表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間として生活し始めた草別三姉妹界隈  作者: 森の手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

フルコースを作りましょう 後編

 携帯の目覚ましが鳴る。すでに寝室には僕しかいない。

 襖を開けると暗い部屋に昨日と同じようにおにぎりと味噌汁の準備がされてある。

 庭に、マタギみたいな毛皮をまとった大家と、姉妹たちはそれぞれピンクと白の防寒着に身を包み、縁側に立っている。

 外は確かに肌寒いくらいではあったが、その服装は冬山にでも行くような完全装備で、ちょっと大げさな気がする。耳当てなんかもしている。昨日買ってきたのはこのスキー用品だったらしい。

 窓越しにたまきだけが、僕におはようございますと挨拶をしてくれる。

 外はまだ真っ暗だった。今日が晴れか曇りかも判別できない。月は黒い雲に隠れている。

 地面を覆う葉っぱの量が増加している。足首まで隠れてしまいそうだ。不思議なのは、それらが窓や上りに這い上がってはこないことだ。礼儀正しいというか、気味が悪いというか。


 僕は一応長そでをもう一枚着て、それから縁側に出る。

 空気が異常だ。温泉地とか大きなお祭りのような、地面が持ち上がっていくみたいな力が働いている。心なし暗がりで見る女性陣の顔も闘志を感じる。

 空を見ると、黒い何かが渦をなしてうごめいている。無数のカラスたちが無言でうちの上空を回っているのだ。

 屋根の上にはスズメや鳩などの鳥たちが種類ごとに固まって陣取っていて、塀には猫たちが、狛犬みたいに行儀よくずらりと並んでいる。

 地面の葉っぱからカサコソカサコソという何か蠢く音が絶え間なく聞こえている。

 たまきが懐中電灯で井戸の近くのサンザシをさっと照らす。

 そこには蚊やら蠅やらクマバチやらスズメバチの集団がびっちりと葉や枝にしがみつき、空中を飛び回ったりしている光景が現れる。


 リンゴーン


 玄関のチャイムが鳴ったのはそんなときだ。

 誰も動かないから僕が家の中に戻ってドアを開けた。

 すると高価なスーツを着て、髪をオールバックにしたいつもの結城大海が立っている。

 だが何故彼がここにいるんだろう。


「始まっていますね」


 彼は高い声で言った。よくは分からないが事情は知っているようだ。

 というか、ここへきて何も知らないのは僕一人だけというような気がしてきた。


「上がらせてもらってよろしいでしょうか」


 彼はすでに靴を脱ぎかけながら言う。


「ええ、まあ」


 茶の間に入ると、結城はカバンから乾燥の天然スルメイカを一袋取り出す。女性陣はさっきと同じ姿勢で外にいてこちらには目もくれない。


「でも、本当に来るんでしょうか」


「何がです?」


「さやかさんです」


 まったく意味が分からない。この上さらにさやかもくるというのか。


「さやかもくるんですか?」


 結城がうなづく。そうらしい。そして、外の彼女たちはみんなたけのこではなくさやかを待っているのだという。


 ということで彼女のハートを射止めたい結城も、僕と長く話し込むことはせず、いそいそと玄関から靴を持ってきて、ずっと小脇に抱えていた防寒コートやら皮の手袋やらマフラーやらをしっかり着込み、最後にスルメの袋を持って(さやかはこれに目がないのだ)彼女たちの中に加わった。


 時計を見るとたけのこの収穫にはまだ40分くらい余裕がある。

 別にさやかの登場を待っていない僕は、茶の間で朝食を取りながら外の様子を見ていることにした。


 でもご飯を食べてしまうと何か手持無沙汰で、じっとしているから眠くもなってくる。しょうがないから寝室へ行って、みんなの布団でも畳もうとすると、たまきの布団の上で当のさやかが丸まってスースー眠っていた。

 僕はそっと寝室へ入る。


「おい、さやか」


 言われて彼女はむっくり顔を上げる。


「なに?」


「みんなお前を待って庭にいるんだけど」


「いいよべつに」


 そう言って再び顔を布団の中に埋める。


「なんでお前を待ってるんだ?」


「しらん」


 取り付く島というものがない。


「じゃあみんなをここに呼ぶぞ」


「どおぞ」


 そんなことをしても、呼んでいる間に逃げ出す気でいるのだろう。


「なあ、何をしたんだ?」


 でももう返事は返ってこなかった。


「もう、さやか。また黙って」


 すぐ背後からたまきの声が聞こえた。

 それでもさやかは動こうとしない。でも茶の間の方で結城が天然スルメの封を開けると、彼女は瞬く間に僕らの横を抜けていき、結城の手からそれをもらって鼻を鳴らし嬉しそうに食べている。

 結城はきらきらとした目でさやかの頭を撫でながら、袋からスルメを出しては彼女の口へ運んでいる。


 なあと僕はたまきに言った。「何が起こっているのかな」



 それは簡単にいえば、たけのこをめぐる水面下の争いは、最終的に大家―たまき―さくら連合軍と、この辺一帯の土地の影の支配者である空き家王というボス猫と、その愛人である草別さやか軍という二大派閥の対決という局面を迎えるにいたったらしい。


「さやかは猫と付き合っていたのか」


 ええ、と、たまきはなんでもないというようにうなづく。「元から仲は良かったみたいですけど」


 よくよくさやかの身なりを見ると、髪は相変わらず綺麗に手入れされているし、肌の色つやだっていい。いつも着ているワンピースだって清潔そうな鶯色だ。

 左の手首には見慣れない金のブレスレットをしている。少し近づいてにおいを嗅いでみると、ブランドの香水の匂いがする。

 それだけ見ても、空き家王というのは相当やり手の猫のようである。


「でもその竹は大家さんが手配したものでしょ」


「いいえ、実は空き家王さんと費用は折半で、ここまでのフジコさんの護衛などもみんな向こうがやってくれていたみたいなんです」


 なるほど。じゃあやっぱり取り分としてはそれくらいが妥当という気がしないでもない。


「それで君たちは、何本のたけのこが欲しいの?」


「できれば10本はいただきたいですが、最低でも8本は確保しておきたいんです」


 それは強欲というものではないか。もちろん口には出さないが。


「何で結城さんがいるの?」


 彼を呼び寄せたのはさくらだった。

 どういうわけかといえば、さくらは昨日結城のところに行った時点でイルカ財団の東北支部の調査員という職を得ていて、その初めての仕事としてさやかを見つけてくることを命じられた。

 一方でたまきは大家の命令で空き家王の素行調査をしていて、その過程で何度かさくらとかちあうことがあり、それでお互いの情報交換をしてみると、空き家王とさやかの線がつながったということだった。なんだか探偵小説みたいな話ではあるが。


「ええと、それから、あの庭の動物たちはなんなのかな」


「あれは空き家王さんがよこした竹の見張りと、彼がつけてくれたフジコさんの護衛、それから私たちが作る料理の匂いを嗅いで集まってきた方々です」


「あの中に、空き家王はいる?」


「さっきから大家さんと最終交渉に」


 大家を見ると、家の出入り口の方にいる誰かと確かに会話をしているようだった。

 窓の近くに寄って確かめてみると、それは少し太った黄色の、狐みたいな良い毛並みの雄猫だった。

 思わず僕は窓を開ける。


「山口さん」


 大家と猫の視線がこちらに注がれる。

 彼は山口三郎といって、一昨日僕の家に相談に来た野良猫である。


 自分の住処とする家に女が押しかけてきて困ると、彼は言っていた。

 初めは嬉しかったが、とてもきれい好きな女で、銭湯に連れ込まれるし、彼女が気に入る空き家が見つかるまで何十件とたらい回しにもされる。しまいには民家の食べ物やカラスなどが巣にため込んでいる貴金属などを盗んで来いとも言われる。

 こんなことでは生活が持たないから僕の家に置いてもらえないかと、そういうような話をもってきたのだ。

 つまりその女とはうちのさやかのことだったようだ。


 へん、と山口さんは、僕の顔を見るなり、鋭い目で睨みつけながらそう言った。


「あいつのおかげでな、俺の毛並みはこの通りサラサラのつやつやよ!」


 どうやら彼は文句を言っているようだ。

 そんな山口さんと睨み合っていた大家が振り返って僕を見る。


「あんたは何も言わんでええ」


 さやかを引き取ればこちらの提案が通るなら、それで取引しようと思ったところだった。だけど考えてみると、元々迷惑をかけたのはうちのさやかで、それを引き取るのは向こうからしたら当たり前という話だろう。


 結局僕は二人をそのままに、家に引っ込むことにした。


 部屋の時計を見ると、三時五十分を過ぎていた。もう少しでたけのこ取りが始まる。



「だぁんみだ、話にならん」


 開始五分前。外から帰ってきた大家が誰かの湯呑のお茶をぐいと飲んでそう言う。


「向こうはなんて?」たまきが尋ねる。


「わしらが三本、そんで向こうが残り全部と言うて聞かんわ」


 大家が疲れたように腰をおろして言う。こんな彼女を見るのは初めてかも知れない。


「それはあんまりでしょう」と、たまき。すっかり相方という感じである。


「何か手はないのでしょうか」


 そのとき、ざざざざっと地面を覆っていた蔦や葉っぱが波を打ち始め、そしてなんだかもがき苦しんでいるみたいに触手をあらぬ方向へとくねらせている。

 特にその発生口である井戸は、イソギンチャクでも見ているみたいにうねうねと動いている。

 やがて井戸の中から大きな黒い昆虫が姿を見せる。暗いから判別は難しいが、でも形といい大きさといい、それはどうもオケラのようだった。


 オケラは井戸から地面に降りるとき、胸にある何かを守るようにして降り、それからこちらへやって来た。たぶんそれは、彼がたすきがけしているバックだ。

 そしてそんな恰好をしたオケラなんて才谷梅次郎しかいないと思ったが、果たしてそうだった。


「『地下運送アーアーアー』です。商品をお届けに上がりました」


 彼はそう言って首を斜め前に伸ばし、遠くから誰かを探すみたいに僕らの方を見た。


「草別さくら様はいらっしゃいますでしょうか」


 呼ばれたさくらは、スマホの操作をやめ外に出ていく。

 受け取りにサインし彼女は荷物を受け取る。

 才谷はぺこりと頭を下げ、また蔦を悶えさせながら井戸の中へ消えてしまった。どうも旅に出た彼は、ここからけっこう近場の運送会社なのだろうかで働くことにしたらしい。


 さくらがこちらに振り返る。胸には一升瓶。それを見て一番に駆けつけたのがさやかで、さくらの足に一生懸命身体をこすりつけている。

 そんな大猫と化した姉を足で何度も払いのけながらさくらはこっちまでやって来て、一升瓶をテーブルに置く。

 瓶にはどうやって見ても下手くそな筆で、『またた美酒、さめざめ』と書かれてある。かろうじてそう読めなくもない。


「なぁるほど」と、大家が言った。「用意がいいではないか」


「さ、さくらさん、それをどこで」


 そう声を上げたのが結城だった。

 僕がそれをマタタビ酒のことだと分かるまで少し時間がかかった。

 ふふんとさくらは得意げに鼻を鳴らす。

 縁側の上りの前に、ずらりと猫たちが並んでこちらを、いや、一升瓶をじっと見ている。

 大家が立ち上がり、その瓶の首をつかむ。


「あとはわしに任せんしゃい」



 結局その後、大家のものの数分の交渉(1、酒は山口三郎に渡す。2、猫たちが酒を飲むまでさやかは家の外には出さない。3、そのままさやかを僕の家で管理する)で、料理に必要だと言われる八本のたけのこを得られることになった。




「でも何だって猫が竹なんて欲しがるんだろう」


 と、その僕の独り言みたいな疑問に答えてくれたのは、さやかだった。


「船を作るんだよ」


 なんでも近々、この辺一帯に住むヘンテコなものやら動物たちが、小さな船を作って一斉に川に流すらしい。灯篭流しみたいなものか。


「競争すんだよ」


「競争?」僕がオウム返しに尋ねる。


「そう。あの竹は重いくせによく浮くだろ。てっぺん狙える」


 つまり、模型船のレースみたいなものだろうか。


「勝ちゃどうなる」鋭くそう切り込んできたのは大家だ。


「作った船の総取りじゃ」


 そのさやかの言葉を聞いた瞬間に、この茶の間の空気がギュッと縮んで張りつめた。

 見た目ではみんなの様子は変わらない。でも、そんな船なんていらないなどと、とても口にできる雰囲気ではなかった。

 結城でさえも耳をそばだてて、なんだか頭の中で陰謀が渦巻いているといったような横顔をしている。

 まあいい。時間だ。


 僕らは各々立ち上がり、順番に庭に出る。


 日は薄っすらと明けかけていた。

 空を覆っていたカラスたちは遠くの家々の屋根や木々にとまり、さっき近くまで来ていた猫たちは元の塀のところに戻っている。

 大家やたまきが庭に降りる。思った通りその足は葉っぱの中に隠れてしまう。

 僕らも続く。すぐに硬い蔦を踏んづけてしまって転びそうになり、やはりすごく歩きにくい。

 本当にこの状態で竹が生えてくるのだろうか。いや、別に生えてこなくてもいいんだけど。


 僕と結城は大家の指図に従ってブルーシートを蔦と葉っぱで覆い尽くされた庭の上に広げる。

 クワを手に取ったのは大家だった。


「もう少しでくるわよ!」


 いつの間にかフジコさんが地面から顔を出して、たけのこがほとばしる場所まで誘導してくれる。


「きた!」


 フジコさんが言うと、ブルーシートの下からぬっと鋭くて太い物が盛り上がる。


「ぬほぉ」


 と言って、タケノコを真下にした大家が、満面の笑みを浮かべてクワを振り上げる。そうして僕はブルーシートの端をつかんで彼女と呼吸を合わせ、それをめくる。

 まばゆいほどの銀色の光を放つたけのこが姿を見せる。さっきまであんなに鬱蒼としていた蔦や葉がキレイさっぱりなくなっている。

 次の瞬間、今まで明るくなりつつあった空が、電気を消したみたいに真っ暗になる。

 空を見上げると、月や星が輝いている。ほとばしりたけのこが周辺の光を吸ったのだ。

 フジコさんがカウントを始めている。


「…4、5、6!」


 7の声とほぼ同時に大家がクワを振り下ろす。山田浅右衛門みたいな一撃である。

 カアンという音が闇夜に響き、再び空がまたうっすらと明るさを取り戻す。

 と同時にふわりとブルーシートがはためき、大蛇の横腹みたいな熱波が僕の顔にぶつかってきた。思わず息が止まってしまう。

 控えていた結城が、素早く土から切り離された銀色のたけのこを耐火毛布に包んで耐火袋に放り込んで口を閉じる。

 もうその頃には、周囲は火の粉が舞い上がるみたいに熱くなっていた。僕としては正直、次に備えてさっき着た一枚を脱いでしまいたかったが、僕より相当着こんでいる周りがまったくそんな素振りも見せないことから、結局諦めた。

 庭の周辺のそこここが慌ただしい。

 ぶっとい蔦たちがズルルルと井戸の中へ戻っていき、隅の方にいた虫や鼠たちがあわてて外へ逃げ出そうとしている。

 そんな彼らを屋根の鳥たちは静観し、猫たちは真剣な表情で叩いたり、口にくわえて塀の向こうへ持っていったりしている。


「ほらほら、ぼっと突っ立ってんでねえど!」


 大家が叫ぶ。


「わしらが今何してるか、わかっとんな!」


 はい!たけのことりです! と、たまきが大声で言う。


 くるわよと、フジコさんも負けずに叫ぶ。

 二本目がブルーシートの下から姿を現す。シートの下の隙間から、銀色の輝きがこぼれている。

 僕は素早くシートをめくる。ずいぶん明るくなっていたのに、たけのこが顔を出したときには、瞬きする間に夜に戻っている。冷静にフジコさんがカウントをしている。


「…6・7!」


 大家がクワを振り下ろす。世界に朝が戻ってくる。でもやってきた熱波は先ほどよりさらに強い。踏んづけたシートがバタバタと音を立てる。熱風は冷気を押しのけるように周囲に広がっていく。結城がたけのこを回収する。

 身体はうっすら汗がにじんでいる。今はまだ何ともないが、このままいけばどう考えても暑さは耐え難いものになっていくだろう。なんで彼女たちは一枚も脱がないんだろう。

 でも聞こうにもそんなことを尋ねる時間的余裕はない。

 フジコさんはすっかり穴の中へ隠れていたが、そこから大声で器用に僕らを誘導し、もちろん僕らはそれを信じて、そこに向かう。


 そうして三本目のたけのこが切り離される頃には、庭はメラメラとした真夏に近いほどの気温になり、僕の背中は汗でビショビショだった。

 動物も蔦もきれいにいなくなっていた。あとさやかも。さくらは結城の命を受け、そんな姉を追って外に出て行った。

 もちろんこの辺で少し休もうというわけにもいかない。まだまだたけのこは生えてくるのだ。というかまだ半分も終わってはいない。

 一応フジコさんはそれをも見越して生える時間をセッティングしてくれているらしいのだが、でも問題は大家の体力である。

 僕らの誰かが彼女と代わってあげたかった。でも大家の代わりが誰にも務まらないことはみんな分かっていた。


「さあ、これからが第二段階よ!」


 誘導を終えたフジコさんがそんなことを言う。それに対して僕以外の周りは微かにうなづいて見せる。


「この頃から、ほとばしりたけのこは周囲の熱をも吸収して成長し出すの」


 今の言葉の意味を知りたくて、ずっと彼女が隠れた穴の方を見ていた僕に、そんな返答が返ってくる。でもそう言われても、いまいちどんなことになるのか分からなかった。

 そうして四本目。

 ブルーシートに光り輝くたけのこの姿が形作られたその瞬間、それは起こった。

 あんなに熱かった周囲が暗くなると同時に、今度はキンキンの冷水を頭からかけられたみたいに凍りついたのだ。

 そんなことになるなんてつゆ知らないものだから、あっという間もなく身体が瞬間冷凍され、僕の心臓が止まった。

 身体からは白い汗の湯気が立ち昇る。尻もちをつくと地面が固くなっていて、ボリボリと崩れる音がする。

 それでも大家は白い息を吐きながら寸分の狂いもなくクワを振り下ろす。そしてたけのこの息の根が止まると、今度は強烈な熱風が冷気を吹き飛ばし、サウナみたいなとんでもない熱さが戻ってくる。

 それでようやく彼女たちの防寒着の意味が分かった。

 僕は急いで起き上がって、家に戻って何かコートでもウィンドブレーカーでも持って来ようとするが、大家の様子が変だ。クワを杖代わりにしてようやく立っている。今までの暑さにやられたのかも知れない。


「少し代わりますよ」と、見かねて僕は大家に言った。


「へん、こんなもん、なんてことないわい」と、彼女は手の甲で腰をぽんぽんと叩きながら言う。


「わしゃ昔、世界をまたにかける女盗賊じゃったんじゃ。旦那と知り合ったのも、そういう経緯からだった」


 と、彼女はよっこらせとクワを担いで、地面を睨みながら言った。


「ピラミッドにシャワー室を作って寝泊まりもしたし、中国とロシアの国境で花いちもんめしたことだってある!」


 カッコいいと、たまきがこぼす。


「こんなもん、屁でもねえ、あんたはシートに集中してけろ」


 僕はうなづいてフジコさんがいる穴を見ると、しかし彼女の指示はいつまで待っても聞こえてこなかった。たぶん地下深くに避難したのだろう。まあしょうがないといえばしょうがない。赤ちゃんだって生まれてくるわけだし。

 だけどこれで次にどこにたけのこが生えてくるのか、正確な位置が分からなくなってしまった。

 もちろん三本目くらいまでだったら、生えてきてもシートさえめくらなければ成長は防げただろう。

 でも今の周囲の熱という熱をむさぼり食らって生えてくる凶悪な四本目。これはおそらくシートがあろうが意味がないのではないか。つまり出た瞬間にきっかり七秒カウントする必要があるのだと思う。多分だけど。

 そしてその判断を下すのは僕のような気がする。

 今までの生え方でなんとなく当たりをつけて、僕はしゃがんでシートに手を伸ばそうとする。

 だけど地面はもう沸騰する鍋みたいに熱くなっていて、手を近づけることができないどころか、ブルーシートが地面にしみ込んでいくみたいに見る見る溶けていく。


 すると目の端にチラッと、銀色の輝きがいくつも見えた。それはむき出しになったたけのこたちが、今まさにほとばしろうとしている光景だった。この熱が呼び水になって一気に目覚めたらしい。話が違うじゃないか!


 勇敢にもそれを見た結城が耐火毛布を広げる。そのいくつかの成長を同時に防ごうとしているのだろう。

 下手をすれば串刺しになってしまう。

 でも彼はその寸でのところで動きを止めた。

  口の中から肺にかけ、冷気が一気に駆け抜けていった。心臓の鼓動が聞こえる。どくどく動くたびにあまりの痛みで身動きが取れない。

 腕や足が冬の夜の海水みたいに冷たい。針で突かれるような鋭い痛みが全身に走る。

 空から何か大小の物体がぼとぼとと落ちてくる。逃げ遅れた鳥たちだ。

  そしてその瞬間、世界が深くて大きな穴の中に落っこちたみたいに真っ暗闇になる。

 何も見えない。いや、見えているのか? 空にある黒炭みたいなあれば、三日月と星なのではないか。

 でもそんなことどうだっていい。次に何が起こるのか、今まで僕らは散々見てきた。

 今回は途中で切りとられはしないものの、八本のたけのこが同時に熱を吹いて一斉に成長するのだ。僕らの身体はそれに耐えられるはずなんてない。


 僕は、もうそのときにはすべてを諦めていた。

 まさかたけのこ取りがこんな命がけのものになるだなんて、思いもしなかった。それでも近くにいたたまきくらいはどうにかして守ってあげたかった。

 僕はなるだけ竹と彼女の間に入ろうとする。でも残念ながら、身体が麻痺していてまったくいうことをきいてくれない、呼びかけようにも声も出ない。

 もう駄目だと思って僕は目を瞑る。でも固まってしまってそれさえもできない。




 たけのこたちは光っている。



 ……………


 …………


 ……







あれ???






なんにも起こらない。




 ざくざくざくと、横から足音が近づいてくる。大家が白い息を吐きながら、悠然と僕の前を通り過ぎ、慣れた手つきでどんどんたけのこを取っていく。

 結城も手早くそれを耐火バッグに入れていく。




「どうやら成功したみたいね」


 フジコさんの声が聞こえる。何が起こっているか問いたかったが、この冷気と、それから恐怖やなんかで口が回ってくれない。

 でも察してくれた。


「あれだけいきなり竹生えてきちゃうと周りの熱やら光やらを食い合うから、みんなうまく成長できないの」


 ほとばしりたけのこの共食い漁というらしい。伝統漁ということだ。

 猫たちに渡す四本の竹は、明るくなると勝手に成長してくれるらしい。もちろん結城を含め、僕をのぞく全員がそのことを知っていた。



***



「なんで教えてくれなかったの?」


 程よい温かさになったほとばしりたけのこをカイロにして、僕の身体のいたるところをさすってくれているたまきに尋ねる。


「ごめんなさい。てっきり、誰かが言ってくれていると思ったもので」


 彼女は背中にたけのこを押し付ける。


「というのはうそです」


 そう言って彼女は、後ろから僕を抱きしめる。


「あのとき、私を助けようとしてくれましたよね」


 私そういうのはすぐ分かるんですと、彼女は言った。

 どうやら彼女の怒りに関しては、これで本当に治まったと思ってよいようだ。たぶん。

 地面に落ちたタケノコが地面の氷を溶かし、白い湯気をくゆらせている。

 落ちてきた鳥たちが少しずつ動き始め、何事もなかったように飛び立って行く。

 いつまでそうしてんだと、大家が叫ぶ。


「早く中へ入んな。今日の本番はここからだ」


 やはり彼女はこのまま料理を作るつもりでいるらしい。

 その声に呼応するように、井戸の中に引っ込んでいた蔦たちがまた庭に広がり始め、葉っぱを開かせていく。


「ずっと良くない感情が私の中にあることを、あなたには黙っていました」


 と、彼女は両手で僕の背中をさすりながら言った。


「言えませんでした」


「思ったことが言えないと、行動に出てくるものだよ」


「怒ってはいませんか?」


「怒っていないよ」


「どうしてです?」


「理由がわかったから」


 最初にふと思いついた言葉を呑み込んで、僕はそう言った。

 彼女は不思議そうな顔をしている。


 行こうと、僕は言う。

 彼女は微笑む。


「そうですね。本番はこれからですものね」


 僕はうなづき、たまきと並んで家に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ