1 side:クリスハルト
熱めの湯でパリっとさせたレタスの水分を切る。薄くスライスしたバゲットを二枚表面がカリっとするまで炙ってバターを塗る。土台の方のバゲットにレタス、チーズ、トマト、スモークチキンの順に乗せ、バターとマスタードとみじん切りにした玉ねぎを混ぜて作ったソースを乗せる。もう一枚のバゲットで挟んで半分にカット。耐油紙で贈り物のように個別に包み込んで、スモークチキンサンドが二つ完成した。記憶した手順通りに出来ただろうかと教師役の女を見上げると、満足そうな笑みを見せた。
「クリスハルトは器用だな。キャスケットも喜ぶだろう」
媚や色香を感じさせない爽やかな口調で話す上官の伴侶は、一年前まで敵国の将だった。繁華街で人気を得ている吟遊詩人のサーガにも唄われる、劇的ななれそめを持つ夫婦の夫の方、金獅子騎士団長ケント・フォンブルが、俺の直属の上司であり上官だ。
「ジーナの教え方が上手いんすよ。キャスの奴食い意地張ってるから、これを餌に勉強させます」
ヘラっと笑って答えると、ジーナは肩をすくめた。団長とジーナは互いに食道楽を趣味として知り合ったらしく、休日のほとんどを二人で食べ歩きに費やしているとか。戦争は終わり和平の象徴となった英雄同士の夫婦は、二人とも飄々としている。
金獅子騎士団は全騎士団の新兵訓練を請け負っているのだが、騎士団統括も兼ねる光獅子騎士団長の鶴の一声により、つい先日初の女性教官が誕生した。
「見習いたちは不満そうだけどね」
手続きや面倒な根回しを終えて漸くジーナが新兵訓練の教官に就任したものの、新兵達の中でも上級貴族は、身分制度のないカラン共和国から来た女性に対して思う所があるらしく、不平を漏らしているらしい。彼女の夫が英雄ケント・フォンブルである事、王弟である俺の父親と和平を結んだカラン共和国議長の後見を受けている事、冗談ではなく国一の武力を持つ光獅子騎士団長のお気に入りである事などを考えれば、心象を良くするために媚を売ってもやり過ぎではない重要人物なのだが、今年の見習いは浅慮な者が多いようだ。
「どんな不満を言って来るんすか?」
「加減しないと模擬試合など一瞬で終わるんだが、それが気に食わないらしい」
実戦で鍛え上げたという彼女の剣技は人柄を彷彿とさせるかのような爽やかさと残酷さがある。ヴォルグの剣には定型があり、一対一では他の流派と戦うのに不利になりがちだ。見習い程度ではジーナの剣技に戸惑うのも頷けた。
「団長に相談……しても無駄っすね。あの人、理屈じゃねえし」
口に出してみて愚問だったと悟る。人の良さそうな外見に反し、団長の剣技は凄まじい。ヴォルグの剣も極めれば一対一でもジーナの実戦で鍛えられた剣と拮抗する事を証明して見せた。敵うべくもない相手に対して、加減して学ばせろと求める見習いの高慢さに呆れ果てる。
「試行錯誤しながらやってみる」
「そうっすね。何か処理しきれない事があったら、俺かペリオドスに言って下さい」
「ありがとう」
素直に礼を言って厨房を出て行くジーナを見送り、俺は小さく苦笑した。見習いを浅慮だと断じた己を自嘲する。
★
俺はヴォルグ王国の王位継承権第四位。王族男子は一定期間騎士団に所属して研鑽を積むという慣習のため、十二歳で入団した。王弟嫡子である俺は扱いにくいだろうが、断続的戦争状態だった事もあり、騎士として戦場に立てるレベルまで鍛えるよう、厳命が下っていたらしい。王族は幼少の頃から様々な教育を受ける機会があり、俺は物心ついた頃から天才だと持て囃されて育った。記憶力と理解力が平均より上回っており、手先が器用で運動神経や反射神経も優れ、大抵の課題は要領良くこなせる。今から考えれば天才と称するには些か物足りない条件だが、王族という身分も相まって、叱られた経験や挫折した経験も少ない。当然鼻持ちならない勘違い野郎が出来上がる。
見習いとして騎士団に入団した時、俺は同期の中で剣技も事務処理能力も群を抜いていた。有能過ぎると叩かれるのが世の常だが、王族に絡むツワモノはいない。完全に増長していた俺を、容赦なく叩きのめしたのが、ケント団長だった。当時から金獅子騎士団は新兵訓練を担当していた。一見優男にしか見えない団長も何食わぬ顔で訓練教官役をこなしていた(普通団長は新兵訓練などには参加しない)。同期の奴らも俺も、ケントを役職に就いていない先輩騎士くらいにしか思っていなかった。フォンブルという家名が光獅子騎士団長と同じだが、親戚なのだろうという程度の認識しかなかった。
「踏み込みが甘い、反応が遅い、剣を振り上げるべきタイミングがおかしい」
団長は容赦なく俺を叩きのめした。
「うるさい、無礼者!」
天才が聞いて呆れるような返事しか出来ない。小手先の技巧ばかり覚えて基礎が出来ていない俺の剣は、徹底的に潰された。
「君は新兵だろう? 未熟で何がいけないんだい」
容赦ない稽古と裏腹に、団長の口調は柔らかい。当時は馬鹿にされたように感じたが、彼が誰に対しても飾らず接するが故の口ぶりだと知っている。
「俺は、クリスハルト・ウィン・デルクスだぞ」
持て囃されて勘違いした小僧は、自分の名が轟いていると信じて疑っていなかった。
「クリスハルトか、良い名前だね」
「団長、王弟殿下の……」
見かねた騎士の一人が団長に俺の身分を耳打ちする。
「そっか、王弟殿下の息子さんね、で?」
「え!? いえあの」
耳打ちした騎士が困惑する姿をぼんやり見ながら、俺は思い上がった自分を猛烈に恥ずかしく感じた。俺の姿が見えなくなった途端、誰もが俺を嘲笑う幻聴すら聞こえるほどに。
「誰の息子さんでも、戦場で死なないよう、しっかり鍛え上げるのが僕達の仕事だよ。兄上も言ってたし、贔屓はしたくないけど、王族だったら旗印として前線に立つ可能性もある訳だから、余計にしっかり鍛えないと、ね?」
にっこり笑いかけて来る団長の目に嘲笑の影はない。彼は他人を嘲笑い優越感を覚えて安堵する矮小な器ではないので当然なのだが、俺には衝撃だった。人よりも上か下か。俺の価値観は己が見下していた周囲の人間と変わらなかった事実に気づかされた。
★
「自分の事を未熟だと気づく十二歳ってなんか嫌なんすけど」
「今でも未熟だって気持ちは変わらない。要領が良いからって努力を忘れたらおしまいって話だ」
キャスは傍らのスモークチキンサンドをチラと見ながら不満そうに口を尖らせる。
「努力してるって。つうかさ、アタシが暗号解読出来んのがそんなに重要?」
「運ぶ手紙の内容を理解出来ない場合、ブツを奪われたら用なしだぞ」
「元々そういう契約じゃないすか~」
「お前自身が伝言役になれば、殺されない」
縁あって拾った元盗賊だと言うキャスケットは、一年前の戦争の時に俺専属の運び屋兼間諜として暗躍した。
「仕事中に殺されるかもしれないのなんか、当たり前だって。覚悟出来てるし、気にすんなって事で」
言いつつサンドイッチの包みに手を伸ばすキャスの手をぴしゃり叩く。
「ダメだ。俺はお前を使い捨てにしたくねえの」
藍色の目を覗き込んで想いを込めて伝えてみるが、キャスは肩をすくめてため息を吐いた。
「クリスハルト様ってお人好しっすね」
砕けた言葉遣いやおかしな敬語、俺が影響を受けて似たような口調になっている事なんて気づいてもいない、同じ年の少女。
「うるさい、良いからさっさと暗号を解け」
「ほーい。ジーナ様直伝のチキンサンドのために頑張りまっす」
気の抜けたような返答をして、キャスは暗号で書かれた手紙に集中し出した。




