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<恋をすると最後の一音で死ぬらしいので、無口な彼と“終止符”を探すことにした>  作者: 百花繚乱


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3/9

第3話:夜のスープと譜面台の距離(小さな幸福①:食)

宮廷からの招待状は、厚い紙でできていた。

角が硬くて、触るだけで気持ちが削れる。


「行かない」


セヴは即答した。


「……でも、断ったら」


「断る理由を作る。君は今日は“発熱”だ」


「嘘ですよね」


「合理的な嘘だ」

言い切って、彼は厨房へ向かった。


公爵家の厨房は広く、夜でも火が落ちていない。

忙しそうな料理人たちが、セヴを見ると一瞬だけ動きを止めて、すぐに視線を戻した。

この家でセヴは、“命令する人”ではなく、“判断を背負う人”なのだとわかる。


鍋の中で、骨と野菜が静かに煮えている。

出汁の匂いが、胸の緊張をゆるめた。


「座れ」


セヴは私に椅子を引く。

そして無言で、スープを器に注いだ。


「……あなたが作るんですか」


「味の確認だけだ。君は食べろ」


「楽長なのに」


「楽長だからだ」

セヴは湯気を見て、言う。

「音は、身体で鳴る。身体が冷えたら、音も冷える」


私は笑いそうになって、慌ててスープを飲んだ。

熱い。やさしい塩気。

喉がほどける。


「……美味しい」


セヴは頷くだけ。

でも、器の中身が減るのを見て、ほんの少しだけ目元がやわらいだ。


「リラ」


「はい」


「宮廷音楽監督――ヴァイスは正論で来る」


その名前だけで、背筋が伸びた。

宮廷で一番影響力のある音楽監督。

“音を守る”の名のもとに、歌い手を切り捨てると噂の人。


「正論……」


「『危険は隔離すべき』、『呪いは管理すべき』、『君の存在は宮廷のリスクだ』」

セヴは淡々と並べる。

「筋は通っている。だから厄介だ」


「……私は、どうすれば」


セヴはスープを一口飲む。

「君は、正直に言え。『私は歌う。条件があっても生きる』と」


「反発されます」


「反発されても、生きる」

短い言葉に、芯があった。


私の手が震えそうになったのを、セヴが見た。

何も言わず、譜面台の位置を変える。

私の目の前に、譜面台が置かれる。

その背後に立って、セヴが伴奏の姿勢を取った。


「今、歌え」


「……ここで?」


「君の身体に、“怖い場所でも鳴る”記憶を残す」


私は息を吸った。

厨房の火。スープの匂い。

背後の静かな伴奏。

安心が、音の土台になった。


私は小さな旋律を歌った。

スープの湯気の向こうで、音がやわらかく立ち上がる。


歌い終わると、セヴはただ一言。


「大丈夫だ」


その言葉は、慰めじゃなかった。

事実みたいに、胸に落ちた。


――翌朝。宮廷の使者が来て、ヴァイス本人が“今日、来訪する”と告げた。


(第3話・了)

次話予告:正論の刃が来る。セヴは、言葉ではなく“手続き”で守る。

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― 新着の感想 ―
小さな幸福の描写が本当に丁寧。 食べること、灯り、距離――どれも心拍を下げるための行為で、愛情の別の形を見せてくれます。
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