国費で育てて隣国に献上しました~平民を見下した結果、すべてを失った学園長
「学園長、何か言うことはあるかね?」
学園長室の応接間で、王族の男が足を組んでいる。
「平民の能力ある者を発掘したいと、平民にも門戸を開いたはずだが。
なぜ我が国の官吏に申し込まず、隣国に流れているのであろうな?」
「そ、それは、やはり平民の能力が貴族に及ばないという証拠でしょう。
やはり礼儀や常識などで劣る平民には、下働きが相応しい。
貴族を押しのけて高官になるなど、夢を見させるのは可哀想ではないですか。
現に、わきまえず授業中に貴族の意見を覆すような輩なのですよ。社会に出たら何をしでかすか、考えるだけで怖ろしい」
私は世間知らずの王族に、道理を説いた。
「なるほど?
学校の成績は振るわず、特待生になっても一年で退学する者が大半だな。
学費を免除し奨励金を出したのに、なぜかね?
教師陣の指導が悪いのではないか」
「とんでもない。
教師陣は生まれつき劣った平民を指導するのに、大変な苦労を重ねたのですよ。
貴族なら爵位を超えて目立とうとするような、無作法はいたしません。
それを、公爵令息や侯爵令嬢を差し置いて、鼻高々に技能を見せびらかすなど、実に嘆かわしい」
「それを叱責したのか。
無能であれという教育方針だと、潔く認めるのだな?」
風向きが怪しい。
何だ? 不満があって文句を言いに来たのか?
私は秩序を守る、教育者である。
「何をおっしゃりたいのでしょうか?」
「それらの優秀な平民が留学生に拾われて、帰国する時に連れて帰るそうだ。
貴族ではなく、功績もまだ上げていないから引き留める口実がない。
これは将来的な国益を損なう大問題だぞ」
「は?」
退学して卒業もできなかった連中が?
「いや……反抗的で、使えない者どもですよ」
あり得ない。なにを言っているのかと、鼻で笑いそうになった。
いけない。仮にも王族だ。
「それは、使いこなせない上の者が無能ということではないのか?
国費を使って基礎学力を付け、愛国心をなくした状態で輸出している愚かな国――昨日の祝賀パーティーでそう言われたぞ」
不機嫌な空気が立ち上る。こめかみに青筋が見える。
「同席していた魔導師が、実現したら軍事転用できる理論だと青ざめていた。
研究は半ばだが、退学になってからの二年間、大使館に匿ってもらいながら温めていたそうだ。
その研究に携わっているのが二名、他の研究が三名、帝国で学生文学賞の受賞者が一名……。
平民だから、家族ごと移住する者もいるらしい。
領地も店舗もない者は身軽だなぁ?」
ああ、昨日のパーティーで嫌味を言われて、文句を言いに来たのか。
冷や汗が流れる。
「まったく、忠誠心のない平民には困ったもので」
教育しても卑しい性根は治らない。問題を起こしてばかりで、私は大変な思いをしたのだ。
「ははは。甥の子どもが無事に十歳を超えた。
私は近いうちに臣籍降下して、公爵を賜る予定であった。
知で名を馳せ大公を狙ったのだが、侯爵になれれば恩の字という状況になってしまったぞ。
お前のせいで、計画が台無しになったわ!」
書類を顔面に叩きつけられた。
まるで昔の悪ガキに戻ったようだな。
「これは何の書類ですか?」
「この学園で教鞭を執っていた者の、辞職願と爵位返上申請だ。
お前がいびり、教師陣がそれに便乗し、虚仮にしていた天才錬金術師の――な」
錬金術など、詐欺師の代名詞ではないか。神聖なる教壇に立たせる方がどうかしている。
「そいつも隣国に一緒に渡るそうだ。
陛下がなんのために爵位を与えたと思っている。この国に根を下ろしてもらうためだ。
素材採取で諸国を放浪しているところを、わざわざ側近を派遣し礼を尽くして招聘した」
そんなことは聞いていない。先に言っておくべき情報ではないか?
あんな小汚い男が、国王陛下の肝いりだなんて……わかるわけないだろう!
「言われたよ。
『平民だと貴族の横暴に対抗できないから叙爵を受けたが、貴族になっても馬鹿にされるのは変わらなかった』だと。
もう二度と我が国には立ち寄らないかもしれないな?」
書類が当たって、珈琲がこぼれてしまった。
いい服を着てきたのに。高い絨毯にも染みができる。
悔しい。私の城でなんて無作法な。躾のなっていない、乱暴者め。
なんだ。いい年をして、かんしゃくを起こすなんて。
「いいか、その凝り固まった脳みそに叩き込め。
治癒術士は片田舎に配置できるほど人数がいない。些細な怪我や病気で命を落とす者がいる。
そこを錬金術師に、魔力のない平民でも作れる薬学に落とし込んでもらう。
全国民の健康と長寿のために、国王陛下が直々に考案された計画だ」
平民など、ぽこぽこ子どもを産むではないか。
この怒りようはなんだ?
自分だって平民を下に見ていただろう。平民の洗濯メイドや庭師にひどいことをして、私が庇ってやったのを忘れたのか。
まるで、袂を分かとうとしているような……王室の家庭教師を務めていた私にそんなことはできないはずだ。
長年、教育を授けている歴史ある家系。積み重ねた実績と信頼。国王陛下も王太子殿下も私の生徒だ。
「もう、お前の顔など見たくない。
お前こそが、次年度に進めずに『退学』だな。
自主的に退職するか、クビになるかは選ばせてやろう。
さあ、今すぐ選ぶがいい」
私はお払い箱ということか?
そんな――。
心血を注いで、この三年もの間、学園を守ってきたのに。
ずうずうしい平民から、貴族を守るための盾として……!
あまりの怒りに、目の前がチカチカする。
「ああ、それとも責任を取って自害するか?」
無慈悲な暴君は、侍従に持たせていたサーベルに手をかけた。
斬られる!
ひゅっと喉が鳴る。
目をぎゅっと瞑り、腕で頭を守った。
「はっ、斬ったりしない。剣の錆びにする価値もないわ」
そう言い捨てて、王弟は出て行った。
事務長が顔を出し「私物の片付けに用務員をつけましょうか? その前に、珈琲の後片付けですね」と言った。




