第9話 傭兵団VS盗賊団 ④
眼前に大型魔獣、後方には守るべき少女。ヒリつく様なこの状況。
ガクブルが止まらん、心が折れそうだ。滅茶苦茶おっかない。
キリングパンサーは涎を垂らしながら、興奮気味に呼吸している。
獰猛な目つきでこちらを見据え、今にも襲い掛かって来そうだ。
まずは少女を逃がさなくては、俺では魔獣に勝てる気がしない。
ただのオッサンなのだよ、俺は。
「お嬢ちゃん、立てるかい?」
キリングパンサーから目を逸らさずに、後ろの奴隷少女へ話しかけた。
か細い声で返事が返って来た、無理して声を捻りだしている様だ。
「あ、わ、わたし………。」
どうやら怖くて上手く立ち上がれない様だ、無理も無いだろう。
こんな小さな女の子が囮に使われたのだから、魔獣相手に完全にオーバーキルだ。
「ホント、あの盗賊団の頭目は外道でクズだな。」
吐き捨てるように言い放つが、チラリと横を目だけで追い、顔は正面を向いたままで見る。
その頭目は、逃げる途中でテックさんに足を射抜かれたのだろう、負傷していた。
頭目は射抜かれた足を手で押さえながら、苦悶の表情で倒れている。
「くそっ!? 足が痛え!?」
「そこで大人しくしていろ! 死にたくなかったらな!」
流石にテックさんも頭に来ていたらしい、容赦なく頭目に言い放つ。
それを見ていた他の生き残りの盗賊たちは、みな一斉に逃げ出した。
「かしらがやられた!?」
「冗談じゃねえ!? やってられるか!」
「逃げろおおお!!」
我先にと逃げ出す盗賊たち、おそらく拠点か何かへ逃げ帰るのだろう。
追撃する余裕は一切無い、目の前の事に集中するのみ。
「追撃はしなくて良いです! 鉄の牙は直ちに撤退! 急げ!」
テックさんが傭兵たちに指示を出し、逃げる者は追わない事を告げる。
よし、これで盗賊団の脅威などの問題は片が付きそうだ。あとは。
「目の前の大型魔獣か、これが一番厄介だよな。」
俺が零すと、テックさんが矢を射かけ、魔獣の注意を引いてくれた。
「無理はしないで! その少女を安全なところへ!」
テックさんの指示に従うべきだが、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
「分かっていますが! 目をそらすと襲って来ますよ! コイツは!」
剣を前へ向けて構えつつ、じりじりと後退してみせた。
後ろの女の子の息使いが聞こえる、安心させようと言葉を選んで言う。
「怖いのは分かるよ、俺だってそうさ。だが、君はやらせはしない。」
「で、でも。」
「やらせはしない、絶対にだ!」
女の子を助けるのに、理由なんか必要ない。
俺はありったけの勇気を奮い立たせ、キリングパンサーを睨み付ける。
それが合図になったのか、魔獣は勢いよく襲い掛かり、前足を振り下ろす。
「くっ!?」
咄嗟に左腕で庇って、何とか身体へのダメージを防ぐことに成功した。
鋭い爪で引っ掛かれ、傷から血が噴き出てきた。物凄く痛いが、ここは我慢だ。
「何とか致命傷は避けられたか、だがこのままでは。」
もう左腕に力は入らない、だらりと垂れ下がる。
両手で剣が持てなくなったが、まだ無傷の右手で剣を握り込む。
「あ、血が!?」
後ろから少女の声が聞こえたが、俺が負傷した事への心配の声だと分かる。
なので、何でもない様に強がってみる。怖がらせてどうする。
「こんなの、大したことは無い。」
女の子が俺を心配してくれている、自分だって怖いはずなのに。
こんな優しい子が、なぜ奴隷になったのかは知らない。知りたくも無い。
だが、こんな優しい少女は、ここで死なせたくないし、生きていてほしい。
せめて、あと一歩。何かがあれば。この状況をひっくり返す事が出来るかも。
確証はない、だが、やってみる価値はある筈だ!
そう自分に言い聞かせ、振り絞るように足に力を入れる。
何故だろうか? その瞬間に身体全体に力がみなぎってくるのが、分かる。
よし! ガクブルは止まった。あとは、気合を入れてやるだけ!
「覚悟完了! この子はやらせはせん! 勝負だ!」
その時だった、俺の額が途端に熱を感じて、額の辺りから眩しく光り、目の前を激しく照らした。
「な、何だ!? 目の前が急に眩しくなって………!?」
しかし、それがきっかけだったのか、キリングパンサーの目を晦ませてた。
大型魔獣はよろよろとした足取りで、フラフラとその体躯が揺れていた。
そうか! さっきの眩しい光が閃光弾のような役割を果たして!
「チャンス到来! その隙は見逃さん!」
俺は剣を握り込み、魔獣に向かって突貫。魔獣の頭に向かって刃を突き立てた。
剣の刃は真っ直ぐに魔獣の頭から入っていき、顎下まで一気に貫通した。
「グギャアアッ、ガアアアアッ………。」
俺の突き刺した剣は、深々と魔獣の頭に刺さり、血しぶきを上げる。
魔獣はその場で転げ回り、辺りに自分の血をまき散らしながら暴れている。
そして、やがて動かなくなった。
「ハアっハアっ、や、やれたのか?」
しばらく様子を見ていると、呼吸をするたびに上下していた腹が動かなくなった。
大型魔獣は動かない、立ち上がる様子も無いようだ。
「よかった、何とか魔獣を倒す事に成功したようだ。もう大丈夫そうだな。」
キリングパンサーはピクリとも動かない、本当に倒したようだ。
「ふう~やれやれ、何とかなったか。」
肩から力が抜けて、俺が一息つくと、奴隷少女は信じられないと言った表情でこちらを見る。
少女の方を向き、サムズアップしてみせる。
「ね、大丈夫だったろ。」
俺がサムズアップしたのを見て、奴隷少女は場の空気を和ませる様に笑顔を作る。
「ふ、ふふふ、あははは。」
奴隷少女は目に涙を浮かべながら、それでも大声で笑い飛ばした。
よかった、少女も無事だった。俺は左腕一本で済んだ。凄く痛いけど。
あの魔獣相手にこの戦果は奇跡だろう、勇気ってやつを出してみて正解だったな。
そのやり取りを遠巻きから見ていたテックさんが、何やら言っていた。
「あの男の額に浮かび上がったあの紋章………、まさか………。」
テックさんは何やらブツブツと言っていたが、スピナが声を掛け、直ぐに我に返たようだ。
「テックさん!」
「ああ、スピナ。お疲れ様です、荷馬車の護衛、しっかりとやっていたようですね。」
テックさんがスピナに労いの言葉を言うと、息を切らしながら返事を返していた。
「それどころじゃありません! 実は、護衛対象の商人が。」
テックさんの所にスピナが来て耳打ちし、何やら相談している。
とにかく今は、生きている事に安堵し、地面に落ちていた道具袋を漁り始めた。
袋の中から緑色の液体の薬が出て来たので、それを一つ取り出す。
「お、やったね。回復薬発見、これを使って左腕を癒そう。」
ゲームでお世話になった回復薬だ、この世界でも同じような色と形をしていた。
片手で器用に回復薬の瓶の蓋を開け、俺は中の薬液を傷にかける。
傷口から血が滴ってきていたが、薬液をかけると直ぐに効果を現した。
みるみるうちに傷が再生していき、時間と共に傷口が塞がり始める。
ふう~、これで何とか傷は治るか。正に回復薬様々だな。
少し残った回復薬を飲み干し、体力の回復にも努める。
と、そこへ奴隷少女が近づき、服の袖を引っ張って来た。
少女を見ると、奴隷少女はこちらに向けて笑顔を見せて、笑って答えた。
「おじさん、ありがとう。」
そこには、恐怖も悲壮感もない。純粋な少女の感謝の言葉だった。
だから俺も、笑って答える。
「どういたしまして。」
心地よい風が吹き、頬を撫でて通り過ぎていく。
戦いの喧騒は息をひそめ、辺りには静けさが漂っていた。
どうやら俺は、生き残れたらしい。




