2 side:キャスケット
「こんなところで寝たら死ぬよ」
相棒に裏切られ仕事をした屋敷の路地裏に打ち捨てられ、人生に絶望しかけていた時、白い手がアタシを抱き起した。
「掴まって」
殴られて腫れたせいで開ききらない目の焦点を合わせ、声を掛けて来たのが同年代の少年だとわかる。
「汚れる」
地味だが仕立ての良い服だと一瞬で値踏みしてやけっぱちに答えると、彼は小さく笑った。
「そのために着てる服だ」
抱えられ歩き出そうとした所で、アタシは気を失った。
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城に運ばれ、薬湯の匂いをかぎながら、数日寝台でぼんやり過ごした。痣は残っているものの、動ける程度まで回復したが、転がったままだった。時々姿を見せる上品そうなおばちゃん(アンナ)が世話を焼いてくれるに任せ、彼女よりも頻繁に顔を出すあの少年の質問にも正直に答えた。
キャスケット、十五歳、相棒と二人で盗賊をしていたが、押し入った先で警備に見つかり、逃げ出す時に相棒に裏切られ、警備の男に殴られた。クリスハルトと名乗った少年が同情らしき感情を見せたので、アタシは無感動に答える。
「抵抗して殴られただけ、よくある」
「そんな顔になるまで……、痛かったし怖かっただろう? そこまでして盗みを続ける意味は?」
「意味なんてない。ただ、生きるためにお金が必要で、アタシが知ってる稼ぐ手段が盗みなだけ」
「捕まった事はないのか」
「身軽だし、人に気づかれないように立ちまわるの、得意だから」
相棒が警備に向かって私を突き飛ばしたお陰で、痺れ毒が塗られた剣を避け切れず、殴られたけれど、一人だったら余裕で逃げ切れただろう。ただ、一人だったら警備を雇う必要がある屋敷に侵入したりはしない。
「その相棒とやらが裏切らなければ捕まらなかった?」
「うん、でも……相棒が頼ってくれるからここまで生きられた」
相棒がアタシみたいなろくでもない女ではなく、両親がいて綺麗な服も着られる子になびいているのは知っていた。警備の男に殴られ、自分が捨てられたのだと気づいた。
「もう、生きていたくない?」
今まで淡々とした口調だったのに、クリスハルトは突然優しい声を出した。妙に胸が苦しくなって、目頭が熱くなり頬が濡れた。質問に答えようと口を開いたら嗚咽が漏れて恥ずかしかった。
「まあ! 女の子を泣かせちゃいけませんよ、クリス様」
突然現れたおばちゃんがクリスハルトを追い出して、アタシは彼女に抱きしめられて子供みたいに泣きじゃくった。アタシを産んですぐ死んだという母が生きていたらこんな感じだったのかとぼんやり思った。
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二週間経っておばちゃんによる教育が始まった。自分が王様の住む城で世話になっている事、クリスハルト様が王様の弟の子供で貴族より更に高い身分である事、彼は今騎士団で働いていて戦場に立つ事もあるなどを教えられ、更に侍女であるおばちゃんの仕事の手伝いなどもするようになり、侍女に相応しい言葉遣いや立居振る舞いなども学び始めていた。
「お前を拾ったのは直感だ。個人的に動かせる駒が欲しいと思っていた時に見つけたから」
更に二週間経って、一時的に戦場から戻ったクリスハルト様が、私に告げた台詞が人生の転機となった。
「アタシはクリスハルト様の駒になるんすか」
拙い敬語で問いかけると、彼は不敵に笑った。
「ああ、お前が必要だ。お前は物の覚えが早いし人の話を理解する力にも長けている。アンナの評価だ。一度教えた事は決して忘れないんだろう? 記憶力も理解力も高いな。俺はお前の力が欲しい」
返事は決まっていた。生きる事を諦めかけていたアタシは、クリスハルト様とおばちゃんのぬくもりに絆された。
「このまま暫くアンナの元で教育を受けながら、俺の駒としての知識も学んで貰う。出来るか」
「うぃす」
アタシの返事にクリスハルト様は嬉しそうに笑った。
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クリスハルト様の改まった言葉が砕けて、アタシが馴染んだものに近づいて来た頃、最初の大仕事を請け負った。カラン共和国との戦争の種となっている鉱山を一定期間封鎖してしまうための仕掛けを頼まれた。まず最初にヴォルグ王国側の坑道を、爆破による崩落を起こして塞ぐ。カラン共和国が調査隊を派遣してくるだろうからその時に、共和国側の坑道も爆破し土砂を流し込む。山を崩落させる仕組みなどは、説明されても良くわからなかったが、アタシは暁獅子騎士団の騎士と手分けして、クリスハルト様が調整した火薬を仕掛けに行った。更にカランの調査隊が土砂崩れに巻き込まれる様子を見届け、その場所まで暁獅子騎士団の面々を案内する役を命じられた。後から聞いた話では、この行動の爆破により争点が失われて、戦争も終結したそうだ。
戦争で利益を得ていた貴族が不満を持たないよう根回しするため、クリスハルト様は暗躍した。彼らとカラン共和国側でも戦争によって利益を受けていた商人に線を繋ぎ、今後も継続的に利益を得られるよう取り持つ。というのが主な計略だったようだ。アタシは彼らに手紙や橋渡しの品を運んだり、彼ら自身や家族・親族について出来る限りの情報を集めたりする役をこなした。
「本当に役に立つな。キャスさまさまだ」
不意に落ちて来た褒め言葉が、法外とも思える報酬よりも嬉しい。アタシは相棒に捨てられたが、仕えるべき主に拾って貰えた。世界中で一番幸運な元盗賊だ。




