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蒼波の向こう  作者: 杠乃詠(ユズノエ)
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3 黒い守り石

「やっと着いたぁ~!」


船で揺られること2日。初めに着いたのは青南島(セイナントウ)という、本土よりやや南西にある大きい島だった。


青南島は、琳娜(リンナ)たちの住む港町よりも、もっと温かかった。気候の違いはその土地の動植物に顕著に違いが現れるというのは本当らしく、島には見たことの無い大きな木が沢山あった。


早速きょろきょろと辺りを見渡す琳娜。横には、驚いた表情こそ見せていないものの、しっかりと好奇心旺盛な目を一杯に広げている可心(クーシン)


そして、その後ろにいるのは何を考えているのかよく分からない顔の例の侍女。ちなみに名前は静彗(ジンフイ)という。徳清(ダーシン)の遠戚で、武術も少し心得ている優秀な人らしい。

厳しい上にいつも無表情で口を閉ざしているので、琳娜は少し苦手意識がある。


ところで、島に寄港したということはもちろん仕事があるということだ。食料や燃料の補充、交易を行う。

最終目的地はここよりもっと南だが、途中、いくつもの港に寄りながら、交易をおこなっていくのだ。


徳清(ダーシン)涛宇(タオユ)は、もちろんこの仕事をしているので琳娜たちと一緒にはいないという訳だ。


本当は琳娜も手伝いたかったのだが、市場でも見てこいと追い出されてしまった。別に観光がしたくて着いてきた訳では無いというのに。


まぁ、気が滅入るようなことを考えていても仕方が無いので、気を取り直して露店を眺める。気持ちの切り替えが早いことは、琳娜が誇れる長所である。


琳娜たちが来ているのは港から差程遠くない場所にある市場だった。

港町というのは基本的にこのように市場があり、多くの商人などで賑わっている。


と、言っても前述の通り琳娜は商人の仕事から追い出されているので、あくまで観光の為にこの市場に来ている。

市場というのは別に魚介類だけが取引されている訳ではなく、茶や薬草から宝飾品に至るまで、様々なものが売買されている。見ているだけで1日を過ごせそうな、楽しい場所なのである。


琳娜がちらちらと露店を眺めながら歩いていると、その横を小さな子どもがぶつかった。


なんだか最近、よく子どもとぶつかるなぁと思いつつ、琳娜が声をかけようとすると、その子どもは走り去って行ってしまった。


「あれれ、子どもは元気だね」


琳娜が笑うと静彗は慌てて謝る。

この人は琳娜の護衛も兼ねているような節があるので慌てるのだろう。まさか自分も露店に興味を引かれていて主人をしっかり見ていなかったなんてことがあれば仕事失格だ。


別に琳娜は鬼では無いので気にしない。それにぶつかっただけで転んでもいないのでへっちゃらである。琳娜はそんなに(やわ)じゃない。


琳娜がまた呑気に歩き出そうとするので、その一部始終を見ていた可心が言った。


「お前の荷包(ホーパオ)の中の物、取られて行ったゾ」


「えぇっ!?嘘!」


荷包とは、貴重品などを持ち歩くために衣服に結びつける小さな袋である。

中を見ると、確かに入れていたものがなくなっていた。

そして琳娜は、はっと気がつく。


(そういえば、着替えた時にあの首飾りも入れたままだったのを取られてしまった…)


盗まれたのは若干の銀と首飾りだった。


銀はともかく、首飾りはとてもとても大切な物なのに、と泣きべそをかきそうになる。一応、可心と静彗が先程の子どもを探してはくれたが、流石に見つからなかったようだ。


「かわいい首飾りがあル」


慰めのつもりか、ただ単に自分が欲しいのか分からないが、可心が露店に並んでいた商品の1つを指さす。


指を差したのは何やら黒い石のようなものに紐を通した、簡素…という少し粗雑な作りの首飾りだった。


「これはね、航海の中で海の危険から守ってくれるとされる不思議な守り石なんだよ」


と、気の良さそうな店主が教えてくれる。


琳娜は別に興味をひかれなかったが、可心がきらきらと目を輝かせるので、じゃあ特別だよ、と言ってこんな話を教えてくれた。



とある善良な漁師が居た。


ある日、魚をとっていたその漁師は、不思議な海域に迷い込んでしまったんだ。帰り方が分からず、漁師は途方に暮れた。


ふと海底を見てみると、黒く輝く美しい石のようなものが沈んでいた。その美しさから、きっとこれは海の神の化身に違いないと思い、祈りを捧げると、不思議なことに波によっていつもの港に運ばれていた。


それ以来、人々はこの黒い何かを、海の加護を宿す聖なる守り石と呼び、航海の護符や武具の装飾に用いたんだ。


しかし、同時に呪いも囁かれた。


漁師の噂を聞いた、欲張りな別の漁師もまたある時、海底にこの黒い石を見つけた。


欲張りな漁師は、これを持ち帰って売れば大金が手に入ると考えて、大量に持ち帰った。


すると、その漁師の海域では、魚が全く取れなくなってしまったんだ。

きっと、海の神様がお怒りなさったんだろうね。



前半の話は確かに面白いが、後半の話は必要だったのだろうか。

呪いも宿っているなんて聞かされたらせっかくの口上が台無しな気がする。


しかし、可心はそんなこと気にしていないらしく余計に目を輝かせている。


「へぇ、海の危険から守ってくれるんだナ。」


「そうだよ。何せ海の神様の化身だからね。どうだい嬢ちゃん、この石が気に入ったかい?嬢ちゃん可愛らしいから、安くするよ」


店主がぱちんと算盤を弾く。安くすると言ったが、これは相当いいお値段である。子供のお小遣いでは手が出せない。


と、可心が何かねだるように琳娜を見る。琳娜は困って静彗を見る。ふたりの子供と店主の視線を受けた静彗は、きっぱり断る…と思いきや、やれやれと肩をすくめた。


なるほど、この人は一見厳しくて無愛想なだけに見えて、意外に押しに弱いのだな、と頭の中にしっかり記録(メモ)した琳娜であった。



「わぁー見たことない食べ物がたくさん!」


琳娜が歓喜の声を上げる。


海南島で過ごす1日目の夜。馴染みだという宿屋で用意された夕食はそれは豪華なものだった。


主菜(メインディッシュ)は鶏肉を茹でたもの。なんでも、この島の名物料理らしい。副菜として蒸し魚が並び、汁物として魚翅羹フカヒレスープ、そしてご飯と果物が並んでいるのだが…


「んぅ!何このご飯、甘い」


「それは椰子飯。椰子の実の果肉や水で炊いたお米だそうだよ。俺も初めて食べた時、驚いた」


ご丁寧に教えてくれるのはお久しぶりのの涛宇である。


「へぇ、じゃあこっちの果物は?」


木瓜(パパイヤ)黄皮(ロンボク)山竹(マンゴスチン)…だったかな。珍しい物ばっかりだよなぁ」


へぇ、と驚く琳娜の横で、可心が早速おかわりをがっついている。


琳娜が初めての料理を堪能していると、そういや、と涛宇が口を開く。


「市場はどうだった?昼間に行ってきたんだろ」


あぁ、と琳娜が可心の方を見て言う。


「良い物を買ってもらったのよねぇ、可心。見せてあげようよ」


「ん、」


食べかすを口に付けたままの可心が、首に提げていた物を涛宇に差し出す。


「黒い守り石。海の危険から守ってくれるらしイ」


涛宇がそれをじーっと見て、言う。


「黒い石って…これ、黒珊瑚みたいだな」


何それ、という顔を琳娜がするので、涛宇が説明してくれる。


「黒珊瑚って言ったら、希少な高級品だ。まぁ露店に回っているのはだいたい偽物…だと思うんだが、前取引していた本物の黒珊瑚とよく似てるんだよな。独特の光沢というか」


「ほぇー」


琳娜には高級な宝飾品なんてあまり興味がないので適当な相槌を打つと、こつんと涛宇に叩かれた。


「まぁ、店主に騙されたんだな。いい社会勉強になったじゃないか」


涛宇はにやにやと笑いながら琳娜に言う。挑発しているつもりだろうか。

可心が気分を害していないかと少し心配になって見てみたが、何も気にすることなく夕食をがっついていたので安心した。

この子は自分に都合の悪いことは聞こえないのだろうか。なんというか、お得な性格である。


琳娜は、少し涛宇を睨むと夕食の続きを食べ始めた。


別に海の守り石とか神様の化身だとかなんて、おとぎ話故の信仰なのだから偽物でも本物でも良いのだ、と何だか罰当たりなことを思った。

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