三話 コンコルド・コンコンドル殺人事件(2)
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幸甚の至りです!
程なくしてマルス青年が部屋へと連れてきたのは先ほど料理長の料理を運んでくれた侍女長のメアリーだった。
「私に何か御用でございましょうか」
彼女は淡々とした態度で私の前の席へと掛ける。
はじめに出会った激情的な姿とはずいぶん印象が違う。
あの時はよほど動揺していたと言う事だろうか。
「いやぁこんなに忙しない時分に呼び立てして申し訳ございませんな。私はアガサ。訳あって今回の事件の調書を作成しておりまして、是非に協力していただけるとありがたいのですが……」
私はニンマリと営業用のスマイルを顔に貼り付けた。
「はぁ。そう言う事でございますか。私に出来る事があるとは思われませんが何なりと申してください」
「そうですなぁ。ではまず事件が起きるまで、そして起きてからの貴方の行動を教えていただきたい」
ミステリー小説を読む時は、こうして時系列に話を追っていくと分かりやすいのだ。
「まさか私を疑っているのですか⁉︎」
侍女長のメアリーが声の調子を乱す。
「いえ。料理長が犯人を名乗り出たと聞いております。これはあくまで調書作成のための事情聴取とお考えいただければ……どうぞ、おきにされませんよう」
誰しも犯行を疑われるのは気持ち良くないものであるし、かつまた犯罪を犯していなくともパトカーを目にすればソワソワしてしまうものだ。
「そう言う事でしたら……。私は昼の鐘でいつものように昼食の給仕をしていました。この日も奥様はご気分が優れないようで、自室で昼食を摂られました」
「この日も?」
私はマミタスへ目をやった。マミタスはこくりと頷いて、
「私がお勤めしていた頃も奥様は伏せりがちで、昼食はとったり摂らなかったりしていました。それより以前はお元気だったと聞いています」
「ご主人様の食事を給仕した後は、奥様へ食事を届けました。料理長は体調の優れない奥様に、ご主人様とは違う食事を用意していましたから。食事が済みましたら共に厨房へと向かいました。奥様は昼食後はお加減が悪くても毎日欠かさずご主人様にお茶をお持ちするのです」
「いつも料理長が手ずから用意されるそうですな。その時の料理長の様子はいかがでしたか?」
「至って普段通りのように感じました。……いえ、奥様とはいつもより距離があったような気がしますわ。なんだか気まずいような……。私が思いますに、あの二人は何かをきっかけによそよそしくなったのでございましょう。何かは存じあげませんが、以前は料理長が執拗なくらい奥様にべったりでしたのよ。思うに片恋慕していらしたのでしょう。私、この事件を聞いた時にピンときましたのよ。愛憎ほど恐ろしいものはないですからね」
メアリーは一息でそう言った。
何という事だ!
昼下がりのメロドラマのようなラブロマンスがこの屋敷で繰り広げられていたというのか。
マミタスも「そんな」とか「あの二人が」とか呟きながら目を白黒させて聞いている。
表情がくるくると変わるので見ていて面白い。
しかし一月ほどしか勤めていないマミタスが知らぬのも無理からぬことである。
この手の人間関係は長く勤めていたものの方が知っているだろう。
近くで身の回りを世話している侍女長であるならば尚更目ざとく気がつくのだ。
「あなたは料理長が毒を盛るところを見ましたか?」
「いえ。そんな様子はなかったように思います。私は食器類を下げてすぐに厨房を後にしましたから、その後にグラスへ細工したのだとしたら私には分かりません」
メアリーはかぶりを振ってか答えた。
「そうですか……。ちなみに今回コンコンドル氏にはオオグンタマの毒が使用されていたそうなのですが、入手経路や保管場所に心当たりはありますかな?」
「私には分かりません」
メアリーがそう言うと、マミタスが捕捉してくれる。
「オオグンタマは非常に強い毒性を持つので取り扱うには資格が必要なんです。販売店にも記録が残るはずですから、お店を回ればきっと簡単に誰が購入したのかわかるはずですよ!アガサさん」
足が付くような毒を凶器に選ぶあたり、料理長はミステリー素人だな。
しかし私の知っている名探偵ってのはもっとこう、心理的な側面から事件を紐解いてはいなかったか?
もっと人間性を垣間見るアプローチをしておいた方がミステリらしいか。
事件は解決しているのだし、犯人検挙で稼げぬのであればこの話を出版するなり、本当にチッコロ通信に持ち込むなりして稼げばよいではないか。
とりあえず何に使えるかは分からないが色々聞いておこう。
なぞと瞬時に思考を巡らせた私は気を取り直して質問を続ける。
「貴方とコンコンドル氏との関係性をお聞かせ願いますか?」
「……関係性、というと?」
メアリー侍女長は手を頬に当てて小首を傾げた。
どうやら私の質問が広すぎたようだ。
「長くお仕えされているようですので、何かコンコンドル氏について知っている事があればと思ったのですが」
「長く勤めてはおりますが、一時期お暇を頂いていたこともあります故、全てを知っているわけではありませんのよ。私の勝手都合で季節が一回りするほどお暇を頂いていたにも関わらず、ご主人様は私を再び雇用してくださって感謝していますわ。他に知っていることと言えば、奥様とご主人様は近頃あまり仲がよろしくなかったという事ぐらいかしら。このお屋敷に移り住んだ辺りでしたかしらね。良く書斎で言い争いをしてらしたわ。私、聞き耳を立てたわけではありませんけれど、内容はお金の事ですわね。今後大きなお金が入り用だというのになぜ我楽多に私財を投じるのかと、奥様が仰っていた声が聞こえましたわ。いつもは穏やかな方ですのにね。投資が上手くいっていない事で財産の目減りが顕著でしたから、奥様がご不満に思われるのも当然ですわね」
他に娯楽のない狭い職場ほど、ゴシップに飢えているのだ。
喧嘩なぞいううってつけのご馳走様を彼女がみすみす聞き逃がすはずがない。
彼女はしっかりと聞き耳を立てて内容を確認したに違いない。
どの世界でも人間とはかくもかわらぬものよな。
「協力に感謝するよ」
そう言って私は手を差し出し、一言二言ほどメアリーと言葉を交わして聴取を終えた。
「いやぁ僕は君達の見張りをしないといけないから、調書作りを手伝う事が出来なくて残念だよ」
マルス青年は椅子の背もたれに腕をかけながらギコギコと暇そうに揺れている。
「本当は?」
「僕の代わりに調書を作ってくれて助かる」
彼は悪戯にニカリと笑ってみせる。
あえてこういう所を隠さないのも彼を嫌いになれない要因の一つだろうな。
マミタスも先ほどの証言を一生懸命まとめている。
スムーズにマルス青年に調書を渡すために、私がマミタスへお願いしたのだ。
「料理長が横恋慕していたということは、コンコンドル氏殺害の動機に十分なり得るね。次は誰をお招きしましょうか?ご主人様」
マルス青年は執事の真似事をしてこちらを伺う。
ご主人様か。なんだか偉くなった気分になり悪くない。
私はむず痒くなった鼻を人差し指の脇で擦った。
「あぁ〜なんだ。そうだなぁ。料理長と同じ空間で働いていた料理人なんぞがいたんなら話を聞いてみますかな。料理長についてもう少し知らねばなるまいよ」
マルス青年は心得たとして扉から出る。
ちらと横目で確認すると、マミタスの手記には見たこともない記号が連ねられている。
この世界、言葉は通じると言えど文字までは共通していないようだ。
マミタスの手記は文字の読めぬ私が見ても理路整然としているように思われる。
彼女の白くて細い指が忙しなく紙の上で働いている。
彼女は魔法が使えない分、それ以外の部分で補おうと努力してきたのだろう。
実に関心である。
そうこうしている内に再び我々の部屋の扉が叩かれ、マルスが次なる獲物を連れてきた。
「彼は料理人のルーイ。料理長のギンピィとはレストラン『アウストラ・ロピ』でも共に働いていたようだからきっといい話が聞けるのではないかな」
ルーイはおっかなびっくりした様子で私の前の席へと腰掛けた。
目玉があちらへキョロキョロこちらへキョロキョロとしていて落ち着きがない。
挙動不審というのはこのような様子を言うのだろう。
「……あのっ、僕は、その」
「ルーイ君と言ったかな?私はアガサ。とって食いやしないから落ち着きたまえ」
私は柔和な笑みと軽いジョークでルーイの緊張を砕こうと試みた。
「ははっ……」
渇いた笑い、これが一番心にくるのだ。
「いえ、違ッあの……、ごめんなさいっ!!!」
私がカクリと頭を落とすとルーイは慌てて取り繕う。
「いや良いんだよ。私は昔からお笑いのセンスだけはあまりないんだ」
「いえ、そうではなくて……。僕が、コンコンドル氏を……殺しました」
「すまない。最近聞き間違えが酷くてね。どうやら聴力も無くなったようだ」
『僕がコンコンドル氏を殺しました!!!』
ルーイはお腹にありったけの力を込めて叫んだ。
「「「ええぇえぇえ?!?!!」」」
私は椅子ごとひっくり返った。
マミタスはペンを取り落とし、マルスはポカンと口を空けている。
なんと言う事だ。
犯人が2人に増えてしまったではないか。
「ルルル、ルーイ君。き、君がコンコンドル氏を殺したとはどどどどどう言うことかね?」
私は平静を装って椅子へと座り直した。
「ア、アガサさん!おおお落ち着いてください!」
彼女こそ落ち着いた方がいい。ペンを拾い直そうとしているが何度も取り落としている。
「僕のせいで、コンコンドル氏が死んでしまったのです。オオグンタマの毒を買ったのは、僕なのです……」
「オオグンタマの出所は貴方だったのですね」
幾度か深呼吸をすると、心が凪いでくる。
何とか落ち着いて調書を取る事が出来そうだ。
「はい。厨房はいくら清潔を保っていても、外から鼠類の魔物が入り込んでくるので、定期的に駆除を行っています。1週間ほど前になるでしょうか……。料理長に頼まれて街へ殺鼠剤を発注しに行きました。殺鼠剤にはオオグンタマの毒が含まれているので、いつもであればキールの根を煮出した液で何倍にも希釈された状態の物を購入しているのですが……。その日はどうしてだったか……そうだなキールの根がたくさん余っていると聞いたので、オオグンタマの毒性の強い、原液を購入して帰ってしまったのです。僕は以前レストランで勤めていた時に、毒性の強い薬剤を取り扱いできる資格を取得していたので、すんなりと購入する事が出来ました……。しかしオオグンタマともなれば、誤って扱えば人が死んでしまうので、保管にも特別な扱いが必要なのです。なので普段なら絶対に原液など買わないのです。しかし買ってしまったのだから仕方がありません。僕は怒られる事を覚悟で料理長にこの事を伝えました」
「料理長はこの時にオオグンタマの毒が屋敷にある事を知ったのですね」
「ええ。僕があんな薬を買ってこなければ……。コンコンドル氏は、僕が殺したようなものです」
そう言ってルーイは俯いて固く拳を握りしめた。
「私怨のあった所にちょうどよく凶器が手に入った。出来すぎてるくらいだね」
マルスが私にずいと顔を寄せて手帳を覗き込む。
「案外ワイルドな字を書くんだね?僕にくれる方はこっちで頼むよ」
彼は眉根に皺を寄せて読み取ろうと頑張っていたようだが、そもそもこちらの文字ではないので読めるはずがない。
私は字が上手い方であるのだが、マルスにはとんでもなく字の下手な男と思われたに違いない。釈然としないがしょうがない。
私は嘆息しながら眉を引き上げて肯定した。
「しかし、料理長もおかしな人だ。どうせ即死の毒を盛るのであれば食事に入れれば良かったものを」
私が犯人であれば、これだけ状況が仕上がっているのだからすぐに始末をつけたがるだろう。
手元にある即死の毒を喰らわせたのだ。計画的犯行とも思えない。
「確かにそうだね」
マルスはマミタスの整理された書面を指でなぞる。
「食事に入れなかったのは料理人のプライド、でしょうか……?」
マミタスがそう口にするとルーイが大きく目を見開く。
なるほど。私が以前読んだ料理をテーマにしたタイムスリップものの漫画では似たような事が書かれていたな。
料理人の矜持というやつか。
「……そ、そうだ。そうだよ!料理長が食事に毒を入れる筈がない!料理長は、食事にだけはいつも真摯だった!いや、食事だけじゃない!ましてや彼は口に入れるもの、それこそ紅茶の一つをとってもたくさんのこだわりがあった……。幾らご主人様に恨みを持っていたといっても、今回のような手段は使わない。み、みなさん!」
ルーイは震えまじりの声で我々に訴えかける。
「でも料理長本人が犯行を認めているからね?」
マルスがルーイを落ち着かせるように淡々と穏やかに声をかける。
ルーイはガックリと肩を落としてしまった。
「すまないが調書の続きを取らせてもらうよ。昼食を摂っていたのだからコンコンドル氏は昼の鐘までは生きていた、というのは確かかね?」
「……はい。昼食は先ほどお出しした物と相違ありません。氷室が壊れていたものですから、なるたけ日持ちのしない食材は使い切ってしまいたかったのです。火を通して早めに仕込みに回している食材もあります。料理長は少し機嫌が悪そうでした。その時は、夕食の段取りが崩れたからだとおもっていましたが……」
「昼食の後は誰か厨房に来ましたか?」
「奥様だけですね。奥様はいつも料理長が淹れた紅茶を取りに来られます。最近は汗ばむ暖かな気温が続いていたので、フルーツと共に抽出したエルゴ産の茶葉でアイスティーを用意していたのですが、今日は肌寒かったのでパヴナス産のフレイバーティーを淹れていました。ポットの蓋を開くと厨房一体が茶畑になったかのように錯覚してしまうほど華やかな香りが立つ素晴らしいお茶で、湿度が高いと馥郁さが出せないと料理長屈指の隠し玉で……ってこれは関係ないかぁ」
「いやぁ!あの紅茶は実に素晴らしいものでしたな!手で煽るとハーブの豊かな香りが……」
私は手で空気を掻く。
あの時の芳醇な香りが思い起こされる。
「アガサさん〜!帰ってきてください、お仕事中ですよ!」
マミタスに肩を揺すられて意識が戻る。
危ない。あと少しでスコーンと紅茶を合わせて午後のティータイムに入るところだった。
「そういえば侍女長のメアリーも共にいなかったかね?」
マミタスのおかげで意識と共にうっすらと記憶も戻ったようだ。
「あぁ、いましたよ。奥様の食器を下げてからすぐに夕餉の買い出しに出て行きました」
証言に矛盾はなさそうだ。
「その後事件が発覚するまでは?」
「誰も来ていません。ご主人様が倒れた事に気がついた奥様が人を呼びに厨房へと駆け込んできて、僕は取り乱す奥様を宥めてマギアガードに出動要請を……料理長は書斎へ向かわれました」
「通報を受けてからは僕たちが知っての通りだね。ルシリュー卿を呼んで、アガサ君が大立ち回りして今に至ると」
大立ち回り?
一方的に捕縛されたような気がしたが、彼の曇りなき眼には奮闘する私が見えていたのかもしれない。
「ふむ。料理長とコンコンドル氏との間に何やら確執はあったのかね?」
「いえ……。いや、よく『自分のレストランを与えると言ったのにあいつはちっとも話を進めやがらん』とか『あいつは奥方様が食べたいものが分かっておらんのだ』だとか本当にありふれた愚痴を溢していました……。でもこれは日常の茶飯事で、昨日今日の話ではありません。ふ、2人の関係が特別悪かったとも思いません。それでいうと、ひと月ほど前に奥方様とコンコンドル氏は酷く言い争っていたという話を料理長から聞き及んだ覚えがあります。紅茶をアレンジしようと書斎の前へ立ち寄った際にあまりにも大きな声で言い争っていたものだから聞こえてしまったのだとか」
「ほう。こういった細かい情報はひょんなところで役にたつものだよ。ルーイ君、ありがとう。君のおかげで良い調書が書けそうだ」
「いえ。お役に立てたかどうかは分かりませんが……」
彼は料理長の無念を晴らす事が出来なかった事を気にしているのか、しょぼしょぼと部屋を出て行った。
やはり付き合いの長い知人が犯人であるなぞ信じたくはないのないのだろう。
「最後は奥様だね。あんまり体調が良くないみたいだから長くは話せないと思うけれどいいかい?どうも最近はずっと嘔吐していてまともに食事も摂れていないみたいだ」
彼の背中を見送りながらマルスが言う。
「似たようなことを侍女長のメアリーも言っていたか」
「奥様はここ最近、日中はずっと伏せっていましたから。私がはじめにお勤めした時よりもずいぶんおやつれになっていました……」
ずいぶんと病状が優れないようだ。
「なるべく負担がかからないよう手短に確認しよう。ご主人を亡くして、きっと心理的なケアも必要な筈だ」
私がマルスにそう伝えると、彼は頷いてすぐに部屋を出た。
しばらくして部屋へと入ってきたのは、青白く眠たそうな顔をしたコンコンドル氏よりは若い年頃の女性だった。
話に聞き及んでいた通り、かなり体調が悪いらしい。
「コンコルドの妻、エレノアと申します」
彼女は震えるてを抑えながらも美しい所作で挨拶をする。
「アガサです。この度は……」
この世界の礼儀なぞ分からないので、日本式のお悔やみを述べておく。
「こんにちは……奥様。お体は大丈夫ですか?」
マミタスは気まずそうな顔をしつつもエレノアの体調を気にかけているようだ。
昨日までこちらの奉公人であったのだ。
すぐに他人であると切り替えられるものではない。
「あなたは……。いえ、ありがとう。今日はずいぶんと調子が良いのですよ」
エレノアは物憂げな顔でマミタスに微笑んだ。
「さて、あまり長く話してもなんですから、聞き取りを進めましょうか。彼女を早く安静な場所へ返してやらねばなりませんからな」
私はエレノアに着席を促して手帳を広げた。
「奥様の事件発生までの行動を思い出せる限り詳らかに教えていただきたい」
「そうですわね……。お恥ずかしながら私、時計塔の昼の鐘が鳴ってメアリーが部屋に昼食を運んでくるまで眠っておりましたの。近頃日中は眠たくて眠たくて仕方がありませんですので、本当は主人と食事をとったほうが良いとは思っているのですが……。どうせ食べても戻してしまいますので、……その、ギンピィが気を利かせて滋養にいい食事を、主人とは別で用意してくれておりましたの」
「左様でございましたか。してその後は」
「えぇ。主人と食卓につけない日が続いているものですから、なるたけ一緒の時間をと思い昼食後は書斎へお茶を持って行っておりますの。この日もメアリーと一緒に厨房へいきましたわ。ギンピィが紅茶を用意してくれて、私はそれを主人の元へ運びました」
「どんな会話をしましたか?」
「別に取るに足らない他愛のない会話ですわよ」
「というと?」
「……主人へと不満を溢していただけですわ。やれ他所の女にうつつを抜かしているだの、我楽多にお金を使ってすかんぴんになってしまっただの。私だって少しくらいのお小言は言いますわよ」
「それは男性陣には耳が痛い話ですな」
私はポケットの中の懐中時計を指で触った。
鎖と金細工がちゃらりと擦れる。
私にとっては思い入れ深い品であるが、これも側から見れば我楽多の一種なのだろう。
「しかしどうもご主人とはあまり仲がよろしくなかったようで。ひと月ほど前も書斎から声が漏れるほど大きな喧嘩をしたとか」
私がそう言うとエレノアはホホホと笑った。
「そうやって軽口を叩き合うのが私達のやり方なの。でも、そうですわね……書斎から声が漏れるほど大きなやり取りはなかったかと思いますわ」
「おや。これは失礼をば」
「それで私は紅茶を書斎へと運んだのだけれど、書斎が暑かったものだから主人は冷たいものが飲みたいというんです。ギンピィに淹れさせたらまた長いでしょう?ですから私はこっそり厨房へ帰って、料理人のルーイにアイスグラスと氷をお願いしたの。用意してもらったグラスをそのまま書斎へ届けたわ」
「なるほど。奥様はグラスを届けてすぐに退室なされたましたのかな?」
「ええ。何度も往復させるなんて罪な人ですわなんて冗談を言いながらグラスを渡しました。もっと小言を言ってやっても良かったのだけれど、部屋がどうも不快で、何度か言葉を交わしたらすぐに出てしまいました」
エレノアはその時の不快さを拭うように両腕を手で擦った。
「……確かに今日は肌寒いと思ったのだけれど、あの書斎は妙に汗ばむというか、じっとりとしていて不快な感じだったね」
マルスの言に私も覚えがある。
肌にまとわりつく汗を、メアリーによって押し返されたハンケチで拭った記憶が蘇る。
日照の関係だろうか?いやもっと別の馴染みの深い暑さだった様な気もする。
「奥様が部屋を出る前にコンコンドル氏は紅茶を口にしていましたか?」
そう言ってエレノアの方を見ると、彼女の顔色は入室した頃と比べてどんどん悪くなっていっている事に気がつく。
手早く済ませねば倒れてしまいかねない。
「……ええ。いや、どうだったかしら?そこまで注意深く観察した事はありませんから……。自信がありませんわ」
「もぅっ。アガサさん、オオグンタマの毒は即効性ですよ?飲んでいたならその場でナンマイダになっている筈ですから、紅茶飲んだのは死ぬ直前です!」
マミタスが自分の手帳を叩きながら自慢げに推理を披露してくれる。
即効性の毒。
そういえばそんな事を言っていたか。
そう考えるとエレノアが退室した後に紅茶を口に含んだのだろう。
「ご主人が倒れているのを発見した時はどのような状態でしたか?」
「私は自室で眠っていたのですが、椅子の倒れる大きな音と振動が書斎の方から響いてきまして、飛び起きて様子をみにいきました。部屋の外から呼びかけても返事がなかったため、すぐに中へ入りました。すると口から泡を吹き出し、痙攣している主人が床に倒れていたのです。私はメアリーを何度も呼びました。しかし彼女は街へ出ていたので呼んでも来ませんでした。その時、この屋敷にいた奉公人は厨房で働いている二人だけだった事を思い出し、私は急いで厨房へ向かいました。ギンピィはルーイへマギアガードを呼ぶように伝え、彼自身は主人の様子を見てくるといって書斎へ行きました」
「その事はルーイさんの証言からも確認が取れています」
マミタスは自分でまとめた調書をマルスへと見せる。マルスもうんうんと頷いて聞いている。
「あなたは?」
「……私は厨房でいるようにと言われました」
何だ?妙に間がある。
私はエレノアをじとりと睨め付けて圧をかけてみる。
こういう時、案外二の句は必要ないのだ。
「私……私は、一人でいるのが何だか怖くなってきて、ギンピィを追いかけて書斎へ行きましたの……」
「そこで何があったのですか?」
「彼が、ティーポットの指紋を布で拭っているところを見ましたわ……。その後、彼は布で手を包みポットを床へ落としました。ポットが割れたのを皮切りに、私は急いで厨房へとって戻りました。彼が犯人かもしれないと言う考えが脳裏をよぎったからです。私が彼の不可解な行動を見たと悟られてはいけないと思いました……」
自白に目撃者。
「これは、もう……」
マミタスが俯く。
料理長が犯人だと裏付ける状況証拠が次から次へと現れる。
「結局僕は一度も彼の料理を食べる事が出来なかったな……」
マルスは私が食い散らかした皿を空虚な目で見つめている。
「そう、でしたか。しかし何故今までこの事を黙っておられたのですか」
私がそう聞くとエレノアは困った様な顔をしてこちらを見た。
「正直なところ、彼が蛮行を犯した事を信じたくなかったのかもしれません。ギンピィと主人は古くからの知り合いです。彼がかの有名なアウストラ・ロピで料理長をするよりもずっと昔からの。そして私もまたギンピィとは稚児の頃より知る仲です……。彼が主人を手がけたとは思いたくなかった、のかもしれませんわ」
彼女は血色の悪い唇を震わせてそう言った。
これはもう潮時かもしれない。
私はマルスにエレノアを部屋へと送るようにいった。
さて、斯くして関係者の証言が出揃った。
私はペラペラと何度も手帳を捲る。
状況は料理長のギンピィが犯人だと示しているし、本人もそう言っているのだが妙に違和感がある。
加えてこの事件の流れに何気ない既視感があるのだ。
私はその正体を掴むべく、今日書き記したページを破り取って机に並べた。
視界に入っていない情報は頭から抜け落ちてしまうのだ。
こうして一目に網羅出来る方が良い。
「アガサさんページを破ってしまうなんて勿体無いですよ。それにこんなに散らかして一体何をしているんですか?」
マミタスが私の広げた情報網を覗き込む。
「マミタス君、侍女長のメアリー、料理人のルーイ、被害者の妻エレノア……料理長以外の4名の証言を集めた訳だが、何だか言いようのないもやもやした感じがするのだ。どうもボタンをちぐはぐに掛け違えたかのような……」
散らばった紙には無作為に情報が書き殴られている。
指先で文字を追っていると、一つのメモに目が止まる。
『壊れたティーポットとアイスグラス』
一番初めに書いたメモだ。
このちぐはぐティーセットの由緒はもうすでに分かっている。
先ほどエレノアから聞いたばかりだから忘れてはいない。
私はエレノアから取った調書を拾い上げた。
壊れたティーポット、これは料理長のギンピィが自ら指紋を拭って破壊した物だ。
そしてアイスグラス。
部屋が暑かったためにエレノアが料理人ルーイに依頼して氷を入れてもらい書斎へ運んだ物。
私はもう一枚のメモを拾い上げはじめのメモの付近へまとめた。
待て、アイスグラスについて書かれたメモがもう一つあるではないか。
ゴロツキーが私をどつき回した時のメモだ。
「アンビリーバボー!」
私は机を叩きながら勢いよく立ち上がった。
マミタスが小さな肩をビクリと震わせてこちらを見る。
「何だ⁉︎」
驚いたマルスは剣の柄へ手を添えている。
しまった。大仰すぎるリアクションを内省する。
とはいえ、こうして証言やら何やらを比較すると一つの結論に辿り着いてしまったのだから、声くらい出ようというもの。
早く皆に知らせねばなるまい。
「マミタス君、我々は大変な思い違いをしていたようだ。マルス青年、すぐに関係者全員を書斎へ集めてくれたまえ」
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