六話 正直者には飯がある
「結論から言うと、君たちにやってもらいたいのは、いなくなってしまったペット探しなんだ」
マルスはチラリとこちらを伺いながら、紙袋から彼の高名な料理長ギンピィが手ずから腕を振るった料理が包まれているであろう包み紙を取り出していく。
ひとつふたつ。
みつよつ。
どっかりと机上に置かれた包み紙からは、香ばしい焼けた肉の香りと香辛料の芳香が放たれており、食欲を唆る。
包み紙からはじんわりと肉汁が染みていた。
私は自分の喉がごくりと音を鳴らし、思わず生唾を飲みこむの感じた。
「ペット探しか。探偵モノの作品にはつきものでありきたりな依頼だが……実に良い!!何故ならば、私の敬愛する探偵ポアロも引退最後の十二の依頼に犬探しをしているのだ」
そう言って私は包み紙の一つに手を伸ばした。
見た目通りのずっしりとした重みに安心感さえ覚える。
私は逸る気持ちを抑えながら丁寧に包みを開けた。
すると、トルティーヤのような生地で包まれているほろほろに砕かれた肉が、たっぷりのソースと肉汁を吸って溢れ出した。
う、美味そうだ……。
視界の端では灰皿と化したグラタン皿がぽつねんと佇んでいる。
私はうらみがましそうに食べられるのを待っていたグラタン皿を視界の外へ押しやった。
「逃げ出したのはメスのファリニシュの子どもだとか」
「ファリニシュ!」
マミタスが目をキラキラと輝かせている。
聞いたことのない響きだが、異世界の愛玩動物とはどんな様相なのだろうか?
「……魔物なぞではあるまいな?」
私は胡乱げな目つきでマルスを睨めた。
「んもう!アガサさん!確かに魔物ですけど、飼われているファリニシュは魔力を吸収する角が折られているんですよ!そのおかげでふわふわ毛並みでとっても可愛くて、大人しいんです!私ファリニシュが大好きです!絶対に見つけてあげましょう!」
マミタスにはイマジナリーファリニシュが見えているのか、空を撫でつけている。
「今朝飼い主のジャーマン氏から捜索願いが出されたのだけど、あいにく大きな事件が立て続けに起きていてね。本来であれば依頼を受けた僕たちが対応すべきなのだが、今はファリニシュ探しをしている場合ではないんだっ……」
そう言ってマルスは大口を開けて包みの中身にかぶりついた。
「ッ!!?これは、旨いな……」
マルスは目を見開いてしげしげと紙袋やら包み紙やらを見ている。
美味いものを食べた時パッケージやら何やらを確認してしまうのは全国(いやここは異世界なのだから全世界か)共通らしい。
しかし大きな事件だと?
何だ!
それこそ探偵である私の出番ではないのか!?
なぞと聞きたい事や言いたい事が頭をよぎったのだが、手の内にあるコレが相当美味かったのか、彼は二の句を告げるのをやめてしまった。
「む……。どうやらコイツはかなりの上モノらしいな」
そう言っている間に私の口内を期待の雫がじんわりと満たす。
そうだ。温かいうちに食べなければ料理長に失礼というもの。
ーーーーいざ!
「マイン ファーテルッッ ‼︎マイン ファーテルッッ‼︎」
あまりの衝撃に頭の中でシューベルト作の魔王が鳴り響く。最早漏れ出ていたのかもしれぬが、口内を暴力的なまでの旨味が支配しておりそれどころではない。
こんなにも異国情緒溢れるスパイス達を、肉とほんのり甘い生地でまとめ上げた料理長はまさしく魔王だ。
私は物も言わず無我夢中でかぶりついた。
何という事だ。
一瞬にして無くなってしまった。
退屈な時間は長く楽しい時間は一瞬というが、美味い飯は刹那。
ソースが付いた指でさえ販売できるのでは無いかなぞと馬鹿げた事を考えながら他の二人を見ると、彼らも恍惚の表情を浮かべて椅子にもたれかかっている。
「ふぅ……。すまない。どこまで話したかな?」
「えと。ファリニシュがふわふわしている所だったと思います」
……それはマミタスの空想の話では無かったか?
どうやら満腹で皆の頭がフワフワしてしまっているようだ。
「あぁそうだった。ファリニシュ。彼の名前はポタトと言うそうだ。どういう訳か追跡魔法が施された首輪は機能していなくて足が付かないんだが、どうか探してやって欲しい。最もこれはお願いではなくて取引なのだから……」
「分かっている。すでにこちらに拒否権はない」
飯をちらつかせば、ひもじく探偵業を始めたばかりの我々が食い付くと知っていてのこのお願いだ。
全く……彼の青年は相変わらず顔だけでなく要領が良いのだ。
私は了承の意を込めて手を差し出した。
「……。あ、あぁ助かるよ」
マルスは戸惑った顔で手を見つめている。
はてさてこの世界ではシェイクハンドで合意を示さないのだろうか。
……いや違うな。
私は先ほどまでソースを舐めとっていた手をナフキンで丁寧に拭ってもう一度差し出した。
するとマルスは少し嫌そうな顔をしながらも握り返してくれた。
して、私の記憶が正しければギンピィサンドは四つあった筈である。
これは取引なのだから、当然残りの一つは私の物となっていると考えられる。
私はそっと机の上のギンピィサンドを自分の近くへ引き寄せた。
「あぁマルス青年もマミタス君もお茶が残り少ないようだ。どうだおかわりを持ってこよう」
……おかしい。
私が茶のおかわりを持って席に戻ると、ギンピィサンドはマルスの前に舞い戻っている。
確かに私の前へやったはずだが。
「ファリニシュの特徴をジャーマン氏から聞いているから伝えておこう。毛足は長く赤茶色と白色で、耳はそんなに大きくないがピンと立っているそうだ」
マルスはシレっと素知らぬ顔をして説明を始めた。
……どうやらギンピィサンド争奪戦の火蓋は静かに切られたようだな。
私はお茶を用意する動作の一連の流れの中で素早くギンピィサンドをこちらへ引き寄せた。
「それだけではどこにでも居そうではないか。もっと個体を特定できるような特徴が分かる情報が有ればいいのだが……」
私もまた会話の応酬をして、ギンピィサンドを狙っている素振りを見せずに自然に振る舞う。
まるでギンピィサンドがこちら側に存在していることが当然かのように。
「模様とか!ファリニシュは個体によって見た目にかなり差が有りますからね〜!ポタトちゃんはどんな模様なんですか?」
マミタスは時折マルスと私の元を右往左往しているギンピィサンドを目で追いかけながら質問した。
「そうだな……。たしか顔の周りと胸元の毛がふわふわとしていて……。あ、靴下を履いているような模様があると言っていたかな!尤も右の前足の靴下は脱げているようだけどね」
「なるほど。そこまで分かれば後はこちらの仕事だ。ありがとうマルス青年。君は今すぐ大きな事件とやらの現場に行きたまえ」
私はもはや体裁など気にせずマルスの前に行ってしまったギンピィサンドを取り戻しにかかった。
すると机の中程でマルスによりギンピィサンドが反対側に強く引かれる。
「そうだね。確かにそうだ。確かにサボ……休憩のためにこちらに寄ったが、あまりここで油を売っている訳にもいかない」
ただでさえ中身がぎゅうぎゅうに詰まったギンピィサンドの包み紙が二人の力によってはちきれんばかりに震えている。
この勝負引き分けかと思われたその時!!
ーーーぐぎゅるるるぅ!!!
向かい合う二人の真ん中でレフリーのポジションに着いていたマミタスの腹からここ一番の大きな音が鳴る。
「……すみません、アガサさん。実は朝ごはんも焦がしてしまって食べていなかったんです……」
!?
そういえば、昼食を持ってきた時にまた失敗したと言っていたか!?
あの『また』とは、これまでの事ではなく今朝にかかっていたのか!
私の朝食は何と言うこともないように出て来ていたから気が付かなかったが、もしかしたらこれまでも失敗した時は自分の食事を抜いていたのかもしれない……。
私はマルスの方をチラと見た。
どうやらマルスも同じ事を考えているらしい。
「……実はサンドを一つ多く買ってしまっていたようなんだ。これを食べると良い」
そう言ってマルスはギンピィサンドをマミタスへ差し出した。
日本では正直者がバカを見るというが、そんなものはクソ食らえだ。いや、そんな者はギンピィサンドを喰らえ。
正直者は飯を得るのだ。
こうしてギンピィサンド争奪戦は静かに幕を閉じた。
マルスもまたどこか誇らしげな顔をして我々の探偵事務所をあとにしたのだった。




