最終話:終止符は、あなたと(完全ハッピーエンド)
朝、私は声を取り戻していた。
完璧じゃない。
少し掠れている。
でも、出る。
「……セヴ様」
名前を呼ぶと、セヴの背中が一瞬だけ止まった。
振り返らない。
でも、止まった。
「戻ったな」
「はい」
宮廷からの使者が来る前に、私たちは音楽室に立った。
灯りは二つ。
譜面台の距離は、いつもの位置。
「リラ」
セヴが言う。
「君の呪いは、恋が成立したとき発動する」
私は頷いた。
怖い。でも、逃げない。
「なら、成立させなければいい――だけでは、君を孤独にする」
セヴの声は低い。
「それは、君の生き方を奪う。……私は、それをしたくない」
私は息を吸った。
胸が温かい。
「だから、条件を作る」
セヴは譜面を一枚差し出した。
そこには、契約書の追記が書かれている。
――“終止符の決定権は、リラ単独では持たない。
必ず、セヴが同席し、続きの一音を提示する。
最後の一音は、二人で選ぶ。”
私は目を瞬いた。
こんな契約、聞いたことがない。
「……私の自由は?」
セヴは少しだけ視線を落とした。
「君が望むなら、私は離れる。……だが、君が望まないなら」
彼は初めて、はっきり私を見た。
「君の隣にいる」
心臓が跳ねた。
怖い。
でも、伴奏があるみたいに落ち着く。
私は笑った。
「合理的じゃないですね」
セヴは、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
「合理だ。……君が生きるなら、それが最善だ」
その瞬間、私は理解した。
恋が成立するのは、“告白”じゃない。
“帰る場所”を持つこと。
(私は、もう帰ってしまっている)
でも恐怖は来なかった。
灯りが二つあるから。
温い飲み物があるから。
そして、隣に“続き”をくれる人がいるから。
宮廷での最終確認。
ヴァイスの前で、私は歌った。
最後の一音の前に、セヴが伴奏で“間”を作る。
その間で私は息を吸い、言葉を置いた。
「私は、生きるために歌います。――そして、帰る場所を持ちます」
ヴァイスは、少しだけ目を細めた。
悔しそうではない。
評価する顔だった。
「……合理ではない。だが」
彼は言った。
「安全性は証明された。あなたが死ぬのは、“孤独で終止符を打つ瞬間”だと、理解した」
そして、最後に一言。
「帰る場所を持つなら、持ちなさい。――ただし、終止符を選ぶのは一人ではないことだ」
それは、降伏ではなく、認める言葉だった。
帰宅した夜。
音楽室の灯りは二つ。
紅茶は温い。
私は譜面台の前に立ち、セヴを見た。
「……恋をすると、死ぬんじゃないんですね」
セヴは短く答えた。
「恋をすると、終わらせたくなる癖が出る。……それが呪いだ」
「じゃあ」
私は笑って言った。
「終わらせないように、毎日歌います。毎日、続きの一音をください」
セヴは頷いた。
「毎日、伴奏する」
私は一歩近づいた。
触れる必要があるときは先に言う。
でも今日は、言わなくてもいい距離にした。
「セヴ様」
私は息を吸う。
「……あなたが、帰る場所です」
心臓が跳ねる。
でも死なない。
終止符ではなく、続きがあるから。
セヴは、短く言った。
「私もだ」
(後書きのような一段落:読者を現実へ戻す)
物語は、たった一音で終わるものじゃない。
終止符の前に、息を吸う“間”がある。
灯りを増やして、温いものを飲んで、少しだけ肩の力を抜く時間がある。
あなたの現実にも、きっと同じ“間”がある。
今日うまく歌えなくても、声が出ない日があっても、譜面は白紙のまま待ってくれる。
そして――続きの一音は、いつだって書き足せる。
物語が閉じても、灯りはすぐには消えない。
あなたが次にページをめくる時、その指先が少しだけ温かいままでありますように。
(完)




