5 side:ジーナ
キャスから見習い騎士の中に私を狙う刺客がいると聞かされて、一人思い当たる人物がいた。反発する者が多い中、一人だけ妙に友好的な者がいる。
ヴォルグの階級制度は理解していたつもりだが、新兵訓練の教官を任されてみると甘かったのだと思い知った。傭兵は完全実力主義だが、それでも女だてらに団を立ち上げた当初は風当たりがきつかったし、依頼もほとんど来なかった。戦争という圧倒的兵数を必要とした舞台があったからこそ、私が起こした傭兵団は名を上げ、私自身も認められた。運良く戦時の英雄として持ち上げられたものの、所詮元敵国の女である。貴族の若者が無条件に私を尊敬して師事する訳などなかった。露骨に忌避され、見下されているのが現状だ。
「確かに兄上は光獅子の団長にまで上りつめたけれど、僕は今のままで金獅子で騎士をまっとう出来れば良いんだ。僕よりクリスハルトやペリオドスの方が優秀だし、いっそ団長の座を下りて平騎士になったって良いくらいなんだけど、そうすると食べ歩きの回数を減らさなくちゃいけなくなっちゃうし、兄上を説得しなくちゃいけないし」
私を妻に迎えたせいでケントの立場や出世に影響が出ているのではないかと聞いた時の夫の答えだ。謙虚で彼らしい意見に笑ってしまった。名の知れた将とは思えない人の好さそうな顔立ち、一見華奢な身体つき、どこまでも穏やかな話し口調、彼の評判と彼自身の間には大きな落差があり、どちらも私を楽しませる。
「そういえば、見習いの中で一人だけジーナに本気で相手して貰いたがる子がいたね。ジーナも見どころがあると言っていたでしょう? だから実は僕、ジーナをどう思っているか聞いてみた事があるんだ」
「ふうん。何て?」
「剣の腕を尊敬していますって答えたから、そういう若い子もいるんだって安心してたんだけど、刺客として狙ってるなんて」
悲しそうに目を伏せるケントの頭を軽く撫で、私は笑顔を作った。元敵国に嫁ぐ事を決めた時から予測していた事態だ。刺客の正体が割れているのなら、返り討ちへの心構えも出来るし、そう悪い状況でもない。
「彼は確か、ザックと言ったっけね。手合わせした感じでは大した相手じゃなかった。大丈夫さ」
「もちろん、ジーナが兄上以外に負けるとは思っていないけど、でも」
席を立って寄って来たケントが椅子ごと背後から手を回して来た。
「心配。教官なんてやめて家にいてって言いたい」
甘えた口調のケントに笑い声を零すと彼は私の髪に顔を埋めて低く呻く。彼の腕を叩いて、出来るだけ淡々と答える。
「どうしてもと言うならやめても良い。でも、私はこの国にいる限り、どこにいても狙われるんじゃないか」
「うん、クリスハルトもそう言ってた。近くで見守れる方が良いって事は理屈ではわかっているんだけれど」
ケントは私の前に回り込み、床に膝をついて私の太腿に手を乗せ、潤みがかった目で見上げて来た。細身なだけで私より長身の三十路を過ぎた男なのだが、上目遣いが似合って可愛らしく見えてしまう。そんな風に感じるのは私だけなのかもしれないが。
「気を付ける。一人の時は特に警戒する」
宣言した口を唇で塞がれる。
「ジーナを信じます」
「敬語に戻ってる」
「僕の奥さんを信じる」
「うん」
そのまま寝室へ移動して、私たちは夫婦水入らずの濃密な時を過ごした。
★
門番に挨拶をして城の裏手にある橋を渡り登城し、私専用に借りている城内の部屋で着替えを済ませて訓練場へ向かう途中、侍女の一人が音もなく近寄って来た。私に侍女が必要だった事などないので、彼女たちが寄って来る事もない。新たな刺客かと身構えて侍女の顔を見て瞠目する。
「大したものだね」
何度も一緒に食事をした仲なのに、近づいて来るまでキャスだと気づかなかった。侍女としての教育訓練を受けた事があると聞いていたが、素人目には完璧に映る。
「そろそろ、動き出すようです」
ぼかした表現だが、刺客が動き出す可能性が高まったと伝えてくれているのだろうと判断した。
「そう、わかった。気をつけるよ」
「はい、お帰りの際は、私も」
静かに告げて丁寧にお辞儀をするキャスをしみじみ観察してから、私は教官としての職務をまっとうすべく、訓練場へ向かった。
見習いたちの反発が大きい事、ケントの心配を少しでも減らすという意味もあり、自ら稽古をつけるのはやめている。刺客に私の剣をこれ以上披露すべきではないという夫の意見に従っている。見習い騎士たちには年齢に応じた身体作りから頑張って貰う事にした。剣は持たせても素振り程度で、私は彼らに多くを指摘せず、見ていて気になった一点のみを注意する事にした。見下している相手に直接叩きのめされる事がなくなり、安堵している者も多いようだ。ヴォルグに女性騎士や兵士はいない。少年と呼べる年齢の者が多いものの、騎士にとって守るべき者に敗れ続ける日々は大きな負担だったのかもしれない。
「教官殿、直接のご指導を頂く訳には参りませんか」
少年たちの素振りを眺めて少々物思いに耽っていた私は、刺客と目したザックに声を掛けられ我に返る。見習いの中では年長の二十歳程度の青年は、中肉中背だが引きしまった身体つきをしており、私などは重くて使う気になれない騎士剣を振る姿にも無理がない。見どころがある新人騎士がいる、最初にそうケントに報告した事を切なく思い返す。
「ヴォルグの見習いの中には、私と仕合をして得る物がある騎士はいないみたいだからね」
硬い声で返すとザックは額の汗を拭って一瞬だけ鋭い視線で私を射抜いた。彼の眼差しから、彼が殺し屋ではなく思想の元に私を亡き者にしようとしているのだと理解した。
「それが教官のご意見ですか」
感情を押し殺した淡々とした問いに、殺気が秘められていると感じるのは彼を刺客と見ているからか。
「カランじゃ、アンタより十は若い子が傭兵として戦場で活躍してたよ。そのくらいのレベルになったら相手をしてやろう」
わかりやすい挑発にザックが乗る事はなかったが、彼は一礼して訓練に戻った。
黄昏時、暮れゆく道を一人で歩む。ケントを待っていても良かったが、キャスの警告とザックの態度から、現状打開に囮作戦を取る事を決めた。人気のない道を選んで分け入ると、期待通り刺客が現れた。
「遊んでくれよ、姉ちゃん」
体格の良い男が五人、細身剣を抜いて前方に立ち塞がる。てっきりザックが一人で挑んで来ると思い込んでいたため、拍子抜けしてしまう。良く考えてみれば彼の実力が私に見せた程度ならば、一人で挑んでは成功率が低い。汚れ仕事を引き受ける者はどこにでもいるのだから、数で攻めた方が確実に仕留められると考えて当然だろう――甘く見られたものだ。
「アンタらみたいな汚いのとは遊ばないよ」
言い捨てて腰の剣を抜いて構える。敵味方入り乱れる戦場を生き抜いたのだ、五人程度に怯む気はない。頭の芯が冷え研ぎ澄まされる。同時に僅かながら周囲の時間の流れが緩く感じる状態に入った。戦場に似た極度の緊張と集中状態。
「ギッタンギッタンにしてやれ」
「ヒィヒィ言わしたる」
面白味のない文句をどこか遠くに聞きつつ、同時に斬りかかって来る二人の隙間に滑り込み、彼らのわき腹を左から右へ同時に一薙ぎする。
「うぐぇ」
「ぎゃ」
短い悲鳴を背に、回り込もうと動き出している残り三人のうちの一人の肘を剣の柄で強打し、身を捩って残りの二人の顎と眉間を順に狙ったが刃先が掠めるに留まった。
「な、なんだ」
斬られた三人は痛みに呻いて動きが止まっており、残りの二人も何が起こったか理解出来ず、呆然としている。
「たった五人で暗黒の戦乙女をやれると思ったのかい」
街灯の下まで下がって間合いを取り視界を確保する。様子を伺いつつ不敵に笑って見せると、怪我を逃れた二人の男が表情を険しくした。
「暗黒の戦乙女だと?」
「そうだよ、私を襲えって金を渡した奴から、聞いてないのかい?」
先手必勝で舞っただけだが、衝撃と恐怖を与える事には成功したらしい。
「うわああ」
肘を打っただけの男が、会話など無視して突っ込んで来た。力任せに来る相手ほど対処しやすいものはない。身を捻り彼の勢いづいた剣を軽く撫でてやるだけで良かった。派手な音を立てて倒れた男を見て、無事な二人が青褪める。
「戦場で随分殺したからねえ、もう、これ以上人殺しはしたくないんだけど」
わざとらしく言ってみると、男たちはそれぞれ助け合いながら逃げて行った。遅れを取るつもりはないものの、取り囲んで一斉に斬りかかられたら怪我をする可能性が高い。なるべくケントに心配をかけたくはないし、威嚇程度で追い払えてホッとした。深呼吸のつもりで息を吸った私はブゥンと唸る低い音を聞いて息を飲んだ。路地の奥に弓手がいる。
「ジーナ様!」
反射的に剣で矢を弾いた。危険を知らせるため叫び声を上げたキャスの姿を探す。彼女を見つけたのと背後で抜き身の騎士剣がきらめくのは同時だった。剣を振りかぶっているのはザック。
「キャス!」
叫んで猛然と駆け出す私の目の前で、キャスはザックの方を振り返った途端に胸元から斬られた。そのままキャスを人質にしようとでもしたのだろう、屈んで彼女の腕を掴んで起こそうとしているザックを捕え、首筋を峰打ちにした。彼は昏倒する。体が先に動いたせいで遅れて呼吸が乱れ出し咳き込む。
「キャス、しっかり」
「ジーナ様……無事っす、か」
「うん、大丈夫。私が気を抜いたばっかりに、ごめん」
「いえ、熱いっすけど、あんま血、出てない、大丈夫っす」
話しかけながら上着を割いて応急処置を施す。馬蹄音、続いて人の足音が聞こえた。新たな刺客かと焦った私は息をひそめて様子を伺っていると街灯の下に険しい表情をしたペリオドスが浮かび上がって安堵した。
「ペリオドス」
「ジーナ殿」
「ちょうど良かった。馬で来たんだね?」
「ええ」
「キャスをすぐに医者に連れて行って」
「何があったんです?」
「刺客に襲われて、キャスが斬られた」
申し訳ない気持ちで告げるとペリオドスの表情の険しさが増す。街灯の死角で横たわるキャスを見つけ、ペリオドスは駆け寄り素早く抱き上げた。
「詳しい事は後ほど。とりあえず彼女を連れて行きます。城より私の屋敷の方が近いので、そちらに。医師が常駐しているので、すぐ診せます。団長やクリスハルトへの報告などは私の近侍にさせますので」
「ああ、わかった。刺客はこちらで預かっておく」
「お願いします」
ペリオドスはキャスの額に己の額を寄せて何やら低く呟いた。キャスも返事をしているようだが、聞こえない。二人が親しそうな様子に少々驚くが、今は追及している場合でもないので、二人を見送った後で昏倒しているザックを担いだ。
「重い……ケントより重いんじゃないか」
呟きながら自宅へザックを担ぎ込んだ。
「ジーナ!」
「ケント」
先に帰宅していた夫が、自分を狙った刺客を担いで帰宅した妻を見て、半泣きになった事は夫婦だけの秘密である。




