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7 side:キャスケット

 令嬢や侍女から無表情で強面と恐れられているペリオドス様だが、近くで見るとわりと整った顔立ちをしている。医師の診察が終わって横たわるアタシを覗き込んだ彼に、そんな感想を抱いた。

「痕は目立たぬ程度まで薄れるだろうとの事だ」

「そうっすか」 

 予想外の第一声に小首を傾げる。ペリオドス様は眉間に深く皺を寄せていた。

「危険だと理解していただろう」

 そっと額に触れる彼の手の大きさに驚きながら、私は頷く。

「ジーナ様も無事だったし、命があっただけ御の字っす。ご迷惑かけてすみません」

「そんな事は良い!」

 彼はアタシと話している時だけ、妙に感情的になる事がある。接触する前に集めた情報によれば戦時は元より戦後も特別な女性はいないようだし、アタシみたいな小娘は扱いにくくて困ってしまうのかもしれない。クリスハルト様はペリオドス様のことを、かなり情に厚い性質だと評していた。

「心配してくれてるんすか」

 恐る恐る聞いてみると、ペリオドス様は眉尻を吊り上げる。

「当たり前だろう!」

 声を荒げて直後に彼は恥入るよう顔を逸らした。

「ありがとうございます。ホント、優しいんですね」

 仕事で接触しただけの小娘にも情を掛ける懐の大きさが眩しい。痛み止めが効いて来たのだろう、気を抜くと瞼が下りてしまう。

「薬が効いて来たか」

「……はい」

 額に再び大きな掌が触れた。そのまま労わるように前髪を撫でた後で小さなため息が聞こえる。急速に意識が薄れて行く中で、頬に温かな何かが触れたような気がした。



 腰の曲がったおじいちゃん先生の調合してくれる薬は良く効いた。

「痛みは?」

「ほとんどないっす。もう動けますよ」

 昨晩と同じように診察の後顔を見せたペリオドス様に笑顔で答えると、顔をしかめられた。

「まだ休んでいなさい」

「でも、きっと色々アタシが動かなくちゃならない仕事もあるだろうし」

 刺客が動いたのだから、事態も動いているはずだ。アタシが出来る事も多いはず。

「そんな事はない」

 立ち上がろうとしたアタシをペリオドス様が寝台に押しつける。

「うわっと」

「休んでいなさい。君の代わりを出来る者はこちらで用意する」

 優しい口調で語られた事実に、身体が凍りついた。

「アタシの……代わり」

「ああ、君がやっていた事は他の者にやらせる」

 鼓動がうるさくなり、身体の力が抜けて行く。ペリオドス様は小さく息を吐いて、アタシをシーツの中に滑り込ませるとそっと頭を叩いた。

「心配せずとも大丈夫だから」

 返事を出来ずにいるアタシを置いてペリオドス様は退室した。一人きりになると今まで見ない振りをしていた現実が襲いかかって来る。クリスハルト様の駒はアタシでなくてはいけない訳ではない。アタシが偶然目につく場所に転がっていたから拾ってくれただけ。役に立たなくなったらまた、捨てられてしまうかもしれない。頭の隅で冷静な自分が警鐘を鳴らしている。クリスハルト様はアタシを裏切った相棒ではなく仕えるべき主だ。アタシは捨て駒にされても構わないと覚悟して今の仕事を始めたはずだったのに、何を恐れる事があるのか。

「勘違い、しちゃダメ」

 アタシは役に立つ駒でいる事を放棄しない。主を慕い主のために生きる。生きてクリスハルト様の役に立ちなさい、それがキャスのためにもなる――おばちゃんが何度も言い聞かせてくれた言葉だ。

 のん気に寝ている場合ではないと起き上がった。深呼吸すると鈍い痛みがあり腕もまともに上がらない。部屋の中を見回すと衣装棚があった。着心地の良い寝間着を脱いで衣装棚につるしてあったシンプルなシャツとズボンを借りてなんとか着込む。上半身は包帯に包まれているので大きめの上着を借りて羽織った。

 窓から広い庭が見えその向こうに門も見える。一つ頷いて部屋を出ようとしたらめまいがして膝を付く羽目になった。

「クリスハルト、様」

「何してるんだ、寝てると思ってノックもしなかったのに」

 呆れたような声を聞いた途端に涙腺が緩んだ。泣きそうになって俯くアタシの肩に骨ばった硬い手が乗る。

「寝台に戻れ」

 こみ上げて来るものを堪え、ゆるく首を左右に振る。

「キャス」

 怪我をした胸元を突かれた。

「痛いんす、けど」

 言いながら泣けて来る。

「何泣いてんだ。泣く程痛いなら寝てろ」

 少し高めの声に妙に安心して、止めたい涙がどんどん溢れて来る。

「キャス? 何、そんなに痛いのか? 医者を」

「違、違い、ます」

 首を振りながら手で頬を擦るが溢れだした涙と感情が止まらない。

「怖い思いをさせた」

 小さく囁いて目線を合わせようとして来るクリスハルト様から逃れようと身を捩ると鋭い痛みが走った。

「痛っ」

「暴れんなって」

 両肩を掴まれ引き寄せられる。アタシは諦めて泣き顔のまま主を見つめ返した。クリスハルト様は眉根を寄せて困惑も露わな表情でアタシを眺めている。

「使い捨てにしたくないって言ったの覚えてるか」

 アタシは頷いた。彼の役に立つ駒である限りアタシには居場所がある。

「お役に……仕事を」

「仕事は山ほどある。万全なお前にやって欲しい事はな。怪我人は休んどけ。無茶して中途半端に動かれたら迷惑だ」

 アタシの中のぐるぐるとした感情や考えが、クリスハルト様の一言で霧散した。天才と呼ばれているからだろうか、彼の言葉や声には妙に説得力がある。涙が止まった。アタシが正気に戻った事を察したのだろう、クリスハルト様は少し微笑んだ。クリスハルト様の眼差しや声を身近に感じられると安心出来るようになったのはいつからだろうか。

「いやぁ、面目ないっす。忙しいのに心配して来てくれたんすね、ありがとうございます」

 ぎこちなさを押し隠し普段通りの口調に戻して礼を言うと、彼は苦笑してアタシを解放した。

「切り替え早いぞ。もうちょっと混乱しといても良いのに」

「それじゃ、良い駒とは言えないじゃないすか。アタシも少しジーナ様に稽古付けて貰った方が良いっすね」

「そうだな。考えとこう。とりあえず寝台に戻れ」

「ハイ、アタシ、いつまでここに居れば良いんすか」

「治るまでここにいろ。さっき話してみたが、ここの爺さんは腕が良さそうだ」

「わかりました」

「ベルベットもアキムも捕えたし、ジーナも無事だった。お手柄だ、キャス」

「アタシはクリスハルト様の言う通りに動いただけっす。怪我は余計だったし」

「次は気を付けろ。良いか、キャス、お前は役に立つ。立たなかったとしても一度拾ったんだから面倒を見る。俺はお前を捨てねえからな、覚えとけ」

 アタシを拾ってくれた高めの声が奏でる言葉がしんしんと胸に染みる。頷いてシーツの中に潜り込み目を閉じた。

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