七話 基本のキ
「さて諸君。逃げ出したペット探しにおいて探偵がまず用意すべきものがある。何かわかるかね?」
私は後ろに手を組んで事務所内を徐に往復してみせた。
「しょ、諸君?私しかいないようなのですが……」
「そんな事はどうだっていいのだ。一番大切なのは基本の“キ”なのだから」
マミタスはしばし困惑したような顔をしていたが、気を持ち直したのかすぐにウンウンと考え出した。
「そうですね……。見つけるための特別な道具でしょうか?でも、追跡魔法が掛かった首輪は、今回は使えないんでしたっけ……。なら、ファリニシュの習性を知る事、つまりは専門的な知識でしょうか?」
自信の無さそうな顔を浮かべてマミタスはこちらの反応を伺っている。
私は探偵事務所として使用するにあたって前住民が残してくれた黒板を引っ張り出してきて、彼女の回答を書き留めた。
「なかなかいいセンだが……どちらもノーだ。魔法は我々ではどうにもならないし、知識に関してはマミタス君だけが頼りだ」
そう。
この魔法が蔓延る世界で何の能力も知識持たずに探偵事務所を始めた駆け出し探偵では、自ずと取れる手段が限られてくるのだ。
「まずどんな作業をするかを想像したまえ。さすれば答えも見えようよ」
私は挑発的な笑みを浮かべてマミタスを一瞥した。
「ま、まずはポタトちゃんを見かけた人はいないか、失踪した場所で色んな人に聞きます!」
そうだ!探偵といえば聞き込みだ!
何事も情報を得ることから始まるのだ。
孫子曰く、情報戦を制す者が戦いを制すのだ。
何と戦っているかは定かではないが、ここは一つ己の信念とでも定義しておこう。
「いいぞ!聞き込みをする時に必要な物があるだろう。幸いにも我々はムッシュポタトの姿形を知っているが、これから聞き込みをする人々がそうとは限らないだろう?」
「……!姿絵ですか!」
「ザッツライト!まぁ所謂モンタージュと呼ばれる奴だな」
モンタージュ。
断片的な情報というパーツを組み合わせ一つの姿絵にするのだ。警察ドラマでよく見るあの方法である。
「では早速作業に取り掛かる。マミタス君、確か書庫に道具があったろう。持って来てくれたまえ。私自ら筆を執る」
そう言って私は一張羅をばさりと音を立てて脱ぎ捨てた。
程なくしてマミタスがデッサンの準備を整えた。
私もまた画家よろしく黒のエプロンを纏い、木炭を尖らせて構えた。
フワフワの毛並み、耳と胸元の毛、ピンと立った耳、そして極め付けは右前足だけ脱げた靴下だ。
形はそうだな。
おそらくボルゾイとかモンゴル犬とか、貴族が飼っていそうなシュッとした犬、その辺りで間違いないだろう。
私は持ち手を布で巻いた細い木炭を寝かせるように持ってさっさと筆を滑らせた。
初めは大きくアタリを取る。
そこから輪郭を取って、陰影をつけるのだ。
初めから細かいところを描いてはいけない。
そして十分程シークバーで時を飛ばせば、完璧な姿絵が現れるのだ。
取り止めもなく動画投稿サイトを見漁っていたが、こんなところで功を奏すとはな。
「見たまえ。これがモンタージュだマミタス君!!」
「こ、これは……!!」
マミタスが両手で絵を掲げてまじまじと見ている。
目の前で作品を評価されるのは少しばかり緊張するな……。
「……オオグンタマですか?黒くてモジャモジャしているところがソックリです!すごいですよ、アガサさん!」
「……」
ーーーこれがオオグンタマだと!?
そもそもオオグンタマって何だ!!
私は犬を描いたんだぞ!?オオグンタマは毒性の蜘蛛のような碌でもないやつではなかったのか!
贔屓目抜きにして見ても……
いや、これは確かに蜘蛛にも見えなくもない、か。
冷静になって見返すと、キャンパスの中にいた勇猛なボルゾイが次第に毛玉の蜘蛛へと移ろいでゆく。
「はぁ……」
私の嘆息と共に肩ががくりと落ちた。
そもそも私はファリニシュとやらの姿を知らなかった。もとより描けるわけがなかったのだ。
「マミタス君。モンタージュは君が適任のようだ」
そう言って木炭という名のバトンをマミタスへ渡す。
「そ、そうですね!私は見た事がありませんが、こういうファリニシュもいると思います!落ち込まないでください!私は料理が得意ではないのと同じように、アガサさんの絵はちょっとだけ……ヘンなだけですから!」
私が研いだ木炭のように鋭い言葉がチクリと心を刺す。
確かに美術の成績は欠席していないにも関わらずいつも一が並んでいた。
私がしょげている間にもマミタスは紙の上に筆を走らせている。
部屋の隅で10本目の木炭を研ぎ終える頃には……
「できた!出来ましたアガサさん!ポタトちゃんの姿絵です!」
見事、生きている姿をありありと写した絵が完成していた。
魔法の使えない中で、上手く家事経理全般こなしている彼女である。
常々小器用だとは思っていたが、本当に料理と魔法以外は何でもこなすらしい。
木炭一本で書いていたはずが、水墨画を感じさせるほどの出来である。
私が趣味として掛け軸集めに手を出していたのなら、お買い求めていたかもしれない。
「素晴らしい逸品だ!マミタス君はこれで食っていけるのではないか……?」
「そ、そんな恐れ多いです……!でも初めてこんなにもたくさん画材を使って自由に描けたので、仕事である事も忘れて楽しんでしまいました!」
彼女は照れくさそうに煤で汚れた手で頬を掻いた。
あちらこちらを汚した彼女のその姿が何だか誇らしい。
何はともあれ、
「これで本格的に捜査が開始できるというわけだ!」
そうして我々はマミタス画伯の絵巻片手に外へと繰り出た。
「ムッシュポタトがいなくなったのはこのジャーマン氏の邸宅であるからして、まずは付近の聞き込みからするのが良いだろう」
我々は探偵事務所から大きく離れた貴族街へと足を運んでいた。
郊外と比べて屋敷の規模は大きく、通りには高級店が立ち並んでおり、街並みも高級感がある。
気分はビバリーヒルズといったところか。
「ほら、早速第一村人の発見だ。やぁマダム。私は探偵アガサ。この顔に見覚えはないかね?」
私はポタトの姿絵を広げて、如何にも高価そうな装飾を纏っている婦人に声をかけた。
「あら素敵な絵ね。でも額縁に入れて売らなければここいらでは売れなくてよ」
マダムはホホと指輪を見せびらかしながら笑った。
「ごめんなさい。これは売り物ではないんです……。実は私たち、ジャーマンさんのお家から逃げ出したファリニシュのポタトちゃんを探しているんです。この姿絵のファリニシュを見かけませんでしたか?」
マミタスは少し嬉しそうなそれでいて少し困ったような顔をしながら説明した。
するとマダムは得心した顔をして絵をまじまじと見て考え込む。
「確かに彼の飼っていたファリニシュそっくりですわね。そうねぇ。私は見ていないけれど、この辺りでファリニシュが行きそうな場所なら分かりますわ。この通りを抜けた所に公園がありましてよ。ファリニシュ飼いの使用人は皆そちらでファリニシュを散歩させていますわ」
使用人が犬の散歩だと!?
大体映画やドラマでしかそのような大金持ちを見たことがないがな。
奴ら犬の散歩は使用人に任せて、当の飼い主は何故かランニングをしていたり、ウォーキングと称してその辺を手ぶらで歩いたりしているではないか。
わざわざ外に出る機会があるのであれば、金を払って犬を散歩してもらわなくとも良いだろうに。
犬一匹養えない甲斐性なしの私からは全く考えられない習性だ。
……名実ともに見ている世界が違うのだから、そう云うモノだと納得しておくか。
さて、ファリニシュが犬と同じかは知る由もないが、動物は基本的に習慣と習性の生き物だ。
その型に当てはめるのであれば、よく寄り付いていた場所にファリニシュが立ち寄っている可能性もあるだろう。
公園に向かえば有益な目撃情報を掴めるやもしれん。
「素晴らしい情報をありがとう、マダム」
私は恭しく礼をすると、マダムはホホと口に手を当てた。
「それにしても、ジャーマンさんったら災難ですわね。ついこの間宝石泥棒が入ったとか何だとかで騒ぎを起こしていたのに、ファリニシュも逃げ出しただなんて踏んだり蹴ったりですわ。それも何か知っていまして?」
マダムは好奇心に満ちた瞳で私を見た。
暇を持て余したマダムにとってこういったゴシップは恰好の餌である。
しかし宝石泥棒か……。
探偵モノにはつきものである怪盗の仕業だろうか?
マルスの奴が事件が立て込んでると言っていたが、この件もこの一環かもしれんな。
探し物は探し物でも、そっちの方が探偵っぽいではないか!
真の探偵ならば選り好みなどしないか……。
そもそも我々のような場末の探偵は選り好める立場でもないのだが。
「その話は初めて聞きました!大切な物を立て続けに失くしてしまうなんて……。せめてファリニシュだけでも早く見つけてあげましょう!」
マミタスは胸に手を当てて、まるで自分事かのように心を砕いている。
口には出していないが相当なファリニシュ好きと見える。
……マミタスの言うことも一理ある。
マダムの云う宝石盗難事件の話も聞いてみたい所ではあったが、ファリニシュは生き物だ。
当然放っておけばどこへなりさすらってしまうのだから、時間的猶予はないだろう。
井戸端会議に花を咲かせたいという思いはあったが、我々はファリニシュが向かったかもしれないという公園へ急ぐ事にした。




