第8話:終止符の真相
声が戻らないまま、日が過ぎた。
私は不思議と絶望しなかった。
譜面の上では、私はまだ歌えていたから。
夜、音楽室。
灯りは二つ。
紅茶は温い。
セヴが言った。
「終止符の定義が、わかった」
私は紙に書く。
『教えて』
セヴは、譜面を指で叩いた。
「君の呪いは、恋が成立し、最後の一音が鳴ったとき死ぬ。だが“最後の一音”は、曲の最後じゃない」
私は目を瞬く。
「心臓が“終わり”を選んだ瞬間だ」
セヴは低く言う。
「君が“もういい”と思った瞬間。……孤独の中で、自分に終止符を打つ瞬間」
私は息を呑んだ。
それは――私が昔から持っている癖。
痛みを自分で片づける癖。
誰にも帰らず、終わらせる癖。
『じゃあ、どうすれば』
セヴは、しばらく沈黙した。
その沈黙が、いつもより重い。
「君が終止符を打つ前に、誰かが“続き”を提示する」
彼は言った。
「君が一人にならないように」
『誰が?』
セヴの喉が、小さく動いた。
言葉が苦手な人が、言うべきことを飲み込む前の動き。
「……私が」
その二文字が、胸の奥に落ちた。
怖い。
嬉しい。
恋に近い。
私は慌てて紙を取った。
『それは合理ですか』
セヴは、ほんの少しだけ目を細めた。
笑っていないのに、やわらかい。
「合理だ。君を失うのは損失だ」
『……嘘』
「嘘ではない」
セヴは低く言って、続けた。
「損失以上の理由も、ある」
私は息を止めた。
“それ”を言われたら、呪いが近づく気がした。
セヴは、そこで言葉を切った。
ルールを守るみたいに。
「触れる必要がある」
彼は先に言った。
「君の脈を確認する。いいか」
私は頷いた。
彼の指が手首に触れる。
心臓が跳ねる。
でも、セヴの指は落ち着いていた。
心拍を上げない触れ方。
まるで伴奏みたいに、私を鎮める。
「……大丈夫」
彼は言う。
「君は、まだ続けられる」
私は、声がないのに、泣きそうになった。
泣く代わりに、譜面に書いた。
『私も、続けたい』
その夜、喉が少しだけ震えた。
微かな音が、戻る兆し。
――翌日。
期限の最終日。
ヴァイスが来る前に、私たちは“最後の一音”を迎える方法を決める。
(第8話・了)
次話予告:最終話。二人で選ぶ終止符。読者を現実へ戻す灯りの一段落。




