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第10話「ごめん」

僕はベッドに寝転がって、ぼんやりと天井を見つめている。

かのえさんは我儘だと思う。

自分でピッチャーを連れてきたのに、僕が彼と組んでいることに拗ねている。

でも、試合中に僕がかのえさんを気にかけていなかったことも事実だ。それはかのえさんに申し訳なく思うし、それ以上に自分の好きな人の体調が悪いときに気にかけられなかったことが情けない。

かのえさんは僕たちが楽しそうに試合をしているところをどんな気持ちで見ていたのだろうか。

かのえさんの去り際の表情を思い出す。

悔しかったと思う。思い返してみれば、目元が赤かったような気がする。泣いていたのかもしれない。

僕が謝るのは違う気がするけれど、だからって放っておく気にもなれない。

もし、勝ててたら、それを口実に一緒に出掛けられたのにな、と思う。

今回ので、かのえさんが僕の告白にOKを出す可能性はゼロになってしまったかもしれない。そう考えると、すごく苦しい。

その時、スマホの右端が緑色に点滅していることに気付く。

僕はそれを手に取る。

かのえさんからだ。

急いで開く。

『今日は強く当たってごめん』『今度、一緒に出掛けたいんだけど、どう?』

という二件のメッセージが来ている。

僕は慌てて返信を考える。

『体調大丈夫?』『勝ってないけどいいの?』と送る。

『体調は大丈夫』『前貸しってことで』と返ってくる。


一週間後、かのえさんと予定を合わせて会うことになった。

いつもとは違う駅で待ち合わせをする。待ち合わせ場所はホームの椅子だ。

かのえさんを待たせるのは嫌だから、約束の時間より十五分早く着いておいた。

暇だから、僕は椅子に座って文庫本を開く。

ふと、約束の日時があっているかどうかを確認したくなりスマホを開く。

「お待たせ」と声がかけられる。

顔を上げると、かのえさんが立っていた。

上は白いTシャツに黄色のシャツ、下はワイドジーンズを履いている。少し前にバッティングセンターの打ち上げをしたときの服装よりも明るく、活発に見える。

僕はスマホと文庫本をカバンの中にしまって立ち上がり、かのえさんと並んで改札の出口へと向かう。

今日は大須商店街に行くということだけ決めている。

商店街と聞くと古臭いように思えるが、僕たちが向かっている商店街はこの地域の流行の最先端だ、と僕は思っている。

ICカードで改札を出る。

「フランスだと改札無いんだよ」とかのえさんが言う。

「へー。フランス行ったことあるの?」

「ないよ。この前、旅番組で見ただけ」

地下鉄の出口から地上に上がり、大きな寺院を横切ると、すぐに商店街が現れる。

「この前、家の宅配ボックスを壊しちゃって」かのえさんは雑談をする。

かのえさんと野球に関係のない話をする機会はほとんどなかったような気がする。だから、うれしい。

かのえさんは一見してクールだけれど、実は結構おしゃべりなんだな、と思う。

それに意外と表情も豊かだ。

僕たちは食べ歩きをしたり、古着屋を見たりして、気づけば昼過ぎになっていた。


夕方、僕たちは商店街から二駅くらい離れたところにあるテレビ塔を中心とした公園まで歩いてやってきた。

そこには、オアシス21という施設がある。吹き抜けになった地下がショップになっていて、一階はバスターミナル、それから支柱に支えられた楕円形の大きな透明な屋根が建物の3階か4階くらいの高さについている。屋根の上には水が流れていて、だれでも上ることができる。

僕とかのえさんも階段でそのオアシス21の屋根に上る。

辺りはすっかり暗くなっていて、下から水色や紫色の光で照らされた水を背景に若者たちが写真を撮っている。

夏真っ盛りだけれど、風が吹いているからか、今日は少し涼しいような気がした。

ちょうどテレビ塔に近い当たりでかのえさんは足を止める。

「ごめん。この前は負けて悔しかったのと、体調悪かったのもあって、強く当たった」

かのえさんはテレビ塔を見ながら言う。

「僕のほうこそ、体調気遣えなくてごめん」

「いいよ」

風がかのえさんの黒髪を揺らす。

「かのえさん、聞いてもいい?」

「何を?」

「どうして、今日、一緒に出掛けてくれた?」

「伝えたいことがあったから」とかのえさんは言う。

僕は少し緊張する。

可愛い。

可愛いけれど、綺麗だ。

「私は小さいころから体が弱かったから、スポーツもいつも眺めてるだけだった」

「うん」僕は相槌を打つ。

伝えたいことって、なんだろう。それが気になって、早く続きが聞きたいという気持ちもあった。

「でも、正岡子規を読んで、子規も体が弱かったけど、ベースボールをするのは好きだったって書いてあって。私もやってみたいって思った」

かのえさんはまっすぐ僕のほうを向く。

抱きしめられる距離だな、と思う僕はダメだ。

「だから、うれしかったんだよ、久次郎。君が私のチームに入るって言ってくれて」

かのえさんはニヤリと笑う。

でも、いつもとは違う。

目元が潤んでいる。

「だから、この前はごめん。嫌なら組まなくていいなんて言って」かのえさんの目から涙があふれる。

「これからも久次郎とバッテリーを組んでほしい。頑張って投げるから、捕ってほしい」

ずるいよ、かのえさん。

そんな風に言われたら、かのえさんと付き合いたいっていう僕の理由が不純みたいじゃないか。

そもそも、僕が告白したということを、かのえさんは覚えているのだろうか。

覚えているなら、どうして自分が振った人間にこんな風に言えるのだろうか。

僕にはかのえさんが分からない。

それでも、僕に断る力はないな。

今でも、かのえさんのことを好きだと思っている。

だから。

「僕もまた、かのえさんと野球がしたい」

かのえさんは手で涙を拭ってから笑う。

やっぱり可愛い。

僕はとことん、かのえさんのことが好きだ。


つづく

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