八話 二度あることは三度ある
「しかし貴族の好む公園ってのは実に前衛的だな」
私の目の前には、噴水を中心として造園職人によって丁寧にデザインされた木々、をめためたに抉り取ったようなだだっ広い公園がある。
「こんな岩々を剥き出しにしたようなデザインは初めてお目にかかりました!芸術は奥が深いですね!」
「これは所謂現代アートという奴だな。お、見ろマミタス君!噴水の前に村人の影があるぞ!早速聞き込みだ!」
荒々しく削り取られた木々の隙間に影帽子。
私は道なき道を掻き分け、木々を手折らないようにその人影へと近づいた。
「やぁやぁ……ってマルス青年ではないか!」
見覚えのある端正な顔が、木漏れ日を浴びて鎮座していた。
「あ、あれ?君たちはファリニシュ探しに向かったと記憶しているのだけど……」
「あぁ。それで間違いはない。ここにムッシュポタトが来ていないかと思って足を運んだのだが……」
私は辺りをキョロキョロと見回した。
ちらほら人の姿は見えるが、ファリニシュの子犬は見当たらない。
「どうやらアテが外れたらしい。マルス青年はなぜここへ?一服するにはちと早いぞ」
大方仕事の都合で来たことは予想されだが、あえておちょぼけた顔をして聞いてみる。
「もちろん仕事だよ。これでいて結構僕は真面目なんだ。ご覧の通り公園で暴れた奴がいてね。犯人を捜索中だ。地形を破壊するほどの大きな魔法だ。指定登録魔法の縛りをすり抜けて巨大な魔法をぶっ放して回っている奴がいる……。ここへ来る途中、不審人物を見ていないかい?」
マルスは始めこそ軽口で切り返してきたが、すぐに仕事人の顔をして私に尋ねた。
なるほど。
これの素晴らしき前衛アートと思われた公園は、不審者の魔法によるグラフティだったわけだ。
しかし岩や木を穿つ程の魔法をそこいらで放って回っているだと!
いつ人死がでてもおかしく無い緊急事態ではないか。
「これが例の立て込んでる事件、ですね?こんな事、マギアガードの制限を掻い潜って出来るものなんですか……?」
「出来ない、はずなんだよ。普通ならね」
湿り気を帯びた風が雲を押し流して、マルスの顔を暗くした。
たしか、攻撃魔法や指定登録魔法を往来でむやみに使うことは出来ないのだったか。
そんなことをすればマギアガードが飛んで来るのだとマミタスが言っていたな。
マルスの芳しく無い顔から察するに、良い調査結果が出ていないのだろう。
「すまない。少しくさくさしてしまった。ここの調査は済んだから僕は次の現場に行くよ。君たちがしっかり仕事をこなしてくれている事も分かったしね」
マルスは片目をばちこんと瞬かせて走り去っていた。
……先ほどの軽口の意趣返しか。
私は依頼を受けた以上、真摯にファリニシュと向き合っているのだが。
言い返す相手はもう去っていったのだから栓なき事。
ぽつねんと取り残された我々は、公園にいる野次馬達から予定通り話を聞く事にした。
「すみません。ここでファリニシュを見かけませんでしたか?」
マミタスはポタトの姿絵を見せながら次々と訪ねていく。
成果は上々。
話によるとポタトはこの公園に『居た』らしい。
公園のぬかるみによって毛色なぞは確認できなかったが、ファリニシュが飼い主も連れずにフラフラとしていたという目撃情報があった。
「ポタトちゃん、苦しそうにあっちの商店街の方へ向かったようです!」
調査が一歩前進したからかマミタスの声色は明るい。
公園を出ると、商店街の方へ伸びていく小さな泥の足跡を見つけた。
私は指でそれを掬い取り、親指と人差し指でその粘度を確かめた。
「まだ少し湿っている。ここを出てそう遠くへは行っていないかもしれん」
二人で目を合わせて頷きあう。
目標は今まさに商店街に移動したのだ。
我々はポタトによって残されたこの痕跡を辿って商店街へと捜索範囲を移した。
「ご近所さんのお話では、ポタトちゃんはフルーツと音のなるぬいぐるみが好きだったそうです!」
マミタスは移動の間にもまめに聞き込みをしてくれている。
しかし、商店街に着く頃には泥が渇いてしまったのか、ポタトの痕跡が途切れてしまった。
「ここからはまた地道に聞き込みをしていくほかあるまい」
マミタスは聞き込みで得た情報を丁寧にまとめた手帳を広げ私に見せてくれた。
私はメモ帳を受け取るとペラペラとページをめくって内容を確認する。
「……」
私はまだこの世界の文字が読めないので、何が書いてあるかは分からなかった。
そうは言っても、何も言わない訳にはいくまい。
「そうだな……。ムッシュポタトもそろそろ腹が減っている頃だろう。まずは八百屋をあたってみよう」
私は今まさに閃いたという顔で言った。
私も漢だ。
情けない部分については、あまり何度もひけらかしたくない。
私はメモ帳をパタリと綴じてマミタスへ託した。
マミタスは任せてくださいと言わんばかりに逞しく頷いてメモ帳を手に取った。
「八百屋さんならこっちです!そこの角を曲がったところ……あ、ほらありましたよ!」
マミタスがまるでミステリーハンターのように両手を広げて八百屋を紹介してくれる。
そこにはまだ見ぬキテレツな野菜やフルーツがずらりと並んでいる。
まぁ奇妙奇天烈な色形なものだから、どれが野菜でどれがフルーツなのかは分からないのだが。
「店主。この辺りでこんなファリニシュを見なかったか?大きさはそうだな……ちょうどこれくらいか」
私はアンモナイトのように渦巻いている晩白柚ほどの大きさのヘンテコな実を持ち上げた。
「ア、アガサさんそれは……」
マミタスがまるで眩しいものを見るようにのけぞっている。
なんだ?
ドリアンみたいに異臭でも放つ果実なのだろうか?
「兄ちゃんそいつぁ贈答用のプライシプレだぞ?あんまり触ってっと傷んじまうから買い取ってもらうぜ?こちとらただでさえ薄汚いファリニシュに商品を盗まれて気が立ってんのよ。本当ならファリニシュのファの字も聞きたくねぇんだ」
店主の親父はシワというシワを顔に刻んで凄んだ。
確かに商品をベタベタと触るのは確かにいただけない。
「これは失敬。こいつは買い取るとするよ。して、先ほどファリニシュが盗みに入ったと言ったかな?」
私はプライシプレを丁寧に抱えなおし、非礼を詫びた。
買い取るという言葉を出すと店主は丸めた紙を広げたみたいに皺を霧散させて上機嫌になる。
情報には対価を。
これは海外ドラマでよく見る手腕だ。
「なんでぃ話の解る兄ちゃんじゃねえか!そうよ、つい今し方野良のファリニシュがうちの商品を齧って持っていきやがったのよ。こちとら良心価格でやってんだ。一つ盗まれりゃ商売あがったりだ。でもな、一瞬だったから色柄はよく見えなかったんだが……そいつぁプライシプレよりも随分とデカかったぜ。兄ちゃんが探してる子どものファリニシュではねぇよ」
マミタスは小さくあわあわと呟きながらプライシプレと店主の顔を何度も何度も見返している。
大方、あれほど不機嫌であった強面の店主が、こうもあっさりと懐柔された事に驚いているのだろう。
こうやってマミタスには助手として探偵のいろはを学んでもらわねばな。
「ふむふむ……なるほど。ではムッシュポタトとは別のファリニシュかもしれませんね。もしかしたらファリニシュ逃亡事件が各所で起きているのかもしれません。関連がないとは言い切れない。そのファリニシュはどちらへ?」
「この通りを西に向かって逃げていった」
店主は小さな箱へくしゃくしゃにした紙を敷き詰めると、編み編みの緩衝材で包んだプライシプレをそっと入れた。
「ほいよ。プライシプレ一つだから四万デルだ」
「かたじけない。四万デル……四万デル!?」
がばりと音がするほどの勢いでマミタスの方を見る。
私はマミタスの口から魂が抜け出る所を間違いなく見た。
四万……
初めの事件でもらった謝礼が全部で四万五千デル。
ここ数日で四千五百デル使ったのだから……
ーーーほぼ全財産ではないか!!!
マミタスは腑抜けて色彩を失ったままお会計をしている。
あの時のあの視線の伏線がこんな形で回収されるとは!
我々は泣く泣くこのヘンテコな木の実と四万デルを交換して、鉛のように重たい足で西へと歩き出した。
夕暮れの薄暗くなってきた街並みを魔導燈が緩く照らしている。
LEDの街灯とは違って橙色の灯りが揺らめいている。
この魔導燈も誰かが魔力を供給しているのかしらん。
しばし薄明かりの街を楽しみながら西へ下ると何とも煌びやかに装飾された店が目についた。
ショーウィンドウではチャカチャカとブリキが音をたてて踊っている。
「ほぉ。これも全部魔力で動いてるのか……」
私はガラスに顔をはりつけてしげしげと中のそれを眺めた。
「持って帰ると動かなくなっちゃいますね」
「さもありなん。もっとも、買う金もないのだから論ずるに及ばないか」
私とマミタスは顔を見合わせてどちらともなく笑った。
そんな我々を背後から呼び止める声がする。
「すみません。マギアガードですが、幾つか質問よろしいですか?」
この聞き覚えのある玲瓏な声は……
「マルス青年、私だ」
私は振り返って声の主人に顔を見せる。
そこには本日三度目の、この世界でよく知った秀麗な顔があった。
「アガサ君、マミタス君!?」
マルスは一体何故ここにと言わんばかりに目を見張った。
ファリニシュ探しを依頼されている手前、こう何度も同じところで出くわすと何だか気まずい。
「文字通りファリニシュの足跡を追って来たのだ。決して油を売っている訳ではないぞ」
私は聞かれてもいないがとりあえず言い訳をしておいた。
マミタスも必死に頷いて肯定している。
「あ、あぁ。そんなことは心配していないよ。東町で骨董品のブリキが盗まれたんだ。こっちも危ないと思って来てみたんだが、大丈夫……」
そうだねと彼の唇が紡ぎかける寸前、魔導燈が不吉に明滅する。
ーーーなんだ!?
魔導燈が一挙に眩い光を放ち、次々と破裂していく。
強い光が目に入り、瞬く間に視界は白一色に塗りつぶされた。
けたたましい破裂音で耳がキーンとなる。
白の世界に取り残された私の頬を、もの凄い暴風が撫ぜる。
何か、横を通った……?
途端、誰かの手によって私は強く引き寄せられた。
金属の硬くて冷たいこの胸板の感触はマルスだろうか。
まるで無声映画のようにコマ送りに感じるこの白黒の世界で、マルスと共に地面へと倒れ込んだ。
酷く尻をぶつけ、その衝撃が全身へと駆け巡った。
通りにいた人々が悲鳴をあげ、逃げ惑う音がする。
視界がゆっくりと戻る。
どうやらマルスが私とマミタスを咄嗟に抱き寄せて、破壊されたショウウィンドウのガラスから守ってくれたようだ。
「いてて……。大丈夫かい?」
彼はパラパラと粉々になったガラスを落としながら立ち上がった。
ーーー何ということだ!
先ほどまでショウウィンドウの中で煌びやかなステージを披露していたブリキ達の姿がない。
「やられた……」
マルスは拳を力一杯握りしめた。
魔導燈の明かりも失った商店街は、先ほどまでとうってかわって月明かりにのみ照らされ、静まり返っている。
人前に姿を晒さずに、華麗にブリキを掠め取るその手腕……。
「まさしく怪盗、だな」
私の呟きは静寂の街に飲まれて消えた。
突然の災難にほっと一息ついたのも束の間。
雷のような轟音が街中を震わせると共に、向かい側のレストランから火の手があがる。
熱を持った暴風に撫ぜられ、私はレストランが爆発したのだと遅れて理解した。
「すまない」
マルスは色々な意味をこの一言に含ませて、レストランへと走り去っていく。
私とマミタスが地面に尻餅をついたまま呆けていると、空から次々とマギアガードが飛んできた。
『そんなことしたら、マギアガードが飛んできますよ』
冗談めかして笑っていたマミタスの一言を思い出す。
本当に飛んでくるのだから異世界って奴はままならない。
いや、こんな所で社会見学をしている場合ではなかった!
私はかぶりをふって立ち上がり、マミタスを起こす。
「腕が……」
「痛むかね?」
私はハタと彼女の腕を引く力を緩めた。
マミタスがまた尻餅をつく。
「あ痛っ!違います!ア、アガサさん!ブリキの腕が!」
マミタスの指し示す方向へと目をやると、先ほどまでショウウィンドウで踊っていたブリキの腕が転がっている。
腕だけではない。
足やら顔やらが点々と転がり落ちており、それは燃え盛るレストランの横の路地へと続いていた。
「我々は怪盗の尻尾を掴んだようだな」
マルスもマギアガードも事態の収拾に努めている。
探偵である我々がのんびりしていられない。
私たちはどの事件に繋がっているかも分からないこのブリキの道標を辿ることにした。




