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十話 ポタトとその後

「ムッシュポタトの散歩に行ってくる」


私はリードと宣伝用のチラシを小脇に抱えた。

あの事件から数日経とうとしているが、今回の事件の立役者は飼い主の元へ帰っていない。

魔石を取り込み暴走したファリニシュのポタト逃走劇(後にジャンボポタト逃走事件と呼ばれる)は、探偵事務所の魔石に魔力を吸収させる事で落着した。

ポタトは落ち着きを取り戻したものの、まだ体内に取り込んだ魔力を吐き切っていないのか、その体長はアラスカンマラミュートほどの大きさを保っている。

依頼主のジャーマン氏とマギアガードであるマルスに頼まれて、元の子犬ほどの大きさになるまで探偵事務所で預かる事となったのだ。


『さんぽ』の三文字を耳ざとく聞きつけたポタトはバタバタと音を立てながら駆け寄ってきた。


「おぉう。やめろ、やめたまえ!お前は今ものすごくデカいのだ!自覚のないやつめ!」


ポタトは自分の体格が大きくなった事を自覚していないのか、子犬のつもりで飛びついてくる。

前足に体重を乗せて、思い切りのしかかってくるものだから容易に組み伏せられる。


「〜〜ッ!!」


尻のまだ青いあざが治っていないというに、全く同じところを打ってしまったではないか!


「おすわり!お手!おかわり!伏せ!!」


私は目尻に涙を浮かべながら矢継ぎ早に命令した。

ファリニシュが犬と同じかは知らんが、どちらが上かをはっきりさせておかねばならない。

動物社会ってのは序列社会なのだ。

ポタトは首を何度も傾げながらも命令に従った。


「そうだ。私がボスだ」


私はうんうんと頷いてハーネスを取り付けてやった。

あれだけの大事件があったというのに、街は何食わぬ顔している。

そのうち事件の事などまるで何もなかったかのように忘れ去られるのだろう。

私がご機嫌にモンローウォークを披露しているポタトを横目に始めの角を曲がると、待ち人が声をかけてくる。


「やぁ」

「なんだ。またサボりに来たのか?私は生憎今からムッシュポタトの散歩なのだ」

マルスはくつくつとひとしきり笑うとかぶりをを振った。


「サボりに行ったことは一度もないはずだよ。それともこれは必要なかったかな?」


彼は懐からぴらりと一枚の封筒を取り出すと、細長い二本の指で挟んで揺れ動かした。


「む。中身が何かは分からないが、貰えるものは貰っておこう。何故ならば私は財産を悉く失っているからな」

「それはちょうどよかった。これは今回の事件を解決した謝礼なんだ。まさか街を取り巻く数多の事件を一挙に解決してみせるなんて、僕もびっくりしたよ。さすが『探偵』だね。この辺じゃ噂になっているよ。ジャーマン氏もアガサ君の活躍の一部始終を聞いて色を付けてくれてるよ」


謝礼!?


てっきり私はギンピィサンドで買収されたものとばかり思っていたが、これは僥倖だ!

このままでは、ポタト用に持たされたファリニシュフードに手をつけるところだったのだ。

預かったファリニシュと飯を巡って骨肉の争いを始めるなど、ちゃんちゃらおかしな話である。

マミタスのまとめた報告書がマルスを通して各所に挙げられたようで、世間には『探偵』の存在が周知されてきているらしい。


……そんな事より今はこの中身である。


色を付けてくれたとの事だから期待できる。

私は生唾を飲み込んで封筒を開いた。

中の紙幣を取り出し、はぁと指先を湿らせてそれを弾く。


「……いち、万、デル」


目の前で封筒の中身を暴き、あまつさえ見るからに肩を落とすなど無礼千万であることは承知。

しかし、此度の命を張った活躍に我ながら達成感を覚えていたのだ。

そこに先のマルスの発言である。

大きく膨らんだ期待は行き場を無くし……


「アガサ君は正直者だね。色はこっちだよ」


マルスがははと笑って後ろから子犬ほどの大きさの箱を取り出した。

この箱には随分と見覚えがある。


「最上級プライシプレ!〆て八万デル!!」

「ッ……!!」


なんと!


苦肉の策で切り捨てたプライシプレが私の元へ帰ってきたのだ!!

しかも私が購入したプライシプレの倍ほどの値で!!

ポタトもまたスンスンとプライシプレの匂いを嗅ぎつけると、くるくると私の周りを回って喜んでいる。


こりゃ犬だな。


いや待て、九万デルあれば当分は明日のご飯の心配をしなくて良くなるどころか、ポタトとマミタスにちょっとしたおやつも買える額になるではないか……

そんな浅ましい考えが一瞬過ぎった気もしたが、私は目の前のプライシプレにファリニシュよろしく飛びついたのだった。



実のところファリニシュのポタトはただのタダ飯ぐらいと言う訳ではない。

マルスが言及していた様に、ポタトの巻き起こした大事件とアガサ探偵事務所の活躍は地元のチッコロ通信によって取り上げられた。


それにより我々は一躍時の人となったのだ!


こうして件のファリニシュを連れて散歩をしていると……


「あらっ!アガサさんとジャンボポタトじゃないの!聞いたわよ〜大変ね!すぐ戻ってくるからちょっと待ってなさい。ほらこれ持っていきな!」


こうやって道ゆくマダムやらムッシュやらが色々持たせてくれるのだ。

キャッチーなマスコットと共に歩けば、まさしく生ける広告塔となって我々の知名度を上げてくれている。

散歩を終えて事務所に着く頃には、


「お帰りなさい、アガサさん!おとと……。扉開けますね!」


貰った物が両手にいっぱいで扉が開かないくらいである。

家中を魔力で満たすだけでなく、明日に先立つ物も調達してくれたこのファリニシュは、無一文の魔力なし《ノーヴ》である我々からすると救世主のようにさえ思える。


クゥン……


ポタトがマルスから受け取ったプライシプレを鼻で小突く。

こうして八万デルのプライシプレを強請る姿も、功績を思うと憎めないのだ。

それにポタトの功績はこれだけではない。


「アガサさん!また依頼が来てますよ!三丁目のミルドレッドさんが夫婦喧嘩でどっちが悪かったかを判定して欲しいそうです。教会のリシュリュー卿は仕掛け箱を開けて欲しいとお願いされていますよ!」


そうなのだ。


かの事件が大々的に取り上げられたことで、こうした細々とした日常的な依頼が来るようになったのだ。

若干便利屋か何かと間違えているのではないかと思う依頼もあるのだが、閑古鳥が鳴いていた頃と比較するとこれは快挙だ。


「ふむ。ありがとうマミタス君。それじゃあまた話を聞きに行こうか。しかし喧嘩の仲裁なぞマギアガードには頼まないのだろうか?民事不介入という奴かね」

「マギアガードは武力的な取り締まりが主なお仕事ですから。ヘリオロウジャで裁判するのにもかなりの時間とお金がかかりますし、この『探偵』という仕事は案外需要の穴を突いていたのかもしれませんね」


中世以前の日本のようなものだろうか。

魔法がかなりの力を持つこの世界でマギアガードは治安の維持組織として存在しているようだ。

ヘリオロウジャというのは初めて耳にしたが、話から推察するに裁判所なのだろう。

日常の困り事を解決するのは自治体などの小さな共同体となってくるのであろうが、もっとミニマルに解決したい悩み事なぞは行き場を無くしていたようだ。


そこに『探偵』という存在が現れた。


我々の探偵業は軌道に乗ってきたと言える。

事件とも呼べないような案件ばかりで肩の力が抜けてしまうが、事件なぞそう簡単に起こる物ではないのだ。

そもそも、現代日本人の平和的な価値観からすれば事件は起こらない方が良い。

私はほうと息を吐いた。


「あ!アガサさん……。これは……!?」


マミタスはポタトが執拗に前足で弄んでいる箱を取り上げると大事そうに抱えてやってくる。


「あぁ。散歩に出た時にマルス青年から受け取った。ジャーマン氏からのお礼の品だ」

「もしかして中身は……」

「プライシプレだ。お値段なんと八万デル!」


「〜〜ッ!!」


マミタスが感極まった顔で箱を掲げて小躍りしている。

よほど箱の中身が嬉しかったらしい。


「今すぐに食べましょう!また失ってしまう前に」


あの時、一度手にしたプライシプレを失った経験が思い出されて思わず苦い顔になる。

果汁を少しでも舐めておけば良かったと後悔したのは翌日になってからだ。

しかし、今回の最高級プライシプレはこの大きなファリニシュのおかげで手に入ったとも言えるな……。


「ポタトにも少しやろう」

「最近はポタトちゃんも活躍してますもんね!ポタトちゃんにもご褒美が必要です」


ポタトがお隣のモルゴンおじいちゃんの三年前に隠したへそくり探し出したのには驚かされた。

そう考えると、この玉を転がして遊んでいるファリニシュが我々の状況も良い方向に転がしたのだと改めて思う。

そんな事を思いながらポタトを眺めていると、ポタトが突然立ち上がり、耳をひっきりなしに動かしながら窓の方へ向かって行く。


カンカンカン

「ごめんください!」


ノッカーが叩かれる音と共に声がして、ポタトの行動の謎が解けた。

これは来訪者の、新しい事件の音信おとずれだ。


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