表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間として生活し始めた草別三姉妹界隈  作者: 森の手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

なにものでもない三姉妹

「……らいおん」


「やっぱりライオンか。俺もそう思ってたんだよ。でもよく考えてみるとライオンは象にはかなわない。じゃあ象が最強かというと、一匹の蛙や蜂の毒にやられることもある。なあ、俺はいったい何になればいいんだ」


「なんで君は初対面の僕にそんなこと聞くの?」


「知り合い全員が口を揃えて言うんだ。あんたは知識人だから知らないことは何もないって」


  それは、この家の前の住人のことだ。


「俺はいったい何になれはいいのかな?」


「君は最強になりたいんだよね」


 彼は僕の表情から何かを感じたようだ。何も言わずにこくりとうなずく。


「最強に近づくためには、逆転の発想で最弱を知ればいいんじゃないかな?」


「……初めて聞く考え方だ」


 僕はすかさずメモに、ある知人の名前と住所、簡単な地図を書いて、それを渡す。


「この世でもっとも弱い人間がそこにいる。こいつとまったく逆のものになればいい」


「それは素晴らしい考えかもしれない」


「彼にはちゃんと電話しておくから」


「ありがとな、やはり相談してよかったぜ」


 本当に彼が戻ってこないことを確認すると、僕は部屋に戻った。


***


 それから一か月ほど経ったある日。家のチャイムが鳴らされた。

 玄関には白いワンピース姿の若い女性が、微笑みながら立っていた。


「どちら様でしょうか?」


 かしこまって僕が言うと、彼女は上品にクスクスと笑いながらこう言った。


「やっぱりお気づきになられませんでしたね。私ですよ。ちょうど先月あなたの家に訪ねてきた」


 そう言われても何のことだか分からない。


「誰かと間違っているんじゃありませんか?」


「……まあ、言葉づかいも違いますし、無理もないのでしょうが、私ですよ。最強のものになりたいと言った」


「……は?」


 彼女は思わず見とれてしまうほどの素敵な笑顔でこくりとうなずく。


「経緯を教えてもらえないかな」


「よろこんで」


 言って彼女は喉の調子を整える。


「あなたが紹介して下さった最弱の人間の方。それは例えるなら、まるで胴体の半分が腐っているのに、それに気づかず自分が元気だと思い込んでいる哀れなトドを思わせるような弱弱しい男性でした」


 実に的確な表現である。


「私はそれまで、弱さというのは病や貧困が産み出すと思っていたのですが、本物は豊かさを糧として培われるものだったのですね」


 まあそういう意見もあるかもしれない。


「私はいてもたってもいられなくなり、天井一杯にごみが詰め込まれた部屋の掃除に取りかかりました」


「掃除したの?」


 あれを?


「一週間ほどですべてのものを処分できました。カビとキノコが生えた壁や床や天井を洗い清め、共同トイレのようなお風呂場をキレイにし、煙突の裏側の化身みたいな真っ黒な彼の身体をきれいにしました」


 そんなことを淡々と語る彼女は、たおやかな大木、母なる海といった感じである。


「新たな生活用品を買い揃え、毎日のお食事や運動、定期的なお部屋掃除をしてくれる業者などと契約をし、彼の生活が軌道に乗り始めた折を見計らって、こちらへ帰ってきたというわけです」


「で、君はいつその姿に?」


「気がつくとこうなっていました。

 お風呂場の真っ黒な鏡を外そうとして、そのカビに侵食されていない部分に映る自分の姿を見て気づいたのです。言葉づかいも、いつの間にかこうなっていました」


「君はその姿が気に入っているの?」


「私は今回のことで、つくづく自分の浅はかさに気づかされました。そもそも最強の者になんてなりたくはなかったのです」


 そんな感じはしていた。


「仲間たちの中には、あっさりと路傍の石ころになるものもいれば、一花咲かせようと文字通り花火になったはいいものの、危険物として処理されてしまったものもいます。

 そういうのを目の当たりにする中で、とりあえず強くなってしまえば楽しくやって行けるだろうと、そんな思いを抱いていたにすぎません」


 最弱の彼を見れば、高山植物とか、渡り鳥なんかになるのではないかと思っていた。


「部屋が綺麗になっていくにつれ、私の心はどんどん晴れやかになっていきました。やがて磨き上げた部屋と彼を目にしたとき、深く満たされている自分を発見することができたのです」

 

 一か月前とはまた違った迫力で彼女は言った。


「今の自分に満足していると?」


「今が人生最大の時です」


「これからどうするの?」


「変身した私が二度と元の姿に戻れないことはこの前お話ししたかと思います」


「そうだね」


「しかし私はお金もなければ、帰る家もありません。ですから、……あの、もしよろしければ、ここにおいてもらうわけにはいきませんか?」


 突然言われたって困る。


「身の回りのお世話はできます。わからないことでも教えていただければ、大抵のことはできるようになると思います」


 そういうことは間に合っている。

 僕の顔に書いてあったのだろう、彼女は続ける。


「あなたの家にやってくる、私のような方々の相談役になってあげることもできるかと思います」


 そういうことならぜひいいよ、という言葉を喉にとどめる。

 実はこの家には同居人がいた。

 その人物が変なものたちの相談を引き受けていたのだ。でも度重なる応対に疲れたのか、僕との生活に嫌気がさしたのか、明確な理由を告げずに出て行ってしまった。


「これから、私の仲間も続々と相談に来られるでしょうし」


「え?」


「実はここに来る途中、仲間の何人かに呼び止められて、嬉しさも手伝ってあなたのお話をしてしまったのです」


 ちょうどよくベルが鳴る。

 彼女は申し訳なさそうに俯いている。



「草別たまきといいます」


 僕がとりあえず、(とりあえず)ここに住んでもいいよと言うと、彼女はそう名乗った。


「じゃあさっそく、彼らのお相手をいたしますね」


 たまきは言ってくるりと背を向け、玄関のドアを開けた。


***


 外で待機をしている『彼ら』は、全部で三人(匹?)いた。僕は寝室を相談部屋として貸してやった。


 たまきは一対一で話をし、それ以外の相談者は玄関で待機する。

 時折襖の向こうから二人の話し声が聞こえてくる。僕に気を使ってとても小さな声で話しているので、ほとんど聞き取ることはできない。


 30分くらいして襖が開いた。

 現れたのは、ウグイス色のワンピースを着た十代後半くらいの女の子だった。

 寝室の奥にいたたまきが、一仕事終えたというような顔で僕に笑いかける。

 ウグイス色の服を着た子は、おうと僕に言ってからスタスタと玄関まで行って、次の者を呼んで一緒に戻ってくる。


 連れてこられた者はたまきがいる部屋に入り、ウグイス色は僕の隣に肌寄せ合って座る。

 座り方が猫がする香箱座りである。


「なあ」


 女は言った。


「なに?」


「なんか食うモノないか」


「ない」


 彼女はキーボードを打っている僕の肘をペロペロと舐め、それから鼻をクンクンいわせ、向かいの台所の方へ行く。

 数秒もしなうちにドガンと冷蔵庫が倒されていた。

 一方でそれをやったと思われる張本人は、ガスコンロの上で四つん這いで背骨を吊り上げ冷蔵庫を威嚇している。


 寝室の襖が開いた。二人の女性が顔をのぞかせた。

 一人はたまき、もう一人はさくら色のワンピースを着た少女だ。

 たまきはガスコンロのところにいるウグイス女の頭を撫で落ち着かせた。それから僕も手伝って、冷蔵庫を戻した。



「いったい何がどうなっているのか説明してほしいんだけど」


 落ち着いたところで三人を目の前に座らせ(一方は胡坐をかき、もう一方は両足を伸ばして庭の方を見ている)、僕はたまきに尋ねる。

 するとまず彼女は、ウグイス色の方を紹介する。


「彼女は草別さやかといいます」


 ……草別?


 次女ですとたまきがそう答える。おうとさやかが挨拶する。


「世話になる」


 世話?

 でもどんどん話は進んでいく。


「実はこの子、本当は猫になろうとしていたんです。でも話しているうちに、私と同じ人間にもなりたくなったんだそうです。だから両取りをしてはどうかと提案しました」


 たまきが言う。

 さやかはそういうことだと言って、また台所へ行き、冷蔵庫を漁り始める。今度はちゃんと開け方を教えた。

 たまきが反対側に座る女の子を見る。


「この子は三女の草別さくら」


 言われて少女は微かに頭を下げ、また目を庭に戻す。こいつも猫かなんかで、庭の雀でも狙っているのか。


「この子は普通の人間になりたくって、でも男性か女性かで悩んでいたみたいで。なら私たちの姉妹になってはどうかと持ち掛けたんです」


 たまきは立ち上がる。


「じゃあ最後の相談に行ってきますね」


 僕は慌ててそれを止め、とりあえずこれ以上人間を増やすのをやめてくれと言う。


「どうしてでしょう?」


 聞くということは、また人間にする気でいたらしい。


「ちょっと聞くけど、さやかとさくらはどうやって暮らすんだ?」


「すいませんがこの家で、しばらく預かっていてもらうわけにはいきませんか?」


 拾ってきた猫じゃないんだから。


 まあこの二人の処遇は後で考えるとして、とりあえずもう一度たまきに、残っている相談者を人間にするのだけはやめるようきつく言った。彼女はしょんぼりしながらも迎えに行く。


 だが処遇も何も、冷蔵庫の開け方も知らないような連中なのだ。しばらくここにおいてやって、一から色々と躾けてやるくらいのことはしなければならないだろう。

 

 冷蔵庫の開けっ放しのブザーがいいかげんうるさくなってきた。

 そちらへ行くと、さやかが床の上に広げた戦利品に夢中でがっついている。

 僕はまだ手が付けられていないものを彼女の抵抗にあいながら戻し、歯形がついてもうダメなものを全部食べさせてやった。


 とそんなことをやっていると今度は茶の間から大音量で洋楽が聞こえてきた。

 さくらが僕が使っていたパソコンで変なところにアクセスしようとしていたので急いで阻止し、テレビの音量を三分の一くらいに抑える。

すると寝室の襖が開いた。

 現れたのは猫だろうか狐だろうか、とにかく四足の獣がダーッっと廊下を走り抜けていった。それを見たさやかが同じく四つん這いで後を追いかけていった。


「今日のお仕事は終わりました」


 充実した顔の草別たまきがやってきた。


「明日も忙しくなりそうです。これが人間の生活いうものなのですね。さあ、ご飯を作りましょうか!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ