6 side:クリスハルト
ベルベット伯を横領の罪状で告訴する資料が全て滞りなく集まった。伯父王と慎重派の宰相を説き伏せるのに十分な証拠だ。早速騎士団を率いて捕縛したいところだが、刺客が動き出す予感がするとの報告も受けているため、慎重に行動せねばならない。日付が変わる直前、決めてある報告時間になってもキャスが現れない。
「キャス」
何か遭ったのかもしれない。嫌な予感がした俺は馬で屋敷を飛び出した。城へ到着し、厩舎番に馬を預けて騎士宿舎へ向かう。真っ直ぐペリオドスの部屋へ向かうが明かりは点いていなかった。夜中ゆえ眠っているのかもしれないがと扉を叩くが返答はなかった。隣から彼の近侍が顔を出し、俺を見て表情を緩ませた。
「ペリオドスはどこへ?」
「ジーナ様が襲撃されまして、その時怪我をした少女を連れてお屋敷へ戻られました」
「怪我? 誰が」
焦らぬよう己に言い聞かせながら問いかける俺の耳に、人の走る足音が飛び込んで来る。視線を向けると団長付きの見習い騎士が息せき切って駆け寄って来た。
「クリスハルト様、良かった、こちらだったんですね」
「どうした?」
「ジーナ様が襲われました。すぐに撃退したんですが、その時に巻き込まれて怪我をした女の子がいて」
「ジーナは無事か」
「はい、刺客を捕えられて、自宅へ連れてお帰りに」
「そうか。すまないがお前はすぐに団長の元へ戻れ。団を動かす、そう伝えてくれ」
「了解致しました!」
元気良く返事をして駆け去る見習い騎士を見送り、ペリオドスの近侍に視線を戻す。彼は静かに目礼し再度問う前に答えを寄こした。
「連絡役の少女は、ペリオドス様がお屋敷へお連れしました。ケント様とクリスハルト様のお屋敷には使いを出してありますが、双方入れ違いになったようですね。私が伝言のために残って正解だったようです」
「そうだな、ご苦労だった。俺はこれから一仕事済ませなくちゃならねえ。お前はペリオドスの所へ行って、少女……キャスの事を頼むと伝えてくれ」
「承知致しました。お気をつけて」
ペリオドスが侯爵家から連れて来た近侍は、余計な事は一切言わず問わず、丁寧に礼をして先ほどの見習い騎士と変わらぬ速度で去りながらも、優雅さを失わないという見事な近侍ぶりを示した。
キャスの怪我は心配だが、刺客が動いて失敗した事実は既にベルベット伯にも知られているだろうし、領地に逃亡される前に捕えてしまわねば、内乱に発展する危険もある。ジーナを狙われて怒り心頭であろう団長が活躍すると考えれば、アキム家に割く人員は団の四分の一で良いとして、残りをベルベット家に回せば、金獅子騎士団だけで、両家を制圧出来るだろう。
今後の算段を巡らせながら騎士を集め、鬼神のごとき表情をしたケント団長にジーナ襲撃の実行犯を養子にしたアキム家制圧に向かって貰い、俺は残りの騎士を率いてベルベット家へ向かった。正式な告発前だった事もあり、伯の私兵である騎士団と交戦する羽目になった。夜が白みはじめる頃、我らが金獅子騎士団が勝利を収めた。
「終わったかい」
人の好さそうな顔に戻ったケント団長が単騎でベルベット家に姿を見せると、最後まで抵抗していた伯自身も縄を掛けられた。
「いくら王家であっても、私を不当拘束する権利はないはずだ」
「不当拘束じゃないですよ。伯は僕の奥さんを狙ったんだから、捕まって当然です」
「私が共和国の雌犬を狙ったと? 馬鹿馬鹿しいにも程がある言いがかりですよ」
ケント団長から笑みが消えた。俺も含め騎士団全員に戦慄が走る。戦場でも余裕のある時は笑みを見せていた団長だ。彼が表情を失くした時は、バケモノ的力を振るう前触れと捉えて良い。騎士剣が唸りを上げて伯を拘束していた縄を切った。
「僕の奥さんは強くて美しくて凛々しいので、羨ましい気持ちが酷い言葉となって零れてしまったのだと、そう弁明する気はありますか」
爛々と光るケント団長の瞳に睨まれて、ベルベット伯は青褪めつつも首を横に振った。
「そうですか、では、僕の奥さんを侮蔑したあなたに、決闘を申し込みます」
手袋を投げ捨てた団長に、俺は慌てて駆け寄る。
「団長、生かしとかないと断罪出来ないっすよ」
「生きていれば良いんだね?」
「話が出来る程度には」
諦めて答え、俺は伯に取り上げたばかりの剣を返した。若かりし頃に騎士団に所属していた彼も、ケント団長の力量は理解しているはずだ。ベルベット伯は震える手で剣を抜く。
「受けて立とう。私が勝ったら兵を引いて貰う」
「良いでしょう」
頷いてケント団長も剣を抜いた。刃に血鈍りが見える。既にアキム家を制圧して来たのだから当然だが。
勝敗は言うまでもないだろう。ベルベット伯は剣の柄でみぞおちを突かれ、一瞬で気絶した。
「彼の体で剣が刃零れしても嫌だし」
柄でしか相手をして貰えないとなれば、騎士には酷い侮蔑だろう。団長なりに生かしつつジーナを侮蔑した復讐を果たしたという事なのだと思う。
「よし、じゃあ、城へ戻ろう」
軽い口調で促され、金獅子騎士団は再び伯を捕縛し城へ戻った。




