第5話:灯りの下の共同作曲(小さな幸福②:灯り/距離)
共同作曲は、静かな戦いだった。
セヴは無口で、私は言葉が多い。
でも譜面の上では、逆になる。
私が迷うと、セヴは一音だけ足す。
たった一音で、曲が息をし始める。
「……どうして分かるんですか」
「君の呼吸が、ここで止まる」
セヴは譜面を指で叩く。
「止まる場所に音を置く」
灯りが二つ。
夜は必ず温い飲み物。
私はそのルールに、救われていた。
「セヴ様、あなたは……眠らないんですか」
「眠る」
即答したのに、机の上の書類は増えていく。
宮廷への手続き、魔術師への依頼、演奏会場の安全設計。
私が「無理しないで」と言いかけると、セヴは先に言った。
「合理的に無理している」
私は、思わず笑ってしまった。
笑った瞬間、心臓が少し跳ねる。
怖くて息を止めた。
セヴは、譜面台の位置を変える。
私と譜面台の距離を少し離し、私の背後に立った。
「呼吸しろ」
「……はい」
「笑う程度で死ぬ呪いなら、そもそも君は生きていない」
彼の声が、背中の少し後ろで響く。
近い。
でも触れない。
「呪いは、“恋が成立し、最後の一音が鳴ったとき”だ。成立させなければいい。――だから」
「だから?」
「焦るな」
その一言が、胸の奥に灯りをともした。
曲は、少しずつ形になった。
“終止符を変える曲”。
最後の一音が、死の合図ではなく、回復の合図になるように。
その夜、私はふと思った。
もしこの曲が完成したら――私は、セヴに何を返せるのだろう。
言葉で感謝すると、何かが揺れる。
恋に近づく気がする。
だから私は、別の形を選んだ。
譜面の余白に、短い旋律を書き足した。
セヴの沈黙に似た、静かな旋律。
セヴがそれを見て、初めて“間”を作った。
「……これは?」
「あなたのための一小節です」
私は視線を逸らして言った。
「言葉の代わりに」
セヴは何も言わない。
でも、譜面を丁寧に閉じた。
その丁寧さが、返事だった。
――翌日。ヴァイスから“公開検証演奏会”の通達が届く。
一度きりの演奏で、呪いの安全性を証明しろ、と。
(第5話・了)
次話予告:舞台に立つ。怖い。でも、背後に彼の伴奏がある。




