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翌日は、夏期講習の予定だった。美術部の活動日ではないので、ミヤと会う予定ではない。が。
「……っう……」
朝に弱い方ではなかったはずなのに、強烈な怠さに襲われて、ベッドから起き上がる事ができなかった。どうにかこうにか起き上がれば眩暈がして、倒れ込みそうになった、が、カーテンの隙間から漏れる日光に気付くと悪寒がして、そこを避けてベッドに戻る羽目になった。
「航希ー。今日、夏期講習でしょう?」
ベッドから出ようとしたり、立ち上がれなくて戻ったり、をしている内に、起きるべき時間を大きく過ぎていたらしい。階下から母の声が聞こえてきた。階段を上ってくる足音が聞こえて、扉が開けられる。僕は思わず布団を被った。
「……何か、風邪ひいたみたいで。今日は休もうと思う」
「昨日、公園なんかで寝ちゃうから。みやこちゃんは大丈夫だったかしら」
昨夜のあのバタバタの間に、ミヤの両親と挨拶を済ませていたらしい母が心配そうに言う。僕は、母の後ろに開けている明るい空間が怖くて、布団から顔を出せなかった。
「病院、行く?」
「……一回休んでから行く。母さん、仕事でしょ」
「そうだけど……じゃあ、診察券とか出しておくから」
「うん」
「朝ごはんは?」
「食べたくない。大丈夫」
「そう……? 何かあったらメッセージ入れてね」
「うん」
何度か念を押すように繰り返して、母さんは部屋を出て行った。訪れた薄闇に安堵して、ホッと息を吐く。
「…………」
母さんが階段を下りてゆく足音を聞いてから、僕は枕元のスマートフォンを手に取った。日差しが眩しいカーテンは引き直し、暗闇でメッセージアプリを立ち上げる。可愛らしい猫のイラストのアイコンをタップして、トーク画面を立ち上げた。それはミヤとのトーク画面だった。どこからどう切り出せばいいか迷いながらも、「おはよう」を意味するスタンプを贈れば、すぐに既読が付いて、猫のスタンプが返ってきた。おはようございます、と吹き出しが付いている。
<<体、なんか変じゃない?>>
<<先輩もですか?>>
その答えで、きっとミヤも今の僕と同じような状況なんだな、と理解をした。簡単に、日光が眩しくて、なぜか怖いと感じている事、身体がひどく怠い事を送れば、<<私も>>と返事があった。
<<少し調べてみる。夕方、会いたい>>
僕は、昨夜、警察官が言っていた「吸血鬼」の事を思い出していた。だとすれば日光は危ない。どちらにしろ、少し明るい廊下に出るのさえ、何となく嫌な感じがして、動悸がするのだ。夏の真昼間の屋外に出る事を想像するだけでもゾッとする。夕方ならまだ、と直感的に思ったままにメッセージを送る。少し間が空いて、今度はクマのキャラクターでオーケーのメッセージが戻ってきた。
<<それじゃあ、19時頃。昨日の公園で>>
再びクマのスタンプが返ってきた。それを見届けて、僕はスマートフォンをベッドに置いた。たかがメッセージを送っただけだというのに、ひどく疲れて眠かった。
「…………」
押し寄せる眠気に抗えず、僕の意識は薄らいでいった。
◆
私、怖いです、とミヤは言った。
夕方の公園に人は疎らで、これから帰るらしい人たちは僕らに気を留めてもいないようだった。
「僕らがもし、その「吸血鬼症候群」になってしまったのだとしたら、病院に行くのはマズいと思う」
昼頃に目覚めて、スマートフォンで症状について調べて辿り着いたのは、警察も言っていた「吸血鬼案件」、いわゆる「吸血鬼症候群」についての情報だった。
物語で語られる吸血鬼の伝承のように、日光が苦手になり、臭いに敏感になり、夜行性になるというその未知の病は現在、研究の途上にあるという。大都市を中心に患者が出ているが、今のところ治療法はなく、現在は病気の解明のために患者を集めている段階であるらしい。その、病気を解明している病院だか組織だかが、患者を積極的に収容しているという噂もあった。その「施設」では、恐ろしい実験が為されていて、そのせいもあって「施設」は所在や存在を公表していないのだ、という噂もSNSで見かけた。
「でも、病院に行かずにひきこもっていたら、家族に怪しまれて、いつかは話をしなければならなくなるだろうし、話を聞いた家族が良かれと思って僕らを「施設」に通報してしまうかもしれない。だから、」
「……どこに行くんですか……?」
僕の心の中を見透かしたかのようにミヤが言う。きっとミヤも、心のどこかでは気付いていたのかもしれない。
「夜でも、日中と変わらずに生活ができるような所で、可能な限り人が多い所に紛れるのが良いんじゃないか、って思ってる。――東京、とか」
「……家を出るって事ですね」
「うん。そうなるともう家族にも会えない。だから、無理にとは言わない。ミヤが一緒に来てくれると心強いけど、ミヤが残りたいと思うなら、僕は独りでも東京に行こうと思う」
ミヤは、少し考える顔をした。しかし、思っていたよりもその時間は短かった。
「――私も行きます」
そのあとはふたりで、どう移動するのが良いのか、資金はどうするか、東京に行ってからどう行動するかなどの話をした。東京に行ってからどうするのかについての話の半分以上は夢物語のように漠然としていたけれど、明日の夜、ふたりの貯蓄や家にある金銭と簡単な荷物をまとめて家を出る、という計画だけは、ハッキリと決まっていた。




