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戦は槍ではなく「カロリー」で決まる。 ~某数正のロジスティクス戦記~  作者: 冷やし中華はじめました


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帯域幅(バンド幅)の悪夢(慶長5年 8月下旬)

【1:細すぎるパイプ】


 慶長5年8月下旬。  下野国・宇都宮を出発した徳川秀忠軍3万8千は、中山道を西へと進んでいた。


 馬上で揺られる数正は、眼前に広がる光景に頭を抱えていた。 「……狭すぎる」


 中山道は、平坦な東海道とは違う。険しい峠越えが連続する山道だ。場所によっては、断崖絶壁にへばりつくように道が続き、人一人が通るのがやっとの難所ボトルネックが無数にある。  この状況を、現代の物流ロジスティクスの視点で例えるなら、「流路パイプ」が極端に細い状態だ。


 そこに、3万8千人という巨大な水量(兵士)を一気に流し込もうとしている。  それはまるで、細い竹筒に、酒樽の中身を無理やり流し込むようなものだ。  物理的に入りきるはずがない。


「止まれぇ! 前がつかえているぞ!」 「押すな! 馬が落ちる!」


 あちこちで流れが滞る。  前方での些細なトラブル――荷車の車輪が溝にはまった、馬が驚いて立ち止まった――だけで、後続の数キロメートルに渡って隊列が完全に停止フリーズする。  溢れ出した水が地面を濡らすように、兵たちは道端で立ち尽くすしかない。  先頭が1キロ進むのに、後尾が動き出すまで1時間かかる。典型的な「輻輳ふくそう」状態だ。


【2:寸断される神経】


「奉行! 後方の小荷駄隊、姿が見えません! 先頭部隊との距離が3里(約12km)開きました!」


 伝令の報告に、数正は舌打ちした。 (情報の伝達リンクが切れたか……!)


 隊列が伸びきって分断されれば、補給物資は前線に届かない。  さらに致命的なのは、指揮命令系統コマンドの遅延だ。  本陣が「止まれ」と命じても、その命令という名の「水」は、詰まった管の中をなかなか進まない。数キロ先の後尾に届く頃には、状況はとっくに変わっている。


 数正は泥まみれになりながら、声を張り上げた。 「隊列を詰めるな! 車間距離インターバルを開けろ!」 「何を言うか! 急がねばならんのだぞ!」  武将の一人が怒鳴り返してくる。


くだに水を詰め込みすぎれば、流れは止まるのです! 少し隙間を開けたほうが、結果的に全体の流れ(スループット)は良くなります!」 「ええい、やかましい! 兵站屋の理屈など知らん! 殿(秀忠)は先を急いでおられるのだ!」


 数正の「流体力学」に基づいた叫びは、焦りと功名心に燃える武将たちの怒号にかき消された。


【3:若き総大将の焦り】


 本陣の中央。  若き総大将・徳川秀忠は、苛立ちを隠せない様子で軍配を握りしめていた。 「まだ碓氷峠うすいとうげも越えられぬのか。父上(家康)はすでに東海道を疾走しておられるというのに……」


 偉大な父へのコンプレックス。そして、初陣に近いこの大軍勢を率いる重圧プレッシャー。  側近たちもまた、秀忠に武功を立てさせようと必死だった。 「殿、急ぎましょう。兵站など放っておけば、勝手についてきます」 「小荷駄の遅れに合わせていては、関ヶ原に間に合いませぬ」


 彼らはアクセルをベタ踏みしようとしていた。エンジン(兵士)がオーバーヒート寸前であることも知らずに。


 数正は、遠く離れた後方集団の位置を計算し、絶望的な溜息をついた。 (ダメだ。流量ボリュームがパイプのキャパシティを超えている。このまま無理に圧力をかければ、どこかで破裂システムダウンするぞ)


 その予感は、信州・上田城という「強固な関所ファイアウォール」の前で、最悪の形で的中することになる。

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