6 調査その弐
先程はいっちょまえに笑って見せた琳娜だったが、当たり前にどうすれば良いかなんて見当も付いていなかった。
海賊と手を組んでいる輩なんてそう簡単に取り締まれるものなのだろうか。
琳娜はちら、と静彗を見てみる。
彼女なら何か考えがあるだろう。けれども…
(いつまでも人に頼ってばかりでは駄目だ)
今回は徳清の養子だからという理由での依頼だったが、いつかは琳娜だからという理由で人に信頼して貰えるようでないと、立派な商人なんかなれやしない。
ということで改めて今ある情報を整理してみることにした。
あいにく紙は持ち合わせていないので、少し品がないが地面に書くことにする。
・黒珊瑚の過剰採取によって海の均衡が崩れて、魚が減っている。
・黒珊瑚は成長が遅いので採取を控えている漁師もいる
・過剰採取しているのは海賊と、彼らと手を組んでいる地元の水夫
・高級なはずの黒珊瑚が露店に出回っている
もし露店で可心が買ったのは海賊が採ったものだと考えるならば、海賊及び水夫にたどり着くにはどうすれば良いのか。
「あの露店の店主に聞いてみれば良いのかな?」
後ろで琳娜の様子を見ていた静彗が静かに頷く。どうやら琳娜の考えは正しいらしかった。
琳娜はひとまず安堵した。
手についた土を軽く払って立つと、静彗及び可心に声を掛けた。
「あの露店にもう一度行ってみましょう」
◇
昨日と同じ市場に行くと、その一角で昨日の店主が同じように商売をしていた。
気の良さそうなその店主は、琳娜たちのことを覚えてくれていた。
琳娜は商売の邪魔をしてしまって申し訳ないと思いつつも、調査の協力を求めた。
「単刀直入にお聞きするんですが、貴方様はこれが何かご存知ですか?」
琳娜が尋ねると、明らかに困惑した様子の店主が答える。
「海の危険から守ってくれるお守り石だよ。昨日説明した通りさ。」
「その根拠は?」
店主が黙る。優しそうに下がっていた眉が少し上がる。
商売の邪魔をされた上にこんな誰とも分からない小娘に乱暴に質問をされて気分を害したか。
琳娜がしまったと思うと同時に後ろにいた静彗が援護してくれる。
「失礼な物言いをしてしまい、申し訳ございません。私どもは貴方様の商品に文句をつけたい訳では無いのです。」
店主の眉がぴくりと動く。
「じゃあ何が聞きたいんだい」
静彗はちらと琳娜を見る。
琳娜は心の中で彼女に感謝しながら続きの言葉を紡いだ。
昨日買った首飾りが高級品である本物の黒珊瑚であったこと。
本来黒珊瑚を採っている漁師はその採取を控えていること。
よってこちらの黒珊瑚は海賊が関与している可能性が高いこと。
できる限り丁寧な物言いを気をつけながら話すと、店主の眉がみるみる下がっていく。
「そ、それは本当かい?」
琳娜ではなく、静彗の方を見て店主が問う。彼女がこくりと頷くと、店主は困り顔になる。
無理もない。海賊がとった品を販売していたなんて知れてしまったら、正規の商売をしている身からしたらはた迷惑な話である。信用が落ちてしまうのだから。
きっと店主は、琳娜たちに教えてくれた口上の通りの口上を聞かされて買わされたのであろう。
海賊がとった黒珊瑚だなんて露知らず、ただの珍しい石であると。
「それを私に言いに来たと言うことは何か私にして欲しいことでもあるのかい?脅しに来ただけっていうなら勘弁して欲しいものだよ」
よく頭の回る店主で助かる。
琳娜は真っ直ぐ店主を見ると、その本題を述べた。
「この黒珊瑚の仕入先を教えて頂きたいのです。」
◇
「はぁ~疲れた~」
琳娜たちが宿屋に帰ってきた頃にはすっかり日暮れの時間になってしまっていた。
一日中歩いていた上に、ずっと気を張っていた琳娜は予想以上の疲労に見舞われて、どかっと寝台の上に転がった。
すぐに静彗のお咎めの声が聞こえそうなものだが、彼女も疲れているのであろう。大目に見てくれるらしい。
ちなみに可心は戻ってくるや否や元気な様子で徳清に食べ物をねだっていた。
あの子は寝るか食べるかにしか興味が無いのか。
さて、本題を忘れるところであった。
店主の答えによると、可心の首飾りは異国人の闇商人から買った物らしかった。
店主は首飾りが本物の黒珊瑚で、海賊が関与していた事こそ知らなかったようだが、実はこの首飾りは盗品らしかった。
気の良さそうな店主だったが、売られているものは盗品も多いらしい。
露店って、どこもそんなものなのだろうか。
海賊が盗んだのか、はたまた海賊から盗んだ者がいたのか。もはや海賊は関与していないのか。
真相は不明だが、これ以上深堀することは琳娜たちには出来ないと判断した。
もちろん、時間帯が遅かったというのもあるが、それと同時に。
(流石に闇商人の足取りは掴めない…)
闇商人、というくらいだから、盗品や違法品を売買する人たちである。足がつかないように取引されているに違いない。
という訳で、琳娜たちが独自で調査するのはここまでにして、徳清に報告して判断を煽ろうということになった。
本当は自分で犯人をつきとめたかったが、仕方ない。初めての調査にしてはまあまあの出来と言って良いだろう。
にしても、何かを忘れている気がするなぁと、琳娜は思った。盗品と聞いて、何か引っかかることがあったのだけれど、なんだっただろう…
琳娜が考えていると、ぐぅ~と間抜けな音がした。
(お腹すいた…)
ふと、今日の晩御飯はなんだろうなぁと考える。
昨日の夕食も今日の昼食もはかなり美味しい食事が出てきたので、評価基準はだいぶ上がっている。
ようやく寝台から体を起こすと静彗が軽く身だしなみを整えてくれる。
別に自分でも出来ることだが、今日は疲れていたので任せることにした。
「今晩の食事では椰子の実の甘露が出ると良いなぁ」
どうやらこの島の特産品らしく、市場で売られているのを何度か目にした。上部だけ削られた果実に竹筒をさして飲むらしい。
琳娜も飲みたかったのだが、あまり時間がなくて叶わなかった。
支度が終わると、食堂へ向かう。
だんだんと良い匂いがしてきて、またお腹がぐぅ~と鳴る。
夕食のことで頭がいっぱいになっていた琳娜は昨日子どもに盗まれた首飾りの事など、見事に忘れてしまっていたのだった。