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人間として生活し始めた草別三姉妹界隈  作者: 森の手


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古井戸のなかのレシピ

 三姉妹がこの家に転がり込んだ翌日、草別たまきは僕に代わって、この家に訪ねてくるヘンテコな者たちの相談相手をするようになった。


 さやかは寝るか食べるか以外は基本外にいる。昨日は冷蔵庫の開け方に引き続き、トイレとお風呂の使い方を覚え込まされた。


 三女のさくらは、インターネットを禁止されてからは茶の間にある僕の本棚のそばを離れず、そこの本を片っ端から読む気でいるようだった。

 必然的に僕らは同じ部屋にいることになった。

 こちらから話しかけてもうんともすんとも言わないが、向こうからはたまに、この字はどう読むのかとか、この作家はあとどれくらい本を書いているのかだとか、そんなことを聞いてくる。

 ネット検索機と思っているのだろう。


 夕方になり、さやかは泥と傷だらけで帰ってくると即座にお風呂を沸かせとせがむ。

 昨日の様子を見る限りでは、平気で二時間は入っているので一番に入れ、頃合いを見てご飯をエサに風呂から出した。それから僕らはそろって夕食を食べる。


 だいたいそんな感じで二週間が過ぎていった。

 でもある日、さやかが家に帰ってこなくなり、それから二週間経って僕の家の本をすべて読み終えたさくらが見聞を広めたいとかいう置手紙を残してどこかへ消えた。


「あの子、お金も持たず大丈夫かしら」


「僕の財布って、知らない?」


「買い物して、テーブルの上に置いておきましたよ」


 結局財布はどこを探しても見つからなかった。


 それから一週間経つが彼女たちは帰ってこなかった。


 僕は昼になると、仕事の合間に散歩もかね二人を捜してはみた。彼女たちの姿はどこにもいなかった。


 そんなときにこの出来事は起こった。


 ここ最近、おかしな天候が続いていた。昼頃になると毎日のように土砂降りの雨が降ってくるのだ。

 家の近くに戻ってくると、どんなに晴れていようが必ず道路が黒く染まっている。

 そのせいかよく蚊に刺されるようになった。

 どこかに水が溜まっているのかと思ったが、そんな場所はない。

 目をつけたのは、庭にある古井戸だ。

 そこが蚊の発生源なのではないか。

 でもそのときはまだ、僕は中をのぞくことはしなかった。

 なぜならこれは絶対に開けてはいけないと、大家さんに強い口調で言われていたから。


 そのことはたまきにも、そして消えた姉妹たちにも伝えてはあった。まあ(さくらはちょっとあやしいところだが)彼女たちも見てはいないと思う。


 でも電話でその大家に、家に草別たまきという女性が住むことになったと報告をしたら、じゃあ見に行くということで、それで井戸の話になった。


「あの、井戸のことなんですけど」


 切り出したのはたまきだ。

 すると、それまで彼女のことがまあ気に入っているようだった大家の顔に一瞬だけ緊張が走るのを、僕は見逃さなかった。


「はて井戸? それが何か?」


 なんてとぼけてみせても無駄である。とくにたまきの前では。


「庭の奥にあるんです。なんでも開けてはいけない決まりになっているとか」


 すると大家は、覚悟を決めたように正座を隙なく座り直した。


「ああ、そうだね」


「とっくに枯れたとは聞いていますが、でもなんだか蚊が多くって。もしかしたらあの井戸が原因なのではなんて話していたんです」


 大家は一瞬だけこちらを見た。もちろん僕も同意見であることを伝える。


「井戸の中を確認させてもらえませんか?」


 大家はそれを聞いて、言い訳みたいなひとりごとを何かゴニョゴニョ呟いていたが、結局こう切り出した。


「分かりましたけど、でもちょっと、いきなり今日というわけには」


「井戸を開けるだけなのにですか?」


 思わず僕はそう尋ねる。

 ううんと大家は悩ましげな声を発する。


「いったいそれはどういうことなんでしょう」


 さらに畳みかける。

 すると彼女はまたうんうんうんと言い、結局あんた方だからみたいなセリフを口にして、聞き取りにくい声で話し出した。


「あすこには、形見がね、あるんですよ。形見が」


「形見と井戸を開けないことと、どういう関係があるのです?」


 たまきが詰める。

 どうもそれで警戒させてしまったらしい。大家は口をつぐんでしまう。


 だがたまきは、めげずに質問の角度を変え、時折説得をまじえつつ、それから大家が好きな金平糖を絶妙なタイミングで何度か与えたりして、最終的には大まかな事情を聴き出すことに成功した。



 それによると、あの井戸の中には大家の夫の形見が入っていると思われるということだった。


 実は彼女は以前、この家の本当の持ち主に黙ってこの家で暮らしていたらしい。

 そのときにあの井戸の近くで自分の夫の形見を落としてしまったのだ。

 井戸に蓋はしてあった。でも、すぐ足元に落ちたはずの形見は探しても探しても見つからない。

 そんなときに僕がこの家を借りたので、あそこをいじられるわけにもいかず、かといって持ち主に報告することもできず、彼女の都合で封印ということにしておいたのだそうだ。


「その形見とは何なんです」


 腰を浮かしながらたまきが尋ねる。

 戸棚にせんべいがあるのだ。甘いものとしょっぱいものを交互に与える作戦に切り替えようとしているのだなと、僕は察した。


「いや、こればっかりは言えねえだ」


 度重なるたまきの尋問によって心を丸裸にされ、大家はすっかり地の言葉でしゃべるようになっていた。


「でもそれが何なのか分からなければ、私たちにも見つけようがありませんし、それに、ウチに来るお客さんの誰かが持っていくかも知れません」


 確かにそうだ、正論。彼女に一票。

 それでなくともうちへ来る客は、とにかくおかしなものがほとんどだ。

 その形見が彼らの手に渡れば、果たしてどこに行ってしまうか見当もつかない。もう手遅れになっているかも知れない。


「んだか」


 大家は膝を崩しながらそう言った。

 んだんだ、と言いそうになったがやめておいた。


「でもこのことは、本当に誰にも言わないでけろ」


 僕らはおのおのうなづいてみせる。


「……レシピなんだ」


 彼女はようやくそう言った。


「はあ」


「夫は世界屈指の冒険家でな」


 彼女は手で割ったせんべいをひとかけらほお張って、それから喋り始めた。


 話によると、この大家の夫という人物は、世界をまたにかけて秘境を探検する冒険家だったらしい。

 その彼は冒険の他にある目的を持っていた。

 それは世界各国の部族、はたまた動物や昆虫、植物にいたるまでも飛び上がるほどに美味しい料理を作り出すことに情熱を燃やしていたのだそうだ。

 そうして彼は長年の研究の末についに夢のフルコースを完成させた。それを書いたレシピがその形見の本ということらしい。


 彼女が言うには、この本に載っている料理を食べれば世界中の人間はもちろん、肉食草食、昆虫魚植物、およそ生命があるものならみな喜んで食べ、誰とでもたちどころに仲良くなれるという。


「だから、もしそんなものがなくなったなんて世間様に知られたら、どんな者たちに悪用されるかわからんでな」


 大家は声をひそめて言った。

 価値観は人それぞれだし、何故かたまきもこれに関しては一切口を挟んでこない。だから僕は、一つだけ気になったことを聞いた。


「それを、あの井戸のところで落としたのですか?」


 レシピというからには本とかノートとか、とにかくまとめられた紙の類だろう。そんな物を蓋をされた井戸の近くで落としたというなら、すぐに見つけられるはずである。


「詳しく調べてねえのはあの井戸の中だけだ」


 でも大家は僕の問いを誤魔化すみたいにそう言った。


「おねげえだ。どうにかして調べてもらえねえだか」


 その訴えにいち早く反応したのはたまきだった。


「分かりました。お引き受けいたします」


 彼女はさらに話を続ける。


「しかし、条件があります」


「分かっとる、あんたはここにいてくれていい。持ち主には私の方から話しとく」


「いいえ、いえ、もちろんそれもありますが、私はぜひそのレシピの料理を食べてみたいです」


「おぅふ」


 と、大家は声を漏らした。

 たまきは真剣な目で僕を見る。


「あなたも食べたいですよね」


 食べたくなかった。


 でも僕はあえて何も言わなかった。

 できれば井戸の中に殺虫剤を一缶ばかり振りかけておきたい。


 大家はしばらく腕を組んでうううんと唸って、それから自分の膝をポンと叩いて返事をした。


「わかった! じゃあ、それで手を打っちゃろう」


「ありがとうございます」


 たまきは頭を下げる。かってに取引成立している。


「だがあれを作るには、枯れ井戸の底に生える千年床キノコが必要なんじゃが、それを取って来る必要があるだ」


 そんな名前のキノコ初めて聞きましたなんて無邪気に喜んでいるたまきの横で、僕はもう絶対に料理には口をつけまいと心に決めた。



 僕らは井戸の前まで行って、封印を解くことにした。といっても、重しと何枚かの板を取るだけだったが。


 ぽっかりと口を開けた井戸はひんやりしていた。変なにおいのようなものもない。

 僕は持ってきた懐中電灯で、井戸の底を照らした。


「枯れとるだろ」


 相当水が透明というのでもなければ、そこには少し黒く湿った土が見えるだけだ。ただ本らしきものもない。そしてどうやら蚊もいない。


「見てみい、横穴があいとるだ」


 光を斜めに当ててみる。

 井戸の底には確かに腹這いになれば通れそうなほどの、横穴みたいな狭い暗がりがある。

 でも本がこの井戸に落ちたとして、あの中に入っていくなんてあり得ることだろうか。


「あれはな、千年床キノコ用に特別に空けてもらった穴なんだ。そしてあそこのさらに奥には、それを育てる業者がおるのじゃが」


「え?」


「今本は、そのキノコ業者が着服しとると、私は睨んどる」


 多分だけど、大家さんはそういう諸々のことを僕たちに知られたくなくて、今まで情報を小出し小出しにして喋っていたのだろう。

 彼女がここに内緒で住んでいたのは、そのキノコが目的だったのかも知れない。


「つまり、その形見を取り戻すためには、井戸の底に降りて、さらにあの横穴に入っていく必要があるということでしょうか」


 その問いに対して大家は重々しくうなづいてみせる。


 そのあと僕は、業者とやらが着服しているレシピ本を返してもらい、さらに彼(?)が育てている千年床キノコなるものも入手し、さらにさらにレシピ通り料理して、とどめにそいつを食べなければならない???


 どれ一つとしてやりたいことがない。


 だいたいキノコ業者ってなんだ。なんでまたこんな閉ざされた井戸の横穴にいつまでも住んでいられるんだ。そいつは本当に言葉が通じるのか。

 でもちょうどそんなときだった。


  リンゴーン


 家のチャイムが鳴らされるのを聞いた。

 このときばかりは、僕はこの音を救いのように感じた。

 でもすぐにそちらへ向かおうとすると、あれほど明るかった空が、いつの間にかどんよりと暗くなっている。と、そう思う間もなく雨がぽつぽつと降り出してきた。


 何粒か頭に受けながら、居間へ上がって玄関に回り、ドアを開ける。

 そこには灰色アメフラシの姿がある。でもその頃にはもう外は豪雨というより滝のような水の奔流が、屋根やなんかに暴力的に降り注がれていた。


 灰色アメフラシは、そんなことおかまいなしに何か僕に語りかけているようだった。

 もちろんこのうるさい雨の音ではまったく聞き取れない。


 確か、前にこいつが来た時も外の様子はこんな感じだった。

 洗濯物を取り込もうとしたが、すでにそれは河に流されたみたいに濡れ鼠になっていたのだ。


「はい、あ、あ、すいません」


  灰色アメフラシは言う。


「今日はどうしたの?」


 もちろん今目の前にいるアメフラシが、以前自分の家に来たアメフラシと同一アメフラシでない可能性がある。まあ違ったらちがったでいい。


「じ、じ、実は、裁判に勝つことができまして」


 そう。彼はウミウシから雨の酸性雨化の原因にされて訴えられていたのだ。そして自分の無実を証明するために、その資料の作成を僕に依頼してきたのだ。


「そ、それで、いち早く蟹をお送りしたのですが」


「ああ、あれは君からか。美味しかったよ」


「よ、よかよか」


 と、彼は言った。

 どうやら彼はそれだけを言いに、わざわざ僕の家まで訪ねてきてくれたようだ。


 僕は面倒事がこれ以上増えないことにホッとして、その喜びも手伝って彼の勝訴を必要以上に喜び、アメフラシもまんざらでもないといった様子だった。


「や、やっと来られました」


 帰り際、彼はそんな言葉を口にする。


「じ、じつは」


 じつは彼は、数日前から僕の家を訪ねていたようなのだが、玄関まで行くもベルを押す勇気がなくて、そのまま帰るということを繰り返していたのだという。


「君が来ると、なんだか雨が降っているみたいなんだけど」


 この際だからと、僕は思い切ってそう聞いてみた。


「た、体質なんです。き、緊張したときの脇汗みたいな」


 彼を帰すためにドアを開けると外はもう大変な嵐で、なんだか難破船に乗り込んでいるような気分になった。

 でも灰色アメフラシが見えなくなるとすぐ、元のお天気に治まってしまった。

 酸性雨化なんかよりよっぽどこのゲリラ豪雨(あるいは脇汗)の方が問題な気がするが、ウミウシからしてみれば確かに酸性雨の方が危険なのだろう。


 ホンの数分程度の雨だったにもかかわらず、水が引かず道路はすっかり水浸しになっている。側溝なんかにも、きっと水が溜まっているのではないか。


 庭に戻ると、何やら変化が起こっていた。

 大家が軒に座って、ふやけたノートのページをいくつかつまみ上げながら、陽に当てて乾かそうとしている。

 たまきは庭の長ホースを元に戻している。


「雨、すごかったですね」


 うなづき、僕は尋ねる。


「あの、大家さんが乾かしている本は?」


「井戸の中にやっぱりあったんです」


 彼女が笑顔で答える。


「あのものすごいお天気雨のとき、二人で板を使って水をできるだけ井戸に流し込んでみたら、驚いたオケラさんが本を持って穴から飛び出てきたので、ホースで登らせてやったんですよ」


 オケラが持っていた本は、井戸を登り切ったとき、大家がかすめ取ったらしい。オケラは無慈悲な大家によって再び井戸に落とされ、水とともに横穴に流されていったということだった。


「でも水に濡れたせいで、千年床キノコがダメになってしまったらしくって、お料理を作ることができなくなってしまったんです」


 と、残念そうにたまきは語る。

 それを聞いて僕はとても残念だと言って、二人のためにタオルを取りに行った。


 おそらくこれで井戸の中のなんだか得体の知れないモロモロはみんな流されたようだし、もうゲリラ豪雨もないだろう。それから蚊の大量発生だって治まる。


 良いことが重なるというのは、これはとても良いことである。

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