10 side:ケント
金獅子騎士団幹部会議と称して、城下の普段行く店よりも割高な店を予約して集まった。今宵ジーナはキャスケットを呼んで怪我の快気祝いに手料理を振舞うらしい。年は離れているが、妻とキャスケットは仲が良い。打てば響くような会話は、似たような性質を持つジーナには楽しいのだと思う。
妻と少女について考えながら歩いているうちに店に着いた。数ヶ月に一度訪れる僕の顔を覚えてくれているようで、給仕が丁寧に予約していた席に案内してくれる。クリスハルトとペリオドスは先に来ていたようで、向かい合って静かに食前酒を嗜んでいる。
「遅くなったかな?」
「いえ」
答えてペリオドスは左右に首を振る。クリスハルトは肩をすくめただけで答えない。二人の間に何となく緊張感が漂っているようだ。
「どうかした?」
案内してくれた給仕が離れてすぐに二人の顔を見比べる。
「私事で少し揉めてるんす」
クリスハルトは苦い顔をしており、ペリオドスは困惑気味に見えた。
「え? 揉めてるの」
「クリスハルト、団長のお耳に入れるような事じゃない」
「何言ってんだ。敵国の妻を手に入れたようなお人だぞ。相談しねえでどうする」
「し、しかし」
精悍で鋭い顔立ちをした部下が可愛らしく頬を染める様子に、僕の瞬きが多くなる。好奇心に駆られて続きを待っていると、本人ではなくクリスハルトが話出した。
「身分違いの恋人がいるんすよ。父上に養女にしてくれる貴族を探してくれって頼んだんすけど、なかなか見つからないんでどうしようかって話っす。俺だとまだ若くて養女は迎えられねえから、正式に奥方にすんのは無理で」
「へえ、ペリオドス、恋人が出来たんだね。良かった」
にっこり笑うとペリオドスは複雑な表情で目を伏せる。
「クリスハルトがそこまで言うなら、きっと良い人なんでしょ。僕で良かったら養女にしても良いよ」
「ほら、だから言ったろ」
どうやらクリスハルトは最初から僕に頼むつもりだったらしい。
「いやでも、まだ本人に確認もしていないのに」
「手放すつもりがないのなら、周囲から固めて逃げられないようにすりゃあ良い」
挑むようなクリスハルトの口調に、違和感を覚える。ペリオドスが身分違いの女性を奥方に迎えるために積極的に関わろうとしているのだから、歓迎しているのだろうに、表情や口調が言動を裏切っている。何か複雑な事情でもあるのだろうか。
「ただ、ジーナに相談してからだけど。どんな人だい?」
僕の問いにペリオドスは低く呻いて黙り込んでしまった。クリスハルトを見るとやはり難しい顔をしている。
「キャスです」
「え? キャスってあの?」
僕の問いにクリスハルトは口許だけで無理矢理微笑んで頷いた。ペリオドスは落ちつきなく椅子に座り直したりしている。
「キャスはクリスハルトの事が好きなんだとばかり思ってたけど」
呟いて僕は、息を飲んで顔を上げるペリオドスを見て余計な事を口走ってしまったと気づいた。
「そんな事ないっす。アイツは弱ってた時に俺に拾われて、忠義っつうか、そういうの、うちの侍女に仕込まれただけっすから」
「本当か」
今にもクリスハルトを斬り殺しそうな表情で問いかけるペリオドスにクリスハルトは不機嫌に答える。
「キャスをお前に預けたのは俺だ。疑うのか」
「いや、すまない」
目に見えて項垂れるペリオドスを見て、部下が僕が知るより感情豊かな人だったのだと感心した。僕がジーナを想い欲しがったように、ペリオドスもキャスケットが欲しいのだろう。
「キャスの事はジーナも気に入っているし、二つ返事で引き受けると思うよ。お嫁に行くまで少しでも家で過ごす事が必要だろう? ジーナも喜ぶ」
僕の勘違いでペリオドスを落ち込ませた事を申し訳なく、何とか浮上して貰おうと明るく提案すると、クリスハルトもペリオドスもぎこちない笑みを返して来た。
「んじゃ、この話は詰めてからまた。予算の割り振り――」
★
食事ついでの会議、いや会議ついでの食事を終えて帰宅すると、キャスケットは既にいなかった。我が家の料理人は高齢のため、早く休むよう言いつけてある。僕はジーナの作った夕食を食べるのを楽しみに帰宅するし、ジーナは料理を作ると気分転換になるので楽しいと言ってくれている。厨房、食堂の順に覗いたが人気は無い。私室に戻って寝室の扉を開けるも、ジーナはいなかった。あとは書斎か裏庭か、窓を開けると耳慣れた風を斬る音と息遣いが聞こえる。
「ジーナ、ただいま」
「ケント」
暗がりだが弾んだ声で名を呼ばれて、僕の心も弾んだ。彼女の落ちついていて爽やかな声を聞くと安心する。カチンと剣をしまう音が聞こえて、やがて階段を上る足音も聞こえた。僕は脱いだ服を洗濯袋に放りこんでから、扉を開ける。
「お帰り、ケント」
「ただいま、ジーナ」
颯爽と歩いて来るジーナを抱きしめて部屋の中へ迎え入れる。さっと唇を寄せると小さく笑ってくれた。
「今日も美味しかったかい?」
「うん、とても。次は君も一緒に」
「そうだね」
「そうそう、ジーナ、相談があるんだ」
「うん、長くなる?」
「どうかな……先に湯を浴びて来る」
帰宅が遅くなったためぬるくなった湯を浴びて一日の汚れを落とし、寝室へ戻る。入れ替わりに湯を浴びに行くつもりだったのだろう、身体を拭くための布一枚で待っていた彼女に見惚れる。
「毎日見てるのに、良く飽きないね」
ジーナは速足で僕の脇をすり抜け浴室へ向かう。
「待ってて」
すれ違いざまに囁かれて身体が熱くなった。僕を花街へ連れて行った三番目の兄などはとても女性にもてる人で、女性は三度抱けば飽きると言っていたけれど、僕はジーナに飽きる気配がない。
「ケント」
悶々としながら寝台に腰掛けていた僕は、優しい声に立ち上がり、ふわり降って来た妻の体を抱きしめた。
「愛してます」
「うん」
「今日も綺麗」
汗をかいてしまったので今度は二人揃って浴室へ向かいながら、キャスケットとペリオドスの事を話した。
「キャス、何となく大人っぽくなったと思ったら、そういう事だったんだね。私はてっきりキャスとクリスハルトがいい仲なんだと思ってたけど」
「やっぱり? 僕もそう思ったんだよ。勘違いじゃなかったらしい」
「でも、クリスハルトは二人の仲を応援してるんだろう?」
「そうだね、でも何て言うか……そうだな、クリスハルトは悲しそうにも見えた」
食事の時に見せたクリスハルトの表情は初めて見るもので、彼がどんな感情を抱いているのか推測出来なかったが、諸手を挙げて賛成している風には見えなかった。
「キャスを養女にするはかまわないけど、少し待ってみた方が良いかもね」
「そうだね、うん、キャスの意見も聞いてみなくちゃいけないしね」
三人の関係については不明だが、愛する者同士が抱き合って眠れるような未来が来ると良い。一足先に幸せを手に入れた僕は、愛しい妻を抱きしめて眠りに就いた。




