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人間として生活し始めた草別三姉妹界隈  作者: 森の手


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【閑話】珍客S

 朝起きると体の調子がよい。子供のころみたいだ。

 三日進んでいなかった原稿が午前中に終わった。

 うそみたいにアイデアがどんどん湧いてくる。一気に三つも草案ができた。お昼前に仕事は終わった。

 まるで全部の信号が青になったみたいだ。

 カーテンや室内灯に積もった埃を取る。こんなとこやったことない。

 窓を拭き、風呂を洗う。ガスコンロと水回りを磨き上げ、床に掃除機をかけ水拭き。

 冷蔵庫にあった数日分の夕食の残骸を捨てる。

 街のスピーカーからお昼を知らせる音楽が鳴った。


 久しぶりにご飯を炊く。みそ汁は冷凍庫にあったシジミの味噌汁だ。

 最高にうまい。


 メールが来ていた。

 付き合いを諦めた親友からだった。遅くなって申し訳ないが、借りていたお金を利子をつけて全額口座に振り込んだということだ。

 うまい焼酎を送ったとも書かれてある。


 お酒はだいたい二時までに着くということだ。

 ワクワクしながら玄関の掃除をしたり、もう五年くらい使い込んだスニーカーを捨てたりしながら、配達員さんが来るのを待った。


 荷物が届いたら、おつまみと新しいぐい飲み、あと靴も買おう。


 インターホンが鳴った。玄関でごみをまとめていた私はその口を軽く縛って対応する。


 ピンポーン、ピンポピンポピンポーン


 ドアにかけようとしていた手が止まる。

 この連打は配達員ではないだろう。


 耳を澄ますと、ぎこぎこと誰かが家のチャイムをひたすら押しているのが聞こえる。あまりにもの連打で、音が追いつかないのだ。


 のぞき穴からそっと見る。鶯色のワンピースを着た、二十代前後くらいの女の子がそれをやっている。


 私はとっさに、彼女は今、目についた家に助けを求めているのだと思った。

 鍵を外しすぐドアを開ける。隙間ができたが早いか女の子はドアを押し開け、そのまま入ってきた。

 そのすぐ後、なぜか何匹かの猫たちが部屋へとなだれ込んでいく。


 集団は洗濯機の中みたいに私の部屋を駆け回っていた。

 さっき軽く口を縛ったゴミ袋がもみくちゃにされている。


 女はテーブルの上で四つん這いで立って(?)いる。

 私のノートパソコンを踏んづけ背中を吊り上げながら。

 床には尻尾をぶっとくさせた五匹の猫たち。テーブルに女の子とにらみ合っている。

 

 異臭がすごい。

 

 ゴミ袋がぶちまけられ、集めた埃やら食べ物やら靴やらがご丁寧に蹴散らかされている。

 

 ううううーー


 一匹のでっぷりとしたきつね色の猫が唸り、同調するように他の猫たちもそれぞれに個性的な声を出す。


 女の子がダッとテーブルから飛び降り、風呂場の通路へ逃げ込む。

 ノートパソコンが落っこちる。驚いて飛び上がる猫たち。飛び散る破片。

 原稿は送信しただろうか、してないな。

 三匹の猫たちがフローリングを引っかきながら彼女の後を追う。あとの二匹は生ごみをむしゃむしゃ食べ始めた。


 だーんと音がして、一匹の猫が吹っ飛んできた。窓に当たる。『人』という大きなヒビが刻まれた。

 猫は顔をせんべいみたいに平らにしながらこっちへ逃げきた。が、玄関は閉まっている。ついでに私もいる。それでまた引き返してトイレに突っ込んで行った。掃除のため開けていたのだ。


 今度は女の子本人が四足でこっちへ向かってきた。勢いよく玄関を開け放ち、外へ消える。

 二匹の猫たちが閉まりつつあるドアに身を滑らせる。


「ぎゃあああああ」


 きつね色じゃない方が胴体を挟まれた。

 私が救ってやると、ミニ四駆みたいに逃げていった。


 こうして部屋には三匹の猫と私が取り残された。



 床はコーヒー粉でざらざらしている。

 ネコは隅っこに逃げこみ、威嚇してくる。

離れて玄関を開けっぱなしにすると、こちらの様子を窺いながら出て行ってくれた。

 食べた残飯を吐き、台所におしっこ、風呂場には糞を残していったものの。


 パソコンはいくつかのキーボードがはじけ飛んでいた。

 煙が出てこないうちにデータを送信してしまう。

 窓が割れた旨を管理会社に報告し(はい、猫が何匹か入って来てですね、はい、そうなんです)、消臭スプレーを吹きかけた。



 ピンポーン



 鐘の音が響く。今度は一回だけ。

 今度こそ焼酎がやってきた。

 でもドアを開けると、さっきの鶯色ワンピースの女が立っていた。

 女は何も言わず、というか心なし不機嫌そうに右手に持っていた魚の干物を私に差し出す。

 受け取ると、当たり前みたいに部屋に入ってきた。裸足。


「ここにあったご飯は?」


 ご飯?


「あの、床にいっぱい落ちてたやつ」


「んなもん片付けたわよ。この干物食べたら?」


「いらん、まずい」


 言って奥へ消える。

 冷蔵庫を開ける音。

 だが目ぼしいものがなかったのだろう、物色する音は聞こえない。当たり前だ。さっき掃除したばかりなんだから。


 何かないかと言うから缶詰を開けてやる。ついでに今貰ったまずい干物も焼いた。

 目当ての焼酎がやって来た。



 思えば自分の部屋に誰かを呼んで(呼んでないが)ご飯を食べたことなんてついぞなかった。人は苦手だ。


 女はお腹がくちくなるとじゃれついてきたので噛んだり噛み返したりして、一緒に風呂に入って同じ布団で寝た。


 次の日起きるといなかった。

 ときどき汚い猫を何匹か従えやってくる。

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