11 side:クリスハルト
フレディを道連れにキャスがペリオドスを見守った。あまり女性を寄せ付けない同僚ゆえ、彼の屋敷の使用人を言い包めてまで隣室待機を強行した。後悔している。
キャスをペリオドスに任せると決めた時も、彼女に対して親愛を抱くゆえ他の男に嫁がせるのは寂しいが、それは姉や妹を思うような気持ちだけなのだと高を括っていた。
「クリスハルト様?」
だがどうだ。寝室へ消えた二人を見てから俺は、毎晩何度もキャスのことを思い出している。
「何だ」
「報告、聞いてます?」
キャスをペリオドスの許に留めるためにでっち上げた話の報告のため、彼女が来ている。ペリオドスの邸で着ていた上質なお仕着せではなく、生成りのシャツにひざ丈までのズボン、こげ茶色の長靴を履いている。少年めいた格好だが、良く見れば女性らしい身体つきである事がわかってしまう。
「どこか変っすか?」
じろじろ眺め過ぎたらしい、視線を彷徨わせる様子が愛らしい。地べたに転がり薄汚れていた盗賊時代でさえ、どこか人を惹き付ける雰囲気を放っていた。栄養や休息を十分に得られる環境で、キャスの魅力は増している。
「綺麗になったな。ペリオドスに大事にされてるからか」
俺の返答にキャスは瞠目した。
「あの、知ってるんすか」
「ああ」
「まずいかなとは思ってたんすけど」
ため息交じりに答えるキャスの口を見つめながら、俺は上の空のまま会話だけを続ける。
「何がまずいんだ」
「いやまあ、メイドさんは皆ちゃんとペリオドス様がアタシに夢中だって誤解してくれてますし、外と連絡付けてる風でもないんで、それは良いんすけど」
「誤解じゃない」
「え?」
「アイツは遊んだりしない」
「知ってたんすか、そうなんです。使用人と通じてるって外に漏れたらまずいじゃないすか。貴族として信用に関わるし」
「そんな事はないだろ。良くある話だ」
「そうっすか? フレディは自分の使用人に手を出すなんて下劣だって嘆いてましたけど」
「ペリオドスは違うだろ」
「まあ、アタシは本当の使用人じゃないし、恋愛ごっこにちょうど良い相手なんでしょうけど」
ぼんやりキャスに見惚れていた俺は、我に返って目を瞬かせる。
「待て、アイツはお前が好きだぞ」
本気だからこそ身分違いで揉めるであろう事を承知で預けたのだが、キャスには伝わっていないらしい。
「そうっすね。柄にもなく嬉しいっす。でも、すぐ飽きますよ」
「何故言い切る」
諦念が滲んだキャスの台詞に俺は強い憤りを覚えた。いつになく詰問する声が低くなる。
「だって、盗賊にすら捨てられるような女っすよ? オキゾクサマが気まぐれ以外でどうにかする訳ない」
膨らんだ怒りが急速に萎んで、やりきれなさが募る。キャスの心には盗賊時代の裏切り男が住んでいて、未だに彼女を傷つけている。愚考だと一蹴してやったとして、彼女は主に慰められていると感謝するだけだろう。他人の心は操作出来ない。
「そんな風に思うのに、なんで大人しく身を任せたんだ」
「……アタシなんかを求めてくれて嬉しかったんで。ただそれだけっす」
悲しみと苛立ちからした質問に返ってきた返答も切なかった。キャスは魅力あふれる大切な女性だというのに、本人は認めようとしない。ペリオドスが彼女を求めなければ、じっくり時間をかけて自分自身の大切さを理解して貰うつもりだったが、そうも行かない。
「じゃあ、俺が求めても応じるのか」
「え……それは」
言い淀むキャスに椅子を蹴倒して近づき、肩を強く掴んで顔を覗き込んだ。
「俺は気まぐれで女に手を出すような人間か?」
「わかり、ません」
キャスの声が掠れて響く。吸い込まれるようにそっと唇を重ねた。
「待って」
「どうして」
「だ、て、クリス、ハルトさま、は」
呼気が苦しい、キャスも同じように感じているのか、返事が途切れ途切れになっている。
「毎夜、お前を思い出した」
「お許し、下さい」
泣きながら許しを乞うキャスに惹かれる心を止められない。彼女を信頼できる同僚に任せようとお膳立てまでしたのに手を伸ばしてしまった。
ぼんやり俺を見る彼女に水差しと布を手渡す。
「……初めてで加減が良くわからなかった」
「ふふ、アハハ、クリスハルト様でもそんなことがあるんすねえ」
気の抜けた笑い声を上げる彼女に、安堵して愛しさがこみ上げる。
「何だ、おかしかねえだろ。俺は女にもてる顔じゃない」
「アタシはクリスハルト様の顔、好きですよ……あの、アタシを愛人にしてくれるんですか」
「愛人だと?」
「あ、すんません、遊び相手ぐらいっすか」
「この馬鹿!」
キャスに自身の価値を信じさせるにはどうしたら良いのだろうか。抱きしめると彼女は、はにかんで腕を回して来た。




