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戦は槍ではなく「カロリー」で決まる。 ~某数正のロジスティクス戦記~  作者: 冷やし中華はじめました


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関ヶ原の彼方で(9月15日 当日)

【1:数学的敗北】


 慶長5年9月15日。  運命の朝が来た。


 だが、某数正と秀忠軍3万8千は、戦場にはいなかった。  彼らはまだ、美濃国(岐阜県)と信濃国(長野県)の国境付近、木曽の山中にいた。


 数正は、泥で汚れた地図と、空の位置(日時計)を見比べ、乾いた笑いを漏らした。 「……計算終了フィニッシュ。間に合いません」


 距離と行軍速度の計算式は、残酷な現実リアルを突きつけていた。  ここから関ヶ原まで、どんなに急いでもあと数日はかかる。  SCMサプライチェーン・マネジメントの観点から言えば、これは完全なる**「納期遅延デリバリー・ディレイ」**だ。  プロジェクトは失敗した。我々は、歴史の特等席に座り損ねたのだ。


【2:遠雷のような】


 昼過ぎ。  雨は上がり、雲の切れ間から薄日が差し始めていた。  行軍の最中、数正はふと足を止めた。


 ドォン……。    遥か西の空で、低い音が響いた気がした。  雷鳴ではない。もっと重く、腹の底に響くような音。鉄砲の斉射か、あるいは何万という人間がぶつかり合う地響きか。


「……始まったか」  隣を行く本多正信が、馬上で目を細めた。  その老獪な横顔には、焦りも恐怖もない。ただ、遠くの天気を占うような冷静さがあった。


「佐渡守(正信)様。我々は、最大のいくさに遅れました。大殿(家康)は激怒されるでしょう」 「さて、どうかな」 「負ければ、我々はただの敗残兵です。切腹では済まない」


 数正の悲観的な言葉に、正信はニヤリと笑った。 「負けておれば、もっと早く『音』が聞こえるはずじゃ」


「音?」


「敗走する兵の悲鳴じゃよ。負け戦となれば、戦線は一瞬で崩壊し、雪崩を打って逃げてくる。……だが、見よ。西の空は静かじゃ」


【3:勝利の後の静寂】


 正信の言う通りだった。  西から吹いてくる風には、血の匂いも、敗北の気配も混じっていない。  あるのは、嵐が過ぎ去った後のような、奇妙な静寂だけだ。


「勝ったでしょうな、大殿は」  正信は確信を込めて言った。


 数正は、泥まみれの兵士たちを見渡した。  3万8千の兵は、ボロボロだ。鎧は捨て、旗は汚れ、目は窪んでいる。  だが、誰も死んでいない。  飢えと寒さに震えてはいるが、五体満足だ。一発の銃弾も受けず、一本の槍も突き立てられていない。


「我々は、何のためにここへ……?」  虚無感が数正を襲う。  泥水をすすり、生米をかじり、地獄のような峠を越えてきた。その苦労は、戦場に遅れるという結末で報われなかった。  ただの徒労だったのか?


 しかし、正信は数正の方を向き、意味深長に呟いた。 「数正殿。いくさは、槍を合わせる時だけが戦ではないぞ」


「……?」


「勝ってからが、本当の始まりじゃ。その時、お主が泥まみれになりながら運んできたこの『荷物』が、何よりも重く輝くことになる」


 正信は、疲弊しきった3万8千の兵を、まるで宝の山を見るような目で見つめていた。


【4:生存証明】


 数正は、自分の手を見た。泥と垢で真っ黒だ。  だが、その手で握りしめた帳面には、兵士たちの名前が記されている。  脱落者ゼロ(数名の病欠を除く)。生存率、ほぼ100%。


(俺は、納期には遅れた。だが……)


 数正は、行軍を再開する兵士たちの背中を見た。  彼らは生きている。これから家に帰り、飯を食い、子を抱くことができる。   「……全軍、進め! 急ぐ必要はない、一歩ずつ確実に進め!」


 数正の号令が響く。  関ヶ原の戦いは終わった。  だが、数正たちの「戦後処理」という名の新しい戦争は、ここから始まろうとしていた。

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