第7話:歌えない日(喪失は短く、回復導線を同時に)
朝、私は声を失っていた。
喉は痛くない。
ただ、音が出ない。
鏡の前で口を開けても、空気だけが漏れる。
怖い。
これが、呪いの“代償”。
セヴは私を見ると、すぐに椅子を引いた。
紅茶。灯り二つ。
ルール通り。
私は紙に書いた。
『声が出ません』
セヴは頷き、短く書き返す。
『想定内』
冷たく見える言葉なのに、安心した。
想定内なら、道がある。
セヴは次に紙を出した。
白紙の譜面。
『作曲へ移る』
私は目を見開いた。
作曲。
歌えなくても、音楽は作れる。
セヴはさらに書く。
『君の声は、身体に残っている。今は“外に出ない”だけだ』
私は指先で譜面をなぞった。
泣きそうになったけれど、泣かない。
その日の午後。
ヴァイスが来た。
「声が出ない? 当然です。呪いは強い」
彼は淡々と言う。
「だから施設へ。歌えない歌姫は、宮廷にとって価値がない。――安全のためにも隔離が合理的です」
正論の刃。
私は反論できない。声がない。
セヴが前に出た。
「価値がないなら、宮廷は関与するな」
ヴァイスが眉を上げる。
「あなたは彼女を守りたいのですね。……恋ですか?」
その言葉が、胸に刺さる。
私は息を止めた。
セヴは揺れない。
「合理だ」
「合理で、ここまでしますか」
セヴは、私の前に譜面を置いた。
「彼女は“歌えない日”でも、音を作れる。――価値は消えない」
ヴァイスは黙った。
そして、初めて“少しだけ”負けを認めるように言った。
「……では、期限を延長しましょう。二週間。声が戻らなければ、移送」
去り際、ヴァイスは私に向かって言った。
「あなたは、誰かに帰る場所を持ったとき死ぬ。なら、持たなければいい。――それが合理です」
帰る場所を持つな。
生きるために孤独でいろ。
私は紙に書いた。
『私は、生きるために音楽をやめません』
声はないのに、言葉は強かった。
その夜。
セヴが私の机に、短い曲の冒頭を書いて置いた。
私の“声がない今”のための曲。
私は、その続きの一小節を書いた。
二人の共同作曲が、言葉の代わりに続く。
――そして気づく。
呪いの抜け道は、“最後の一音”ではない。
“誰が終止符を決めるか”だ。
(第7話・了)
次話予告:終止符の真相。セヴの覚悟が、言葉になってしまう夜。




