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蒼波の向こう  作者: 杠乃詠(ユズノエ)
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4 商談での謎

青南島(セイナントウ)での朝は早い。


今の時期はそうでも無いが、夏などは昼間の気温がすこぶる高い為、朝早いうちに仕事を済ませてしまいたいのだそうだ。


琳娜(リンナ)は目覚めると顔を洗い、予め持ってきていた絹の衣服を纏う。

この衣服は薄くて風通しが良いので、暑い地域で着るのに適しているらしい。


髪をまとめ上げて支度を終えると、食堂へ向かう。

ちなみに琳娜には侍女は確かにいるのだが、元々琳娜の専属の者ではなく、支度はずっと1人でやってきたことなので大丈夫だと遠慮させていただいた。


食堂では既に涛宇(タオユ)可心(クーシン)が来ていて、一緒に朝食を頂いていた。いつの間に仲良くなったのだろうか。


さて、昨晩の料理は豪華なものだったが、朝食は簡素な形式だ。今日は米粥に漬物、小麦饅頭という内容(ラインナップ)だった。


正しいことは分からないが、一年中こんなに暑いようでは、朝から沢山食べようとは思えないのだろう。

その代わりに、昼食と夕食をしっかりいただくのだ。


琳娜が2人のもとに座ると、早速涛宇が話しかけてくる。


「今日の午前中は、港の広場の方に行って、現地の人達と取引の交渉の予定だけど、お前らはどうする?」


お前ら、とはもちろん琳娜と可心のことである。


商人でない琳娜たちはやや異色な存在なので行動の選択肢がいくつかあるのだ。また市場を散策してもいいし、観光をしていてもいいし、と涛宇が言う。


「あ、そういえば父さんが、商談の様子を見学しに来てもいいって言ってたな」


「それを早く言ってよ」


涛宇がてへっと舌を出す。いい歳をした青年が何をやっているのだ、と琳娜はため息をつきつつ、心は踊っていた。


念願の商談を見せてもらえる。徳清(ダーシン)の気まぐれか、何か考えがあるのかは知らないが、琳娜は嬉しかった。


その横で可心が琳娜の分の饅頭まで食べようとしていたので、気前よく分けてやった。


それくらい上機嫌だった。



商談は、港の近くにある倉庫の一角で行われる。


海南島には多くの特産品があるが、琳娜が参加を許された商談は、船に積むための備蓄品のやり取りだった。つまり、黒糖や塩や魚などである。


どの相手も馴染みの人らしく、何だか人を沢山引き連れてきた徳清を見てもあからさまに嫌な顔をする人はいなかった。怪訝そうに見られはしたが。


社交辞令から始まって値決めまですらすらと商談が進み、可心が欠伸(あくび)をし始めた頃だった。


「今日は魚が少ない気がしますな」


徳清が用意された魚を見ながらふと洩らす。

並んでいるのは主に魚の塩漬けや干物だ。沢山寄港すると言っても航海はそれなりに長い時間になるので、保存性を高めた状態のものが積まれる。


少ないのだろうか、と琳娜は思う。こんな状況はもちろん初めてなので、当たり前に分からない。


「いやー、近頃、一部の魚の収穫量が減ってましてねぇ。特にハタ、タイ、あと海老や蟹なんかの甲殻類もダメですねぇ」


馴染みだという商人が答える。

だいぶ一点集中(ピンポイト)で収穫量が減っているらしいが、これらはどれも高級な魚である。商売にそこそこ影響を及ぼしているのだろう、と琳娜は考える。


「では値が上がっているんですかな」


「そうですねぇ。ただ、何せ原因が不明でして。値をあげるだけならいいですが、このままどんどん数が減っていってしまうと困るんですねぇ。」


相手の商人が何だか含みのある言い方で徳清の方を見ると、何かすぐに理解した様子で徳清が答える。


「なるほど、私に原因を調べて欲しいという訳ですか。条件は?」


「こちらの値では如何でしょう?」


徳清が頷いて手を握る。交渉成立だった。


涛宇から聞いた話だが、徳清はこのような調査が謎解きのようで好きらしく、取引先でよくあれを調べてくれ、これを調べてくれと依頼を受けるらしい。


その後ろで琳娜も原因を考えてみる。ちなみに、可心は立ったままうとうとと居眠りを始めていた。まったく、変に器用な子である。



昼食は、そのまま外食することにした。


これまた馴染みだという店に入ると、徳清が文昌鶏(ウェンチャンジー)1羽を、と頼んでいた。


ちなみに、本日まだ一言も発していないという無口ぶりを発揮しているが、静彗(ジンフイ)も着いてきている。


「商談は、見ててどうだったかな?」


徳清が問うので、琳娜が目を輝かせながら答える。


「面白かった!あんな風に値段を交渉していくんだね。すごく勉強になった。」


その返答に徳清は満足気に頷く。

ふと、可心が手をあげる。


「私は眠かっタ。」


すると、徳清がははは、と笑う。


「そうだね。可心にとっては確かに退屈だったかもしれないね」


可心の返答に対して笑ったことが、なんだか面白くなくて、琳娜は無理矢理話題を変えてみる。


「そういえば、どうして魚の収穫量が減っていたのかな?年によって変動はあるかもしれないけれど、結構困っているみたいだったね」


琳娜が言うと、涛宇も賛同するように話題に入ってくる。


「すぐに思い浮かぶ理由なら、水温の上昇、水質汚染、昨年に過剰に収穫しすぎたんじゃないか、とかが思い浮かぶけど…」


琳娜も同じように考えていたのでこくこくと頷く。


「良い視点だね。…そうだ、せっかくだから今回の調査は琳娜たちがやってみるかい?」


「えっ?」


急に驚くことを言う。調査と言われたって琳娜にはどうすればいいのか分からないというのに。


そんな琳娜の不安の表情を読み取ったのか、徳清が笑いながら言う。


「大丈夫。静彗もいるし、きっともっと海や商売のことを知れる良い勉強になるよ。」


急に名前を出された静彗は少し驚いていたものの、大人しくこくりと頷いた。


「で、でも…」


「はい、お待ち。文昌鶏だよ。」


琳娜がまだ反論をしようと思ったのだが、ちょうど良い時機(タイミング)で食事が運ばれてきて遮られてしまった。


文昌鶏と呼ばれたそれは1羽の鶏を丸ごと…蒸してあるのだろうか。

単純(シンプル)な料理だが、いくつかの調味料がついているので飽きることは無さそうだ。


可心が早速美味しそうに鶏を頬張っている。


琳娜はまだ困惑しつつも、徳清の期待に応えられるように精一杯頑張らなくては、と思考を切りかえた。

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