3 side:ペリオドス
暗色の髪に夜空色の瞳をした細身の少女、キャスケットの第一印象は可も不可もなく。人間を外見で評価するのは誠実ではないのであろうが、第一印象で抱いたイメージ通りの人となりである事も多いため、無視はできない。クリスハルト子飼いの凄腕の間諜という前評判(父とクリスハルト自身が情報源)が、彼女をより平凡に感じさせたのかもしれない。
「ハジメマシテ、閣下、クリスハルト様の使いで参りました。キャスケットと申します」
緊張した面持ちで挨拶する少女に、自分の眼光が鋭すぎたと気づいて目を伏せた。
「ああ、すまない、失礼した。私は騎士で爵位は持っていない、名で呼んでくれ。ペリオドスだ」
「ペリオドス、様」
笑顔を向けると安堵の息を吐き、少女も頬を緩めた。
「それで?」
報告を促すと少女の目が輝きを帯びる。驚いて身構える私の腕にそっと手を乗せ、キャスケットは低く囁く。
「お耳を」
「あ、ああ」
耳元へ口を寄せる仕草に戸惑う私の鼻腔を、薄らと甘い香りが満たした。
「ベルベット伯が新兵の中にジーナ様を狙う者を紛れこませているようです」
少々浮ついた心を引き締め、私は眉間に皺を寄せた。財務を担当する大臣であるベルベット伯は戦争終結に異議を唱えてはいなかったはずだ。
「財務帳簿を総点検したクリスハルト様が使途不明金を見つけました。戦争支度金に関しては監査も緩かったようなので、その辺の事情だろうと」
「なるほど、戦時の混乱を利用して吸った甘い汁の味が忘れられないと」
俗物に対する怒りを込めて呟く。
「ベルべット伯と親しいアキム男爵家から三名騎士団に入団していますが、その内の一人が養子だそうです」
「そこまで調べがついているのなら話が早い、早速拘束しよう」
「いえ、それが、クリスハルト様曰く証拠を揃えるまで時間がかかるので監視だけに留めろと。監視はアタシじゃなくてワタクシが」
完璧だった言葉遣いに綻びが見えて、何故だか嬉しく感じてしまった。
「十日間の休暇はそのためか」
「はい、ペリオドス様への連絡は全てワタクシが」
「普段通りの言葉遣いで構わない」
「え? でも」
「ぞんざいな言葉はクリスハルトで慣れている」
キャスケットは目を見開いた後でまた、先程のような柔らかな笑顔を見せた。
「お気遣いありがとうございます、じゃ、遠慮なく」
「うん」
つられて私の口許も緩む。
「毎晩ペリオドス様が戻る頃に来ます、ではこれで」
「待ちなさい」
咄嗟に彼女の腕を掴んで引き止めてしまい、私は羞恥に頬を染める。
「いや、失礼」
「いえ、なんすか」
「先に部屋で待っていると良い」
引き出しから合鍵を出して渡そうとすると、少女はクリスハルトを彷彿とさせる不敵な笑みを見せる。
「アタシには騎士宿舎のチャチな鍵はかかっててもかかってなくても一緒ですよ」
軽く会釈して去って行く少女の背を見送り、私は小さく息を吐いた。
★
それから毎晩、宿舎に帰るとキャスケットが待っているという日が続いた。刺客にもクリスハルトの調査にも大きな変化がなかったため、三日程は短い報告で帰って行ったが、四日目、私は用意しておいた土産で彼女を引き止めた。
「わぁ、これ、甘藷フライじゃないすか」
「知っているのか」
「大好物!」
興奮した面持ちで土産と私の顔を見比べるキャスケットに、私は袋を差し出す。
「お茶を入れるから食べて行きなさい。温かいうちが良いだろう」
潤んだ目で何度も頷く彼女に、私まで嬉しくなった。冷静で頭の回転の速い大人びた面と些細な土産で子供のように喜ぶところの差が激しい。
「黄金色のホクホク! 美味しい~」
ハフハフ言いながら必死で甘藷のフライを食べるキャスケットの前にお茶を置く。
「あ、すみません。騎士様にお茶を淹れて貰う日が来るなんて思わなかった」
塩のついた指先に舌を這わせ、彼女は悪戯っぽく笑った。
「私も貰って良いか」
「はい、もちろん」
団長夫妻のような食道楽ではないものの、食べ物が美味しいと嬉しい。一緒に食べる相手が喜んでいる様子なので余計に美味しく感じる。
「これ、どこで売ってるんすか? この塩、普通より美味しい気が」
「これはジーナ殿直伝のレシピを実家の料理人に作らせた試作品だ」
「へえ、さすがジーナ様」
「ジーナ殿と面識があるのか」
「はい、時々食事に招いて貰ったりしてるんすよ」
キャスケットは年頃の少女らしいはにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
「ジーナ殿と刺客に狙われている事について何か話し合ったか?」
「いえ、お伝えしてありますが、何も」
表情を引き締め、彼女は静かに首を振る。子供らしい笑顔を浮かべたり大人びた目をしたり、十代後半の少女の表情変化は目まぐるしい。二十歳の頃、キャスケットと同年代の令嬢と交際していた事があるが、綺麗だが人形を相手にしているかのようで落ちつかなかった記憶がある。
「伯の計略詳細や刺客の腕については調べているのか?」
「はい、アタシだけじゃなくて、暁のフレディも動いてるので」
「暁騎士団のフレディ・メリ?」
「そうっす、あのイロオトコもクリスハルト様の駒」
フレディ・メリの女性関係が派手だと聞いた事はあるが、クリスハルトに情報提供をしている事は知らなかった。
「親しいのか?」
低い不機嫌そうな声が出てキャスケットだけでなく自分も驚く。
「やだなあ、何心配してんすか。例えシゴトナカマがイロオトコだとしても、惚れたりしませんって。貴族が遊びでもアタシに興味持ったりなんてしないだろうし、それに……顔の良い男は苦手なんで」
甘藷フライを飲み込んで、キャスケットは眉尻を下げた。
「いや、ただ、クリスハルトからフレディ・メリを使っていると聞いていなかったので、聞いただけだ。他意はない。すまない」
安堵してしまう内心を押し隠して謝罪した。
「そんな、アタシに頭なんか下げたらもったいないっす。ゴチでした」
最後には屈託ない笑みを見せ、キャスケットは去って行った。
キャスケットに会っている間の己の内面の変化を振り返るにつけ、羞恥心がこみ上げる。多忙を理由に女性との接触を断っていたため、欲求不満なのかもしれない。十も年下の少女に対して抱く感情としては似つかわしくない熱を持てあまし、私はもう一度ため息を吐いた。
認めねばなるまい。大人げなく気づかぬ振りをしていたが、私はクリスハルトが間諜として雇っている元盗賊だという少女に特別な感情を持ってしまったらしい。




