄ってくるのを感じながら、ヤマトの視界は黒に染まった。
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