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第6話「こんなこともあるんだね」

「義一くん」

そう呼ばれてドアを開けると、いつも先輩が立っていた。思い返してみれば、顔立ちも綺麗だったし、優しかったから、今出会っていたら惚れていたと思う。そんな先輩だった。

俺が不登校になったのは小学三年生のときで、これと言ったきっかけがあったわけではない。小さい頃から人が苦手で、最初は小さな齟齬だったのだろうけど、だんだん苦手意識がついてきて、次第に周りで社会が形成されていくにしたがって、人の考えている事が分からないことが怖くなって、いつしか学校に行かなくなった。

そんなとき、先輩が来てくれるようになった。

はじめは、学校から配布されるプリントだとか、連絡事項を伝えるように先生から頼まれたらしい。俺が住んでいたのは学区の端だったら、通りがかりに行ける唯一の生徒が先輩だった。

「これが保健だよりで、これが給食だよりで」という玄関先での母への説明をなんとなく自分の部屋から聞いているだけだったが、次第に母が家の中にあげて茶を出すようになった。

多分、先輩は小学生にしては大人で、そのうえ社交的だったから、母とも打ち解けて仲良くなったようだった。

どういう話の流れだったのか、母は先輩に勉強を教えるように頼んだらしい。

今考えてみれば、女子と二人きりで部屋で勉強を教えてもらうなんて、漫画みたいな話だけれど、俺は小学三年生、先輩は四年生だったから、当たり前に勉強を教えてもらう流れになった。

もちろん、初めは嫌だと思っていた。学校にいけないくらい人が苦手なのだから、ましてや知らない先輩を上げるのはかなり抵抗があった。

断ろうかとも思ったのだけれど、いつもプリントを届けてくれている人が、母の頼みを聞いてわざわざ勉強を教えてくれるというのに断るのも申し訳なくて、仕方なく部屋に入れた。

先輩は母が持ってきたスツールを俺の勉強机の右側に置いて、座る。

「さて、なにからやる?」

「あ、えっと。あの、その前にいいですか?」

「うん」

「なんで引き受けてくれたんですか、勉強教えるの?」

「え、うーん。なんでだろう。勉強教えてみたかったからかな」先輩は笑う。


「義一くん」先輩がドアの向こうから声を掛けて、俺が返事をすると入って来る。

週に一度くらい勉強を教えに来てもらって、俺も少しずつ、先輩となら普通に話せるようになった。

「学校って、毎日行きたいほど楽しいですか?」

「えー、まー、楽しいよ。もちろん、嫌いな先生とかはいるけど、大体楽しいかな」先輩は笑う。

「嫌いな先生ってどんな感じですか?」

「うーん、あ、そうだ、この前算数の先生がね、」

結局のところ、俺は人が怖かったんじゃなくて、優しくない人が怖かっただけなのだと、思う。心のどこかで人とのつながりを求めていて、だから先輩に勉強を教えてもらえることが少し楽しみになったし、唯一の社会とのつながりだった。

俺は先輩に褒められたくて、ちゃんと勉強をするようになった。恋愛というほどの感情じゃなくて、もっと手前の憧れのような感じだったけれど、先輩に勉強を教えてもらえることが楽しみだった。それ以上に、先輩が唯一の家の外とのつながりだったから、それを大切にしたかった。


五年生のときの夏の夜、空気を入れた袋を叩くような音がした。

窓を開けてみると、蒸し暑い風が入ってきて、夏祭りの花火だと気づいた。

きっと少し離れた港の方でやっているのだろう。

いつもなら見に行くというほどではないけど、この前テレビで見た花火の特集で得た知識を確認してみたくなった。

「花火、見に行ってくる」親にそう告げて、俺は家を出る。

「あ、義一くん」

「先輩。こんな時間に」

「うん。花火の音聞こえたから、橋からなら見えるかと思って」

「ああ、俺もです」

「一緒に行く?」

「はい」

向かう先は家の近くの国道の橋だ。川幅が一〇〇メートルくらいで、高さもそれなりにあるし、港の方向に視界が開けているから、それなりに見えるだろう。

俺と先輩が歩いている間にも花火の音は響いていた。

「早くしないと終わっちゃうかも。ちょっと急ごっか。走れる?」

「はい」

さっきにも言ったように橋はそれなりに高い。だから、結構急な坂になっている。

それを構うことなく先輩は駆け上がっていく。

俺も必死に追いかけていく。

「よし、着いた」先輩は橋の真ん中までくると、川の下流、港の方を見る。

「大丈夫?」

「はい」

「見て、よく見える」

俺は顔を上げる。

港の花火だ。拳くらいの大きさだけれど、よく見える。

今がクライマックスのようで、次から次へと上がっていく。

俺は息を整えて、その雑学を言おうとする。

「あの花火、菊って言うんだって」先輩が指をさして言う。

「あ、それ、俺も言おうと思ってました」

「え、じゃあ、知ってたってこと?」

「……はい」

「なんだ。じゃあ、牡丹も?」

「あ、はい。中心からの線がないやつですよね」

「そうそう。私は菊が好きだな。義一くんは?」

「俺も菊が好きです」

先輩は笑ってから黙って、じっと花火を見つめる。

最後の花火が終わると、国道を走る車の音だけが聞こえた。


俺が小学五年生の3月、先輩がいつも通り訪ねてきた。

下で母が何かを言っているのが聞こえる。

それから階段を上って来る音がして、「義一くん」と呼びかけられる。

ドアを開くと先輩はセーラー服を着ていた。

「どう?」

「ああ、中学校の。似合ってますね」

大人みたいだな、と思った。いや、違ったか。

「ありがとう」先輩は微笑む。

それからいつものスツールを持ってきて、俺の隣に座る。

「春休みだから、いつもよりちょっと多く来れるかも」と先輩。

「ありがとうございます。忙しいのに」

「そんな、暇だよ、受験とかないし。よし、やろっか。じゃあ、まず英語だね」先輩は机に目を向ける。

俺はどうしても確かめたくて、一瞬先輩を見た。

くっきりした目元と、少し高い鼻の横顔。後ろで束ねた黒い髪と白い首筋。そして、紺色のセーラー服。

ああ、先輩は女性なんだな、とその時に初めて思った。


その日の夜中、俺は父と母の口論を聞いた。偶然トイレに行きたくなって部屋を出ていた。

「だったら、もう来てもらうのやめたらどうだ」と父は言う。先輩のことだ。

「でも、義一と関わる人がいなくなるでしょ」と少し怒ったような母。

「言い出したのはそっちだろ」

「だって、そんな、中学生なんだから、男女が二人だけで部屋にいるっておかしいでしょ。もし、なにかあったら」

「じゃあ、来るなって言えばいいじゃないか」と父も怒っている。

「居間で勉強するように言おうかな」

「それこそ、失礼だろ。どうやって言うんだ」

「それは、その、なんかあるでしょ」

それ以降、先輩が部屋に来ることはなかった。


そして俺は高校一年生、不登校のまま、こうして部活のない学生が帰るのを、コンビニでコミック雑誌を読みながら待っている。

私立高校で、授業料も払っているのに学校に行かないのは勿体ないと思う。でも、俺はその罪悪感に抵抗できるくらい学校に行きたくない。

最初の数日はちゃんと行ってみた。

でも、不思議な事にいつの間にか、クラスの中では仲いいクラスのまとまりができていて、俺が何かをする隙も無く、人間関係が完結していた。

そして何よりダメ押しになったのは、あの日の帰り道だ。

偶然、先輩を見かけた。

驚いたことに、先輩は同じ高校だった。それがダメだった。もし俺がそこで話しかけられていたら、変わっていたかもしれない。

でも俺は話しかけられない。

先輩は女子だ。

あーあ。

中学から成長したことといえば、二つ趣味ができたくらいだ。これだけでもかなりの成長だと思う。

その一つが、今やっているラブコメ漫画の立ち読みだ。

うん、今月も面白かったな。

よし、そろそろ行くか。

 俺はコンビニを出る。

まだ、学校に行くわけじゃない。近くのバッティングセンターだ。

いつも行く場所は決まっていて、立つ打席も決まってる。会社終わりや大学生にとっては早い時間だからかいつも空いている。

あ、今日は同じ学校の人がいるな。

男女だ。カップルか。最近、度々見かける組だ。

まあ、憎いけど関係ない。

女の方はあまり打てなくて、男の方はまあまあだ。

今日は教員っぽい大人の男も一緒で、その人はガタイが良くて、打席に入ると、次々とボールを遠くへ飛ばしていく。

さて、俺もやるか。バットを持つ。

その時、また同じ学校の、今度は坊主頭が入って来る。

野球部か、珍しいな。

その野球部員たちは最初にいた男女に話しかける。

「ちょうど三人同士だ。勝負しよう」と聞こえる。

「あなたたちが負けたら?」

「どうしてほしい?」

「もう二度とこのバッティングセンターに来ないで」

「じゃあ、お前が負けたら、俺の彼女になれ。それから二度とバットに触るな」

面白そうなことになってきたな。

俺はそれとなくベンチに座って、その勝負の行方を見守ることにする。

あの女子はあまり打てない。それなのに、いつも自信がすごい。

なんでだろう。不思議だ。

「かのえさん、打てなくても大丈夫。楽しんで」

「ナイスバッチー」

「打てるよー」

俺もああいう青春が遅れたら良かったんだけど。

はぁ、思わずため息をついて立ち上がり、俺はバッティングセンターを出た。


「久次郎」昼食を食べ終えて、かのえさんが僕を呼びに来た。

「うん」と答えて、僕は立ち上がる。

それから、かのえさんは若菜さんの教室に向かった。

「若菜ちゃん」教室の外からかのえさんは呼びかける。

若菜さんは友だちとの会話を切り上げて、こっちまで歩いてくる。

その友だちがかのえさんに手を振って、かのえさんもそれに応える。あれが前に言っていた小学生のころの友達だろう。

「今日、ちょっと残れる?」

「うん」と若菜さん。

「協力してほしいことがあるから」

「いいよ。なに?」

「まだ秘密」かのえさんはニヤリと笑う。

若菜さんは僕を見る。

僕は首をかしげる。

若菜さんは笑う。

「分かった。とりあえず、そっちの教室の前に行くね」


「はい」と言って、かのえちゃんは大量の紙を私と久次郎に渡す。

『ベースボールチーム かのえアウトサイダーズ メンバー募集中 未経験歓迎 参加希望者は2年2組 中島かのえ まで』という文字と野球をしている人の絵が描かれている。

「これは?」

「広告」とかのえちゃんが言う。

それは分かるけれど、この手を使うならもっと早くてもよかったんじゃないかと思う。もう私がこのチームに入って半月が立っている。

「どうして、このタイミング?」と久次郎が訊く。

そうそう。

「見て、これ」とかのえちゃんはスマートフォンを見せる。

『名成高校―石田大附高校』と書かれている。

「あ、うちの高校の」この学校は名成高校だ。

「硬式野球部か」と久次郎。

「あー、負けちゃったんだ」

「うん。だから、ちょうど頃合い。二人で学校中の掲示板にこれ張っておいて」

「かのえさんは?」

「私は、ほら」かのえちゃんは職員室のある最上階に続く階段の方を指さす。

黒塚先生、六〇歳くらいの女性の先生で、校則に忠実で厳しいことから鬼婆と呼ばれている。

「私、あの人に結構目をつけられてるから。ひきつけてる間に二人で貼っといて」

かのえちゃんは私に画鋲のケース渡す。

それからあえて先生に見えるようにスマホを見る。

「あ、中島さん。見ましたよ」黒塚先生が鬼のような顔でやって来る。

かのえちゃんは目をそらす。

「とりあえず、職員室に来てください」

「はい」

黒塚先生はかのえちゃんを連れて、職員室に戻っていく。

「とりあえず、貼る?」と私は久次郎に言う。

「そうだね」

手分けをするという手もあるけれど、枚数が結構あるから片手で持って片手で貼るのは難しそうだったから、久次郎が持って、私が貼っていくことになった。

当たり前だけれど、勝手に掲示板に物を貼るのはダメだ。

「職員室に近いほどリスクが高いから、一階からのほうがいいか」と久次郎が言う。

「そうだね」

職員室のある階が七階、確かに、下から貼ったほうがいい。

二人で階段を使って一階まで降りていく。

そういえば、久次郎とちゃんと話したことはないから、少し気まずい。いや、気まずくはないけれど、何を話していいのだろう。

「じゃあ、あっちから貼っていこう」と久次郎が言う。

「うん、そうだね」

いいかな、この話で。

「あのさ」と呼びかけながら、私は久次郎の手からポスターを一枚とる。

「なに?」

私はポスターを左手で押さえて、右で画鋲を指す。

「かのえちゃんと青池先生って、どういう関係?」

「生徒と教師で、チームメイト……」久次郎は少し考えるような表情をする。

「……」私は答えを待つ。


どういう質問だろう。なんで、若菜さんはそんなことを気にするのだろう。

自分で言ったとおり、生徒と教師でチームメイトだ。

でも、かのえさんは最初から青池先生と親しいみたいだったし、青池先生もかのえさんに対してはラフに接しているような気がする。

「ちょっと近い。不思議な感じはするよね」と僕は素直に答える。

「だよね、やっぱり」と若菜さん。

僕は次の貼る場所へ歩き始める。

「なんでだと思う?」若菜さんが尋ねる。

「分からない。昔からの知り合いみたいな雰囲気だけど」

「昔からの知り合い?」

若菜さんも着々と作業を進めながら会話を続ける。

「いや、分からないけど」

「ふーん」

「若菜さんは、どうして入った?」

「私は、うーん、かのえちゃんに誘われて。友だちがかのえちゃんと友達だったから、その紹介で」

「ああ」

「久次郎は?」

「僕もかのえさんに誘われて」

「ふーん」


やっぱり知らないか、と思う。

いや、私も知らないけれど。

なんだろう、本当に。気になるな。

そう思いながら、私は画鋲を刺す。

「ちょっと急ごう。あまり遅くまで残っていても怪しい」

「うん、そうだね」

まだ、ようやく一階を張り終えたところだ。

「これって、どれくらい貼らせてもらえるかな?」

「明日の朝までに全部はがされることはないと思う」と久次郎。

「どうして?」

「この学校の部活動は多さからして、全部の活動を詳しく把握している人は多分いない。だから、しばらくの間はこれもどこかの活動だと思って、剥がさないんじゃないかな。一番剥がしてきそうなのは、黒塚先生だけど」

「あー、なるほど。じゃあ、かのえちゃんが黒塚先生に怒られるだけの価値はあったんだ」

「うん。そうだね」

「でも、驚いたよ、あそこまでするんだね」

「うん、僕も」


『ベースボールチーム かのえアウトサイダーズ メンバー募集中 未経験歓迎』

かのえ、あのバッティングセンターの人か。

メンバー募集中、未経験者大歓迎、俺も入れるのだろうか。

あの中になら自分も居られるかもしれないと思う。小耳にはさむ程度の会話しか聞いていないけれど。

運動神経には自信がある。

もしかしたら、俺も活躍できるかもしれない。

いや、チームスポーツだしな。

今の生活もそれなりに充実している。コンビニで漫画を読んで、バッティングセンターで打って、一人で学校に行く。これでもいいか。

でも、もしここで少し頑張ったら、俺は変われるのか。

いや、変わりたいのか?


「お待たせ」かのえさんは僕たちが広告を貼り終えてしばらくしてから来る。

「どうなった?」

「近いうちに職員室に取りに来いだって、親同伴で」

「え、スマホ?」と若菜さん。

「うん。学校に預けられてる」

「大変だね」

「でも、それだけの価値はあったよ」かのえさんは廊下の掲示板に張られているチラシを見て、ニヤリと笑う。

「わざわざありがとう」

「いいよ、チームメイトだし」と若菜さんが言う。

「この後、空いてる?」

「うん」

「久次郎も?」

「うん」

「バッティングセンター行こう」

「いいよ」

「青池先生は?」と若菜さんが尋ねる。

「帰ったんじゃない?」

「そっか」


「遅い」改札の前で石浦が待っているのを見て初めて思いだす。

しまった、今日、石浦と駅前に遊びに行く約束をしていた。

「ああ、かのえちゃん」石浦が手を振る。

「よつみちゃん」とかのえちゃんも手を振り返す。

「ごめん」私は慌ててかのえちゃんに謝る。

「?」

「今日、用事あったから、バッティングセンター行けない」

「うん、いいよ。自由なチームにしたいからね」

「ありがとう」

「じゃあ、私たちはこっちだから、また明日」

「うん、じゃあね」


僕はかのえさんと二人で駅のホームに出る。

「大変だったね」

「あ、黒塚先生?」

「うん」

「いや、そんなに。あの人はちゃんとしたことを言うから、腹も立たないし、怖くもないよ」

「そうなの?」

「うん。だから、逆にちょっと申し訳なかったな」

ちょっと意外だな、と僕は思う。

「青池先生を呼びたかったけど、若菜ちゃんも来ないし、スマホもないからいいか」

『かのえちゃんと、青池先生ってどういう関係?』という若菜さんの言葉を思い出す。

なんとなく訊くのも変な感じがする。僕はもう告白してしまっているから、嫉妬していると思われるのも怖い。そもそも訊きたい理由は嫉妬しているからだし。

そういえば、若菜さんはなんでこんなことを聞いたのだろう。

まあ、いいか。久しぶりにかのえさんと二人だ。


いつも通り、かのえさんにアドバイスをしながら打席を見る。

かなり上手くなってきた。もちろん、野球部と普通に戦えるというレベルではないけれど。

「いい感じ」かのえさんは打席から出てくる。

「そうだね」

夏も本番でだいぶ暑くなってきた。扇風機はあるけれど、打席は屋根があるだけだからエアコンは効いてない。

「ちょっと休む?」

「うん」

扉を開けるとエアコンの涼しい風が吹き出してくる。

僕は室内の椅子に座る。

かのえさんはアイスクリームを買ってから、僕の隣に座る。

僕は人の打席を眺めながらアイスクリームを食べるかのえさんの横顔を見つめる。

やっぱり可愛い。

「あの、すみません」と背後から声を掛けられる。

振り返ると、僕たちと同じくらいの年の男が立っている。背は僕より少し高いくらい。

「あの、名成高校1年の竜野義一です。中島かのえさんですか?」

「うん」とかのえさんが答える。

度々、このバッティングセンターで見かけることはあったけれど、同じ高校だったとは。

「俺を野球チームに入れてください」

僕はかのえさんを見る。

「うん、いいよ。ようこそ、『かのえアウトサイダーズへ』」とかのえさんは答える。

相変わらず決めるのが早いな、と思う。

「え、いいんですか、なんか、面接とかなくても」

「うん。私たち、まだ4人しかいないし。私は中島かのえ、こっちは同じクラスの久次郎。あとは同級生の子がもう一人と、英語の先生やってる人が一人」

「野球やってた?」と僕が尋ねる。

「いや、やってたことはないです」

「度々見かけたけど、僕たちより上手いよね、バッティング」

「ああ、いえ、ありがとうございます」

「義一くん、何組?」とかのえさん。

「2組です。まあ、不登校なんでクラス関係ないですけど」

「じゃあ、連絡先、交換しとこう」かのえさんはカバンの中からスマホを出そうとする。

ない。

「ない」かのえさんが呟く。

「黒塚先生に没収されてたよね」

「ああ、そういえば」

「僕でもいい?」

「はい」と義一くん。

僕はスマホを開く。

その時、自動ドアが開く。

なんとなく、僕はその方に目を向ける。

「若菜ちゃん」とかのえが呼びかける。

「早く終わったから来てみたけど」

「ああ、新しいメンバーの義一くん。こっちはさっき言った同級生の若菜さん」

「え、先輩」と義一くん。

先輩?

「えっ、義一くん」

「お久しぶりです」と言って、義一くんは軽く頭を下げる。

「同じ高校だったんだ。久しぶりだね」

「知り合い?」

「うん。私が小学生のときに勉強教えてた。へー、背高くなったね」

「もう高校生ですから」

「それもそうか」

「わー、うれしいな。よろしくね、義一くん」若菜さんは微笑む。

「よろしくお願いします」


「じゃあそろそろ帰ろう」とかのえちゃんが言う。

「そうだね」と私。

義一くんって結構運動できたんだ。

そういえば、今は学校行けてるのかな。

家が近いから久次郎とかのえちゃんと別れても義一くんとは電車も一緒だ。

「この後空いてる?」義一くんに尋ねてみる。

「ああ、はい」と義一くんは答える。

二人でハンバーガーチェーンに行くことになった。

注文を済ませて、二人掛けの席に座る。

「本当に久しぶりだね」

「はい」

「元気にしてた?」

「はい。あ、えっと、先に言うと、学校には行ってないです」

「ああ、そっか。でも、チームには入ってくれるんだ」

「はい。俺も、そろそろ変わりたいなって、思ってきてて。ちょっと遅いですよね」と言って義一くんは笑う。

「そんなことないよ。お母さんも元気?」

「はい」

「そっか。よかった」

「先輩って、野球やってたんですか?」

「ううん。かのえちゃんに誘われて。変わった子だよね。今日もチラシ貼るの頼まれてさ、しかも自分は先生を引きつけるって言って、わざとスマホ持ってるところみせてさ」

懐かしくてついついしゃべり続けてしまうな。小学生のときもそうだった、私がずっと中学であったことを話して、義一くんが聞いてくれて。

本当に懐かしい。


「まさか、義一くんのことまで知ってチラシ貼っってとは」翌日、僕は学校でかのえさんに言う。昨日は義一くんも一緒だったら、なんとなく言いづらかった。

「いや、私も想定外だった。こんなこともあるんだね」

「え?」

「チラシの本当の目的は——」

「おい、中島かのえ」と呼びかけられる。聞きなれた声、青鷺だ。

青鷺は教室に入って来る。

「なに?」

「なに、これ?」青鷺はかのえさんの机の前に立つ。

かのえさんのチラシを持っている。

「勧誘のチラシ」

「俺たちの邪魔するな」

「邪魔?」

「邪魔だよ。俺たちも負けたばっかで気が立ってる」

「ふーん」

「俺たちと試合しろよ」

「そんなに、私と付き合いたいの?」

青鷺の額に血管が浮く。

「俺たちが勝ったら、このチラシ、全部はがせ」

「いいよ」

「お前たちが勝ったらどうしてほしい?」

「別に」

「は?」

「君たちに求めるものは無いよ。逃げずに試合の相手さえしてくれれば」

かのえさんは上目遣いでニヤリと笑う。

本当の狙いはこっちだったか。


つづく

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