9 side:フレディ
クリスハルトの駒として働くのは楽しいが、時折勘弁してくれと言いたくなるような仕事もある。今回などまさにそれで、他人の寝室の隣で待機せよ、など拷問に等しい。
「ペリオドス様に牽制されましたけどね」
事情を聞かされた俺は苦笑しながら伝える。宰相の息子が素性不明の間諜に夢中、貴族社会に知られたら大きな醜聞となるだろう。
「俺は経験がない。キャスが嫌がらないなら止めないが……静かだな」
「寝室まで連れて行ったのはペリオドス様の暴走って感じですけど、受け入れたのはキャスですからね」
「無理はしていないだろうか」
俺は思わず噴き出した。周囲は天才と持て囃された彼に情緒の教育を施さなかったのだろうか。
「いやあの、どうしてここにいるか、わかってますよね」
「キャスをペリオドスに託せるか確かめるためだ」
「それってここで待機しててもわからないんじゃ」
笑いながら答えると、俺が密かに主と認めた少年は珍しく頬を染めた。
「笑うな、フレディ」
隣の寝室は静まり返っている。
「おい、フレディ、止めた方が良いんじゃないか」
「そんなに心配なら、何で話をでっち上げてまで、ペリオドス様に差し出したんですか」
「キャスにとって男は、自分を捨てるかもしれないもの、だ。アイツはどこかで、自分はまた捨てられるんじゃないかと怯えてる。俺が主である限り、ペリオドスがあいつを捨てても、俺がまた拾ってやれる。まあ、ペリオドスは気軽に女を捨てたりしないから任せたってのもあるが」
「はあ……そうですか」
天才の考えは理解出来ないと思いつつも一応の相槌は打って置く。どうやらペリオドスだけでなくクリスハルトもキャスに惚れているようだ。俺からはキャスは平凡な少女にしか見えない。幸か不幸か俺は女に本気になった事がないので、惚れた女を他の男に託す気持ちが理解出来ない。
「キャス」
目を細め間諜の少女の名を呼ぶ主に、俺はかける言葉を失った。
「眠っているんじゃないですか。酷い目には遭っていないでしょう」
「ああ」
すっかり意気消沈しているクリスハルトに躊躇いがちに声を掛けると彼は俺を見上げて苦笑する。
「キャスは笑っているな」
二人で笑い合う声が微かに聞こえて来る。クリスハルトも安心したようだ。
「身分も性格も申し分ないし、年頃も男女ゆえちょうど良い」
「はあ」
「キャスをどこかの貴族の養女にすれば、ペリオドスの父親も文句は言わないだろう」
「クリスハルト様がますますこき使われるようになると思いますけど」
「まあな」
説き伏せたはずの執事が、無言で入室して来た。慇懃な態度で追い出され、俺達は帰途についた。




