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戦は槍ではなく「カロリー」で決まる。 ~某数正のロジスティクス戦記~  作者: 冷やし中華はじめました


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本多正信の居眠り(9月5日)

【1:浪費されるカロリー】


 慶長5年9月5日。  上田城攻めは、数正の懸念通り、泥沼の様相を呈していた。


「敵だ! 林の中に伏兵がいるぞ!」 「くそッ、また偽装工作か!」


 真田のゲリラ戦術は巧妙だった。  神川の水を堰き止めて放流したり、少数の兵で挑発しては山奥へ誘い込んだり。  徳川の精鋭3万8千は、真田の手のひらで踊らされ、無駄に野山を走り回り、膨大なカロリーと弾薬を浪費していた。


 本陣の片隅で、数正は歯ぎしりした。 (完全にサンクコストの罠にはまっている。1分ごとに、我々の勝利が遠のいているのに……!)


【2:眠れる古狸】


 数正は意を決して、軍監・本多佐渡守正信ほんだ・さどのかみ・まさのぶの幕へと踏み込んだ。  正信は、家康の懐刀ふところがたなと呼ばれる参謀だ。彼なら、この愚行を止められたはずだ。


「佐渡守様! いつまで昼寝をしているのですか!」


 幕の中では、好々爺とした老人が、脇息きょうそくにもたれてウトウトしていた。  外では兵たちが叫び声を上げているというのに、ここだけ時間が止まったように静かだ。


 正信はゆっくりと片目を開けた。 「……おや、小荷駄の。血相を変えてどうされた」 「どうされた、ではありません! 真田攻めなど無意味だ。なぜ総大将(秀忠様)をお諫めしなかったのです! あなたの知略なら、この展開は読めていたはずでしょう!」


 数正の糾弾に、正信は「ふぁ」とあくびを噛み殺した。 「若いな、数正殿。……お主、この軍勢の名簿ロースターを見たことがあるか?」


「名簿? 当然です。兵糧配給のために全て把握しています」 「では、問おう。家康公が率いる東海道軍と、我ら中山道軍。その『中身』の違いは何だ?」


【3:究極のリスクヘッジ】


 数正は言葉に詰まった。中身の違い?  脳内でデータベースを検索する。  家康軍にいるのは、福島正則、池田輝政、黒田長政……。  秀忠軍にいるのは、榊原康政、酒井家次、大久保忠隣……。


「……あっ」


 数正の顔色が変わった。  家康軍の主力は、豊臣恩顧の「外様とざま」大名たち。  対して、この秀忠軍は、徳川家代々の「旗本・譜代ふだい」たち。


 正信は、数正の反応を見てニヤリと笑った。 「気づいたようじゃな。家康公は、古狸だ。関ヶ原という巨大な賭博場ギャンブルに、外様どもを連れて行った。奴らを最前線で使い潰す気じゃよ」


 正信は声を潜めた。その瞳の奥には、氷のような冷徹さが宿っていた。 「だが、この秀忠様の軍は違う。これは**『次期将軍の直轄軍』**じゃ。徳川の血と骨そのものだ。絶対に失ってはならん」


「まさか……」  数正は戦慄した。


「勝てばよし。だが、万が一、家康公が負けたらどうする? 討ち死にされたら?」 「……!!」


「その時、ここに『無傷の徳川精鋭3万8千』が残っていれば、どうとでもなる。豊臣相手に講和もできれば、国を閉じて籠城もできる。これは、徳川の家を絶やさぬための**『保険』**じゃよ」


【4:政治という名の怪物】


 数正は膝が震えるのを感じた。  これが、政治ポリティクスか。  数正は「関ヶ原に間に合わせる」という物流ミッション(納期厳守)だけを見ていた。  だが、この老人はもっと高い次元で、徳川家という巨大企業の**「事業継続計画(BCP)」**を描いていたのだ。


 真田攻めでの遅延すら、彼にとっては好都合なのかもしれない。  遅れれば、決戦に参加しなくて済む。リスクを負わずに済む。  あえて止めなかったのか。いや、むしろ積極的に遅延を容認(許容)しているのか……?


「間に合わぬもまた、兵法よ」


 正信はそう呟くと、再び狸寝入りを決め込んだ。 「焦るな、数正殿。お主の仕事は、兵を死なせぬことじゃろう? ならば、ここでゆっくり遊んでいくのも、悪くない手だとは思わんか?」


 数正は幕を出た。  外の空気は生ぬるいはずなのに、体の芯まで冷えていた。


 兵站という物理的な戦いの上に、さらに冷酷で計算高い「政治の論理」が覆いかぶさっている。  この軍隊は、勝つために進んでいるのではない。「負けない」ために、あえて停滞させられているのだ。


(化け物め……)


 だが、現実は正信の思惑すら超えて悪化しようとしていた。  空から、ポツリと冷たい雫が落ちてきた。  雨だ。  政治的遅延と、物理的障害。この二つが重なった時、中山道は本当の地獄へと変貌する。

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